サスケはアカデミーから帰宅すると、すぐに自室へ向かい寝衣や歯磨き道具などをまとめて風呂敷に包みこむ。
「母さん、オレの夕飯は必要ない」
「え?」
「ナルトのうちに泊まるから」
イタチが今のサスケくらいの頃には友人の家に泊まるなどということはなく、ミコトはどうしたものかと目を泳がせた。
「ナルトくんの家には自来也様がいらっしゃるんでしょう?……いいのかしら」
ナルトは幼い頃から一人暮らしをしていたが、今は五代目火影・自来也が同居しているはずで、そこに息子を行かせるのは躊躇する。
「火影塔で泊まり込みの仕事があるらしい」
「そう、なの……」
ナルトの家に泊まって何をするのかと聞いたところで、この年齢の男児なのだから遊ぶとか一緒にご飯を食べるとか、寝るとかそういうことだろう。しかし、優秀なくノ一であったミコトにはどうしても拭えない違和感があった。いつの間にかサスケの口調が変わり、その言動も年齢に似つかわしくないことも多いからかその裏に何かあるのではないかと勘ぐってしまう。
なんとも腑に落ちないが、同年代の親しい友人ができ、友情を育むことはこの年齢の子にとって必要なことだろう。
ナルトの部屋には巻物や書籍が散乱していた。アカデミーや里の図書館から借りたものから火影塔の書庫からくすねたものまで多種多様だ。
「……なんだこれは」
サスケは眉をひそめ、床に散らばる複数の書を積み重ねて隅に寄せる。
「調べ物してんの」
その間もナルトはベッドの上にあぐらをかいて巻物を覗き込んでは睨みつけて、サスケの方を見ようともしない。
「珍しいな」
「背に腹はかえられぬってヤツ」
火影であった頃は、ナルトが疑問を呈すとシカマルがそれを拾い上げて関係各所に投げていた。故にわざわざ調べ物をしなくても答えは返ってくるため、自分で調べ物をすることなどあまりなかった。というよりもその他に多くの時間を割かれ、そのような余裕がなかったと言った方が語弊は少ないだろう。
しかし、今は一介のアカデミー生でしかなく自分で調べる他ない。
「……それで、話は?」
ナルトの持つ巻物を覗き込むと里の結界について書かれたもので、サスケは絶句する。これは里の極秘事項だ。間違ってもこのような安アパートに持ってくるものではない。
「一言で言うなら、白ゼツ対策だってばよ。アイツどーにかなんねぇかな。この前エロ仙人と大蛇丸と合流して帰ってきてっ時もいたぞ……里ん中にも時々いるしな」
白ゼツは地面の中を移動する上に、胞子の術や成り代わりの術でチャクラの質そのものまで真似ることのできる厄介な生命体だ。これまでもそれらの術により、里内部に侵入し情報を盗まれたり引っ掻き回されていたりした可能性も拭いきれない。
「元からある里の結界を利用するつもりか」
木ノ葉隠れの里の結界は登録された者以外のチャクラを感知する類のもので、当該の人物の元にはすぐに感知班が向かう仕組みとなっている。
「そうそう。……でもなあ、地中までは結界の効力ねぇの」
「ないなら作ればいい」
「できんのか?!」
「ああ。土遁を応用する」
「は?」
「結界の端から地中数メートル下まで、チャクラで作った土遁の網を張るイメージだ」
「……網?壁の方が強度あるんじゃねぇ?」
「それだと露骨すぎるだろう。トラップに掛からない」
「んー、どういう意味だってばよ」
「その土遁の網にオレの幻術を仕込む。掛かった者は、自身にとって都合のいいものを見聞きすることになるだろう」
つまり、何かを見聞きしてもそれは事実ではなく、捻じ曲げられた偽りのものになるということだ。当人の認知機能が基となるため、幻術に必要なチャクラはそう多くないが繊細なもので他に扱えるものはいない。
「……こえぇ」
「チャクラはお前のを借りる。身内の誤爆防止のため白ゼツの感知も兼ねたい。わかっているだろうが、これから定期的な補修も必要になる」
「おう」
ナルトは機密事項の書かれた巻物を手放すと、大きく息をつくようにベッドに倒れ込んだ。
「やっぱお前って天才。気持ちいいくらいスッキリ解決。……せっかくガキに戻ったんだし、オレも勉強頑張んねーとな」
サスケはダイニングテーブルの上に置いたビニール袋を手に持ち、キッチンへと向かった。
「お前の思いつきがなければ考えていなかったことだ。……あまり賢くなるな」
「はぁ?」
「……お前のバカがなければ、今のオレはなかった」
サスケにとってナルトは戦友であり、双璧であり、愛すべきバカ野郎だ。賢くなって取捨選択や妥協というものを覚えてもらっては困る。
「ははっ……そうかよ。お互い様だな」
ナルトもサスケがいたからこそ強くなれた。見えていなかったものが見えるようになった。人の痛みが分かるようになり、守りたいものがどんどん大きくなっていき、世界が拡がった。互いがあっての今だ。
「夕飯の支度をする。お前も寝転がってないで少しは手伝え」
キッチンの踏み台に立ち、サスケはナルトに向かってジャガイモを投げる。
「はいはい」
パシッっと小気味のいい音が響く。
アパートの扉の向こうから食欲を掻き立てるようないい匂いがしてくる。今夜は一人だというのにまじめに自炊をしているのかと感心しながら扉を開けた。
「……エロ仙人。泊まりじゃねーの?」
口の中のものを飲み込み、自来也のほうを向く。
「ちょいとお前の様子を見に来たんだが。……余計なお世話だったかのぉ」
「ん?なんだよソレ」
「ホレ、二人で食べろ」
「あ!唐揚げ!エロ仙人もメシまだ?」
「うむ」
「なら一緒に食ってけば?」
ジャガイモの他にも人参やトマト、玉ねぎなどの野菜がたっぷり入ったカレーライスは、ナルトの好みではないだろう。材料を購入したのもナルトではないと推測できる。だが、野菜嫌いでもカレーであればそれほど苦なく食べることができる。
「なんという思いやり……」
自来也はサスケの情の深さに感嘆した。
「ん?ただカレーついでやっただけだけど」
そうではない。
三人は食卓を囲んで唐揚げトッピング付きのカレーライスを平らげ、ナルトは台所で食器を洗い始めた。食卓に残った自来也とサスケに共通の話題などあるはずもなく、気まずい沈黙が流れる。
「ちょうど、アンタに聞きたいことがあった」
「……相変わらず口のきき方がなっとらんのぉ」
「今回、火影就任にあたりダンゾウは何もしてこなかったのか?」
自来也の苦言をものともせずにサスケは話を続ける。そして自来也はサスケの質問内容に閉口する。こんなアカデミー生がいてたまるか。
「なにもなかったとは言えんが、その辺は大蛇丸のヤツが話をつけたらしい」
「……あの大蛇丸が?」
サスケは目を見開く。
「どんな話をしたか知らんが、この通り、丸くおさまっておる。……ヤツを変えたのは間違いなくお前だ。……ところで、ワシもお前たちに聞きたいことがある。この部屋の惨状は何だ?」
年期の入った巻物や和装本は、アカデミーの低学年が読むような類いのものではないことは一目瞭然。
「何って、調べ物。そうだ、エロ仙人、火影塔に戻るんならコレ、返しといてくれってばよ」
ナルトは紙袋に巻物を数巻入れて自来也に手渡した。ちらりと中を見ると自来也は頭を抱えため息をつく。
「お前ってヤツは……怒る気も失せる」
「ごめんってばよ。でもいい案があってさ。オレってばサスケと二人で里の結界強化に貢献するってばよ」
何言ってんだコイツ、と、自来也の思考が停止した。サスケもそうなるよな、とシラけた表情をしている。てっきり秘密裏に事を進めるのだろうと何の疑いも持たなかったが、やろうとしていることのわりにノリが軽すぎやしないか。
「自来也、アンタも気づいているだろう。あの温泉街でも監視の目があった。ヤツらはこの里にも時々潜り込んでいて、里の機密は筒抜けとみていい」
ナルトとの修行の時も、一箇所にとどまることなく場所を変えたりと、自来也もその存在に気づいているようだと言ったのはナルトだ。
「なるほどのぉ……好きにしろ」
結界強化の案を聞いた自来也は、少なくとも里に害が及ぶものではなくむしろ利点しかないことを理解した。欠点は、定期的な補修とチャクラ供給が必要な点だろう。
火影塔の執務室には、大蛇丸の姿があった。
「遅かったわね」
「すまん、待たせたな。うちにサスケが泊まりに来ていてな、ナルトが夕飯を作ったから食べていけと言われてのォ」
「何その羨ましい状況……」
自来也は、複数の報告書に目を通し険しい表情を浮かべる。
大蛇丸のアジトに関するシスイからの報告は驚くべきものであった。一つ一つのアジトは独立しており、コロニーのようにその限られた空間の中で生活が終始している。その中で暮らす者は実力第一主義。力の強いものや統率力のある者が、アジトの責任者を名乗っていた。たとえ大蛇丸が突然いなくなったとしても、アジトは存続しうるシステムだ。
また、アジトは孤児院の役割も果たしていた。力はあるが、孤児であるがために行き場を失った者や、大蛇丸を盲信し従う者が大半を締めている。
「……お前というヤツは」
自来也は頭を抱えてみせる。大蛇丸のアジトは研究所やアジトと言うには規模が大きすぎて手に余るほどだった。
「良いようにしていいわよ。もうそれほど興味もないから」
里に明け渡すことでそれが存続しうるのならば、大蛇丸にとっての旨みはそこにある。自身は里に帰属するのだから大して状況は変わらない。
「将来的に縮小方向として里で管理しよう。……お前の発言が奴らに与える影響はデカいようだからのぉ。たまには面を貸せ」
「アンタに命令されるのは気にいらないけれど、まあ……良いでしょう。個性の豊かな子たちが多すぎるから」
大蛇丸は今の生活に非常に満足している様子だ。里は、というよりもヒルゼンはこの男のために木ノ葉病院の地下に研究所も作ってやった。些か甘すぎやしないかと、自来也は心の内で悪態をつく。裏を返せば、ヒルゼンはそれほどまでに彼の里への帰属を喜んでいた。
いつまでこの機嫌が続くのか。気紛れでなければいいがと、一抹の不安が過ることもある。いざという時には、あのうちはのガキらしくないガキに頼るほかない。とてつもなく他力本願な賭けのようだが、自来也にはその「いざという時」は来ないという根拠のない自信があった。
他者との縁を再び結び始めた大蛇丸は、確実に変わった。
「ところで、執筆活動はまだ続けているの」
「……唐突になんだ」
「少し、気になっただけよ」
「火影業の傍ら続けておる。遺書のようなもんだからのぉ」
忍という生業、その上火影ともなると日々何が起こる知れず、不慮の死など想像に難くない。
「……あの薄ら寒いポルノが?」
「そっちではない。ド根性忍伝だ。……それに、今は新作を書いておる」
「ああ、薄ら寒い夢物語のほうね」
「薄ら寒い薄ら寒い煩いわ」
大蛇丸は、自来也の執筆した書籍には一応目を通している。内容には興味がないが、その文章の裏に時々彼の考えや価値観を思わせるものが書かれている。自来也は幼い頃から今までずっと変わらないものを胸の内に秘めており、文章の端々にそれらがちらつく。それが、彼の火の意志というものなのだろう。
結界強化するところまで詳しく書いたほうがいいですか?
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くわしく!
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このままでおけ。
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歯ブラシどうなった
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泊まった時のフガクとイタチの反応は