ナルトとサスケは、橋の欄干に腰掛けてタズナや外の職人がせっせと働いている姿を見ていた。護衛ということで同伴したものの、敵の気配はない。
「タズナさん、アレが木ノ葉隠れの忍……?まだ子どもじゃあないか……。大丈夫なのか?」
「ああ見えて超強いぞ。黒髪の方は敵に触れずに負かした程じゃぞ。それに家にも強い奴らがおる!なあに、問題ないわい!」
ナルトは暇をもて余していた。
「なあ、タズナのじいちゃん。オレにも手伝えることあるか?」
「あるにはあるが、任務外ってやつだろうに……」
「オレが手伝いてぇって思うからそうするんだってばよ」
「そうか、なら遠慮なく頼むぞ!向こうにある材料を運んで来てくれ」
陸の方にある材料は膨大だ。
「わかったってばよ」
ナルトは十人に影分身をし、次々に材料を運んでいく。そして本体は再びサスケの隣に戻ってきた。
「お前らしいな」
「一刻も早く橋を完成させてぇんだ。ただそれだけだってばよ」
懸命に働くナルトの影分身を見て、少し身の安全が分かったのか、他の作業員たちも仕事に精を出しはじめた。
「これが忍の力か……。ナルト、ただの金髪のガキじゃなかったのう」
「オレは将来火影になる男だってばよ!」
「火影といや里一強い超忍者じゃろ?」
「ああ!火影になって、里を発展させる。先にカクメイが必要だけどサスケと一緒にやってやるってばよ」
「そうか。ナルト、お前さんの未来が超見たくなった!もしお前がその通り火影になったら皆に自慢できるのう!がはは」
「ヘヘッ」
タズナは作業場へと戻った。
イナリはタズナとその護衛に向かったナルトとサスケの様子が気になり、橋の近くまでやってきた。貨物の影からその様子を見て目を見開いた。ただの護衛と思っていた忍の少年が橋造りを手伝っていた。しかもその作業場はガトーの脅威をものともせずに。イナリの目には輝いて見え、思い出すのは血の繋がらない父、カイザという男の後ろ姿。自然と涙がこぼれた。
イナリは踵をかえし、町へと駆け出した。
ガトーのアジトは波の国の中央に位置する森の中にある。そこにはガトーに雇われた忍や、腕に覚えのある盗賊たちが屯していた。その一室には、この建物には不相応な白い頬をした少年がいた。長い艶やかな黒髪のため、その姿は少女とも見紛う。
「再不斬さん……」
その憂いを抱く目の先には、タズナと零班を襲撃した鬼人・再不斬が横たわっていた。
うちは一族の少年の幻術により、再不斬は倒れた。倒れた再不斬をあの場からこのアジトまで連れ帰ったのは、この少年。あれから一時も再不斬の側から離れなかった。離れれば再不斬はガトーの側近の部下たちに殺されかねない。
この部屋の扉が大きな音をたてて開いた。
「大口叩いておきながらこのザマか」
「鬼人という名が聞いて呆れるぜ」
二人の男の手にはそれぞれ刃物がある。人が床に伏しているという部屋に入ってくる装いではない。
「再不斬さんに指一本でも触れてみろ。……ただではおかない」
身の毛が弥立つ明らかな殺気。少年は目にも止まらぬ速さで二人の前に立ちはだかった。二人の男の首筋には黒光りするクナイがある。二人の男は後退り、逃げるように去っていった。
「……白」
再不斬が目覚め、蛍光灯の眩しさに目を細めていた。
「再不斬さん……よかった。うちはの幻術に耐えるなんて」
「……いや、あれは手を抜かれただけだ」
白は初めて見た。再不斬が戦わずして敗北を認める様を。相手が子どもであったため、油断し遅れをとっただけだと白は思っていた。再不斬が目覚めて本調子になればすぐにでもあのうちはの少年の首を取りに行こうと考えていた。だが、再不斬の様子がおかしい。いつも辺りに放っている気迫が感じられない。
「あのガキ、俺たちの事を知っていた。いや……それだけじゃない。ガトーのこともな」
「再不斬さん、幻術の影響では……」
「違う。あのガキとは三日後に会うことになっている」
「罠の可能性は」
「それはない。本気で殺すつもりなら、あの時にできていたはずだ。それだけの力はある」
「……彼らと会うときは僕も同行しても」
「ああ」
白はあの少年を見極めるべく、ガトーのアジトを出た。タズナの家の近所の森には薬の材料となる草木も豊富に自生しているため、採取したものを入れる篭を持っていくのも抜りない。
早朝の森は人気がなく、薬草を摘むのには適している。
森の木のない空間には、背足の低い草の草原が広がっており、その草の上にあの二人の少年が無防備にも大の字になって寝ていた。再不斬の自尊心をへし折った彼らに対し殺意のようなものを覚えたが、相手は自分よりも幼い少年たちで、それは興味に変わった。
「こんな所で寝ていたら風邪をひきますよ」
「……ん?」
白は優しくナルトの肩を叩いて起こした。実はもう気配に気づいて目が覚めていたのだが。隣に寝ていたサスケも、さも今起きたかのように身を起こす。
「それ、オレも手伝うってばよ」
ナルトは白の持っている篭を指差している。白の片手には薬草がある。何をしていたかは一目瞭然だ。サスケもナルト同じように薬草を探し始めた。どうやらサスケとナルトは薬草の上に寝ていたようだ。
「君たちの名前は?僕は……白といいます」
「ナルトだってばよ」
「……サスケ」
「ナルトくんと、サスケくんですね。……君たちのその額当て、もしかして忍者ですか?」
黙々と作業を進めていると、おもむろに白がそう尋ねた。
「そうだってばよ!」
「へえ……すごいな。じゃあ、強いんですね」
「オレってば、将来火影になるんだ。だから強いのは当然だってばよ」
「そうですか……。その力は、何のためにあるんでしょう?」
「大切な人を守るためだ。ここにいるサスケと……ヒナタとカカシ先生も。それから里のみんなもだってばよ」
ナルトの表情が一瞬だけ大人びて見えたが、すぐに破顔し幼い少年の顔に戻った。
「そうですか……。君は?」
白はサスケの方を見る。
「オレにとっての力は、自分自身……それからナルトの思い描く未来のためにある。コイツがいたから、今のオレがある。だから……そう思える」
「サスケくんはナルトくんのことが大切で、ナルトくんも、同じように思っている。とても……素敵なことだと思います。それからサスケくん……君は僕と少し似ている。僕にも、この人がいたから今の僕がある。そう思える大切な人がいるんです」
「ソイツは……お前の気持ちを知っているのか」
白はサスケの言葉に僅かに目を見開くが、すぐに目蓋を伏す。
「……君たちはとても輝いて見えます。僕にはとても、そんな風には生きていくことはできないでしょうから」
白は困ったように微笑んだ。
ナルトはすっくと立ち上がると白との距離を詰めた。
「そんなことねぇ!!その……オマエがどういう状況かはオレにはわかんねぇ。でもさ、諦めたら終わりだってばよ。案外、ここまでだって決めているのは自分自身なんだ。本当は、人は……忍は自由なんだ。……色んなしがらみとかあるけどさ、思う心は自由だ。誰にも縛られない」
ナルトはそう言うと、ニカッと笑った。
「……忍には色々な掟があるでしょう」
「ああ、そうだな。けど、少なくともオレは、忍の心得みたいにはなんねぇ。もしそうなったら、……それほど悲しいもんはねぇってばよ。大事なもんを犠牲にしなけりゃなんねぇ里への忠誠心なんか必要ない。大切なもんを知ってるから、人ってのは強くなれんだ。その逆はねぇよ。……だからオレは火影になる」
ナルトとサスケの過去に何があったかは知れない。だが、その言葉は多くの経験に裏付けされたもののようで、ナルトの言うような持論は初めて耳にしたが、嫌なものではない。じっくりと考える必要があるように思えた。
「そう……ですか。ナルトくん、その夢、叶うといいですね。今日ここで君たちと会えて、そして話ができて良かった。……お陰で薬草もたくさん集めることができました。ありがとうございます。また、どこかで」
白は小さく会釈すると、森の奥へと消えていった。その後ろ姿を見送り、白が遠くに行ったことを確かめると、サスケは大きなため息をついた。
「あいつ、なんでこんな所にいるんだ……」
「ん?前の時も白とはこの森で会ったってばよ」
「……知っていたのならそれを事前に言ってくれないか。お前は知っていてもオレは知らない」
「ワリィ」
「……」
「すみませんでした!」
「……」
「サスケェェ」
白は水の国のスラムに生まれ、そこで育った。親の顔も知らなければ、自分の生まれた日も分からない。だから自分の誕生日は再不斬と出会った日にした。白にとっては、再不斬と出会ったその日が自分という忍が生まれた日。再不斬がいなければ、今ここに自分はいない。事ある毎に、白はそう思っていた。それほどまでに再不斬のことを敬愛している。
「どこに行っていた」
「そこまで薬草を取りに」
白は手に持った篭を少し上げてみせる。
「……そうか。やけに機嫌がいいな」
「はい?」
「それくらい、俺にも分かる」
「……うちは一族の少年たちの様子を見てきたんです」
「どうだった」
「とても……眩しい子たちでした」
「そうか。お前は……どうしたい」
白はその言葉に目を丸くする。これまで再不斬が自分に意見を求めることなどなかった。
「……僕は再不斬さんの道具です」
「そう思っていたんだがな……。このままあのガキとやり合うことになれば俺は負ける。白、お前は俺を庇って死ぬんだと」
「はい。僕よりも再不斬さんが先に死ぬことは絶対にあり得ません」
「……家族の情なんてものは一生わからねェもんだと思っていたんだがな。弟ってのがいたらこんな感じかもしれねぇな」
「再不斬さん……」
再不斬との戦闘から三日。
約束の場所は、初めて会ったあの雑木林。
「結局、カカシたちに相談は無し、か……」
「白と話したろ?だから、大丈夫だってばよ」
「念のため確認しておくが、事が成らない場合はどうする」
「……その時は、やるしかねえ」
辺りに濃い霧が立ちこめる。
「待たせたな」
姿は見えないが、その声は間違いなく再不斬のものだ。この霧は、写輪眼対策だろう。殺気は感じないものの、相手の警戒は解かれていない。
霧の向こうを見据え、サスケの目が赤く光る。
「単刀直入に言う。ガトーを見限り、こちらに寝返れば悪いようにはしない」
「……見返りは?」
「未来だ。今後協力してもらうこともあるだろう。その代わりに、居場所を提供する」
「俺たちは霧隠れの抜忍だ。木ノ葉隠れの忍のお前たちに何ができる」
「今の火影はオレの師匠だってばよ。軟禁に近い状態にはなるだろうが投獄も避けられる。もしそれが難しければ、オレが妙木山に匿う」
「どうする」
ナルトとサスケの提案に、再不斬は押し黙った。
「一つ聞きたい。俺や白が死のうと、お前たちには関係ないだろう。何故ここまでする?」
ナルトは一考すると、口を開いた。
「オレのエゴといえば、エゴでしかない。ただ、失くすには惜しい忍だからだ。それに、あの頃の霧隠れの里は抜け忍が出てもおかしくない状況だった。ある筋の情報では、水影は何者かに操られていた可能性があるということだ。……もしかしてさ、それがわかってて再不斬、おまえは水影の暗殺を計画したんじゃねえの?」
水影暗殺のクーデター未遂の末に、数人の部下と共に里抜け。それが再不斬と白の里を抜けたきっかけだ。しかしそれをナルトに語る義理はない。
「……俺たちの行く道はどちらを選ぼうと、修羅に変わりない。そう思えば、ガトーよりもお前たちの方が信頼できる。……従おう」
「オレたちは毎日タズナとともに橋にいる。数日のうちにガトーとその部下も含めて攻めてこい。こちらに寝返るのはその時だ」
「了承した」
二人の気配が消え、あれだけ濃かった霧も晴れた。その日の夜、タズナの家の一室でナルトとサスケは他のメンバーに再不斬と白が寝返ることを話した。その声量はかろうじて聞き取れる程度の大きさだ。
「それは本当に信じていいのか?」
「一人は血継限界の少年だなんて。……楽しみね」
懐疑的なカカシをよそに、大蛇丸は楽観的だ。DNAサンプルコレクションが増えそうだ。
「万が一、彼らが裏切った場合はすぐに始末するぞ、サスケ」
「ああ、分かっている」
ガトーの動きがあったのは、それから二日後。タズナは毎日休むことなく橋の建設に精を出していた。そしてあと一週間程で対岸に橋が繋がろうかという時だった。不審な船が止まり、そこから数十人の柄の悪い連中が橋になだれ込んでくる。その先陣には再不斬と霧隠れの里の追い人の面を付けた忍がいた。
ナルトとサスケは瞬時にタズナの前に構える。あと数歩とナルトとサスケに近づいたところで、再不斬と白は身を翻し、背後に続くガトーの部下を一蹴する。
「よっし!オレも行くってばよ!影分身の術!」
ナルトは十体影分身を出し、再不斬と白に加勢する。優勢が一瞬で劣勢となり、優勢だと思っていたガトーはたじろいだ。
「なっ……!再不斬が裏切っただと?!……いや、数では負けん!強気で攻めろ!皆殺しだ!ガトー・カンパニーに刃向かうとどうなるかを分からせてやれ!」
ガトーは喚き散らした。
ナルトはガトーが劣勢を悟って逃げ出すことがないようあえて多重影分身をせず、力が拮抗しているように見せかけた。一方、サスケはその場を動かず、タズナを直接狙う攻撃に対応する。
「どうにか間に合ったようだな」
「カカシ先生、ヒナタ!オレらだけで十分だけどよ」
「俺たちの国は俺たちが守るんだ!!ガトーには負けない!」
ナルトやタズナの背後には、イナリを筆頭に波の国の町人たちが集まってきていた。その手には身の回りにある農具などの武器になりそうなものがある。
「タズナのじいさんだけに波の国の命運を背負わせたら負い目ができそうだ。俺たちのために死んだカイザも浮かばれねぇだろ。なあ?」
一人の男性がそう言うと、背後の大勢の町人たちから口々に同意の声が上がった。
これまで町の誰もがガトーの横暴に打ち勝つ術などないと思っていた。だが、タズナは自腹を切って忍を雇ってまで、命を狙われていることも構わずに橋を完成させようと戦っている。
「イナリ!よくやったってばよ!……ガトー。お前には味方はいるかもしれねえが、仲間はいねえだろ。お前の負けだってばよ!」
「ほざけ!そう呑気なことを言っているのも今のうちだ!クク」
ガトーの横に、一人の女性を連れた部下が現れた。
「連れてきました」
「随分と遅かったな。……見ろ!タズナ!お前の娘だ!……命が惜しくばすぐに橋の建設を中止しろ!」
ツナミの口には猿轡がはめられ、叫ぶこともできない。彼女はぐったりとしておりクナイを首もとに突きつけられていても目は開かなかった。
「ツナミ!!……くっ」
タズナは歯を食い縛り目を背ける。見ていられなかった。
だが、次の瞬間、ガトーの身から血飛沫が上がった。その隣に立つ男の持っていた刀からは鮮血が滴っている。
「ガトー様がやられた?!」
「あいつが裏切ったのか?!」
ガトーの配下たちの間に動揺が広がる。タズナは呆然と立ち尽くしていた。冷静になったガトーの配下たちは逃げるように海に飛び込んだり、乗ってきた船に逃げたりと、誰もがガトーの遺体には目にもくれない。
ガトーの部下だった男は、巻物にガトーを封じていた。
「早く娘を離せ!」
ツナミは相変わらずの状態で、タズナは気が気でない様子だ。男はもう用のないツナミをそこに置き去った。
「母ちゃん!」
「ツナミ!」
タズナとイナリが駆け寄り、ヒナタがクナイでツナミの縄を解いた。
「これは幻術……?」
ヒナタは印を結び、ツナミにかけられた幻術を解術する。
「……あら、イナリ?それにヒナタちゃん?」
「よかった……」
「母ちゃん!大丈夫?!」
「え、ええ……私も何が何だか。あの時確か、ガトーの部下に拐われて……」
「もうそんなことはどうだっていい!わしは娘までも失うんかと思ったら恐ろしゅうて……」
「父さん……」
タズナはイナリとツナミを両腕に抱き締めた。その周囲に町の人々も集まってくる。
ナルトとサスケの背後にイタチが姿を現す。
「こちらの任務も済んだ」
「知ってるってばよ」
「兄さん、いつガトーの部下と入れ換わった」
「今日みんなが出掛けた後、家にその人たちが押し入って来てね。その時だ。こちらが機会を作るまでもなく済んで手が省けた」
「……そういや大蛇丸は?」
「タズナさん家でお茶してると思うよ」
波の国まで一体何をしに来たんだ。
「今回は出番なかったなー。ホント」
「わたしとの修行で終わっちゃいましたね……。いつもありがとうございます。カカシ先生」
「いーよいーよ」
その後、橋は予定通り一週間で無事に完成し、「ナルト大橋」と名付けられた。
木ノ葉隠れの里に寝返った再不斬と白は、ナルトたちが里へと戻る途中で目撃されでもしたら面倒なことになるため、それまでの間は妙木山で過ごすこととなった。大蛇丸の毒牙から白を守るためでもある。
こうして、ナルトとサスケはまたしてもとんでもないものを里へ持ち帰ることとなった。