俺の自作黒歴史カードゲームが、潰されそうなキミの逃げ場になるなんて   作:とむ×2

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40.場に出たとき、パワー30000以下のクリーチャーをすべて破壊する

 

 駅前の繁華街は、昼間からよく賑わっていた。

 

 都市型の家電量販店や、セレクトショップといった商業施設からは、色とりどりの紙袋を持った老若男女が多種多様な面持ちで出入りをしている。

 

 さっき入った洋菓子店では、予約制のブッシュ・ド・ノエルがポップで大々的に宣伝されていた。

 ケース内に陳列されたカットケーキにはサンタや雪の結晶の飾りがちょこんと乗って、赤と白、時おり緑が占める割合が心なしか多く感じた。

 

 歩道に立ち並ぶ、ひとしきり葉の落ちた街路樹には、幾重にも電飾が巻き付けられている。

 去年まではこの通りを、皆で歩いていたんだ。

 陽が落ちてからこの駅前がどのような顔を見せるのか、俺は決して知らないわけではない。

 

 でも、今日はなんだか――ここがまるで、初めて来た土地かのように錯覚してしまった。

 

 

「おまたせー!」

 

 

 ロータリーのシンボル時計に向けていた視線を、ハツラツとした声と駆け足の音がした方へと向けた。

 

 

「あ……よっす」

「ごめんごめん……けっこう準備に手間取っちゃってさー」

 

 

 肩で息をしている叶は、少し上品なベージュのコートに身を包みながらも、それに似つかわしくないほど大きな、小学生時代に流行ったキャラクターもののボストンバッグを抱えていた。

 

 

「……叶、それ貸して」

「いやいや、大丈夫だよ。私は……あっ」

 

 

 叶の言葉を待つより先に、ボストンバッグをやや強引に引き寄せた。

 彼女が戸惑った様子を見せるので、バッグの代わりに洋菓子店で買ったボックスを持ってもらうことにした。

 

 

「し、忍くん……せめてキミのリュックも持たせてよ」

「いやいや、大丈夫だって。俺の荷物一泊分しか入ってないし」

 

「えっ、なんだ……もっと長くウチに居るのかと思ってたよ」

「そ……そんなこと出来るわけないだろ! なんなら、娘の連れの男が一泊するって時点で、家によっては◯されても文句言えんわ!」

 

「ぶーぶー、ウチはそんなの気にしないのにー」

「あ、あくまで挨拶に行くだけだって。それに日帰りができないから、好意で泊まらせてもらうだけだし……」

 

 

 何なら、うちの両親にだって遠出の本当の目的は伝えていない。

 馬鹿正直に伝えて、こんなことが納得してもらえるとは思えなかったからだ。

 

 背中を冷や汗が伝っていく感覚を覚えながら、俺はボストンバッグを「よいしょ」と抱えた。

 

 背後から小声の「ありがと」が聞こえた。

 

 そう言われて、素直に嬉しい気持ちが半分。

 

 そして、もう半分は叶の“実家”に到着するまでの間――俺自身をどれだけ彼女に見合う男として仕上げられるのかという、打算と焦りの気持ちで占められていた。

 

 

 ◆

 

 

 俺たちを乗せた鈍行列車は、とうとう見慣れた街並みを抜けた。

 

 ボックスシートの向かいに座るラグランニット姿の叶は、ショートブーツに包まれたつま先をリズミカルかつ交互に動かしている。

 そして、そんな彼女の膝に畳んで置かれている、先刻まで身を包んでいたコートがふと目についた。

 

 

「今さらだけどコート、すごく……大人っぽくて、その」

「あ、気付いちゃった? 実は古瀬ちゃんが一緒に選んでくれたんだよ」

 

「うん……すごく、良かった……」

「……えへへ、ありがとうっ」

 

 

 叶の目線がこちらから逸れているうちに、照れくさそうに笑うその顔を、こそっと見つめてみた。

 部活前後にはまず見られない、うっすらとメイクが乗ったその肌は、彼女の言うような背伸びにとどまらない、どこか艶やかな雰囲気を仄かに醸し出している。

 

 里帰りって、普通はここまでおめかしする必要なんてないよなぁ。

 そう思ったとたん、俺も妙に照れくさく感じてしまった。

 

 

「……ねぇ」

「……ん?」

 

 

 当初、切符代が片道3800円もすると聞いた俺は、今回の旅が途方もない遠大なものになることを覚悟していた。

 

 実際、車窓の外に広がる景色は、どこまでも広がる田園とまばらな民家が大半で、まるで目的地に向かって進んでいる気がしない。

 

 だけど、そんな代わり映えしない視覚の世界でも、土地の空気だけは不思議と様相を変えていく。

 

 

「そういえば忍くんって、なんでバイトしてるの?」

「うーん……ぶっちゃけ、やりたい部活がなかったってのが本音だけど……」

 

 

 そして何より――こうして叶とじっくり話ができる時間は、あまりに新鮮だった。

 

 

「強いて言えば、早く大人たちと仕事がしたかったのかも。いつもみんなの後追いで色んなことを教えてもらってたから……少しくらい一足飛びで、俺だけが知ってる経験が欲しかったんだよ、たぶん」

「あぁ、それなんか……すごく忍くんらしい理由だねぇ」

 

 

 いつもは隙間の時間と秘密の場所で、しかもエタデモという共通言語があって、はじめて成り立つような逢瀬を繰り返している俺たち。

 

 

「うわっ」

「よしよし……バイト頑張ってえらいね」

 

「や、やめろよっ。いくら人が乗ってないからって」

「えぇー? 撫でられて嬉しいくせにぃ」

 

 

 こんどは、エタデモのときのように悪戯に笑ってみせる叶。

 たった今、俺のおでこに触れていた手をヒラヒラとさせている。

 

 エタデモが絡むことのない、この時間の流れはむしろ早い。

 

 

「まったくもう……あ、なんかすごい派手な看板。田んぼの真ん中に立ってる」

「あははっ、ほんとだ。あの金貸屋さんってもう倒産したんじゃなかったっけ?」

 

「あぁ、たしかそうだったかも。ああいう看板って、最後誰が片づけるんだろう」

「うーん、わかんないや。田んぼの持ち主かなぁ」

 

 

 車窓の外を見て、何かを見つけて、共有するだけで、魔法のように時間が溶けた。

 

 それは楽しい時間の証左であり――同時にこのあと待ち受ける“試練”に向けた、逃げ場を着実に潰していく無慈悲な加速でもあった。

 

 

 ◆

 

 

 ついさっきまで俺たちを乗せていた古めかしい列車が、単線の線路に沿ってどんどんと遠ざかっていく。

 

 黒ずんだ木製の小さな駅舎は、誰に言われるまでもなく相当な年月を経て、いま尚ここに佇み続けていることを物語っている。

 

 集札箱に切符を入れて、駅の外の簡素なロータリーに出た。

 ここには電飾が巻かれた街路樹もなければ、洗練された洋菓子屋もない。

 あるのは数軒の民家、個人商店の電気屋と中の見えないカラオケ喫茶、そしてどこまでも広がる青空だけだった。

 

 勝手知るテリトリーから大きく外れたこの空気が、深呼吸するたび肺にどんどん満たされていく。

 

 やがて、向こうの道からウインカーを出してロータリーに入って来た、一台のシルバーの軽バンが目についた。

「あの車だ」という確信に、思わず手が背中のリュックに伸びた。

 

 合皮製のきれいめな外装の向こう側に、カードがたくさん詰まった和菓子用のパッケージ缶が、僅かにへこむ感触。

 

 ――よし、これで今の俺のパワーは低く見積もっても15000くらいはある。

 

 そんな謎の自信がわき上がると同時に、目の前に停まった軽バンの運転席から降りてきた人影を見て、叶が口を開いた。

 

 

「あ、お母さん! やっほー!」

 

 

 嬉しそうにピョンピョンと跳ねながら、ブンブンと手を振る叶。

 俺はあらかじめ用意してきた言葉を口にしながら、人影にゆっくりと視線を向けた。

 

 

「は、はじめまして。叶……さんとお付き合いさせてもら、頂いております、室井……と申しま……」

 

 

 あろうことか、俺は途中で言葉を失った。

 

 叶が“お母さん”と呼んだその人物は、端正な顔立ちに叶のわずかな面影がありつつも、世の酸いも甘いも知り尽くしたような、目元に皺を刻んだ歴戦の顔つき。

 

 俺なんかを優に越えるタッパ、まっ金金に染められた髪。

 オーバーオールのようなテカテカの黒い漁業用ビブパンツに、中に着込まれた赤いTシャツは冬にも関わらず半袖で――嫌でも目につくそのさらけ出された筋肉質な両腕は、あまりに“パワー30000”だった。

 

 

 ここが終の地になるかもしれない予感とともに、俺は思った。

 

 『朱鬼』は実在したんだと。

 

 

 

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