万華鏡写輪眼開眼後も平静に見えた兄の姿にサスケは安堵していた。だが、それはイタチの得意とする自分自身に対する嘘にすぎなかったのだろう。
早朝、家を出るイタチの気配に気がついたサスケは、すぐに後を追うこともできたがそれを躊躇った。
あの幻術を受け、万華鏡写輪眼を開眼したイタチが、どのような感情を抱いているのか全くもって想像がつかない。幻術にも関わらず開眼したのであれば、天と地が入れ替わったかのような衝撃を受けたに違いない。だが、イタチの考えを推し量ることなどこれまでの経験上できた試しがなく、今は帰りを待つ事しかできない。
サスケは布団に包まったまま、このままイタチが家に帰らないことがあればナルトに頼んで感知してもらおうか、などと考えていた。
「兄さん、おかえり」
家の戸を開けると、玄関の取次にサスケが立っていた。家を出たことに気づいていたのか、と思いながらも、それも当然のことかと心の内で苦笑する。
(サスケは……どれほど力を付けたのだろうか)
「ただいま」
まるで夕刻かのようなやりとりだが、今はまだ日も昇る最中の辰の刻。
「サクラさんの修行に付き合う約束をしているが、……お前も来るか?」
ほんの一瞬、サスケの目蓋が僅かに上がった。
「ナルトとヒナタの家に行く先約がある」
「……そうか」
サクラの話からも二人の交流はほぼ無いに等しいことがわかっており、これまで修行に誘うことはなかった。その上、このような折であればサスケが怪訝に思うのも当然だ。
日向邸での修練を終えた後、ヒアシから昼食もとっていくよう誘われたがそこまで世話になるのも少し気が引けて、ナルトとサスケは屋敷を後にした。
「オレは少し用がある」
「んだよ。珍しいな」
「……なんだ」
「お前さ、オレに隠してっことあるだろ」
空色の目に、射抜かれるような眼力を錯覚する。
今は本当に子どもなのだが、いつまでたっても子どものようなこの男は、時々こうして、不意に真剣な表情を見せる時がある。
「どうしてそうなる」
「うーん。なんとなくな」
これだからインドラとアシュラの魂が云々というのはいろんなものが筒抜け同然となり、厄介なものでしかない。
サスケは少し考える素振りを見せたが、やがて小さくため息をついた。
「これから兄さんとサクラの様子を見に行く」
途端にナルトが面白い悪戯を思いついた子どものような表情を浮かべた。ニタニタしている。
「オレも行くってばよ」
「お前、断っても付いてくる気だろうが。ノンデリ野郎」
ナルトの感知により、イタチとサクラを探す手間は省けた。
二人は里の外れにある小さな演習場で手裏剣術の修行をしていた。暗器の修練向けに特化しており、演習場には不規則に丸太が立っている。
「おーい、サクラちゃーん!」
ナルトのよく通る声に、サクラとイタチは修行を中断する。
もしこれがサスケ一人であったなら、隠れて二人の様子を伺いつつ、どのタイミングで声をかけるか模索し、どう声をかけるか、どんな反応が返ってくるかまでシュミレーションしていたことだろう。
「なぁに?二人して。……もしかしてデート?」
ーーズコー
サクラ以外の三人は心の中で盛大にひっくり返った。
「ちょっ、サクラちゃん冗談キツいってばよ」
「なによ。仲良しのクセに」
「そりゃオレとサスケは仲いいけどさぁ。……おーい。サスケ、生きてるかー?」
サスケは呆然としたまま動かない。
「それよりも、せっかくサスケくんがいるんなら見てって。私も手裏剣術、腕を上げたんだから」
「あ……ああ」
サクラは得意気にそう言うと、演習場の中央に移動し四枚の手裏剣を両手に構えた。
放たれた手裏剣は大きく横に弧を描き、キンと音を立て打つかるも勢いは衰えず、的に当たった。サクラの立っている位置からちょうど四方にあたる位置の丸太にそれぞれ命中している。
「どう?」
「この前よりも随分と上達している」
「とーぜんよ。イタチ先生仕込みだもの」
「そうだな。……兄さんは凄い」
サスケの表情が緩む。とんでもないブラコン故に、兄を褒められると無条件に嬉しいサスケだった。
(確かに、可愛いかも……)
サクラは、イタチがサスケのことを可愛いと度々口にする理由についてようやく理解した。
「あっ、そうだ。……イタチ先生は私のお師匠様だから、サスケくんは私の兄弟子……ってことよね」
「兄弟子……」
それは、サスケにとって初めてといえるここでのサクラとの「繋がり」だった。
「これからよろしくね、サスケくん」
満面の笑みに面食らう。かつて同じく自分に向けられていた表情なのだろうが、今は比べ物にならない程に眩しく感じた。
午の刻。修行もお開きとなりサクラを見送る。
イタチは後ろに立つナルトとサスケの方を振り返って一言、真顔で言い放った。
「作戦会議だ」
イタチは目の前で繰り広げられていた茶番に危機感を覚えた。
「……何の?」
ナルトは腕を組んで首を傾げる。
「とりあえず、ナルトの家だな。シスイさんも呼んでくれ」
一方サスケは、イタチにかけた幻術に関する話だろうと踏んでいた。
「シスイ?……わかった」
イタチはシスイを呼ぶ目的がよくわからないでいたが、おそらく恋愛経験も豊富かもしれないシスイもいた方が良いのだろうと自己完結した。
ナルトのアパートで話を聞いたシスイは腹を抱えて笑っていた。
「サスケの好きな子……サクラが、ナルトとサスケが付き合ってるって勘違いしているって?しかも同期全員がそういう認識って……どうやったらそうなるんだよ」
「兄さん、これからの作戦会議をするんだろう。オレの色恋沙汰はもういい」
「いや、初めからお前の色恋に関する作戦会議だったが」
「お前ら兄弟いっつも微妙にすれ違ってんのなんでだってばよ。てかうちはにも気のいい兄ちゃん的なヤツがいたんだな」
「俺のことか?」
「うん。オレが知ってんのサスケとイタチの兄ちゃんとオビトとマダラだけだしさ、てっきりみんなどっかネジ飛んでて陰気クセェのかと思ってたってばよ」
「ナルト、テメェ…ネジ飛んでんのはお前の方だろうが」
サスケの目が赤い。
「なははは!ワリィワリィ。目ェ怖い」
写輪眼を向けられても笑っていられる者など、そういるものではない。
「お前、面白いヤツだな」
「よく言われるってばよ」
「で、サスケの恋の行方は……」
イタチの中では最優先事項のようだ。
「そもそも、サクラって子とサスケはどういう関係だったんだ?」
「どういう関係って、サクラちゃんはサスケの奥さん、だ……」
視線を感じてサスケの方を見ると、万華鏡写輪眼が向けられていた。
「ナルトォ……墓場まで持っていく約束だったよな」
「ね、年齢の事は言ってねぇってばよ……」
「同じことだろうが!……異空間に引き篭もるぞ!」
「要するに、サスケはオレ以上に頑張って子どものフリをしてたってことだってばよ」
シスイはまたもや腹を抱えて笑い始めた。
「……で、本当のところいくつなんだ?」
「オレら三十路。こんなことになって六年経つけどそれはノーカンだろ。永遠の三十路だってばよ」
生きてきた期間は長くとも、身体年齢に従って精神年齢もむしろ若返っている気がする。
「ブフッ……永遠の三十路って」
「六歳の頃のサスケなんてそりゃもう天使みたいに可愛いからさ、マジで中身とのギャップがエグいのなんの。だからコイツ、恥ずかしがってんの」
サスケはいつの間にか異空間に引きこもっていた。
サスケが戻ってきて会議が再開した。
「オレもサスケも変態じゃねーし、いくら妻の小さい頃っつっても大人が子どもを見るような感覚が勝ってさ。……サスケなんかこの前父性に近いとか言ってたよな」
「そうだ。守りたいという気持ちはある。だから今ではない。万が一黒ゼツやオビトに知れ人質にでもとられようものなら……」
「そうなんだよなー。だからある意味今の状況ってそう悪くねぇの。少なくともそういう話なら、ピンポイントで狙われるってことはないだろうしな」
「……そう考えると、ホモ扱いも悪いだけではないな」
「お前の場合は女避けにもなる」
「意中の相手までそうなっている……」
「あ、ごめんってばよ。……兄弟子に昇格してよかったじゃねーか」
「ああ。……その点ヒナタは凄いな。アカデミーの頃から全くブレていない」
「……逆にさ、オレがホモだとしても好きでいてくれんのってどういう気持ちなんだろうな」
「ヒナタに聞け」
「できるかよ」
作戦会議の結論。周囲からホモ扱いされている事に関しては放置。肯定はもちろん否定もしない。サスケの恋に関してはとりあえず今ある兄弟子という繋がりを大切にしよう。ということで終わった。