次回は一週お休みをいただき、4/26(日)に次を投稿する予定です
「
「了解!
ったく、面倒ごとだけ押し付けやがって」
あいにくマギアースおすすめの菓子折りをタツタは知らない。
ネモの調子のいいセリフに、タツタは真剣な顔で戦場へ意識を向ける。
棘付き鉄球で吹き飛んだ“魔王”タイガの姿はもうもうと巻き上がる土煙の中だ。
手痛い一撃だろうが、あのくらいで死ぬような相手のはずがない。
『機関、限定ヲ解禁。
第一カラ第二、駆動開始』
ヨルム神官長が妙な口調で呟き、人形ボディのスレンダーな脇腹と背中がメカニカルに開く。
やはり、おえらいさんなのに最前線で戦えるのか……!
バリバリのキャリアを積んだ役職持ちが護衛もなしに最前線とか、さすがはファンタジー。
「なぁ、アレ。
ガンダムハンマー……?」
「人間サイズはモーニングスターっす、パイセン」
展開した排気口から白い蒸気を噴き出させ、ヨルムが油断なく構えをとる。
細い腕が鎖を振るい、鎖に繋がる凶悪な棘付き鉄球を頭上で振り回し始める。
なんて武骨で危険な武器だ。確か”
アレはきっと神殿秘蔵の凶悪マジックアイテムってヤツなんだろう。
『二国パイプさま、今のうちに後退を!
”魔王”対応は神官長と我々が引き受けます!』
背後から拡声器越しの台詞が飛んでくる。
神殿所有のザンマギアが1機、湖から上がってこちらへ駆けてくる。
声からしてギアドライバーは多分若い女性だろう。
『向こうはいいんっすか!?』
『こちらの対応が最優先であります、ザンマギアの装甲なら盾代わりには……!』
白銀の装甲をきらめかせ、神殿所有のザンマギアが油断なく槍を構えてバンディットの前へ出る。
湖の方のザンマギアは残り2機、“魔王”の出現に急いで戦力を配分してくれたに違いない。
安堵に息を吐いた瞬間、タツタの背中を悪寒が突き抜けた。
『ダメだ、下がれ!』
タツタの警告もわずかに遅かった。
白銀のザンマギアの足元の地面から、土煙を蹴立てて何かが飛び出す。
黒いビジネススーツ姿の“魔王”タイガだ。
まるで撫でるように振るわれた“魔王”の掌が、白銀のザンマギアの膝裏を軽々と抉り取る。
『なぁっ!?』
大きくバランスを崩しながらも、白銀のザンマギアが手にしたロングスピアの穂先を“魔王”へ叩きつける。
身長ほどもある金属の穂先を、“魔王”は避けもせず平然とその身体で受け止める。
鈍い金属音が響き、巨大なロングスピアの穂先が鈍い音を立てて折れ飛ぶ。
微動だにせず、”魔王”が黒塗りの顔に笑みを刻んで前へ出る。
掌から放つ不可視の力が白銀のザンマギアの膝関節を消し飛ばし、足を真っ二つに断ち割った。
「なんっすか、今の!?」
「やべぇ!」
機動力を失い白銀のザンマギアが無残に倒れこむ。
その胸部運転席目掛けて”魔王”が駆ける。
ネモの悲鳴が響く中、タツタは無我夢中でバンディットを飛び込ませた。
自分達をかばって、誰かを死なせられるものか!
『こっち向け、“魔王”さまよぉ!』
抜き放ったハチェットを、無我夢中で”魔王”の頭上から振り下ろす。
大質量が直撃する寸前、”魔王”が両腕を頭上へかざす。
足を止めた”魔王”の頭上で、両掌に増えたハチェットが消失する。
『無駄ですよ、そんなもの』
ヤケクソで投げ付けたハチェットの柄部分も、“魔王”タイガに余裕を崩せない。
こうなりゃ、大破直後で左腕を叩きつけるしかないか。
「くっそ、ハチェットもダメか!」
「……こっちの一撃は防御した?」
ネモの呟きを聞きながら、タツタは覚悟を決める。
けれど、バンディットの攻撃も無駄ではなかった。
”魔王”が大きく後ろへ跳び退り、その前方に棘付き鉄球が突き刺さる。
『迷惑客、退場希!
機関全力駆動……
真っ白い光の翼を背負い、ヨルムの小柄な体が弾丸のように戦場に飛び込む。
”魔王”とバンディットの間に割り込むように着地、棘付き鉄球を”魔王”は勢いよく蹴り飛ばす。
大きく身をよじって棘付き鉄球を避けた”魔王”タイガへ、ヨルムが猛然と飛び掛かる。
光る掌が”魔王”の腕を弾き、大きく後退させる。
『二国パイプ、我等と先約也。
汝、荷物受領、邪魔故』
『そちらこそ、勧誘の邪魔はよしていただきましょう!』
タツタとネモの眼前で、ヨルム神官長の苛烈なクレーム対応が始まった。
続けざまに打ち込まれるヨルムの打撃に、”魔王”タイガの表情から余裕が消え去る。
タツタもようやく後方確認の余裕が出来た。
大破した神殿のザンマギアの胸部から、ギアドライバーはどうやら無事脱出できたらしい。
「ネモ、俺は前方を注視する。
神殿のギアドライバーが無事に戦場離脱できるか確認を!」
「了解!」
飛びのいた”魔王”タイガが前へ突進、反撃に出る。
だが繰り出された危険な掌をヨルムが左手で跳ね上げ、白い光をまとってくるりと横回転。
猛烈な後ろ回し蹴りが魔王タイガの脇腹へ突き刺さる。
姿勢を崩す魔王タイガの背を
スーツの身体がピンポン玉のように吹き飛ぶ。
「なんなんだ、あのスーツ!
あんな一撃でも汚れ一つないぞ……」
「多分アレ、【魔王の黒壁】っす。
魔王の力の根源、バッドカルマを物質化したモノ……!」
あまりに異様な光景に、思わずタツタは目を見開く。
吹き飛ぶ“魔王”の全身が黒く輝き、物理法則を無視して急旋回、落下して着地。
“魔王”タイガのまとうビジネススーツが黒く不気味にうごめく。
弾丸のような勢いで飛びこんだヨルムとタイガ、二者が再び猛烈な格闘戦を開始する。
「たぶん死ぬほど強固な無敵バリアーっす!
噂じゃ、勇者しかアレは壊せないって……」
「黒塗りの顔もあのスーツも全部そうか!
じゃあ、ザンマギアよりタフだぞあの人間サイズエネミー……」
肘、拳、足刀。ヨルムの強烈な一撃が危険極まりない“魔王”の掌の攻撃と防御をかいくぐって突き刺さる。
ヨルムの攻撃を受けるたびにスーツが輝き、ほんの少しずつ力を失っていく。
「……くっそ、バトルのレベルが違いすぎる。
あんなとこ、割って入れねぇ!」
「ライフルの援護射撃もムリっす。
うっかりヨルム神官長に当てかねない……!」
人間サイズの強者同士が目まぐるしく位置を変えて白兵戦を繰り広げる。
動きを目で追うのが精いっぱい、タツタとネモは観客に徹するしかなかった。
確実に戦闘力はヨルム神官長の方が上だ。
そしてロングスピアの直撃とは違い、ヨルムの攻撃は確実に“魔王”に効いているようだ。
だが“魔王”は異様にタフすぎる。あとどのくらい当てれば倒せるのか。
「パイセン! 神殿のギアドライバーさん、戦場から離脱完了したっす!
こっちはどうするっすか……?」
「このまま現状維持!
あの“魔王”しっかりこちらに注意を向けてやがるぞ」
これで戦場に残るのはバンディットとヨルムだけ。
激しい格闘戦を注視しながら、タツタは人間サイズの人外魔境バトルに意識を集中する。
アレだけ劣勢に見えても、”魔王”はバンディットを視野に入れたままらしい。
戦場から離脱すれば、ほぼ確実にこちらを追いかけてくるだろう。
『前世紀の遺物はそろそろご退場ください!』
『大戦無知ナル青二才。
古豪、
叩き込まれた
その胸元目掛け、ヨルムの白く光る掌底が叩き込まれる。
”魔王”が差し出す黒い光をまとった掌が白い掌底と接触し、激しく光がスパーク。
白と黒の光がせめぎあう肉弾距離の背後へ、軌道を変えて戻った棘付き鉄球が背後から突き刺さる。
大質量の直撃に、”魔王”の身体が地面へ叩きつけられ、大きく跳ね飛ぶ。
だが、”魔王”の顔にはしてやったりの笑みがあった。
『……土遁!?』
「生命反応、真下方向……!?」
「また地中に潜ったのか!
ゲッ○ー2かよ……」
土煙を巻き上げ、”魔王”の姿が戦場から消え去る。
三者三様の驚きが戦場に響く。
追撃に叩き込まれた
さしも歴戦のヨルムも、土中の敵へ追撃する術はないらしい。
『標的、何処……』
逃げてくれたならそれで良い。
小さく安堵の息を吐いた瞬間、先ほどまでに数倍する悪寒がタツタの全身を突き抜けた。
地中から”魔王”がこちらを見ている。
うすら寒い確信に突き動かされ、タツタはバンディットを駆けさせる。
「ネモ、センサー類から目ぇ離すな。
”魔王”の狙いはこっちだ!」
「マぁジっすかぁ!?」
向かうはもっとも安全な場所、ヨルム神官長の傍だ。
うやうやしくひざまずき、残る右手をヨルムの元へ手を差し伸べる。
意図を瞬時に察し、ヨルムがバンディットの腕を右肩まで軽やかに駆け上がる。
『現状、如何?』
『”魔王”の反応、地中深くて負えないっす!』
『魔王の狙いはこちらです。
恐らく地中から奇襲が来ます』
タツタとザンマギアのセンサーで周囲を警戒し、ヨルムに迎撃してもらう。
とっさに考えた即席の陣形だ。この距離なら相互にフォローの手が届く。
即席でどこまで連携できるかは未知数だが、ここが一番安全だとタツタの感覚が言っている。
『初撃はこちらで何とかします。
次撃へ対応を願えますか?」
『是』
地中に消えた”魔王”のねばりつくような視線がタツタの感覚を刺激する。
どうやってかは知らないが、相手はザンマギアの位置をきっちりとらえているらしい。
小さく息を吐き、タツタは”魔王”の不気味な笑顔を思い浮かべる。
”魔王”側から吹っ掛けられたケンカとは言え、これは自分達の案件だ。
「社畜コンビ、舐めんな。
たとえひよっこにだって意地はある……」
パワハラ、理不尽クレーム、何するものぞ。
会社にしがみつくためなら何だってやってやる。
小さなひよこボディに闘志を燃やし、タツタは激突の覚悟を決めた。
激突はまもなくだ。ネモは準備を手早く整える。
左腕アームバンパー励起。ここは壊れたっていいパーツだ。
腕部固定型の増加装甲が、失った左手首を補うようにせり出す。
まるで怪我人のつけるギプスみたいだ。
「ネモ、ライフルを準備だ。
多分アレがこっちの最大火力だな?」
「ふぇ!?
た、確かにリロードは終わってますけど……」
最後はウチがキメろって言うんすか!?
突然割り振られた役目に、ネモは思わず声を上げる。
迷う暇はない。右手に意識を集中し、
『神官長さま、こちらの火力で援護を行います。
当てる隙を作っていただけますか』
『了』
再”顕現”バンディットライフル。
長大なライフルがバンディットの残る右手に握りしめられる。
武器の準備は出来た。けれど心の準備はまだだ。
ライフルはネモの管轄だ。けれど、本当に当てられるのか?
「パイセン……さすがに、当てる自信ないっすよ!」
「責任は俺が負う。
だから……ネモ、すまん」
え、何を? 疑問を口にするよりも先、頭上から小さな羽ばたきが聞こえた。
助手席上方のひよこサイズ運転席からタツタがふわりと飛び立ち、ネモの頭に着地する。
頭皮にがっちり蹴爪を食いこませ、ひよこヒップがすとんと頭に乗る。
「痛い! 食い込んでるっすよパイセン!?」
「リンクドライブ対象を助手席全体へ拡大!
……ネモ、集中しろ。情報量に酔うぞ」
ネモの全身を浮遊感が襲い、視界が切り替わる。
冬の風呂に入った時のように、手足が温まり、血が巡っていくような感覚。
視点が高い、全身が重く、肌の隅々が火傷したかのように痛む。
木々や建物の高さが低くなった? いや、自分の背が伸びたのだ。
タツタのリンクドライブに巻き込まれ、ネモはバンディットを自分の身体として認識する。
ここまでは体験済みの感覚だ。けれど一点明らかに違うものがあった。
「ネモ、見えるだろ。
世界が信号機みたいな色分けされてる。
地中から赤や黄の矢印がこっちに伸びてるはずだ!」
「え、ナニコレ?
こんな機能知らないっすよ!」
戸惑いながら、ネモはゆっくりと視界の中を目で追っていく。
真下の地面から赤色、黄色、二色の矢印が幾つもバンディットへ伸びている。
バンディットの足元のわずかな空間が緑で、離れれば黄色や赤色のまだら模様に塗られている。
右肩のヨルムを中心に、濃い緑色が広がり、離れるごとに黄色と赤になっていく。
普通のリンクドライブなら経験があるが、こんな演出は初めてだ。
「……この色、信号機カラー?
これってひょっとして、”先輩”の【
「……なるほど、そうかもしれん。
多分これ、相手からの敵意や害意を感じ取ってる。
見える矢印は地中の”魔王”からのものだ。
緑が安全、赤が危険。行動の選択肢が色分けされて見えるんだ」
なるほどそれで、敵の狙いを断言出来たのか。
それって正直、結構なチート能力なんじゃ。
理解した瞬間、ネモの背筋を悪寒が這い上がる。
迂闊に動けば、きっと魔王がこっちに標的を変えていたんだろう。
「ネモ、いけるか?
どうしてもってなら引き金も俺が引く」
「……大丈夫っす、パイセン。
ウチらはコンビなんっしょ?」
撃ってどうなるかはわからない。
けれど絶対に、外せない。
祈るような気持ちで弱弱しく笑い、頭上のタツタへ手を伸ばす。
ひよこボディを両掌で優しく抱え上げ、大きく開いた服の胸元へ落とし込む。
「わっぷ!?
おい、ネモ!?」
「ほら、”先輩”
頭上よりこっちの方が安定するでしょ。
ちょっとだけ、我慢するっす」
一心同体、一羽と一人の心臓の鼓動が重なり合うのがわかる。
弱い自分の心を温もりで満たし、ネモは感覚を地中に伸ばす。
その瞬間、生命と
真っ赤な矢印がずしりと意識に突き刺さり、地中から何かが高速で迫って来る。
「”魔王”、急速接近!」
タツタ操るバンディットが低い姿勢で構え、ヨルムが右肩を蹴って空へ駆けあがる。
ぞわぞわと悪寒が背筋を駆けのぼり、ぴんと緊張感が張り詰めた。
赤と黄色のフィールドが狭まり、周囲から危険が押し寄せる。
どこだ、どこから来る。リンクドライブの視界で、ネモは必死に感覚を研ぎ澄ます。
赤い矢印が集まり、真っ黒な一本の矢印となってバンディットへ突き刺さった。
「足元方向ぉっ!?」
「跳ぶぞ、捕まれ!」
えっ? 聞き返す間もなく、バンディットの鋼の巨体が地を蹴った。
その直後、ビジネススーツ姿の”魔王”が弾丸のように地中から飛び出す。
”魔王”タイガの黒塗りの顔に浮かべた笑みが驚愕に固まる。
「元球児の反射神経、舐めんな!」
人体を模したザンマギアにとっての足元からの攻撃は死角だったはず。
だが高速で突撃してきた”魔王”とバンディットが交錯する寸前、鋼の巨体が宙を舞う。
全速力の突撃を完璧なタイミングで回避し、バンディットの左腕が横殴りに”魔王”へ叩きつけられた。
空中の不自然な姿勢、飛んでひねっての一撃が”魔王”の身体を打ち据える。
『羽虫が!』
”魔王”のビジネススーツが真っ黒な炎のように噴きあがる。
命中したはずの一撃を炎が食い止め、”魔王”の左手がバンディットのアームバンパーを掴む。
”魔王”の身体が横殴りに吹き飛ばされると同時に、バンディットの左腕から先が吹き飛ぶ。
「ネモぉ!」
「イエス、アイハブコントロール!」
胸元で叫ぶタツタから目を切り、操縦権を強引にネモが掌握する。
横合いから伸びる真っ赤な矢印が幾つもネモの意識へ突き刺さる。
みっともなく倒れた姿勢から身をひねり、必死にバンディットに射撃姿勢を取らせる。
視線を”魔王”へ向けた瞬間、上から棘付き鉄球が黒いビジネススーツへ着弾した。
『好機、是今!』
真っ白な輝きをまとい、彗星のようにヨルムが”魔王”目掛けて舞い降りる。
蹴り、膝、肘。ヨルムの猛烈な連撃がビジネススーツに叩き込まれる。
そしてとどめに腰を沈め、鋭い横殴りの足払い。
完全に体勢を崩したところに、伸び上がるような動きの掌底が”魔王”の身体を突き上げる。
魔王タイガの身体がゴムボールみたいに高々と撃ち上がる。
バンディットへ伸びる赤い矢印が一斉に消え失せた。
移動目標への高難度エイム。
だが敵は無防備。
狙うは、ここしかない。
「今だ、ネモ!」
「
ターゲットサイト、ロックオン。
叫びと共に鋼の指先がライフルの引き金を引く。
轟音、発砲、ずしりと伝わる反動を全身で抑え込む。
バンディットライフルから撃ちだされた巨大な砲弾が、吹き飛ばされた”魔王”タイガへドンピシャ着弾する。
ビジネススーツの魔王の身体が横殴りに吹き飛ばされ、二度、三度と地面でバウンドする。
そこへ容赦ない追撃。ヨルム神官長が放った
「……い、生きてる?」
「……死ぬかよ。
生身でザンマギアの肩に飛び乗って来る相手だぞ……」
噴きあがった土煙が視界をうっすらと遮る。
ヨルム神官長が鎖鉄球を素早く引き戻し、戦闘態勢を崩さない。
リロード中のライフルの狙いを定めて威嚇しながら、タツタとネモは魔王の様子をうかがう。
四肢がもげるとか胴が四散するだの、悲惨な想像すら脳裏によぎる。
だが、土煙が晴れた”魔王”は五体満足のままだった。
そして土の地面であおむけに倒れ伏す魔王タイガの周囲、空間が真っ赤な色に染めあがる。
ずたぼろに引き裂かれたビジネススーツ姿の”魔王”が身じろぎし、黒塗りの顔がびしりとひび割れる。
黒塗りの顔の下から覗く肌色の口元が、牙を剥くように吠えた。
『勧誘へのお返事、確かにいただきましたよ……』
全身を小刻みに震わせ、”魔王”タイガが呟く。
同時にハリネズミのように赤い危険の矢印がまたも飛び出し、バンディットへ突き刺さる。
安全を示す緑色がバンディットの周囲からあっという間に消え去り、赤と黄色に埋め尽くされる。
油断のない足取りでヨルム神官長が前に出るが、赤い矢印が減る様子はない。
「生きてた!
ってか何あれ、第二形態……?」
「ネモ、代われ!
後は俺がなんとか……!」
ビジネススーツの上着をむしり取るように脱ぎ捨て、”魔王”タイガが掌を地に叩きつける。
赤を超えた黒い炎が、そこから立ち上る。
恐ろしい力を呼び起こしながら、黒塗りの仮面の下で”魔王”タイガが吠える。
『言葉で通じないなら、方法を変えるとしましょう。
『否。時既遅シ。
汝、勝機逸ス』
魔王よ、お前は本気を出すのが遅すぎた。
叫びを打ち消すように、ヨルム神官長が静かにそう宣言する。
地から立ち上る黒い炎を打ち消すように、天から白い光が降り注ぐ。
天まで届く白い光の柱の先、遥か天頂にかすかに輝く青い惑星が見えた。
あれは地球だ。そして、ネモはあの光も何度か見たことがある。
「ひゃっほう!
”勇者”様のご降臨っすよ、パイセン!」
「おいおい、とんだ重役出勤だな!」
胸元のタツタを抱え上げ、ネモは満面の笑みで叫ぶ。
視界がぼやけ、意識が助手席の身体へと戻って来る。
モニターで輝く白い光の柱の中からルビー色に輝くザンマギアがゆっくり歩み出る。
もう安心だ。”魔王”の相手なんて”勇者”様に任せてゆうゆう退勤すればいい。
そう思いながら向けた視線の先、魔王タイガの姿はもう無かった。
「……いや、逃げ足はっや!」
「影に沈み込むように消えてったぞ。
あっさり退勤とか向こうはホワイトだな」
モニターを拡大してみると、何やら名刺らしきものが落ちている。
うん、見なかったことにしよう。
湖を振り返ってみれば、白銀のザンマギア2機による毒巨人の討伐も無事終わったようだった。
「なぁんだ。
パイセン、向こうの会社行きたかったんすか?」
「ばぁか。
どっかの人見知りを置いていけるかよ」
リンクドライブ解除。戦闘モードから巡行モードへ。
全身にみなぎる全能感が消え、助手席のしっかりしたシートの感覚が背中に戻って来る。
全身にどろっとした倦怠感が行きわたり、代わりに勝利の実感が少しずつ押し寄せてくる。
胸元に埋まって疲労困憊のひよこボディを、満面の笑みで抱きしめる。
「うわぁい、勝ったっすよパイセン!」
「うひゃ、こら!
まだ残務処理が終わってねーよ!」
タツタが悲鳴を上げ、大慌てで胸元からするりと逃げ出す。
ひよこ専用運転席へ逃げ延びたタツタが、慌ててシートベルトを締め直す。
喉の奥で笑みを噛み殺しながら、助手席脇に固定した魔法瓶のハーブティーをゆっくり飲み下す。
『二国パイプ、貢献多謝。
願再開、納品荷受』
『こちら二国パイプ、バンディット!』
『ただいまより納品を再開します』
ローブを羽織り直したヨルム神官長が、労いの声をかけてくれる。
そうだ、これからが本来の仕事なのだ。
息を吐き出し、ネモは魔法瓶の蓋をしっかり締め直す。
時刻も深夜、疲れ切っているはずなのにちっとも眠気がやってこない。
まったく。戦闘なんて業務外の仕事すぎる!
『異界の地に、正義の炎が燃え盛る!
やってきました、青い星から今日もまた。
悪よ此度もさぁ名乗れ、あなたはいったいどちら様?』
凛々しい少年声が響き渡り、ルビー色のザンマギアがゆっくりと戦場へ舞い降りる。
遅刻した勇者様が、敵のいないことを知らずにかっこよく見得を切ったのだ。
遅れての登場だって、”魔王”様を撤退させてくれたのは十分な貢献だ。
けれど、勇者様がバトルし損ねたのは少し申し訳なく思う。
『大遅刻ごめんなさい!
皆さん無事ですか、残敵は……!?』
ヨルムが素早く”勇者”さまの元へ駆けていくのを確認し、ネモは運転席へ目線を上げる。
にやりと手羽でサムズアップするタツタを見て取り、ネモはからかうように声を張り上げる。
「いよっし、がんばれパイセン。
後ひと踏ん張りっす!」
「おう、荷下ろし場所まで案内頼むぞ!」
たまりたまったタスクを片付け、ようやく本来の業務へと立ち戻る。
後は背中の荷物を下ろして、荷受けしてもらうだけだ。
長い長い一日だったが、ようやく二人揃って退勤できそうだった。
けして自分は負けたわけではない。
“魔王”タイガはそう思っていた。
だが、上の判断はどうやら違ったらしい。
「……ねぇ、私、言ったわよね?
誰にでも出来る簡単なお仕事だって」
「はい、確かにそうお聞きしました」
甲高い声で、高圧的な言葉が投げ下ろされる。
タイガの視界には磨き上げられた床しかない。
ここは㈱
異世界のマギアースを見下ろすガラス張りの一室で、タイガは土下座の姿勢を取らされていた。
「新人の……あなたが!
勝手な判断で顔見せして!
その上みっともなく逃げ帰ってくるなんて……!」
高圧的な物言いとともに、深々と下げた後頭部を硬い靴で踏みにじられる。
床をなめるって比喩をこの身で味わう。
土下座なんて軽いものだと思っていたが、訂正する。
なるほどこれはなかなかの屈辱だ。
「ねぇ、一から教えてあげたわよね。
魔王としてのあり方がどういうものか!
新人教育、どこで間違えたのかしら……」
「しかし、課長」
顔を上げ、出来るだけ穏やかに弁解の言葉を吐こうとする。
その瞬間、タイガの後頭部はより一層強い力で踏みつけられた。
額を硬い床に打ち付け、痛みと屈辱にタイガは心を燃やす。
「ご主人様、でしょう?」
誰がご主人様だ、中間管理職。
お前が“勇者”が怖くて新人に仕事を押し付けたんだろう?
真っ黒に影を落とした黒塗りの顔の下でタイガは密かに反抗心を燃やす。
口にはけして出さない。
下克上を狙うのは今じゃない。
「しかし、ご主人様。
我が支店の人員不足は明らかです」
「そうね、言うこと聞かない無能社員のクビも切れないくらい人手不足だもの。
でも、採用も面接も貴方の仕事じゃないでしょう?
固い床に額をこすりつけられながら、タイガは唇を噛みしめる。
こんな話の通じない上司だけでなく、きちんと話の通じる同僚が必要だ。
気を許せる相手がほしい。それが下剋上の手ごまとして使えればなお良い。
「出過ぎた真似をして申し訳ございません。
ですが、ぜひとも手駒として使える戦力が必要だと思いまして」
「……顔を上げていいわ、タイガ」
内心を隠して紡いだ言葉に、ようやくお許しが出た。
うやうやしく顔を上げ、上司と目線を合わせる。
高級感溢れるオフィス内と、似つかわしくない小柄なゴスロリ衣装の少女が立っている。
彼女がこの“支配”課の主、“魔王”アリスだった。
「あのヨルムと対面して、よくも無様に生きて帰ったものね。
あなたのそのしぶとさだけは褒めてあげる」
「ありがとうございます」
このいかにもひ弱な見た目の少女がタイガの上司だ。
だがタイガにとって、上司であるアリスは頼れる味方ではない。
単に陣営が同じで利用し合えるだけの、潜在的な敵だ。
「それで?
教育がすんだばかりで営業活動も満足に出来ない新人“魔王”さま。
あなたがしたいのは威張れる手下作りなんですって?」
確かに自分は地球で社会経験のない若造だ。
けれど自分の未熟は教育した上司の無能さの結果だろう。
うやうやしくひざまずいたままタイガは心で吐き捨てる。
この上司はいつか殺す。この世界に来てからずっとそう思っている。
「いいわね、その欲業だけはとっても“魔王”らしいじゃない。
私は今のところ、二国パイプと事を構えるつもりはないけど。
手駒が欲しいのなら、あなたが勝手にやりなさい」
「はっ。
ならば……こちらを」
アリスが傲然と告げたアリスに、タイガはうやうやしく書面を差し出す。
支援はなくとも、行動の裁量は認められた。
ならば自らの欲望に従って”魔王”らしく行動するだけだ。
「……うん、社有車時間外使用申請書?」
「次は、ガーランドを使います」
二国パイプの従業員……おそらく声から男女の2名。
必ず、自分の“支配”下においてやる。
黒塗りの口元を笑みに歪め、タイガは決然と呟く。
「……いいでしょう。
実施計画書を持ってきなさい。
添削してあげるから」
うやうやしく頭を垂れたまま、タイガは心中にやりと笑う。
その暁にはこの極悪課長、この手で追い落としてくれる。
“魔王”らしい野望が、どす黒く燃えていた。
どうして、こうなった。
ここはコンピラー召喚神殿のゲスト滞在用スペースのベッドルーム。
真新しいビジネスホテルのように簡素だが清潔な部屋で、タツタは悟ったような顔で天井を見つめる。
「パ〜イセン♪
いっしょに寝ましょ☆」
「せめて拒否権ある時に聞いてくれ……」
吐息からアルコールの香りを放ち、真っ赤な顔でネモが無邪気な幼女のように笑う。
胸元で抱き枕かぬいぐるみのように抱えられ、タツタはネモの両手でしっかり握りしめられていた。
壁掛け時計の時刻はまだ丑三つ時、疲労はあるのにとても眠るどころではない。
「ん~……もふもふ、やらかい。
決まり、毎晩いっしょに寝ましょ」
「ひよこの基本的人権を尊重しろぉ!」
言葉が支離滅裂な言葉、話題があちこちに吹っ飛んでいく。
どこからどう見ても今のネモは見事な酔っ払いだ。
ネモが持ち込んだビールが、部屋の片隅に空き缶となって山のように積まれている。
「ったく、飲みすぎだぞ。
その缶ビール、地球から仕入れた得意先用の“手土産”だな?」
「だって今回の勇者さま。向こうじゃ未成年だったらしいんすよぉ」
だからって手酌で全部消費しようとするヤツがあるか。
この後輩、地球の頃から割と酒癖がよろしくない。
地球で何度介抱して家まで送り届けてやったことか。
「ぶー、今日だけ。こんなのも今日だけっすよ。
耳の奥で怒涛のクレーム電話が鳴り響き、
まぶたの裏に黒塗りのニヤケ笑いが張り付いて消えないのぉ」
「……お前が特別臆病だって訳じゃねぇよ。
チキンな俺だってそうさ」
とは言え今夜は、酒の力を借りたい気持ちもよくわかる。
おどけた台詞とは裏腹、ネモが不安げにタツタのひよこボディをぎゅっと握りしめる。
ザンマギア越しに受けた”魔王”の不気味な圧迫感、タツタだって背筋が何度寒くなったことか。
「……めちゃめちゃ怖かったっす。
いつ装甲を破って”魔王”が中に飛び込んで来るか。
先輩がまた死にかけるんじゃないかって……」
「俺がいつ死にかけたってんだよ……」
うるんだ瞳と酒臭い吐息で、ネモが呟く。
掌でぎゅうぎゅうと握りしめられながら、タツタは苦しげに相槌を打つ。
明日からいつもの一人と一羽に戻るなら、いくらでも寄り添ってやるさ。
「うるしゃい、ヒトの気も知らないで……!」
「や、やめろ、ネモ……つぶれっ」
正直今日イチで死の危険を感じた。
全力で抵抗するタツタに、ネモがけらけらと笑う。
「おねがい、パイセン。
自慢のぷにぴよボディで、悪夢を吹っ飛ばして☆」
「起きたらひよこの圧死体が、とかやめてくれよ?」
悪ふざけで満足したのか、ネモが軽いあくびをしてゆっくり目を閉じた。
やがて規則正しい寝息が聞こえ始める。
今のところ、寝顔は平和だ。
悪い夢を見ずに朝まで眠れるといいが。
自分もどうやらこのまま寝るしかなさそうだ。
「次は……うまくやるっすから。
見捨てないでください、先輩ぃ……」
「後輩一人、こんな場所に放っていきゃしねーって」
ホントに今のは寝言か?
甘える声音に、子供でも諭すように優しく言い含める。
ネモの平和な寝顔を眺めながら、タツタは静かに呟く。
「……俺も、次はうまくならなきゃあなぁ」
自分にも覚悟が、そして理解が足りなかった。
路面の状況も把握せず、いつも通りで安全運転出来るなどと思い上がっていたのだ。
ここは異世界マギアース、ハンドルを握るギアドライバーの眼前に飛び出すのは鹿や猪などではない。
ここはそこいらを人食いの怪物や魔王どもがうろつく危険地帯なのだ。
「今日生き延びられたのは、ダイスの女神様が微笑んでくれただけだ」
今夜のバトルを振り返れば、しみじみと思い知る。
逃げ延びられたのは運が良かったからだ。
修練、心構え、自身の技量、装備……自分には何もかも足りなかった。
「俺が世界を守れる“勇者”さまになれるたぁ思わんけれどな……」
もがくように天へ手羽を伸ばし、タツタは呟く。
せめてこの手が届く先を助けるくらいの力は欲しい。
今のままの自分では、いっしょに仕事する同僚一人すら守れない。
「ここは平和な日本じゃない。
それに合わせた安全運転があるはずだ」
決然と呟いた瞬間、口元からあくびがこぼれた。
真面目な決意が眠気を呼び込むとは、とことん自分は不真面目らしい。
けれどひよこサイズのこの決意、忘れてやるわけにはいかない。
「……せめて、一歩。
明日は今夜より先を進んでみせようか」
ネモに掴まれたまま、タツタはもう一度呟き目を閉じる。
結局自分は凡人なのだ、失敗を重ねなければ前へ進めない。
今夜自分は後輩を巻き込み、手酷く転んだ。
明日同じ場所で転ぶ真似だけはするまい。
静かな決意と共にタツタは睡魔に身を委ねるのだった。
●筆者の自己満足用語辞典
・ひよこ専用運転席
人間用運転席をひよこサイズに縮小した特注運転席。
ネモのお手製で、かわいいデコレーションと快適な座り心地にこだわりがある
ネモの座る助手席の上方に設置されており、手を伸ばしていつでも掴み取れる距離にある。
シートに“空気浄化”の