解散する時にナルトが何か言いたげであったが、その内容はなんとなく予想がついていて、サスケは適当にあしらい一人で帰路についた。
うちは居住区の敷地内にある演習場。
手裏剣を両手にそれぞれ四枚持ち、地面を蹴り宙を舞う。放たれた八枚の手裏剣は、不規則に設置された的にも吸い込まれるように突き刺さった。左腕を使わなかった期間は長く、両手を使った手裏剣術の腕は落ちていたためアカデミー一年目から日々欠かさず鍛錬を積んできた。
「また腕を上げたな」
「兄さん、おかえり」
この演習場で鍛錬をしていると、イタチは必ず声をかけてくれる。
「兄さん。……その、サクラの手紙には何て?」
手紙の内容を聞くことにはいくらか抵抗があったが、気になるものは仕方がないとサスケはイタチが自分にはあまいことに付け入ることにした。
「話したいことがあるから、木ノ葉公園に来て欲しい。って」
なるほど。文章で伝えずに直接言葉で伝える算段だ。その場所に相手が現れなければ相手にその気持ちがないことがわかり、少しでも気持ちがあるのなら面と向かって直球勝負ができる。やはり元妻は賢い。
「兄さんはサクラのこと、どう思う?」
「そうだな……成績優秀で可愛い女の子だね。熱心で、よく質問しに職員室に来ていたよ」
イタチの様子は普段と変わらず、その言葉からもサクラのことを特に何とも思っていないことがうかがえた。
「そうか……」
サクラの想い人がイタチではなく他の男であれば邪魔してやる気にもなるが、他でもなく自分の尊敬するイタチであればむしろ賢い元妻が選ぶのも当然だと思えた。一方で、これはサラダがナルトに憧れを抱いているような類のものではないかとも考えられる。この頃の女子特有の「頼れる年上の男性に憧れる」という症状だ。
どちらにしても、サクラの恋路に横槍を入れるのはやめておこうとサスケは心に決めた。
「……どうしたんだ?」
「あ、いや、なんでもない」
「サクラさんのことが好きなのかと……」
察しの良すぎるイタチの的を射た発言にギクリとしながら、サスケは押し黙る。ここで好きだと言えば、おそらくイタチはあらゆる手段を使ってサクラとの間を取り持とうとするだろう。しかし、サクラの想い人は他でもないこのイタチだ。
「違う。……兄さんから見てもサクラに忍の素質があるか、気になっただけだ」
イタチはサスケの予想外の返答に目を瞬かせる。些か無理のある言い訳ではあったが、イタチはそれ以上追求しようとはしなかった。
「とりあえず、サクラさんとはちゃんと話すよ。サスケ、うちに帰ろうか」
帰宅すると、ミコトがサスケに持たせる手土産を作って待っていた。
「サスケ、これ、簡単なものだけど、ヒナタちゃん家に行くときに持っていきなさい。おやつに食べてね」
ミコトは二つの小さな包みを手渡した。
「……ありがとう」
「イヤな顔しないでちょうだい。あなたは食べなくて良いから。ナルトくんとヒナタちゃんに、よ」
サスケはおやつと聞いて思いっきりイヤな顔をしていた。甘いものは苦手だ。
「母さん、何作ったの?」
「ジンジャークッキーよ。まだたくさんあるわ」
ミコトは透明なクッキー瓶にみっちり詰まったクッキーを見せた。
「これから少し出かけるから、帰ったら頂きます」
対してイタチは趣味が甘味処巡りという甘党だ。その点に関しては永遠に兄とは分かり合えないと思うサスケだった。
イタチは荷物を片付けると、すぐに家を出た。サスケはイタチのあとをつけたいとも思ったが、不粋だと考え直す。
「サスケもそろそろ行かなくていいの?」
「あ、うん。もう少ししたら出る」
木ノ葉公園は里の中でも一番大きな公園だが、手紙には待ち合わせ場所が書かれていない。
(見つけきれるだろうか……)
イタチは歩きながら空を見上げた。半刻ほどしたら辺りは薄暗くなるに違いない。
サクラは頭脳明晰。利発な少女だ。広い木の葉公園を選んだのに、待ち合わせ場所を書き忘れるはずがない。桜の花のついた小枝。イタチは、その昔、国の大名や裕福な貴族は手紙のやり取りの際に季節の花を添えていたことを思い出した。
公園の桜並木通りのベンチにピンク色の髪が見えた。何か考え事をしているのか、彼女は微動だにしない。
「サクラさん」
「っひゃ!!」
「ごめんね。驚かせたみたいで。……隣に座ってもいいかい?」
「は、はい!どうぞ!」
イタチが来てからのやり取りを何通りも考えていたサクラだが、一瞬で吹き飛んでしまった。
「手紙、ありがとう。実は……ああいうのをもらったのは初めてで、少し驚いてね」
サクラは目を丸くしてイタチの方を見ると、彼はサクラが渡した桜の花を見ていた。彼が偶然ではなく、自分が考えた謎かけに気づいてここまで来ていることを知った。
「あ、あの、先生……もう気づいてると思いますけど、わたし、先生のことが……好き、です!別に返事が欲しいとかはなくって……憧れてて、ただ伝えたかっただけ、というか……」
頬を赤く染めて、真っ直ぐにそう伝えてくる女の子は予想以上に初々しくて可愛い。イタチは少し考えると口を開いた。
「……サクラさんみたいな女の子に面と向かって言われると、やっぱり照れるね。だけど、俺には弟がいるから、サクラさんの気持ちには応えられない」
「そう、ですよね……って、え?弟……サスケくん?」
今の自分ではイタチにはとても吊り合わない自覚はあり、こうなることはなんとなく分かっていたのだが、そこで弟という理由が出てくることは予想外で思わず隣に座るイタチを二度見する。
「……弟がね、君のことを誉めていたよ」
「え……?わたし、サスケくんとはほとんど話したことないですよ。いつもナルトと一緒ですし」
「頭が良くて、チャクラコントロールが上手くて、根性がある。ってね。だから、忍としてはすごく興味がある」
望みが断たれたわけでないと、サクラの表情がパッと明るくなった。
「じゃあ、修行をつけてください!」
天才という肩書きを持つイタチに教えを請いたい者は多い。憧れの人との繋がりなら何でもよかった。
「手は抜かないからね。俺は厳しいよ」
(メルヘンゲットー!!)
サクラは心の内でガッツポーズをとった。
「そろそろ行こうか。家まで送るから」
周囲はいつの間にか日が落ち、薄暗くなり始めていた。
いつもの河原でサスケはナルトと落ち合い、ヒナタの家へと向かっていた。
「おい、サスケ、……おまえ大丈夫か?」
まるで腫れ物を扱うかのように顔色を伺ってくるナルトが気持ち悪い。
「サクラのことを言っているのか?」
「ああ」
「それがサクラの幸せなら、それで良いと思う。相手が兄さんなら問題ない。それにまだ十二だ。そのままどうこうなるってことはないだろう」
それは完全に三十路の発言だが、十二歳からの恋心を受け入れた当の本人が言うことかとナルトはなんとも可笑しく笑ってしまった。それは自分にも言えることだが。それからやはり、サスケは兄であるイタチには頭が上がらないらしい。当然といえば当然の流れであった。
「ははっ……まあ、仕方ねぇよな。……ところで、お前に重大なニュースがあるんだってばよ」
「なんだ?やけに勿体ぶるな」
ナルトは何か面白い物を見つけた子どものような表情をしていた。
「驚くなよ?……それがさ、どーもオレたちって付き合ってることになってるらしいぞ」
「は?」
突拍子もないナルトの発言にサスケは目を見開く。
「そーなるよな。今日解散した後シカマルにも確認したんだけどさ、クラス全員そういう認識だったらしい」
「はぁ?」
「オレたちがあんまり一緒にいるもんだからそういうことになってんだってさ」
「はぁ……どうかしている」
あまりに荒唐無稽でため息しか出ない。所詮子どもたちの間での話だ。遊び半分に違いないと、サスケは特に深く考えることはなかった。
「それな。今回はあのキスもなかったのになんでだろーな」
「……思い出させるな」
サスケはおもいっきり嫌な顔をする。
「えっ、キ、キス……?」
そこには顔を赤らめているヒナタがいた。タイミングが悪すぎる。気がつけばそこはもう日向宗家の門は目と鼻の先だった。
なんだかんだで二人は動揺していたらしく、ヒナタが屋敷の前に出て出迎えていることも話に集中しすぎて気づかなかったらしい。ヒナタの存在感はあまりない。忍としては良いことかもしれないが。
「……なんかさ、悪意かんじねーか?」
ナルトは天を仰ぎ見た。
「いや、今回はお前の落ち度にすぎない」
サスケの塩対応がしみる。
二人はヒナタについて日向宗家の門を潜った。
(2026/5/14)改稿 イタチとサクラの会話