ようこそモブが逝く、未知なる世界の教室へ   作:雲ひとつない青空

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すべての人間の一生は、神の手によって書かれた童話にすぎない

───ハンス・クリスチャン・アンデルセン




終わりと始まり

 

 

 

 

 

 突然だけど、皆は『転生』というものを知っているかな?

 

 

 

 

 

 『転生』───それは死後、別のそ……え? 知ってる?

 

 

 ……こほん。

 

 

 『転生』───それは死後、別の存在として生まれ変わるという考え方。および生まれ変わるという事象。

 

 

 肉体が生物学的な死を迎えた後には、非物質的な中核部については違った形態や肉体を得て新しい生活を送るという、哲学的、宗教的な概念。

 

 日本では、生まれ変わりは仏教思想の一つとして知られている。だが、生まれ変わりは仏教固有の思想ではない。

 仏教にも見られる生まれ変わりの思想『輪廻(りんね)』は、元々ヒンドゥー教の思想だ。また、生まれ変わりの思想はインドのみならず古代ギリシャの宗教思想にも認められており、再生や輪廻転生(りんねてんしょう)といった信念は、ピタゴラス、ソクラテス、プラトンなどの歴史的人物も持っていたらしい。

 

 漫画やアニメで見られる生まれ変わりの思想『リインカーネーション』は、西洋近代に由来するもので、インドに由来する『輪廻』とは異なる概念だ。

 現代では、多くの言語が『リインカーネーション』およびこの直訳語で『生まれ変わり』の観念を表している。

 

 生まれ変わりの概念は、哲学、歴史学、人類学、宗教学、仏教学など、様々な学問で研究されてきた。

 アメリカにあるバージニア大学医学部では、前世の記憶を持つ子供たちの事例が日夜研究されている。

 また近年では、アメリカの『精神疾患の診断・統計マニュアル』に、『宗教的、またはスピリチュアル的な問題』という項目が追加されたことをきっかけに、宗教的な観念が文化資源として注目され、生まれ変わりの概念を医療資源と見なし、スピリチュアルケアに生かす動きも見られている。

 

 ちなみに、カトリックを含むキリスト教には『輪廻転生』という考え方は存在しないそうだ。

 

 

 ───以上、ウィキペディア参照。

 

 

 昨今では『転生』は、一次創作や二次創作において定番のジャンルと化しており、他にも漫画やアニメ、ゲームなど、様々なコンテンツで一世を風靡している。

 

 異世界に転生する『異世界転生』。

 現代に転生する『現代転生』。

 自分が死亡するよりも前の時期に転生する『逆行転生』。

 そして、異世界や現代、創作や実在する人物に憑依する形で転生する、『憑依転生』などなど。

 一概に『転生』といっても、その種類は多岐に渡る。

 

 かくいう俺も、そういったものには何度か、いや、何度も触れたことがある。

 男なら一度は夢に見る異世界という空想の世界(フィクション)

 決して手の届くことのない無常の幻想(ノンフィクション)

 この掃き溜めのような世界から旅立ち、まだ見ぬ世界へと思いを、希望を馳せてみたいと思ったことは一度や二度じゃない。

 

 さて、どうして俺が、こんなわけの分からないモノローグをしているのかというと、それは少し前に遡る───

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

『■■■さん。残念ですが、貴方は亡くなられました』

 

 

 

 

 

「…………………………え?」

 

『■■■さん。残念ですが、貴方は亡くなられました』

 

「……───」

 

 

 

 

 

 ■■■、大学4年生、春。

 桜が舞い踊り、人々の新たな門出を祝福する季節。

 

 

 

 

 

 ───どうやら僕は、死んでしまったらしい。

 

 

 

 

 

『……お主の死因は、親友じゃと思っておった男とその取り巻きに、集団でリンチされたことじゃ。そして、今のお主は死後の記憶が混濁している状態。つまり、死んだショックでその前後の記憶がぶっ飛んじまってるってことじゃ』

 

「……ぶっ飛んじまってるって……」

 

 

 いまいち状況が掴めぬ中、テレパシーのように脳内にそう声が響き、僕は反射的に過去の記憶を思い起こそうとする。

 

 確か、月が頭上にくるような時間帯、■■に呼び出されて近くの公園に行ったら、そこに■■と、■■といつも一緒にいるメンバーがいて…………。

 ぁ、そこから先が、思い出せない。どころか、■■たちの顔や名前すら思い出せない。

 

 確かに、彼女の言う通り、思い出そうとすると何故か記憶に靄がかかって、思い出すことができな───

 

 

「……ッ!」

 

 

 途端、僕は激しい頭痛に襲われ、頭を抑えて蹲ると、声にならない呻きを上げる。

 無理に思い出そうとしたからか、脳が悲鳴を上げている。

 心なしか、全身が、臓腑が、燃えるように熱い。

 でも、そのおかげだろうか。徐々に記憶の靄が晴れ、その時の光景が、レトロ映画のフィルムのように僕の脳裏に映し出される。

 

 そうだ、あの時、公園に着いたら、■に突然後ろから頭を殴られて、目が覚めたら───

 

 その瞬間、先ほどの頭痛とは比べものにならないほど途轍もない吐き気に見舞われた。

 思い出してはいけないことを思い出そうとして、心と体が拒絶反応を起こしているみたいだ。

 

 臓腑の奥底から、胃の内容物ではない何かが津波のような勢いで迫り上がってくる。

 全身から吹き出る汗は滝のように流れ出て、僕はその汗と共に溶けているのでは、と錯覚してしまうほど手足の感覚が薄れていく。

 前後不覚。今自分は立っているのか、蹲っているのかすら分からず、足がなくなったかのような浮遊感に包まれ、自分が自分であることの判別もつかない。

 胸に去来する虚無感に呑み込まれ、冥い海に沈んでいく。

 

 

 ああ、僕は、ここまま溶けて、消え───

 

 

『そう無理に思い出そうとせんでもよい。わざわざ嫌な記憶を思い出す必要なぞないんじゃからな』

 

 

 そう、声をかけられ、僕は非現実(現実)へと引き摺り戻される。

 彼女の声は、まるで鈴の音のように僕の脳内に響き渡り、僕の心身を落ち着かせてくれた。

 もし彼女に声をかけられなかったら、僕は心の(うち)から湧き出るナニカに、一瞬で呑み込まれてしまっていたはずだ。

 

 だが、それでも、僕の疑問が尽きることはない。

 

 何故、■■はあんな時間帯に僕を呼び出したのか。

 何故、■■たちは僕をあんなにも痛めつけたのか。

 何故、■■たちは、僕のことを殺したのか。

 何故───

 

 

 ───親友だと思ってたのは、僕だけだったの……?

 

 

『……人間関係なぞそんなものよ。ほんの些細なことで擦れ違い、結果として今回のようなことに繋がってしまう。そんな複雑怪奇なものじゃ、人間の心というものは。っと、とりあえず、これでも飲んで落ち着くがよい』

 

 

 そう言って、彼女はどこからか取り出した小瓶を、ぽいっと投げて渡してきた。

 僕はそれを慌てて受け取ると、恐る恐る観察する。

 

 一目で、それがとんでもなく高価な物だと解る小瓶。

 その小瓶には、人の手で創られたとは思えないほど美しく精巧な装飾が施されており、半透明に透き通った硝子は、中にある乳白色の輝きを放つ何らかの液体を乱反射し、パールのような繊細な美しさを醸し出している。

 

 神が創りし芸術品。

 

 それが、僕がこの小瓶を観察して感じ取った感想(もの)だった。

 僕は芸術には疎いのだが、そう評価せざるを得ないほど、その小瓶は人智を超えた創りをしていた。

 小瓶の中にある液体も、恐らく神が創りたもうたものなんだろう。

 

 恐れ多くて、おいそれと飲めそうもないな、なんて考えていたのだが、目の前の存在が放つ、飲め飲め飲め飲め飲め、という視線に込められた無言の圧が、僕に飲まないという選択肢を選ばせてはくれない。

 僕は一度、深呼吸をして心身を整えると、そっと小瓶の蓋を開ける。

 すると、僕の周囲に甘ったるい匂いが立ち籠める。

 まるで、世界一甘いお菓子(グラブジャムン)を更に砂糖や蜂蜜で味付けしたような感じだ。

 僕は顔を(しか)めながらも、一度ゴクリと唾を飲み込むと、意を決してグイッと一気に飲み干した。

 

 

「……っ!?」

 

 

 すると驚くことに、その乳白色の液体を全て飲み干した瞬間、先ほどまで僕の心の裡で渦巻いていた混沌とした様々な感情が一瞬にして消え去っていくのが解った。

 擦り切れ、疲れ果て、折れそうになっていた僕の心が綺麗さっぱり洗濯され、本来あるべき姿へと(もど)ったような感覚。

 生まれ変わる、とは正にこのことだろう。

 

 

『どうやら落ち着いたようじゃな。考え過ぎも、行き過ぎれば死毒となる。今みたいにの。過去とは所詮、二度と通れぬ既に通り過ぎ去った道に過ぎん。割り切れ、とは言わぬが、時間が先にしか進めぬように、お主らはその道程で得たものを享受して歩いて行くしかないのじゃ。それが、どんなことでも、な』

 

 

 真剣な眼差し僕を見つめ、そう語った彼女のその言葉には、どこか実感が籠っているような気がした。

 

 僕は心の中で彼女の言葉を反芻(はんすう)する。

 道程で得たものを享受するしかない、まさにその通りだ。

 一歩進めば、一歩後ろは断崖となり、もはや後戻りはできなくなってしまう。人生とはその繰り返し。

 どれだけ過去を悔やもうと、どれだけ過去を思おうと、過去とは、もう二度と手に入らない泡沫の夢なんだから。

 

 

『ふぅー、硬っ苦しいのはここまでじゃ! お主もそろそろ妾の正体が気になってきた頃じゃろ? 妾の正体、知りたいかの? の?』

 

「───」

 

 

 まさに、〝開いた口が塞がらない〟とはこのことだろう。

 先ほどまでの女神然とした態度とは打って変わって、今の彼女はまるで別人だ。

 雰囲気が軽いというか、何というか。

 自分のことを有名人だと勘違いした自信過剰な地下アイドルが、自分の正体をバラしたくてバラしたくて仕方がない、といった感じの態度だ。

 

 ただまあ、彼女の正体については大方───というかほぼ確実に───見当はついている。

 これが異世界転生、転移系の漫画でよく見られる死後世界(シチュエーション)なのであれば、ここにいる存在(彼女)は転生を司る神々の一柱(ひとり)だと相場が決まっている。多分。

 

 僕は、如何にも聞いてほしそうな態度をしている彼女に、在り来り(テンプレ)じみた質問を投げかける。

 

 

「……えっと、もしかして、女神様……ですか?」

 

『なんじゃ、気づいておったのか。つまらんの。というか、もしかしてってなんじゃ! どこからどう見てもTHE・女神じゃろ、妾!? ほれほれどうじゃ〜? 超女神っぽいじゃろ〜? ほれ〜』

 

 

 そう言うと彼女は、あっは〜んとか、うっふ〜んなんて口ずさみながら、グラビアアイドルもかくやといったセクシーポーズを披露してきた。

 それに、自分でも女神っぽいじゃろとか聞いてくるあたり、自分でも自分が女神っぽくない自覚はあるらしい。

 まあ、それもそのはず。彼女はどこからどう見ても───

 

 

「全裸の幼女にしか見えない」

 

『なんじゃとッ!?』

 

 

 そう、目の前の女神を名乗る存在は、小学2、3年生ほどの女児にしか見えず、あろうことか、その神秘的ともいえる裸体をなんの恥ずかしげもなく堂々と晒していた。

 

 まるで彫刻のような、怖いくらいに整った健康的な肢体。

 少しでも触れれば、体の熱だけで簡単に溶けてしまいそうなほど、白く透き通った柔肌。

 絹のような純白の長髪は腰元まで伸びていて、周囲の光を反射し儚げに輝いている。

 胸元の平野と、局所部の丘陵には謎の光が煌々と鎮座しており、彼女の持つ門外不出の玉を守護しているかのよう。

 目元にはノイズのようなものが入っていて、その顔はよく見えないが、それを補って余りあるほど『美』という言葉を全身全霊で体現している。

 

 先ほどから、何やら喚きながら駄々を捏ね回っているのが見えるが、それすらも一つの芸術のようで、その一挙手一投足に目が奪われ、離してはくれない。

 

 あくまで比喩だが、もしこんなわけの分からない状況でなければ、今にも襲いかかって子孫繁栄に勤しんでいたかもしれない。

 

 …………いや、やっぱりないな。

 

 

『と・も・か・く! 妾は女神なのじゃっ! 崇め、敬い、尊ぶがよい!』

 

 

 堂々と張った胸に手を置いてそう言い募った女神様は、そこで一旦言葉を区切ると、次いで本題を口にした。

 

 

『そして、じゃ。薄々勘づいているやもしれぬが、お主にはこれから、とある世界へと転生してもらう!』

 

「……転生」

 

 

 急に話が変わった。依然女神様の態度は変わらないが。

 だが、僕の予想していた通り異世界転生系だったらしい。

 

 

『うむ! というわけで早速じゃが、スキルガチャを引いてたもれ! 所謂「転生特典」というやつじゃな!』

 

 

 そう言って、彼女は何もない空間に手を翳すと、その空間が蜃気楼のように揺らめきだし、数秒後には、そこに見覚えのある物体───カプセルトイが出現した。

 カプセルトイといっても、僕が知っているカプセルトイよりも仰々しく、何対もの絡繰仕掛けの天使の羽で全体が包み隠されていて、中を確認することができない。

 そのサイズは僕の身長の三倍ほどもあり、ダビデ像と同じくらいの大きさを誇っている。それに反して回転式のレバーはごく一般的なカプセルトイよりも一回り大きいくらいで、これなら苦もなく回すことができそうだ。

 

 それに、転生特典があるタイプの転生でよかった。

 異世界転生、転移系の作品の中には、転生特典を与えられずに生身で異世界に放り出されて、可哀想な目に遭うものも数多く存在している。

 他にも神や女神の反感を買い、呪いや、デメリットのあるスキルを与えられてしまう場合もある。

 

 僕もその内の一人にならなくてよかった。

 まあ、どんな世界に転生するかにもよるけど。

 

 

『このスキルコインを、そのガシャポンのコイン投入口に入れて、このレバーを回すと、スキルが獲得できるという仕組みになっておる。簡単じゃろ? ちなみにガチャは一度しか引けぬから、よ〜く祈るのじゃぞ? 神に、女神に、特に、この妾にな! ぅははははは!』

 

 

 口頭で丁寧にガチャの引き方を説明し終えた女神様は、いつの間にか手に持っていた青銅色のコインを僕に手渡すと、大仰な身振り手振りで自分の存在をアピールしてみせる。

 

 ……心なしか、後光が差している気がしなくもないが、恐らくは気のせいだろう。いや、そうに違いない。

 

 この女神様に祈るのはなんだか癪ではあるのだが、まあ、祈らないよりはマシだろうと、僕は目の前の存在に手を合わせながら祈りを捧げる。

 

 慎ましくも幸福な人生が送れるスキルが手に入りますように。誰にも殺されなくなるスキルが手に入りますように。怪我や病気に罹らなくなるスキルが手に入りますように。友達100人できるスキルが手に入りま───

 

 

『長いわっ! はいガチャっと!』

 

「あっ、ちょッ!?」

 

 

 女神様は僕の祈り───というか願望───に文句を言うと、僕の手からコインを奪い取り、流れるような素早い動きでコインを投入口へと投げ入れると、僕が止める間もなくレバーを回した。

 すると、ガガガッ、ガガガガッ、というカプセルトイの中が掻き回されるような音とともに、取り出し口と思しき巨大な穴から、虹色の光を纏ったバスケットボールほどの大きさのカプセルが転がり落ちてきた。

 そのカプセルは僕の足元あたりで停止すると、突如浮遊し始め、虫のような俊敏な動きで僕の周りを何周かすると、顔の前でピタリとその動きを止める。

 

 

『ほ、ほれ、そのカプセルに触れてみるがよい、ぞ?』

 

「…………」

 

 

 女神様は、目を逸らし、冷や汗をかいて、頬をひくつかせながら訥々(とつとつ)と僕に続きを促してくる。

 

 言いたいことは山ほどあるが、こうなってしまった以上、ここで口答えしたところで詮方ないことだ。

 僕は小さく溜息を吐くと、覚悟を決めて、僕の眼前でぷかぷかと浮遊しているカプセルに触れてみる。

 

 指先がカプセルに触れた次の瞬間、そのカプセルは僕が開けるまでもなく独りでに開き、中から眩いばかりの虹色の閃光を(はし)らせる。

 

 

「──────」

 

 

 至近距離で炸裂したその閃光は、僕に目を閉じる時間すら与えずに、僕の視界を白い暗黒で呑み込んだ。

 暗転(ブラックアウト)ならぬ明転(ホワイトアウト)

 身じろぐどころか、声を上げることもできない。

 僕は思考すら儘ならず、心を手離す。

 

 そんな状態になろうとも、状況は無慈悲にも踊り続ける。

 

 視界が白く染まろうと、五感全てが無に帰したわけではなく、視界が封じられてより鋭敏になった僕の触覚が、何かに抱きしめられるような感覚を感じ取った。

 まるで太陽の光のように暖かなそれは、僕を優しくも力強く包み込んでいく。

 元々僕の一部だったものが僕の元へと還ってきたような、不思議と身を委ねたくなる感覚。

 

 僕はその暖かさに身を任せると、何かに(いざな)われるようにゆったりと、その意識を深い微睡みの海へと沈めていった。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

『───ろ』

 

「……ん」

 

 

 ───何か、聞こえる。

 

 

『───きろ』

 

「……ぅうん」

 

 

 ───これは、女の子の、声⋯⋯?

 

 

『───起きろっ!』

 

「ぐぇぁっはッ!?」

 

 

 突然お腹にとてつもない衝撃が加えられ、僕は堪らず変な悲鳴を上げて飛び起きる。

 僕は咽びながら顔を上げると、そこには、腕を組みながら頬を膨らませ、仁王立ちしている女神様の姿があった。

 

 僕の目の前、というか、真上に立っているので、何というか、その、目の保よ───目のやり場に困る。

 

 僕がどれだけ気を失っていたかは分からないが、彼女は相も変わらず芸術的な肢体をしていた。

 腕を組む仕草も、頬を膨らませている様相も、ほんの些細な動きですら、彼女をより美しく彩るための飾り付け(スパイス)に過ぎない。そう思わせられるほどの『美』を纏っている。

 

 だが、女神とはいえ幼女は幼女。僕はロリコンではないので、幼女の裸体をまじまじと見つめる趣味も嗜好もない。

 もしそんなことをしようものなら、僕は問答無用で性犯罪者の悪い評判(レッテル)を貼られてしまうに違いない。

 というか、彼女のその裸体は、男の獣欲をかきたてるようなものではなく、寧ろその獣欲を滅し、涅槃(ねはん)へと送るような美しさだ。

 そんな彼女に欲情できる存在がいるとすれば、それはやはり、常軌を逸したロリコンか、同じ神々しかいないだろう。

 

 つまり、逆説的に考えれば、常軌を逸したロリコンは神様というこ───

 

 

『さっきから黙って聞いておれば、誰が幼女じゃっ!? 確かに体は幼いかもしれんが、中身はとうに数千歳を超えておるわ! どちらかと言えば合法じゃ! って違うわ!』

 

 

 わなわなと身体を震わせながらそう叫ぶ女神様。

 まるで叩けば叩くほど音が鳴る玩具(おもちゃ)みたいだ。

 一頻り叫んで落ち着いたのか、一つ溜息を吐くと、先ほど獲得したであろうスキルについて説明を始めた。

 

 

『さて、先ほどの光のことじゃが、あれはスキルを獲得する時の演出のようなものじゃから、お主は何の心配もせんでよいぞ。……まあ、あんなにも強い光を見たのは妾も初めてなんじゃが……。おっほん。ともかく、まずは「ステータス」と唱えてみい。それで獲得したスキルと、今のお主の状態が確認できるはずじゃ』

 

「……分かりました」

 

 

 なんだか釈然としないし、途中声がぼそぼそしていてよく聞き取れなかったが、まずは自分の状態を確認することが先決だろう。

 

 僕は少しだけ緊張しながら、沸き立つ心を抑えて、女神様に言われた通り『ステータス』と唱えた。

 

 

「『ステータス』……ぉわ」

 

 

 口にした瞬間、フォン、というスマホの充電音のような、ゲームの効果音のような音とともに、目の前に半透明の薄い青色のパネルが出現する。

 そこには、先ほど虹色の光に呑み込まれた際に獲得したであろうスキルと、今の自分の状態が簡潔に表示されていた。

 

 

 

名前:

 

性 :男

 

 年:21

 

状態:死 (転生  中)

 

<スキ >

 

『   』▽

 

『潜在能力S』▽

 

 

 

 お、おお……何か、凄い(小並感)。

 

 でも、どうして僕の名前が表示されていないんだろうか?

 それに、所々虫食状態になっていて読めない部分がある。

 一瞬、こういう仕様かな? とも思ったが、流石にそれはないだろう。

 というか、ガチャは一度しか引いていないのに、どうしてスキルが二つもあるんだ……?

 

 そんなことを考えていると、横からひょっこりと顔を覗かせてきた女神様が、僕の『ステータス』を見て驚愕の表情を浮かべた。

 

 

『ほう! Sランクのスキルではないか!? お主は相当運が良いようじゃな!』

 

「いや、引いたのは僕じゃ───」

 

『よかったのう、■■よ! ス、スキルの詳細も確認したいであろう!? であれば、スキルの名前の横に表示されている矢印のようなマークをタップしてみよ!』

 

「あ、はい……」

 

 

 色々と、本当に色々と聞きたいことはあるが、矢継ぎ早に話す女神様に訝しげな視線を送りながら、僕は急かされるままに、彼女に言われた通り矢印のマークをタップしてみる。

 すると、女神様が言った通り、スキルの名前の下にスキルの詳細のようなものが表示された。

 

 

 

名前:

 

性 :男

 

 年:21

 

状態:死 (転生  中)

 

<スキ >

 

『   』△

・   に   正。

・  値   補 。

・ 分      も、      最    良い

 果    せる     る。

 

『潜在能力S』△

・潜在値に極大補正。

・成長値に極大補正。

・あらゆる可能性を内包しており、努力次第ではどこまでも成長することができ、何にでもなることができる。

・並大抵のことであれば、一度見聞きしただけで完璧に習得することができる。

 

 

 

 お、おお……何か、凄い(小並感)part2。

 

 やはりというか、何というか、『   』は詳細までもが虫食状態で、どんなスキルなのかが分からない。

 辛うじて読める部分から推測するのであれば、恐らく何らかのパラメータに補正がかかるスキルだと思うのだが、確証はない。

 まあ、三つ目の効果に『最』『良い』と書かれているので、デメリットがあるようなスキルではないはずだ。

 できることなら、なるべく僕の平穏無事な来世を送るために役立ってくれるようなスキルであることを祈ろう。

 

 それよりも、『潜在能力S』だ。

 

 このスキルは、正に規格外(チート)と呼ぶに相応しいスキルだ。

 潜在値、成長値は言わずもがな、『努力次第ではどこまでも成長でき、何にでもなれる』というのは、裏を返せば成長限界が存在しないということだろう。

 並大抵のことなら一度見聞きしただけで完璧に習得できるようだし、努力すればするほど、その努力に比例、ないしはそれ以上に成長が見込めるスキル、と推測できる。

 並大抵がどこからどこまでを指しているのかは分からないが、それを差し引いても間違いなく転生特典の中でも最上位(トップクラス)の性能をしていると思われる。

 

 まあぶっちゃけ、そっちはどうでもいい。

 僕か気になったのは、『あらゆる可能性を内包している』の方だ。

 

 あらゆる可能性を内包しているということは、だ。

 つまり、僕が当初より祈っていた───願っていた───ことが全て叶う可能性がある、ということだ。

 

 今の僕は、主人公になりたいわけではない。

 天才でも、正義の味方でも、ラスボスでも、裏ボスでも、影の実力者になりたいわけでもない。

 

 ただ、人並みの幸せを享受できるような、何の変哲もない人生を───モブのような人生を送りたい。

 名前もなく、台詞もなく、誰の人生(物語)にも関わらないような、背景の一部を彩るだけのモブキャラに。

 

 そうすれば、前世───いやまだ今世か───とは違い、誰にも殺されず、誰にも裏切られず、誰にも邪魔されることのない、平和で、平穏で、平凡な人生を送れるはずだ。

 

 

 僕は、努力することが嫌いではない。

 僕にとって努力とは、食事や睡眠といった、死なないために必要な行為(コト)の一つだったからだ。

 前世───今世では、何の才能も取り柄もなかった僕は、努力することでしか自分自身に生きていてもいいと肯定する方法を知らなかった。

 立ち止まる暇さえ与えられず。

 ただひたすらに。

 ただがむしゃらに。

 

 

 ───ただ、前に進むことしかできなかった。

 

 

 そうすることでしか、僕は不自由(あたりまえ)である権利(こと)すら手にすることができなかった。

 だから『潜在能力S(このスキル)』は、努力することしか能のない僕にピッタリなスキルだと思う。

 自分で言うのはアレだけど。

 

 

『……ふむ。お主も大概、大変な人生を送ってきたようじゃな。贔屓しておるようであまりこういうことは言わないようにしておるんじゃが⋯⋯来世では幸せになるんじゃぞ?』

 

「⋯…女神様」

 

 

 優しい。まるで女神様みたいだ。

 

 

『いや女神じゃから、妾』

 

 

 それにしても、転生、か。

 

 女神という超常的存在を目の当たりにして、スキルという摩訶不思議な力を手に入れて、本格的に転生するという実感が湧いてきた。

 

 幼い頃から読んできたジャンルの一つ。

 自分も、もし事故や病気で死ぬようなことがあったら、異世界に転生するのかな、なんて夢想したこともある。

 そんなことは起こりえないと分かっていても、夢を見ることだけは、誰にも縛ることのできない万人の自由だ。

 だから本当に、転生やスキル、神や女神なんてものが存在するなんて思ってもみなかった。しかも、まさか自分が経験することになるだなんて。

 

 世の中、まだまだ捨てたものじゃなかったみたいだ。

 まあ、この場所を『世の中』というのかは分からないが。

 

 

『……うむ! 感傷に浸る時間は終わったな? では、そろそろ転生の時間じゃ。お主にはこれから「ようこそ実力至上主義の教室へ」という物語の世界へと転生してもらう! 心して行くがよいぞ? まあ、お主ならなんとかなると思うがな! ぅははははは!』

 

 

 そう言って、彼女はいつの間にか出現していた玉座へと腰かけ、頬杖をつきながら高笑いした。

 

 この女神様は出会った頃───というほどの時間は経っていないが───と比べると、印象が二転も三転も激しく切り変わる。

 そのせいで、最初の女神然とした態度の女神様はいったいどこへ? と、思ってしまうのも無理はないだろう。

 

 だが、だからこそ、好感が持てるというものだ。

 感情的なだけ、下手な人間よりも()()()()()

 

 

「……ところで、『ようこそ実力至上主義の教室へ』って何ですか? それに、何で物語の世界に転生……?」

 

『……』

 

「……」

 

 

 ふと思った疑問を呈すと、女神様はきょとんとした表情で僕を見つめてきた。

 僕も頭に疑問符を浮かべながら、そんな女神様をじーっと見つめ返す。

 

 数秒か、数分か、はたまた数時間が経った頃だろうか。不思議と時間の感覚が覚束なくなった頃、ふいに女神様がスゥと息を吸うと───

 

 

『ではな! 転生ボタン、ポチィ!』

 

「えっ? ちょ待───ッ!?」

 

 

 あろうことか、何の説明もなしに僕の転生を開始した。

 

 女神様が、いつの間にか手元にあった、動画やテレビ番組などでよく見るような何の装飾もない赤いボタンを押すと、僕の足元には何もかもを呑み込んでしまいそうな漆黒の巨大な穴が口を開けた。

 その巨大な穴は僕の想像した通り、ゴォオオオオオッ、という巨人の唸り声のような音を発しながら、問答無用で僕の身体を吸い込み、呑み込んでいく。

 

 

『息災でな、■■よ! 二度目の人生を精一杯謳歌してくるがよいぞ! ぅははははは! ぅははははは───』

 

「ちょッ!? このッ、クソ女神ィイイイイイ───ッ!」

 

 

 こうして、僕は女神の高笑いをBGMに、無事───

 

 

『あ、そうそう。言い忘れておったが、「ステータス」はこの場所でしか使えんからの! では、達者でな〜』

 

 

 ───無事(?)転生を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 ───『ようこそ実力至上主義の教室へ』という、聞いたこともない物語の世界へと───

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 大地は雲で、天空は夜空で彩られた世界の中、つい先刻、一人の転生者を見送った女神は、ふぅーと息を吐き出すと、猫のようなだらけた体勢で独りごちる。

 

 

『……現代人は物語の世界に転生するのが好きじゃと思っておったんじゃが、妾としたことが早とちりしてもうたか? まあ、それはよい。それより、何故あやつの「ステータス」が虫食状態じゃったか、じゃ。「ステータス」があのような状態になるなぞ、()()()()()()()()()()()はずなんじゃがのう…………………………ま、いっか!』

 

『───リカエル様』

 

『ほぉあっ!?』

 

 

 女神───リカエルが先ほどの転生者について考えていると、突如背後から声をかけられ、驚いた拍子にへなちょこな悲鳴を上げながら玉座から滑り落ちる。

 それはもう、女神とは思えないほど、あられもない姿で。

 

 

『ぐむむむぅ』

 

 

 玉座を這うように起き上がったリカエルが、声が聞こえてきた方向に振り向くと、そこには、青色の長髪をポニーテールにして纏め、パリッとした白いシャツを着こなし、黒縁の丸い眼鏡をかけた、バリキャリ(できる女)、といった風の見目麗しい女が静やかな様子で佇んでいた。

 手には数枚の紙が入ったファイルを持っており、如何にも秘書のような雰囲気を感じさせる。

 

 

『な、なんじゃお主か……。ビックリさせるでないわっ! 危うく心臓が飛び出るかと思うたぞ!』

 

『飛び出る心臓なんてな……いえ、申し訳ありません』

 

 

 女は何かを言いかけると、リカエルがみるみるうちに不機嫌になっていく様子を感じ取り、言葉を切ると小さく溜息を吐き、素直に───不服そうな表情をしているが───謝罪の言葉を口にした。

 リカエルの機嫌を損ねると、後でとても面倒くさいことになると知っているからだ。

 

 

『ま、分かればよい。して、何用じゃ?』

 

『はい、先ほどの転生者のことなのですが───』

 

 

 そう言いかけたところで、女はリカエルの異変に気がつく。

 

 普段から白いリカエルのその顔は、更に白く、目に見えて解るほどの蒼みを帯びており、つきたての餅のような触り心地であろう肌には、無数の玉のような汗を貼り付けている。

 視線はキョロキョロとあちこちを見回しており、どの角度(アングル)から見ても必ず一度は視線が合う場所があるほどだ。

 

 女の、リカエルを見つめる視線に、怪訝な色が宿る。

 こうなった時のリカエルは、十中八九、いや、九分九厘(くぶくりん)何らかの隠し事をしている時だ。

 

 女がリカエルにどうしたのか問おうとした瞬間、女の言葉の初動を潰すようにリカエルが言葉を被せた。

 

 

『どう───』

 

『むむッ!? もう退勤時間ではないか!? では、妾はこれにて帰るとするかの! お疲れ様じゃったの、リフィエルよ! お主も適当なところで切り上げて、夜道には気をつけて帰るのじゃぞ? ではなッ!』

 

『えっ? は?』

 

 

 女───リフィエルは、思わず素っ頓狂な声を漏らす。

 

 それもそのはず。こともあろうに、リカエルは逃げること(帰宅)を選択した。焦った様子で捲し立てた勢いのまま、流れるような自然さで、バビューン、なんて効果音がつきそうなほどの超スピードで。

 

 一人取り残されたリフィエルは、何度か目をパチクリと開閉させると、頬をひくつかせる。

 

 

『……はぁあああああッ! 全く、リカエル様は、いっつもいっつもッ……!』

 

 

 リフィエルは力強く溜息を吐くと、わなわなと震えながらリカエルに対して怨嗟の言葉を呟いた。

 その調子で、ぶつぶつとダメでアホでポンな上司(リカエル)への文句を言いながら、その上司への怒りをパワーに変えて、リカエルが残していった面倒くさい事後処理(残業)へと励むのだった。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 ───春。4月某日。

 

 

 桜が舞い踊り、人々の新たな門出を祝福する季節。

 太陽は燦々と輝き、東から差し込む優しげな陽射しが、桜並木を行く少年少女たちの晴れ舞台を暖かく照らす頃。

 

 

 

 

 

 俺は今、とある高校の門の前に立っている。

 

 

 

 

 

 『高度育成高等学校(こうどいくせいこうとうがっこう)

 

 

 

 

 

 今日から俺が通うことになってしまった高校だ。

 そして恐らく、ここが『ようこそ実力至上主義の教室へ』という物語の舞台となるであろう場所でもある。

 

 転生してから早15年。

 転生当初は、本当に本当に苦労した。

 奇しくも前世と同じ名前を与えられたのは僥倖だったが、前世の記憶を持ったまま転生したせいで、その心は大人ながらも、純真無垢な赤ん坊や、天真爛漫な子供の演技をする羽目になってしまった。

 

 それはもう、天国とは名ばかりの地獄のような日々だったと言っても過言ではない。

 

 俺の母はとんでもない美人なのだが、それが災いして、授乳やオムツ交換など、どこか倒錯的で背徳的なプレイをしているような感覚に陥ってしまい、何かもう、凄く、アレだった。言い表せないようなアレ。

 それ以外にも、今まで大人の体ではできていたことが、子供の体になったことでできなくなったり、同年代の子供たちとの価値観のズレや、両親を騙しているといった罪悪感などからくる、無自覚に感じていた精神的な負荷(ストレス)に苦心したりなど、中々に辛い日々を送っていた。

 世の転生者たちは、皆こんなにも大変な思いをしていたんだな、なんて尊敬の念を抱いたことが何度もあるほどだ。

 

 まあ、そんな中でも、俺は『ようこそ実力至上主義の教室へ』という物語に関わりたくない一心で生きてきた。

 関わってしまった暁には、俺の悠々自適な脇役人生(モブライフ)には、問答無用で終止符が打たれてしまうだろう。

 そうならないため、俺は自由に行動ができるようになった頃、父の仕事部屋にこっそりと忍び込んで、『ようこそ実力至上主義の教室へ』というタイトルだけを頼りに、物語の舞台となるであろう場所を調べに調べまくった結果、高度育成高等学校という存在へと辿り着いた。

 

 

 この学校は、日本政府が作り上げた、未来を支えていく人材を育成することを目的とした全国屈指の名門校で、その進学率、就職率はほぼ100%という、何とも怪しげな謳い文句を謳っている学校だ。

 事実、この学校を卒業したことで有名になった人物も少なくない。現代に名だたる著名人たちは、皆この学校を卒業している、なんてまことしやかに噂されているほどだ。

 

 そして、この高度育成高等学校には、数多ある高等学校とは異なる特徴が存在する。

 

 その一つが、在学中は学校に通う生徒全員に、敷地内にある寮での生活を義務付けると共に、特例を除き、外部との連絡や接触の一切を禁じている、というものだ。

 例え家族であってたとしても、学校側の許可なく連絡を取ることはできない。もちろん、学校の敷地から出ることも固く禁止されている。

 

 その反面、生徒たちが苦労しないようにと、この学校の敷地内には様々な施設が存在している。

 カラオケや映画館、カフェ、スポッチャなどの娯楽施設はもちろんのこと、ショッピングモールやコンビニ、レストランといった数々の飲食店などの施設も完備されていて、それはさながら、小さな街を形成していると言っても過言ではない。そして、大都会のど真ん中にして、その敷地面積はなんと、60万平米を超えるそうだ。

 

 

 この学校の存在を知った時、俺は思った───

 

 

 

 

 

 ───絶対ここやん、と。

 

 

 

 

 

 『ようこそ実力至上主義の教室へ』というタイトル以外に判断材料はないが、『教室へ』と言っているのだから、どこかの学校であることには間違いないだろうし、『実力至上主義』と言っているのだから、それだけ高い実力が求められる場所であると推測することができる。

 

 ここは全国屈指の名門校。

 前述した二つの条件を満たしている。

 

 そして何より、『高度育成高等学校』なんて学校は、俺の前世には存在しなかった。

 

 他の施設や建物は前世と同じか似通ったモノばかりだったが、俺が記憶している限り、前世に『高度育成高等学校』と似た施設や建物なんて存在しなかった。

 モデルとなる施術や建物はあったかもしれないが、生憎と俺は知らない。ので、この学校は恐らくこの世界特有の施設なんだろう。

 もし前世にこんな学校が存在していたなら、例え少し、いや、かなり怪しかったとしても、俺は迷わずこの学校に進学することを決意していたはずだ。

 

 

 今世なら絶対入学しないのにね(入学した)。

 

 

 まあ、どれだけ根拠や証拠を並べ立てようが、確証を得ることも正解かどうかを知ることも不可能なわけだが。

 まさに、〝真相は闇の中〟というやつだ。

 唯一方法があるとすれば、俺をこの世界に転生させた女神に聞くことだけだろう。多分無理だけど。

 

 閑話休題。

 

 では何故、ここまで入学しないように細心の注意を払っていたにも関わらず、俺がこの学校に入学してしまったのかというと、だ。それは───

 

 

「どうかしましたか?」

 

「……いや、何でもないよ」

 

 

 それは、俺の隣で首をコテンと傾げている彼女のせいだ。

 

 彼女の名前は森下藍(もりしたあい)

 特徴的な紫色の髪を、肩のあたりで二つ結びにしている、どこかふわっとした雰囲気の女の子だ。

 俺の中学からの友達で、仲良くなった経緯は少々、というか、かなり特殊。

 3年連続で同じクラスになる、かつ、どれだけ席替えをしようと必ず俺の隣の席になる、とかいう天文学者(ラプラス)もビックリするほどの天文学的確率を超えて自然と友達になった、という今思い出しても信じられないような過程を経ている。

 

 そして、彼女はまあ、所謂変人というやつだ。

 

 ことある毎に俺に絡んできては、わけの分からない奇行を繰り返し、あまつさえそれを強要してくることもある。

 そのせいで何度、何度俺が先生たちから注意されたことか。そして何故、いつも俺だけが怒られて、彼女は怒られないのか……。誠に解せない。

 

 恐らくその奇行の一環なんだろうが、いつの間にか俺の両親と仲良くなっていた彼女は、俺の与り知らぬところで俺の進学先についてを母さんたちと相談していたらしく、あれよあれよという間に話は進み、俺が両親に進路について相談しようとした時には既に、俺が高度育成高等学校へと進学することが決定していた。

 

 

 

 

 

 ──うん、何で?

 

 

 

 

 

 皆、俺が何を言っているのか分からないと思うが、俺も俺が何を言っているのか分からない。何をされたのかも分からなかった。本当に、分からなかった。頭がどうにかなりそうだった……。

 

 それにしても、進学先が他の高校ならまだしも、よりにもよって、まさかまさかの高度育成高等学校だったなんて。

 運命の悪巫山戯(いたずら)と言うべきか、それとも転生者の因果(さだめ)と思うべきか、はたまた友達(変人)好意(奇行)と受け取るべきか……。

 

 だが、過ぎてしまったことは、もうどうしようもない。

 入学してしまったからには、なるべく原作に介入しないように細心の注意を払いながら、高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応していくしかない。

 まあ、注意を払おうにも、俺は『ようこそ実力至上主義の教室へ』のストーリーを知らないから、介入云々以前の問題なんだが。

 

 

 そんな決意を固めていると、ふと、どこからか視線を感じたような気がした。

 それは、先ほどから感じている嫉妬や羨望、好意的な視線の数々ではなく、まるで実験動物(モルモット)を観察する研究者のような淡々とした視線。

 

 俺はキョロキョロと辺りを見回してみるが、視線の主らしき影は見当たらない。

 それもそのはず、ここは学校の入り口である門の前。

 そして今日は入学式。当然のように人通りは多く、この中から特定の個人を見つけだすのは至難の業だ。

 

 やっぱり気のせ───

 

 

「じぃー」

 

 

 ───い、じゃなかったみたいだ。

 

 隣に視線を向けてみると、そこには、じぃーっと口に出しながら、顔に穴が空いてしまいそうなほどこちらを見つめている森下さんの姿があった。

 

 

「……俺の顔に何かついてる?」

 

「いえ、あなたが他の女子の制服姿を()め回して鼻の下を伸ばしていたものですから、観察していただけです。どうぞ、私に構わず続けてください。なりたてほやほやの女子高生の観察を」

 

「そんなことしてないよ……」

 

 

 俺は苦笑しながらそう返す。

 

 相変わらず歯に衣着せぬ物言いというか、何というか。

 まあ、遠慮のある森下さんなんて、福神漬けが添えられていないカレーのようなものだ。いや、トマトを挟んでいないハンバーガー、海苔が巻かれていない玉子寿司、だろうか。

 つまり、そういうことだ(?)。

 

 ……何を言ってるんだ俺は。

 

 

「……まったく、私というものがありながら」

 

「ん? 何か言っ───」

 

「いえなにも」

 

 

 問い返そうとする俺の言葉に被せるようにして、食い気味に否定の言葉を吐き出す森下さん。

 

 そんなにも聞かれたくないことだったんだろうか。

 そういえば、前にも似たようなことがあったっけ。

 

 

「こほん。ともかく、入学早々遅刻してしまいますよ。早く行きましょう」

 

「……そうだね。初日から遅刻なんてしたら、クラスで浮いちゃいそうだ」

 

「その通りです。早くしないと置いて行きますよ。迷子になっても知らないですからね、杠詩音(ゆずりはしおん)

 

 

 そう言って、森下さんは一人門を潜ると、クルリとこちらに振り返り、小さくいたずらっぽい微笑みを浮かべる。

 そよ風に吹かれて舞い散る桜を背景にした彼女は、まるで一枚の絵画のようだ。

 

 

「分かった分かった。今行くよ」

 

 

 そう小さく肩を竦めて返事をすると、桜香る暖かなそよ風に背中を押されるように彼女の元へと歩みを進めると、特に言葉を交わすでもなく、二人並んで歩き出す。

 

 

 

 

 

 ───こうして、俺の波瀾万丈な学園生活の幕が、切って落とされたのだった。

 

 

 

 

 





おまけ解説:

主人公である杠詩音くんは、元女優の母と政治家の父の間に生まれた子供。
詩音くんは転生当初、裕福な家に生まれたことに喜んだのだが、日が経つにつれて色々と普通ではなさそうなことに気が付き、嘆いたとか嘆いてないとか。


お久しぶりです。雲ひとつない青空です。
まずは、この作品を暫く更新しなかったこと、本当に申し訳ありません……!
それというのも、一月から始まったアニメにハマって、その原作を一気買い、一気読みしていたら、いつの間にか一ヶ月経っていました。え? 読むのが遅い? ……そこはご愛嬌ということで。狂信者ちゃん可愛い(現実逃避)。
それで、四月からよう実もアニメが始まることだし、そろそろ続き書き始めるかな、と思いこの作品を読み返していたところ「あれ? あれれ? なんか、下手じゃない?」なんて思ってしまった次第でして。
書いてる時と、投稿前に読み返す時はなんとも思ってなかったのに、時間が空いて改めて読み返してみると、以外と描写が雑だったり、もうちょい詳しく書いてもいいのでは? と思うところが多々あり、今回、リメイクという形で再び投稿させていただきました。
あれにあたって、主人公(前世と今世)の設定くらいはちゃんと決めておこうと、色々と書き直したりしたので、前作、リメイク前とは少しずつストーリーが違うところもありますが、ご了承ください。
面白く書けてたらいいんですけど(笑)。
なので、今後も不定期ですがちょいちょい更新していけたらいいなと思います。
改めまして、拙い文章ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします……!


よければ感想や評価など、よろしくお願いします!

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