夏の暁光は浅い眠りを妨げる。
万華鏡写輪眼を開眼した昨晩からイタチの心は未だ騒めき立ったまま、平心を保てずにいた。大切なものを失い、里と一族の間に挟まれ、追い詰められ、あの様な凶行に走る他なかったもう一人の自分の感情と業が重くこの身にのしかかってくるようで、息が詰まる。
人が訪ねてくるにはあまりにも早い卯の刻。家の外に気配を感じ、玄関の戸を引いた。
その目に漂う悲愴感が全てを物語っており、イタチも知るべきことを知ったのだと悟る。
「シスイ……」
「……先に死んで、悪かったな。親友」
シスイは少し眉を寄せる。笑ってはいるものの、困ったような、気まずそうな、彼にしては珍しく迷いの見える表情だった。
(やはり、そうだ)
サスケが開眼した頃、彼は自分の目の前でサスケと話をしていた。今になってようやく、あのやりとりの裏にあったものに気がついた。
「六年も……秘めていたのか」
「サスケくんの意図が分からない以上、知らないフリをしていただけさ。……許せ、イタチ」
イタチの目に赤い光が灯る。通常の基本巴ではない。シスイの目が僅かに開かれると、それは基本巴へと変わった。
自宅に居たはずがいつのまにか周囲には木々が生い茂っており、ここが修練のためによく使う森だとすぐにわかった。だが、そんなはずもなく、ここはイタチの幻術の中だ。
「怒っているのか?」
幻術をかけるほど、黙っていた事に対し憤慨していたのかとイタチの顔色を伺う。
「いや……」
イタチはかぶりを振って顔を上げる。
「……生きろと言われたよ。力を貸してくれともな」
「それで……ダンゾウから距離をとったということか」
六年前のあの頃、シスイとダンゾウは一触即発ともいえる状態であった。
ダンゾウの度を超えたやり方に対して抱くシスイの敵愾心はかつてなく膨れ上がり、別天神の能力をもってして正そうと常にその期を伺っていた。そうすることが、シスイの直属の上司であるヒルゼンの意図するところであるとも考えていた。一方で、ダンゾウはシスイの目的までは知らずとも、何かを企んでいるのだと警戒を強めており、シスイの行動には常に目を光らせていた。
「ダンゾウを放っておけばどうなるかとも思っていたが、それからすぐに自来也様や大蛇丸が里に帰属し、里内部の力関係が変化した」
「まさか、そこまで先を読み通していたのか……?サスケ……」
全くもって成り行きでそうなっただけであったが、二人がそれを知る由もない。
可愛い弟が、一晩でまるで違う者のように変貌したあの日。姿形は変わらずとも違和感は拭えず、これまで様子を見守ってきていたが、ようやくその違和感の正体がわかり全てのことに説明がつく。
「ナルトくんも同じだそうだ」
「あの時も、そんなことを言っていたな」
「……記憶力いいな、お前」
ナルトもサスケと同様に、その中身はうちは一族のクーデターを事の発端とする起こり得た未来を経験してきたというのであれば、共にいる時間が長いことも、二人の間に深い絆があるのも理解できる。
そこでイタチは思い至った。
「そういうことか……」
額に手をやり項垂れる。
初めから、イタチが思った通りであったのだ。サスケはサクラと懇意だったのだろう。それがどういった関係であったかは分からずとも、自分よりも彼女の想いを尊重する程に愛している。それは条件のない無償の愛だ。
「イタチ、どうした」
「いや……」
なんでもないことはないだろうとシスイは訝しむが、それ以上追求することはなかった。他に優先すべき事がある。
「このまま事が進めば、暁に一族の者が関与していることが公となる日が来る」
「今の、器の浅いこの一族には耐えられるはずがない」
「……それに、もう一つお前に伝えておきたい事がある。くれぐれも万華鏡写輪眼の多用は避けろ」
「失明すると聞いている」
「俺が、大蛇丸のアジトを調査していたことは知っているな。……何があったと思う」
この話の流れから察すると自ずと答えは出る。
「写輪眼に関する事か……」
「ああ。二代目火影・扉間による写輪眼に関する研究資料だ」
そこで火影の名が出るとは思わず、イタチは目を見開く。
「道理でダンゾウが写輪眼に詳しいはずだ。大蛇丸と繋がっていたんだからな。二代目の資料は、医療忍術の視点から、という点においては一族以上に詳しい。開眼に伴う精神汚染と、瞳術使用による視力低下……。どういうわけか、この問題を解決しようとしているようだった。大蛇丸はその研究を引き継ぎ持論を展開していた。……お前から見た大蛇丸はどうだ」
「薄気味悪い男だと思っていたが、本当に……サスケを支えているように見えなくもない。動機は穏やかではないかもしれないが、少なくとも……サスケは大蛇丸の助けを受け、毒耐性をつけた」
「はぁ?!」
「言い出したのはサスケの方からで、アカデミーを卒業する前は一ヶ月程体調を悪くしていた。……その前に俺がその施術を受けたが、二ヶ月は体調が戻らなかった」
思い出すだけでも恐ろしい経験だった。二度目があるとするなら断固拒否する。
「毒味役かよ。……まぁ、お前はそんな奴だよな」
話からすると、サスケはその身を預ける程に大蛇丸を信用しているらしい。
幻術が解けた。
イタチの顔を見ると、会ったばかりの時のこの世の不幸を全て背負ったような雰囲気はなくいくらか落ち着きを取り戻したように見え、シスイは小さく笑む。
「俺たちはかつて同じ過ちを犯した。何だかわかるか、イタチ」
「一人で背負い、事を成そうとしたことだ」
イタチの答えにシスイは笑みを深める。
「今度は、お前を残して自ら死を選ぶことはない」
どうしようもない罪悪感、自責から重く沈んでいた心が、フッと軽くなった。