季節は初夏。早朝こそ涼しい風が吹くが、昼間は強い日射しが照りつける。
「午前中のうちには船場に到着したいねぇ……」
珍しく集合時間に余裕をもって来たカカシは、そんなことを言いながら空を見上げていた。空には雲一つない。
零班は今回の任務の依頼者と里の門の前で落ち合うこととなっていた。しかし、依頼者は時間になっても現れない。
「朝っぱらから酒でも飲んでんじゃねーか?」
ナルトは悪態をつく。昔の記憶を遡ると、確か依頼者は酒瓶を持っていたはずだ。
その予想は裏切られなかった。
「護衛ってのはこんなガキどもか!超頼りねぇのぉ」
依頼者は初老の男性。片手に酒瓶を抱えているあたりが面倒だ。ナルトもサスケもこの男性と出会うのは二度目になるが、思いっきり嫌そうな顔をしていた。
「やー、こいつらの力は上忍のオレが保証します。そこらの中忍や下手すりゃ上忍なんかよりもスゴいかもですよ。ハハ。隊長のカカシです。どーぞよろしくお願いします」
流石は上忍。カカシは事実を交えながら、冗談のようにそんな事を言ってその場の雰囲気を取り繕った。口元を隠すマスクのせいで胡散臭いが。
「わしは橋作りの超名人、タズナというもんじゃわい。橋を完成させるまでの間、超護衛してもらう!」
「予定よりも遅れている。急ぐぞ」
偉そうに登場してきた依頼人を、サスケは一蹴した。
「お、おう。お前、超ノリ悪いな」
零班とタズナは里の門で外出の手続きを終え、船場へと続く山道を歩き始めた。木ノ葉隠れの里からほど近い船場からは、波の国への連絡船が出ている。
前回は護衛しながらの移動ではなかったためナルトの口寄せの術で移動できたが、今回は極力目立たずに動く必要がある。再不斬と白の二人に出会うためにも、今はできる限り未来が変わるような行動は起こしたくはない。
「カカシ先生、波の国に忍はいないんですか?」
素直な質問だった。依頼したいことがあれば、自国の隠里に依頼するのが筋だ。現に木ノ葉隠れへの依頼は火の国国内の依頼がその大半を占める。
「嬢ちゃん、波の国に忍はおらんぞ」
「そーいうこと。波の国に一番近いのが木ノ葉隠れの里なんだよ」
「じゃあ……この前みたいに、忍と戦うことにはならないんですね」
この時、ナルトとサスケはタズナの表情が強張ったのを見逃さなかった。
「そーだよ。Cランク任務だからね」
そう言うカカシも、敵の気配には気づいている。
「不安なら、白眼で確認するといいよ」
それは合図。白眼を使え、ということはそういう意味だ。
地面は乾いている。それなのに道の先には不自然に大きな水溜まりがあった。ヒナタは白眼を用い、その中に敵の潜伏を完破した。カカシもその事に気づいているはずだと思い、ヒナタはあえて何も言わずに指示を待った。だが、カカシからは何の合図もない。それどころかその不自然な水溜まりとの距離は段々縮まっていく。
そしてその水溜まりの横を通過する瞬間、黒い二本の鎖が目の前を過ってカカシの身体に巻きついた。鎖は留まることなく服に皮膚に食い込み、カカシの身体は無惨に切り刻まれた。
初めての悪寒と戦慄。ヒナタは怯まず一歩前に踏み込む。
「タズナさん!私の後ろに!……はあっ!!」
その黒い鎖は次にタズナを目掛けてきたが、タズナの前にヒナタが立ち鎖を弾く。
大きな水溜まりの中から二人の忍が現れた。額には角に見立てた兜がある。
同じ忍であっても違う。根本的な何かが違うと感じた。本気であたらなければ殺される。
戦闘に言葉は無用。二人の忍の手から放たれる黒い鎖が再びヒナタとタズナを狙う。ヒナタは再び構えたが、顔の横にクナイが飛んだ。それはヒナタの目線の先にある木の幹に突き刺さり、黒い鎖の動きが止まった。二人の忍はクナイから鎖を取ろうと引っ張るが上手くいかず、鎖の繋がっている片方の手からその鎖を切り離した。その手には更に鋭い爪がある。どうやって印を結ぶのかは不明だが、それはさておきタズナとヒナタの方に向かってくる。
「ヒナタ!じいさん!下がってろ!」
ナルトはヒナタとタズナの前に立ち、クナイを持って構えた。
ーーゴスッ
「ハイ。敵の狙いは確定しましたー」
ナルトの目の前には先ほどバラバラになったはずのカカシの姿があった。その身には傷一つない。そして両肩には先ほどまでタズナを狙っていた忍が二人抱えられている。
「……生きておったか」
カカシは殺られたと思っていたタズナは、彼の姿を見てホッと胸を撫で下ろした。しかし、そう安心してはいられない。
「話があります。タズナさん。オレたちはアナタが忍に狙われているとは聞いていない。盗賊や暴力団などの武装集団からの護衛と聞いていましたが……これではBランク並ですよ」
カカシはそう言いながら気を失っている二人の忍を器用に縄で締めた後、忍犬を使い木ノ葉隠れの里へ伝令を出した。
「波の国は大名すら金を持ってない超貧しい国じゃ。高額なBランク以上の依頼はできんかった」
タズナは腹を括り語り始めた。
「お前さんの言う通り、ワシは超危ないヤツに命を狙われとる」
「その危ないヤツというのは?」
「ガトーという男じゃ。波の国は今やガトーカンパニーの根城となっている。ガトーのヤツがインフラを牛耳っとるせいでな」
「ガトーってあの世界有数の大金持ちっていう、あの?」
「そうだ。ソイツしかおらんだろ」
「よし。じいさん!オレがソイツをとっちめてやるってばよ!」
「ナルト、殺るのは簡単だが里の立場ってもんがある」
サスケは握り拳を上げるナルトの肩を掴んだ。
「殺るのは簡単って……お前ら」
カカシは呆れて物も言えない。
「ガトーってヤツはな、ホントに性根が腐ってんだってばよ!」
「いやいやナルト、お前その人の事知らないでしょ……」
ナルトもサスケもガトーのことはよく覚えている。
「いや、ナルトの言う通りクソヤローだ」
「サスケまで?!……で、タズナさん、それが本当なら我々の任務外ってことになりますよ」
「わかっとる。お前らがワシを置いて里に帰っても十歳になった孫がおるが死ぬまで木ノ葉隠れの里を恨むだけじゃ!」
「あー……またまたなんちゃってCランク任務か」
「カカシ先生。真の忍ならここは引き受けるしかねぇってばよ。任務外だかなんだか関係ねー。任務続行だ!!」
「ナルト……。ただのガキと思っておったが超違ったようじゃ!」
タズナは啖呵を切ったナルトの手を握り感激している。
「……はあ。じゃ、次はお前らも本気でやってくれよ。さっきは手を抜いていたんじゃないか?今回の刺客は中忍レベル。次は上忍レベルだろうな。そのつもりでいるように」
ナルト、サスケ、ヒナタは力強く頷いた。
零班とタズナは無事に波の国へ渡った。タズナの家向かう途中、人気のない雑木林に差し掛かかる。
ーーガサッ
「皆、地面に伏せろ!」
音のした方向から大きな刃物が地面スレスレに飛んでくる。カカシは隣を歩いていたタズナの頭を掴み地面に伏せた。ナルトたちも各々伏せている。
「オレが行く」
サスケは逸早く体勢を立て直し、目の前に立ちはだかる男を見据えた。長身で、鼻から下の顔半分は包帯で覆われており、その全貌はわからないが眼光は鋭くその身には凶悪なオーラを纏っている。
「クク……いきがったガキが。俺はそっちの写輪眼のカカシと殺りあいてぇ。ガキはすっこんでろ」
放たれる殺気には怯まない。
「桃地再不斬、アンタのことは知っている」
「その眼は……」
サスケの黒い瞳が紅く染まり、右目に写輪眼が現れた。再不斬が写輪眼に気づいた時点で、サスケの術中だ。
話していたかと思えば急に黙った二人。再不斬は目を見開き動かなくなった。一方、サスケは再不斬から目を離さず動かない。
「オレはサスケを援護するってばよ!」
ーーキンッ
サスケに向けて放たれた千本をクナイで弾く。
「おい!ソコにいるんだろ。降りてこいってばよ!」
一見誰もいない木に向かって叫んだ。だがその反応はない。数分後、再不斬はドサリと音を立てて地面に倒れた。
「タズナさん、走りますよ。お前ら、撤収ー!」
零班とタズナは急いでその場を離れた。走るスピードはタズナに合わせている。カカシは隣を走るサスケに声をかけた。
「サスケ、再不斬の回復はどれくらいになる」
幻術の強さは術者本人とかけられた相手にしかわからない。
「二、三日で回復する程度だ」
「じゃ、念のため今夜も警戒は解けないな」
その後は追撃もなく無事にタズナの家に辿り着いた。
タズナの家は海辺にあり、家の半分は海の上に浮いている。この土地の昔ながらの家の構造らしい。
リビングには見覚えのある二人の顔があった。タズナにとっては知らない人だが。
「あら。遅かったわね」
「サスケ、無事だったか」
大蛇丸とイタチだ。そして若い女性が二人にお茶を出していた。タズナの後ろに立つ零班を見て眼を丸くした。
「あ、父さんお帰り……って、こんなに忍者雇うお金あったの?その人たちも木ノ葉隠れの忍?」
「……ツナミ!知らんもんを家に上げるとか超危ないぞ!こっちのガキどもと先生が超正真正銘木ノ葉隠れの忍じゃあ!」
「え?!」
タズナとツナミは混乱していた。ツナミは大蛇丸とイタチが依頼を引き受けた忍だと思って家に入れたらしいが、タズナにとっては知らない怪しい奴らに他ならない。
「えーと……大蛇丸様とイタチくん。どうしてここに?」
「アナタがくれた手紙に、今回の任務はAランクかBランク任務に匹敵するって書いてあったからじゃない」
「……何故アナタに渡ったんでしょうか?」
「たまたま火影室に居合わせただけ。暇をもて余していたところよ」
「俺は監視役です」
イタチは相変わらず面倒な役回りだった。監視役とは名ばかりで、大蛇丸とのツーマンセルでしかない。
「アカデミーの授業はどーするんだってばよ」
「……ナルト、大蛇丸はオレたちの卒業と同時に教師を辞めている」
「は?!すごいやばいストーカーだってばよ……」
「ストーカーじゃないわ。追っかけよ。失礼ね。それに一年前からきちんと申請しておいたから授業に穴はないわ」
自由すぎる。
大蛇丸はツナミが出したお茶をすすった。
「で、先生、こやつらは何じゃ……?」
大蛇丸とイタチが敵でないことは理解できたタズナは冷静になった。
「木ノ葉隠れの里からの増援のようです。お二人とも天才の異名を持つ力強い味方ですよ。こちらは大蛇丸様とイタチくん」
これは最早Cランク任務に対するメンバー構成ではない。リビングのドアが開くと、小さな男の子が立っていた。
「じいちゃん、ただいま」
その表情は暗い。
「おおー!イナリ!どこにいってたんじゃ!!」
タズナはイナリの気持ちを持ち上げたいのか、異様に上ずった声で応えていた。テクテクとタズナの元へ歩いていくと、ナルトたち木ノ葉隠れの忍を一瞥した。
「イナリ!ちゃんと挨拶なさい!おじいちゃんを護衛してくれた忍者さんたちだよ!」
イナリはツナミの息子らしい。この少年がタズナの話していた十歳の孫だとわかった。母親の叱咤も響かないらしい。
「母ちゃん……こいつら死ぬよ」
挨拶どころか人差し指を突きだし、そんな事を言い放った。
「不遜なガキね。これだから子どもは嫌いよ」
大蛇丸様の蛇睨み。その双眼は少し血走っている。イナリは少しちびった。
「いやいやいや、仮にもアカデミーの教員だったヤツが子ども相手にそんな事言ってんじゃんじゃねーってばよ」
カカシは溜め息をついて、ヒナタの肩を叩いた。ヒナタは小さく頷くと、イナリの側にそっと近づく。
「イナリくん、大丈夫。わたしたちは負けないから」
「……お姉ちゃん、本当?」
「うん。木ノ葉の忍は強いんだよ。だから安心してね」
イナリはジッとヒナタを見ると、リビングを飛び出していった。
「イナリ!!」
「すまんのう。イナリも昔は明るく、よく笑う子じゃった」
タズナは黙ってリビングの壁に飾られている写真を見上げた。その写真にはタズナとツナミ、イナリが笑顔で写っている。特にイナリは今の様子からは想像できない程、明るく笑っていた。だが、その写真はそこに写っていた誰かを消すように、不自然に破れていた。
「何があったんだってばよ」
ナルトはイナリ、波の国に何が起こったのかは既に知っている。だが、この場にいる全員がその事を知る必要があると考えていた。
「イナリにはかつて、血の繋がらない父がおった。名をカイザという。かつて波の国の英雄と呼ばれた男は、真っ向からガトーに刃向かい、ガトーによって公開処刑されたんじゃ。……その日からイナリは変わった」
大蛇丸はその話を聞いて一考すると、小さく溜め息をついた。
「それはそれはかわいそうなお子さまね。……少しやりすぎたかしら」
皮肉たっぷりの台詞に続いたのは、意外なものであった。
忍には家の一室が与えられた。ヒナタはツナミの部屋で寝る予定になっているため、リビングでツナミと話している。所謂女子会だ。一方男性陣は、与えられた一室に集まっていた。
「で、ホントのところは何があったんですか?」
「カカシさん、実は……あの後、里に波の国からの依頼がありました。内容は、とある富豪の暗殺です。五代目は零班の任務と関連があると考え、俺たちを増援に向かわせました。……たまたま火影室にいたというのは本当ですが」
「なるほど……」
「カカシ、指揮は代わらずアナタが執りなさい。私たちは遂行の時期を見極めるだけよ」
一室を与えられた彼らだが、まさか大蛇丸と同じ部屋で一晩明かすことになろうとは思ってもみなかった。
「……想定外だってばよ」
「ああ。……ナルト、例の話は三日後だ」
「わかった」
「来るかどうかは再不斬次第だ」
その日の晩、ナルトとサスケは修行と称してタズナの家から出ていった。大蛇丸の入浴中に。
「あいつら逃げやがった……」
「はは。カカシさんまで逃げないでくださいね」
こうも分かりやすく釘を打たれると逃げようにも逃げられない。
一方、タズナの家を飛び出したナルトとサスケは近くの雑木林に来ていた。そこは二人にとっては懐かしい場所。
「サスケ、この場所覚えてっか?」
ナルトは木の幹に手を添えた。
「どちらがより高い所まで登れるか……だったか?」
「はは、懐かしいな。今なら木の天辺まで楽勝だな」
「フン。……おい、それより今の状況をどうするか考えるぞ」
「だな。……まったく奇想天外にも程があるってばよ。……よっ、と」
ナルトとサスケは朽ちた大木に腰を下ろした。
「ああ。兄さんと大蛇丸が来たのには驚いた。……未だにあの組み合わせには慣れない」
「オレもだってばよ……。そういや、再不斬はどうだった?」
「そうだな……。驚いていた。白は再不斬のために死に、再不斬自身はガトーに裏切られることになると話したらな」
「そりゃそーだろ。……今は忍界で有名な大蛇丸がいるし、交渉できる可能性はあるってばよ。ガトー側に付いて、波の国および大蛇丸を含む木ノ葉の忍を敵に回すか、それともガトーを裏切り木ノ葉に付くか……。再不斬にとってのメリットは……明らかだな。あとは、再不斬は忍としての意地を通すかどうかってとこか」
「波の国の依頼の件は恐らく極秘事項だ。安易に取引に使うモノじゃない」
「……お前さ、オレが気づかないなんて思ってないだろうな。今回の件、何か知ってるだろ」
この任務につく前に感じた違和感。イタチとサクラの修行を見に行くというイベントに気を取られていたが、本丸は別にあったらしい。
「黙秘する」
波の国の大名を写輪眼で少し操ったことが露見したら、国も絡む大事になるだろう。
「はー……。おまえがその眼使ったら世界をひっくり返すことなんか余裕だけどよ、使い方、間違えるなよ」
語らずともお見通しらしい。
「わかっている」
ナルトが再不斬と白を懐柔したいなどと言うものだから、保険も兼ねて良かれと思いやったことだったのだが、どうも今回自分がやったことはナルトの意に反するものだったようだ。まあそれもわからなくもない。忍のくせに正々堂々を好む男だ。
それにしてもナルトは写輪眼の瞳力をやや過信していないだろうか。一人ではとても世界をひっくり返すことなどできない。ナルトの協力があれば可能かもしれないが。
「お前の気持ちもわかるんだけどさ、やり方がマダラとかオビトっぽいっていうかさ……。うまく言葉にできねーんだけどさ。うーん……お前は汚れて欲しくねぇんだ」
かつてのサスケは世紀の前科者であったが、ここでは違う。
(なに言ってんだコイツ)
「……忍に汚いも綺麗もないだろう」
「そうなんだけどさ」
その夜、ナルトとサスケは大蛇丸と同じ部屋で休みたくないという思いだけで野宿をすることにした。