プロットの見積もりが甘く、ほぼ半分ぐらい書き直しを行っています。
1話分の投稿、ここでいったん終了となります。
自己満足のために書き始めたオリジナルですが、
あまりに見通しが甘く、プロットが崩壊した部分も多くありました。
続きのお話も考えてはおりますが、
気分転換のために別の短編などを書かせていただくため、
本作の次回の更新は未定、いったん凍結とさせていただきます。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
急な凍結申し訳ありません。
バトルの後には、まるでゲームみたいなリザルトの発表が待っていた。
「二国パイプ物流タツタ」
「はい」
清浄な香りが辺りにただよい、厳かな管楽器の演奏が響く。
ひよこボディでネモが用意してくれたネクタイを締め、タツタは厳かな面持ちで返答する。
激戦の翌日、ここは一夜明けたコンピラー召喚神殿の祭儀場。
蓮の花咲き誇る大きな人工池がしつらえた天井の高い広い空間だ。
式典に使われる大ホールの壇上に、タツタは式典の主役として立っていた。
「至、表彰」
「三月二十日深夜、コンピラー召喚神殿におけるチュートリアルに大魔王所属“魔王”タイガが乱入。
二国パイプ所属タツタは同社ネモと共に当方と協調し、これに相対」
前方にはローブをまとった神官長ヨルムが厳かに立っていた。
ヨルムの傍に控える側近の教団騎士が進行を読み上げる。
タツタの真後ろには、いつもの格好の上からネクタイを締めてネモがいる。
「物流タツタはザンマギアでの戦闘は初めてにも拘らず果敢に戦い、
その身を呈して当方への攻撃を防ぎ、ついには”魔王”を撃退せしめた」
神殿所属のギアドライバーや革鎧とローブ姿の大勢整列した神殿職員の視線が壇上のタツタに集中する。
ああ、肩が凝る。こんなかしこまった場はいつ以来だろう。
地球では成績表彰なんてとんと縁がなかった。
こんな晴れがましい場の主役だなんて、どう考えてもタツタの柄ではない。
「神官長ヨルム、宣言」
「”女神”の代行者としてここに宣言する。
貴殿が”チュートリアル”における功績と勇気を表彰し、
564代目”勇者”と認め、ここに勇者のサークレットを授ける」
ひよこ用に特設された壇上の上でタツタは直立不動する。
そのひよこヘッドへ特注の金属製の額冠が装着された。
まったく重みの感じない金属の額冠の代わりに、責任の重さが双肩にずしりとのしかかる。
「”勇者”タツタよ。
汝、その勇気と力をもって力なき者のために戦うことを誓え」
「非力なひよこの身ではありますが、
微力ながら務めます」
タツタの生真面目な宣言と共に、万雷の拍手が巻き起こる。
向けられた期待と歓迎の眼差しが、逆に小心者のタツタの胃を痛めつける。
本当にこれは必要なことなんだろうな、ネモ?
二日酔いの青い顔したネモの顔を思い浮かべ、タツタは心でぼやくのだった。
肩書一つ貰ったところで、人とひよこはそう簡単に変わらない。
「ほぉ、こいつぁ……」
けれど、肩書のお陰で通るわがままだってある。
手すりに蹴爪で捕まり、タツタはロボマニアの顔で目を輝かせる。
頭上には高い天井、足元からは威勢の良い掛け声と金属音が響く。
ここはザンマギアの整備するための駐機場所、ギアガレージ。
ひよこの眼下では神殿所有のザンマギアが1機、修理整備の真っ最中だった。
部外秘であろう整備作業の見学を許してもらえたのは”勇者”の肩書のお陰だ。
「なんとも夢のような光景じゃないか」
足がぽっきり折れた無残な損傷は、”魔王”タイガに膝裏を破壊された機体だろう。
神殿所有のザンマギア達の周りには木のやぐらが組まれ、はしごが立てかけられている。
やぐらやはしごの上には作業着の人々が鈴なりで、整備作業の真っ最中らしい。
毒巨人の飛沫でボロボロになった白銀の装甲を取り外し、数十人がかりで真新しい装甲へ交換されている。
「いかがでありますか、”勇者”さま。
ただの修繕作業でありますが、参考になれば幸いです」
「わがまま言ってすまねぇな。
ええと……」
手すりの手前、タツタの斜め後ろ、渡り廊下の奥からうやうやしい声がかかった。
ふわふわした栗色の巻き毛、見覚えのある風貌の女性ギアドライバーだ。
恐らくまだ20歳にも満たない程度に年若いが、この修理作業を監督する責任者でもある。
名前を思い出せないタツタに、朗らかに笑って女性が再び自己紹介をしてくれた。
「従士級ギアドライバー、メェル・シープであります」
「すまない。人の名前を覚えるのが苦手でね……」
神殿所属のギアドライバーでは紅一点、対”魔王”戦では眼下のザンマギアに乗り込んでいたはずだ。
動きやすさを重視した清潔感のある白い服をきっちり着込んでいる。
身長はネモよりもだいぶ小柄だが、たぶんあの角、あの尻尾を見るに羊の獣人族だろうか。
気づけば無作法にメェルの全身をじっと眺めてしまっていた。
タツタは慌てて眼下へ視線を戻す。
「これがザンマギアの整備なんだな。
これほど多くの人員が必要になるとは……」
「はい。ロングスピアと装甲は専用の鍛冶師が作った一品モノです。
あちらのローブ姿の人員は【修理】の
膝をやられましたからね……総がかりで作業してもらってるであります」
さっぱりした口調でメェルが解説を添えてくれる。
SFの機械の代わりにローテクと人力、そして
消失した膝部分で見える白や青のやわらかい輝きが、その【修理】の
向こうではザンマギアの武器、巨大なロングスピアが鍛冶師達にハンマーで叩き直されている。
「バンディットも早く直してやらねぇとな。
やっぱり片腕じゃ作業が色々大変だ」
バンディットの修理の手間を想像し、タツタは暗澹たる気持ちでぼやく。
大人数で大掛かりな修理がいるなら手間とお金が盛大にかかることだろう。
鬼上司に始末書何枚命じられるか分かったもんじゃない。
「”魔王”相手の初陣としては随分軽いものです。
名誉の負傷でありますね」
「よしてくれ、無我夢中でやっただけさ。
目の前で死人が出なくて本当に良かった……」
メェルの言葉に、タツタは居心地悪そうにひよこボディを縮こまらせる。
撃退できたのもネモが必死に稼いだ時間で、ロイン神官長が来てくれたおかげだ。
目の前に積まれたタスクを必死にこなしきっただけの結果オーライの産物だ。
「ご謙遜を。ご立派な戦いぶりでしたよ。
”魔王”から私の命を救ってくださったのは貴殿でありましょう」
尊敬のまなざしで見つめられ、タツタは無言で小さくはばたく。
タツタ当人が変わらずとも、周囲からの扱いは今までのままとはいかない。
”勇者”としてサークレットを付けてから、他人からの見る目が随分変わったのを感じる。
「整備の邪魔をして悪かった。
バンディットの様子を見に行くよ」
「ゲストガレージへ向かわれるのですか?
ならば、ご案内致します」
メェルの感謝の言葉から逃げるように、タツタは礼を述べて辞去しようとする。
称号一つ貰ったところで、タツタ自信が強くなったわけでもない。
やたら持ち上げられても、自分を見失うだけにしか思えない。
メェルの親切な言葉に小さく頭を下げ、タツタはひよこウィングで羽ばたいて宙へ舞う。
「大丈夫だ、すぐ隣だろう?
気持ちだけ受け取っておくよ」
「了解いたしました。それでは……
”勇者”さまが見学を終了なさいます。
総員、敬礼!」
作業員が一斉に手を止め、短く敬礼する。
注がれる視線が、タツタの小さなひよこボディを駆け巡る。
まったく、むずがゆいことだ。
ギアガレージを羽ばたいて移動しながら、タツタは小さく息を吐く。
これからずっと、この扱いと付き合っていかねばならないのだろうか。
頭に乗せた額冠が、ずしりと重さを増した気がした。
「はい、これでよし。
どうですか、ネモ?」
「ヴ、ぁ、あ。
ヤバい、すっごい沁みるぅ……」
いやぁ、
柔らかくあたたかな光がネモを包み、全身を解きほぐしていく。
風呂上がりに受けるマッサージを何倍にもしたようなリラックス感。
不摂生が原因の頭痛やけだるさが、あっという間に消え去る。
「まったくもう、”勇者”様支援で特例ですよ?
【治療】【解毒】の
「いやぁ、かたじけないっす」
椅子に身体を預けるネモの向かいで、ボーイッシュな容姿の美少女が愛らしく唇を尖らせる。
ここは召喚神殿内部のゲスト用ギアガレージ、その一角に作られた休憩スペースだ。
がらんと広い空間を、激戦の傷跡が残ったままのバンディットが占有している。
二日酔いの身体で式典を何とか乗り切った後、ここまで歩いてネモは力尽きたのだ。
「奇跡の行使はくれぐれも内緒でお願いしますね」
「貴殿のご厚意に感謝します、ロイン卿」
疲れの癒えた身体を大きく伸ばし、ネモはにっこり笑顔で礼を言う。
彼女はロイン、召喚神殿詰めで神官長ヨルム直轄の”教団騎士”。
ヨルムの身辺警護や通訳、その他雑用まで一身に行う若きエリートである。
地球出身でもなく立場もまるで違うロインだが、不思議とネモとは馬があった。
「抜群の戦闘センスに
若さと才能溢れるロイン卿がうらやましいっすね~」
「
冗談めかしたネモのおべんちゃらを、ロインが肩をすくめて受け流す。
その仕草で、ボーイッシュな顔立ちに見合わぬ豊かな胸元が強調される。
うーん、ご立派。
ロインの髪の間からは牛耳が覗く。彼女もネモと種族の近い獣人なのだ。
「ギアドライバーとしてはウチは裏方っすよ。
ま、パイセンのために社有車の手入れぐらいしときましょ」
若さと才能を羨んでいる場合ではない。
自分が今やるべきこと、それはバンディットの修理だ。
仮にも”勇者”さまの愛車になるのだから、損傷をそのままにしておくわけにはいくまい。
「【
ネモの両手に輝く
鋼の巨体が光の中に消え去り、代わりにネモの手元に1/144サイズのバンディットが現れる。
所有物認定した物体のサイズを縮小し、手元で修復、改造出来る。
ネモの
「ひとまず表面のダメージを修理」
完成イメージを思い描き、ネモは早速作業を開始した。
縮小して保管していたプラモデル修理用のチューブ入りパテを手元へ呼び出す。
熱と破片で削れた装甲表面の凹凸へ丹念に塗りつけていく。
「続いて失われた部位へ別機体の腕部の移植を開始」
完全に失われた部位を一からフルスクラッチするなど、さっと簡単にできる事ではない。
だが幸い、状態のいい別機体の腕部パーツが手元にあった。
出来合いのものと交換なら、パテの硬化を待つだけで事足りる。
“魔王”の攻撃で失われた左腕から先を関節ごと取り替え、違和感のある部分をパテを持って埋める。
左腕部が太く重くなった分、右にカウンターウェイトが必要だ。
右腕部にアームバンパーを接続。これで応急処置よし。
速乾性の緑の塗料でパテ部分を塗装し、違和感を減らす。
よしオッケー。本格的な手入れは会社に帰ってからだ。
「【
バンディット、元に戻りなさい」
かけ声と共にプラモデルサイズのバンディットが再び光に包まれ、ネモの手元から消える。
そしてゲスト用ギアガレージの一角、鋼の巨体が何事もなかったように再び現れる。
傷だらけだった鋼の装甲はきれいに修復され、失われた左腕部の代わりに一回りごつい腕部が接続されている。
「いつ見ても目を疑う光景ね、本当……
神殿のザンマギアなんて、今まさに数十人で整備中ですよ?」
「異世界に強制赴任なんて羽目になったんすから、
このくらいの特典、あってしかるべきっしょ」
無言で作業を見守っていたロインが感嘆の声を上げる。
友人の羨望の眼差しに、ネモは得意げに胸を張る。
手元作業で使ったのは、地球ならプラモデルコーナーでさっと集まるような道具だけだ。
プラモデル用パテや塗料で鋼鉄の巨体が修復改造出来る理由なんてネモすらわかっちゃいない。
自慢じゃないが、結構チートな能力だとは思う。
「さて、重心確認と動作テストといきたいとこなんすけど、
パイセンってばどこで油を売ってるんすかね」
「タツタさんのこと?
ふふ、あのひよこさんってやっぱり“噂の先輩さん”なんですか?」
何気ないネモの呟きに、ロインが意味深な笑顔で食いついてくる。
そう言えばまだタツタがマギアースに来る前、ロインとの会話で話題に出したことがあったっけ。
どうせ本人には聞こえないからって、素直にたっぷりタツタをほめそやした記憶がある。
「今はとんでもなくかわいらしい見た目っすけど、
ああ見えて人一倍安全にうるさい頼れるチキンなパイセンっす」
「ふふ、ネモが”勇者”さまにと推すわけです。
実際、すばらしい働きでしたものね。
貴女の安心出来る方が来てくれて良かった」
年下のロインが、にこにこと包容力のある笑みで見つめてくる。
確かにネモにとって最高の人選ではあるが、他人に言われると照れ臭い。
「そ、れ、よ、り。
晴れてパイセンが“勇者”になったからには、
召喚神殿も支援してくれるんっすよね?」
「ええ、出来る限りの助力は致します。
とはいえ“勇者”はタツタさん一人じゃありません。
ですので全力で支援を集中、とはいきませんが」
声を張り上げ、ネモは話題をそらして赤面をごまかしにかかる。
突然の“勇者”認定は召喚神殿から持ちかけられたものだった。
今回の事件を不運なアクシデントとするより、幸運なサプライズとして演出したかったらしい。
「戦力の底上げ、期待してるっすよ。
自分の力不足はたっぷり思い切ったとこなんすから」
「ええ、おそらくお二人は“魔王”タイガにつけ狙われます。
対処出来るようなっていただかなくては困りますからね」
“魔王”相手に名乗ってはいないが、装甲にも印字された社名を相手が忘れてくれるとは思えない。
二国パイプの社畜コンビで営業活動しているうちに、“魔王”と再び遭遇する可能性は無視できない。
悪夢に怯える夜を過ごさずに済むためにも、ネモにとっても“勇者”認定に伴う支援は願ってもない強化だ。
「実技を含めた“勇者”教習はこちらが行います。
タツタさんへの基礎説明はお願いしますね」
「仕方ない、二人っきりで個人授業しとくっすよ」
分厚い羊皮紙に描かれた資料を預かり、ネモは冗談めかして呟く。
実際ネモからタツタに強く頼んだのだから、説明義務はあるはずだ。
その時ちょうど、ネモの感覚がタツタの気配を捉えた。
「このひよこ臭いスメル……パイセン?」
「え、何も感じませんけれど……?」
戸惑い顔のロインへにやりと笑いかけ、ネモは鼻をひくつかせる。
多分これはブタ族獣人特有の超嗅覚なんだろう。
胸部コクピットの狭い空間であれだけ嗅いだ独特の臭い、間違えるはずがない。
「うぉ、なんだこりゃ!
バンディットに……見たことない左腕がついてる!?」
そして、ひよこボイスが上から降ってきた。
ギアガレージの渡り廊下3階の手すりのところに、見慣れた黄色いひよこの姿がある。
驚きを浮かべたロインが小さくうなずき、頑張れと手を振ってその場を離れていく。
気を遣ってくれた共に笑顔で手を振り返し、ネモはタツタまで届けと声を張り上げる。
「ちょっとパイセン、どこ行ってたんすか!
人が二日酔いをこらえて頑張ってたってのに」
「こちとら右も左もわからぬひよっこなんだ。
社会見学ぐらいさせろ!」
打てば響くとばかりに言葉を投げ返し、小さな一角ひよこが三階の高さから降ってくる。
ばさりと羽ばたきホバリング、ふわりとひよこボディがネモの向かいへ降り立つ。
びしりと背後のバンディットを指差し、タツタが軽い口調で問うてくる。
「神殿に修理を頼んだ……訳ないな。
ネモが直してくれたんだよな?」
「あったりまえじゃないですか。
バンディットの整備、ウチの仕事っすよ」
タツタの言葉に、ネモはにやりと得意げに胸を張る。
あなたのために頑張ったんですよ、先輩。
だからお褒めの言葉をください。
たとえやって当たり前の業務だとしても、ねぎらいの一つぐらいあっていいはずだ。
「さすが。デキる女は仕事が早い。
助かったぜ、相棒」
ひよこフェイスに感心を浮かべ、タツタが言葉をかけてくる。
相棒。投げかけられた言葉が心にすとんとはまりこむ。
そうか、相棒か。タツタの言葉と声には、確かな信頼が込められていた。
「ふーん、なるほど。
ウチはパイセンの相棒なんっすね?」
「……すまん、ハラスメントだったか?」
タツタにとっては、何気なく投げかけた言葉だったのだろう。
焦った様子で問い返すタツタに、ネモはにんまり笑ってひよこボディを両手で抱え上げる。
「いいえ、とんでもない。
パイセンにしては悪くない言葉選びっすよ」
小さくてやわらかなぬくもりが、この掌の中にある。
ぷりちーなひよこボディへ、ネモはとびっきりの笑顔で声をかける。
「さぁ、パイセン。
応急修理部位の動作テストと、重心確認が待ってるっすよ」
「おう、それじゃ早速試させてもらうか。
サポート頼んだぜ、相棒」
タツタの言葉を胸に刻み、ネモは笑顔でうなずく。
先輩は自分を信じてくれている。
ならば、信頼には応えなきゃならない。
この小さな”勇者”さまの相棒として、これからも。
いつだってこの場所は、現状と未来への不安を忘れさせてくれる。
「パイセン。運転、足元気をつけて。
装甲はボロボロ、どこから浸水してもおかしくないっす」
「湖底の泥を歩くんだ、まぁ気はつけるさ。
転んで覚えるのは小学生までだ」
リンクドライブを巡行モード。
ハンドルを握りしめ、タツタは慎重にアクセルペダルへ慎重に体重をかける。
踏み出す鋼の足が、巨体の重量でずぶりと泥の中へと沈み込む。
ひよこボディのチキンな三半規管にバランス取りを任せ、慎重にすり足でゆっくり前へ。
「交換した左腕部、重いはずっす。
車体の重心バランスは?」
「まぁ及第点。右手のカウンターウェイトが効いてる」
ここは愛車バンディットに特設されたひよこ専用運転席だ。
真下の助手席に座るネモへ軽口で返し、タツタは慎重にバンディットを歩かせる。
足元の背面モニターにはコンピラー召喚神殿の外観が美しく輝いている。
モニターカメラ越しに見える周囲には、バンディットの腰ほどある深さになみなみたたえられた水が映る。
「浸水アラート鳴ったらすぐ陸へ向かってください。
直したばかりで浸水大破とか間抜けすぎるっすからね」
「そいじゃ、まずは足元注意ってことで。
焦って転んだら目もあてらんねぇ」
バンディットの現在地は、コンピラー召喚神殿をとりまく美しい湖の真っ只中。
湖岸にはローブ姿の
各種テストと訓練を兼ね、タツタは湖の浄化作業に協力を行っていた。
「湖底に大型堆積物反応あり。
多分毒巨人の肉塊っすよ」
「了解……うぇ、湖面に魚の死体がたっぷり浮いてるぞ」
アクセルからブレーキに踏み変え、鋼の巨体を慎重に屈み込ませる。
両腕に握りしめたザンマギアサイズのシャベルが湖底をさらう。
水面に持ち上げたシャベルの上には水を吸って膨れ上がった毒々しい紫の塊が載っていた。
「うわ、ひっでぇ!」
「こんなもの、自然浄化なんてムリっすからね……」
シャベルを水から持ち上げたまま腕の動きをロック。
タツタは慎重なすり足でバンディットを湖岸へと寄せていく。
湖岸に作られた廃棄物投棄用のスペースへ肉塊をそっと下ろす。
ローブ姿の神殿の
白い煙と共に光が立ち昇り、毒々しい紫の肉塊がグズグズに崩れて消え去っていく。
「いやー、マジひっどい汚染っすねこれ。
ザンマギアなしじゃどうしようもないっすよ」
ネモがげんなりした顔でぼやく。
作業に従事すること約1時間、5回ぐらいは肉塊を見つけて湖底から掬い上げただろうか。
たっぷり水を吸ってしまったせいか、湖岸に置かれたぶよぶよの肉塊の山は大量だ。
多分全部あわせればザンマギアの2倍ぐらいの質量があるだろう。
「これだよこれ。
巨大ロボットはやっぱり人の役に立たなくっちゃな」
対象的に運転席のタツタは満足顔だ。
人間の作業員と同じように、巨大なザンマギアが作業に従事する。
タツタが思い描く、人と技術のあるべき姿がそこにあった。
『“勇者”タツタ殿!
奉仕作業へのご協力感謝いたします。
後の処理は我々にお任せください』
『部外者が割り込んじゃってすまねえな。
それじゃ、お言葉に甘えるとするぜ』
白銀のザンマギアが敬礼し、感謝の言葉を投げかけてきた。
ローブ姿の
タツタは鷹揚に応え、借りたザンマギア用シャベルを持ったまま作業場を離れる。
この場に自分がいれば、却って作業の邪魔になってしまう。
湖岸を離れ、ゲスト用ギアガレージの大扉に向かってバンディットを歩かせる。
「やれやれ、ちょっと手を貸した程度でなんだよ」
「パイセンってば、ホント変わらないっすね」
堅苦しそうに呟くタツタに、ネモがけらけらとからかうように笑う。
言われるままに勇者となるのを受け入れたが、まだ心の中はしっくり来ていない。
タツタが出来るのは、あんな風に歯車として働くことだけだ。
人々の期待を一身に受けて困難に挑めるような性質ではない。
ギアガレージの大扉の脇に借り物のシャベルを立てかけ、大扉を引き開けてギアガレージの中へと入り込む。
がらんと広い空間に他のザンマギアはやはりいない。
駐機用固定具にバンディットを接続し、直立駐機する。
姿勢固定よし、破損可能性なし。リンクドライブ解除。
機関が止まり、明かりが室内灯だけになったコクピットでタツタは問いかける。
「で、相棒どの。もっかい確認するぞ。
“勇者”になったからって、二国パイプのギアドライバーをやめなくて良いんだな?」
「ええ、二国パイプは副業禁止されてないっしょ?」
薄暗い室内で、ネモは軽い口調で返答する。
なんだそりゃ。勇者さまって称号も小銭稼ぎの副業扱いかよ。
変わらなくて済むのはありがたいが、あまりに変わらなすぎるのも問題だ。
まるで残業代なしで働かせるために昇進させられる、名ばかり管理職みたいじゃないか。
「勇者さまは神殿に就職してお給料をもらうわけじゃないっす。
もちろん働きに応じての臨時報酬は出るっすけどね」
「大層な呼び名とは別に、ずいぶん軽い扱いじゃないか。
なおさら何で俺を“勇者”にしたてあげられたんだ?」
タツタは仏頂面で、あくまで軽い口調のネモをじろりとにらむ。
神殿で人に会うたび敬礼され、ずっとタツタは居心地悪い思いをしていた。
こちとらか弱いひよこボディの、成り立て勇者に過ぎないってのに。
「そりゃあもちろん、パワーアップのため……
あと何よりも、きちんとタツタパイセンが世間に評価されてほしかったんす」
タツタの視線に、しおらしい声でネモが言う。
いったいネモは何を言いたいのだ。
シートベルトを外し、ひよこ専用運転席から下方助手席のネモのところへ着地する。
「誤解を積極的に輸出しようとしてるようにしか思えないんだが?」
「まず今回、遅刻した勇者さまの代わりに前線で命を張ったのはパイセンっすよ!」
結果だけ客観的に見れば、まぁそうではあるが。
ネモの言葉に、タツタは眉間にしわを寄せる。
ちょちょいのちょいで解決できる簡単な手助けと思い込み、
思わぬ難題がっつり背負った見積の甘い間抜けなだけだと思うが。
「結果オーライで語ってくれるなよ。
俺は”勇者”さまって持ち上げられるような大層な人間じゃねぇ」
「じゃ、逆に聞くっすよ。
勇者様ってのはいったいなんなんすか?」
ネモに問いかけられ、タツタはぐっと言葉に詰まる。
勇者なんて昔のジャンプアニメか古いゲームでしか知らない。
ロボアニメと言うと勇者王だが、アレもスパロボ知識しかない。
「……どんな危機にも立ち向かう勇気ある者の事なんだろ?」
臆病で慎重な自分とは、正反対の称号だ。
口に出してから、思わずタツタは表情を自虐に歪める。
「確かにそれは勇者の一つの理想形。
でも、ウチがパイセンを推す理由は違うっす」
そんなタツタと対照的に、しっとりした微笑みを浮かべて指を一本立てる。
ほう、ならば聞かせてもらおうか。
まるで評論家先生のような心持で、タツタはネモの膝の上で腕を組んだ。
「困っている誰かを見たら、自然と身体が動いちゃう。
他人の苦難を見過ごせずに飛び出しちゃうようなおせっかいさん。
それだって立派な勇者さまの資質っすよ」
整った顔立ちにたっぷりの笑顔を乗せ、ネモが両手でタツタのひよこボディを抱え上げる。
にっこり笑顔に至近距離で見つめられ、タツタは思わずたじろぐ。
「そんな、誰にでもあるようなちょっとした親切心だろ」
「そんなちょっとした親切心に、ウチは地球の頃からたくさん救われてきたんすよ」
照れ臭そうに視線をそらしても、ネモの追撃は終わらない。
感謝の思いを言葉と表情に乗せ、タツタの耳へ流し込んで来る。
「ウチにとっての”先輩”は、とっくの昔に立派な”勇者”さまっすよ」
掌から温もりを伝えながら、満面の笑顔でネモが言い放つ。
わかった、もうやめろ。爆発四散しそうなぐらい恥ずかしい!
恥ずかしさで全身真っ赤に染まった気分で、心の中でタツタは白旗を上げる。
「……ええい、わかった、俺の負けだ!
つまり俺はおせっかいなまま現状維持すればいいんだな?」
「はい。重い荷物あったら持ってあげ、大変な作業あったら手を貸しましょう。
そしたら感謝してもらえますよ。さすが”勇者”さまだって」
照れ臭さといっしょに、タツタの心へエネルギーがたっぷり注がれていく。
まったく、この生意気な後輩にはかなわない。
いつだって自分は便利に使われてばかりだ。
いいだろう。地球の頃と変わらぬ自然体でいいってのなら、やってやろうじゃないか。
「良かったですね、先輩。
”勇者”さまなんて大出世ですよ、大出世!」
「バッカお前、俺の性分よーくわかってるだろ!
立場に伴う責任の重さに怯えるチキンだってのに」
安全運転上等のチキンだって、現状維持の努力ぐらいならお手の物だ。
一羽と一人の社畜コンビ、身の丈にあわないものを掲げて何とか歩いていこう。
淡い決意をタツタが掲げた瞬間、鐘楼の鐘の音が鳴り響く。
「……なんだ、警報?!」
「……多分出番っすよ、パイセン!」
運転席へ飛び移り、シートベルトへ体を固定する。
ほぼ同時に、モニターへメッセージが表示される。
【”闘争”の権能を確認、当召喚神殿上空に大型尖兵の出現を確認】
待て待て、一日すら経っちゃいないぞ。
タツタは呆れたように天を仰ぎ、ネモが苦笑しながらため息をつく。
『”勇者”タツタ様。
討伐ミッションが発令されました。
急ですが、受領されますか?』
【飛行型大型尖兵の撃退。
難度:C
魔王出現率:7%
拘束時間:約3時間
受領:Yes or No】
コクピット内に女性の声が響き、モニターにミッションの条件が並ぶ。
まったく、さすがだ異世界マギアース。
ようやくの休日での急な招集とは、いったいどんなブラック企業だ。
『ちょっとロイン、基礎講習は?
こちとらまだ仮免レベルのひよっこ”勇者”さまっすよ?』
『急な招集、申し訳ありません。
受領いただけた場合、実地での講習へ移ります』
ネモが声を張り上げ、神殿関係者と大声でやり取りする。
なるほど、座学の予定が先輩社員と同行しての営業研修に早変わりってわけか。
身体も心も元気いっぱい。休日出勤だって問題なし。
「さて、パイセン。
どうなさいます?」
「すまんな、ネモ。
受けるぞ」
リンクドライブ、巡行モードで起動。
虚空へ手羽を伸ばし、Yesの文字をタッチ。
ルームミラーの中で、しょうがないなと言わんばかりにネモが笑っている。
「ようやくわかったみたいっすね、パイセン。
営業の秘訣は、サービスっすよ!」
「個別な特別サービスを当たり前にすんじゃねえよ!」
いつものように言いあいながら、タツタは新たな困難へ挑む覚悟を固める。
巡行モードでギアガレージの大扉を引き開け、外へと歩み出す。
視界に映るどこまでも広がる青い空と、巨大で不気味な尖兵の姿。
前途に立ち塞がる敵と異世界の空を眺めながら、タツタは心の中で呼びかける。
おふくろさん。
営業もダメで配送に回され、色々あって左遷が決まった身ですが。
なんとか元気にやっています。少なくとも、今はまだ。
草々。
●筆者の自己満足用語辞典
・ギアガレージ
ザンマギアを整備するための大きな整備用スペース。
直立状態で駐機するための固定具や、整備を行うために仰向け駐機する台座などがある。
多くのものは天魔大戦以前に作られた遺跡を再利用しており、
現在の技術でまともなギアガレージを建造することは難しい。
設備の整ったギアガレージは整備用の大型アームなどが備え付けられていることもあるが、
コンピラー召喚神殿さえ、ザンマギアのパーツ交換は人力に頼っているのが現状である。