俺の自作黒歴史カードゲームが、潰されそうなキミの逃げ場になるなんて   作:とむ×2

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 教室の老朽化したエアコンが、ついに熱に負け始めた午後。

 

 五限終わりの休憩を迎えた今となっても、俺は未だにこの“第2弾”を渡すタイミングが見つけられずにいた。

 

 そして、ちょうど海風が座席で一人になった頃合いを見計らい、俺から声をかけようと立ち上がった、まさにその時だった。

 

 

「海風ちゃん、リレメン選抜されたって本当?」

 

 

 あの不動のマドンナ――1-6の篠崎絢美が何人かの取り巻きを連れて、海風を訪ねて来たのだ。

 

 

「うん、昼休みに先輩から直接そう教えてもらったよ」

「へぇ、そうなんだ。その先輩って……男子水泳部の一条先輩?」

 

 篠崎はウェーブのかかった明るく長い髪をふわりと揺らしながら、机に身体を乗り出して海風に顔を近づける。

 海風は上体をわずかに後ろに反らしながら、目を白黒させている。

 

「う、ううん、坂野先輩だよ。女子水泳部主将の」

「……そう、だったらいいんだけど」

 

 篠崎はゆっくりと顔を海風から離す。

 海風のこわばっていた肩からスンと力が抜けたのも束の間、篠崎はさらに言葉を続けた。

 

「いやぁ、それにしてもスゴいよねぇ、海風ちゃん。一年生なのにこんなトントン拍子でスタメン入りできるなんて」

「あ、ありがとう」

 

「でも大変じゃない?高一の今って、一番楽しいときじゃん。頑張りすぎちゃってさぁ、先輩に目を掛けられて時間取られても……絢美、あんまいいことないと思うなぁ」

「……っ」

 

 

 篠崎が口角をにっと上げながらそういい放つと、後ろの取り巻きが適当スマホをいじりながら、クスクスと相槌を打つ。

 

 ……そうか、次は一条先輩なんだな、あいつ。

 

 

「あ、でも学費免除の特待生なんだし……頑張らなくちゃここにいられないのかぁ、残念」

 

 

 海風は「あはは」と苦笑いを返しながら、机の下でスカートの布地をぎゅっと握っていた。

 

 

「……篠崎」

「ん、なぁに?」

 

 

 返事は軽い。

 しかし、振り返ったその目は笑っていない。

 取り巻きも一斉に俺を見てくる。

 

 篠崎に声かけたのなんて……中学ぶりだな。

 

 なんだろう。

 彼女は、いつの間にこうなっちゃったんだろうなぁ。

 

 

「その例の人だけど、今グラウンドにいたよ。なんか女子と話してる」

「……ふぅん」

 

「一条先――」

「さんきゅ、アタシもちょっとお誘いかけてこよっかな。バイバイ、海風ちゃん」

 

 

 そう言って、篠崎はほとんど俺と海風を見ること無く、踵を返していく。

 取り巻きたちも、スマホを触りながらヘラヘラとその後をついていった。

 

 彼女たちが出て行って少し経ってから、ドア横席の横山が「閉めていけよな、冷気が逃げるだろ」とぶつくさ言いながら、ドアをぴしゃりと閉めた。

 

 

「……本当にいたんだよ。古墳研究会の一条先生がグラウンドに」

「……ぷっ」

 

 

 海風が小さく吹く声が聞こえた。

 

 あの会話の後だからだろうか。

 今の彼女が、どんな顔をしているのか見ることはできなかった。

 

 ならば「せめて」と思い、ズボンのポケットに忍ばせていた紙束を取りだそうとした、その時。

 チャイムの音と共に、古文の高石先生がのしのしと入ってきた。

 

「よーし、みんな座れ~」

 

 あぁクソッ、間に合わなかったか。

 海風に小さく手で「また」とサインを送ってから、俺はそそくさと席についた。

 

 

 ◆

 

 

 放課後、またしても俺は海風に声をかけることができなかった。

 先にHRを終えた他のクラスの水泳部仲間が、すぐに海風を連れていってしまったからだ。

 

「忍、今日もバイトか?」

「う、うん。西垣は?」

 

「きょーやとアップルストアいってくるわ。カバーがもうパカパカでヤバくてさ」

「さよか。なんか面白そうなカバーあったら教えてくれ」

 

 西垣は「うい」と返して、そのまま教室を後にした。

 俺はそのまま席で何をするでもなく、ただ肘をついて、廊下を挟んで見える窓の外の空をぼーっと眺めることにした。

 

 

 しばらくして、教室には誰もいなくなった。

 

 窓の外からは、部活に打ち込む大勢の生徒たちが打ち鳴らす音や、歓声といったありとあらゆる響きが、校舎というフィルターを通して一つに混じり合っている。

 

 俺はそんな響きを遠くに感じながら、海風の机の引き出しに一束のデッキをこっそりと入れた。

 

 

 教室を後にした俺は、校内をぷらぷらと歩きつつ、ゆっくりと下駄箱の方角を目指した。

 

 渡り廊下に出ると、透き通った空気とともに、すでに傾き始めた西日が目に飛び込んだ。

 そして、光の差す方角からぼんやりと聞こえていたある歓声が、よりくっきりと聞こえるようになった。

 

 校舎西側にあるのは――25mプールだ。

 

 

『ゴーゴー、レッツゴーゴーゴー!レッツゴーゴーゴー、かーなーえっ!!』

 

 プールサイドでは、ウインドブレーカーに身を包んだ大勢の女子水泳部員たちが、両手に持ったプラスチックメガホンを懸命に叩いて、夏の大会に向けた応援練習に励んでいる。

 

 彼女たちの熱意が向く先は、西日を反射してギラギラと揺らめく黄金のプール。

 

 そして、コースロープの間に一糸乱れないひとすじの軌跡を描く、黒い競泳用水着に身を包んだ一人の女子部員の姿があった。

 

 完成されたクロールのフォームが生み出す飛沫。

 息継ぎのたびに見せる、ゴーグル越しの真剣な彼女の表情。

 そんな鮮明なビジョンが、離れた場所にいる俺のところまで運ばれてきたことで、思わず息を呑んだ。

 

 そうか。

 これこそが、普段の海風なんだ。

 

 

「……説明、しておきたかったんだけどな」

 

 そう一人ごちたものの、理解はすでにできていた。

 俺と海風の過ごしている、普段の世界が違いすぎる。

 

 そのくせ、交わることのできる限られた時間では――俺のカードたちは息ができない。

 

 

 ◆

 

 

 一度、海風の引き出しに入れていたカードの束たちはいま、再び俺の手にある。

 

「……」

 

 下駄箱までやって来たところで、俺は裏向けになった束の一番上にあるカードをめくり、表にした。

 

『精霊龍プラチナ・ユニバース・ドラゴン』が、俺を見た。

 

 第2弾のカードたちは、以前作った『殲滅漆黒神魔龍』をはじめとしたカードよりも省エネで生まれたにも関わらず、テキストとイラストのまとまりを中心として、明確な改善が見られている気がした。

 

 すべては、俺の中に生まれたひとつの目的を達成するために、なるべくしてそうなったはずだ。

 

 こいつらにだって、俺は、息継ぎの仕方を練習させてやらなくちゃならない。

 

 自分でも女々しいと思う。

 スニーカーを下駄箱に戻して、一度は持って帰ろうとしていた紙束を手に、俺は何度目か分からない教室への出戻りを決意した。

 

 

「あっ」

「あ……」

 

 

 すっかり陽が落ちて、完全な暗がりとなった1-3の教室には、塩素の香りに身を包んだ海風がいた。

 

 間の抜けた声を二人で漏らしてから、彼女の顔がにぱっと晴れるまでの動きが、暗がりの中でもよく分かった。

 

 

 交わる時間がないのなら、俺たちはこうして自分で創るしかないんだ。

 

 

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