ようこそモブが逝く、未知なる世界の教室へ   作:雲ひとつない青空

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人生で本当に重要な瞬間は、手遅れになるまでわからない

───アガサ・クリスティ




自己紹介

 

 

 

 

 

 俺たちは今、校舎の玄関前にある掲示板に張り出されている、クラス表の確認を行っていた。

 掲示板の前には俺たち以外の新入生がごった返しており、クラス表が確認できるのはもう少し後になりそうだ。

 

 

「一緒のクラスになれるといいですね」

 

「あー、うん。そうだね」

 

 

 森下さんはそう言ってくれるが、正直、一緒のクラスにはなりたくない。

 彼女と一緒のクラスになったら多分、というか確実に、気苦労とか心労とか、精神的な疲労が絶えないと思う。

 彼女を御せる人がいるならまだしも、いないなら、また中学の時みたいに俺が森下係とか言われるに違いない。

 まあ、俺を含め彼女を御せる人なんて世界中どこを探してもそうそう見つからないだろうが。

 森下さんと一緒のクラスになった人には申し訳ないけど、ご愁傷様という他ない。

 お労しや、まだ見ぬクラスメイトたち。

 これがフラグになってる気がしなくもないが、まあ、気のせいだろう。

 

 そんなことを考えていると、クラスの確認を終えたのか、俺たちの前にいた人たちがはけていき、どうにかクラス表が確認できるくらいに視界が開けた。

 俺はDクラスから順番にサッと視線を走らせる。と、思いの外、早く自分の名前が見つかった。

 どうやら、俺が所属するのはDクラスらしい。

 そして、肝心の森下さんは……Aクラスのようだ。

 

 

「Dクラスか」

 

 

 勝ったッ! 第三部完! 的な気分だ。

 まあ、寂しくないといえば嘘にはなるが、これで先生たちから注意されることもなくなるだろう。

 

 

「……残念です。私はAクラスでした」

 

 

 俺の独り言を聞いていたのか、残念そうな声色でそう返事をしてくる森下さん。

 そうも残念そうにされると、俺もちょっぴり罪悪感を感じないこともない。

 でもどうせ、休み時間とか放課後に、うちのクラスに突撃してくるだろうから、今までと何ら変わりはないだろう。

 

 それはそれとして、森下さんはちゃんとAクラスに馴染めるだろうか。少し、いやかなり心配だ。

 あの自由奔放っぷりで、他の人を振り回したり、迷惑かけたりしないといいんだけど。

 

 森下さんは成績こそ優秀で、洞察力や観察力にも長けているけど、如何せん性格とかコミュニケーション能力に少々難がある。

 

 森下さんは、例えるなら『風』だ。

 

 自由奔放でマイペース、それでいて好奇心旺盛。

 あっちに行ったりこっちに行ったり、気の向くままに行動し、目を離すと直ぐにどこかへ行ってはトラブルを起こす。

 言葉遣いは丁寧なのだが、自分の都合で話を進めるし、歯に衣着せぬ物言いというか、毒舌というか、そこはかとなく自分勝手。

 突然わけの分からない発言や行動をしたかと思えば、やれやれ、といった風に俺を小馬鹿にしてきたり、仕方がない、といった態度でわけの分からないことを教授してきたりと、本当によく分からない。

 

 そう心の中で呆れていると、先ほどから何やら考え込んでいた様子の、真剣な表情をした森下さんに声をかけられる。

 

 

「杠詩音」

 

「ん? 何?」

 

「私がいなくても寂しがらないでくださいね」

 

「それはこっちのセリフなんだけど?」

 

 

 あろうことか、そんな台詞を吐いてきた。

 

 中学時代、休日とか夏休み冬休み春休みにも関わらず毎日毎日飽きずに朝早くから(うち)に遊びに来てたのはどこの誰だっけ?

 留守にしてても、暇だったからってどうやってか家に不法侵入してたのはどこの誰だっけ? うちのセキュリティって結構固かったはずなんだけど……?

 

 

「素直じゃないですね、杠詩音は。そんなに強がらなくてもいいんですよ。寂しいと思うのは恥ずかしいことではありません。寂しいなら寂しいと正直に───」

 

 

 やれやれ、といった風に森下さんは語り出す。

 相変わらず面倒くさい。こうなった時は無視(スルー)するのが一番だ。でないと延々と話を聞かさせることになる。

 

 

「はいはい。分かったから、置いてくよ」

 

「───だから寂し……ちょっと待ってください。私を置いて行かないでくだ……聞いているのですか?」

 

 

 俺は、寂しがり屋さんの森下さんを置いて、まだ見ぬクラスメイトたちを思い描きながら、教室へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 森下さんと軽口を叩き合いながら暫く廊下を歩いていると、Dクラスの教室に辿り着いた。

 道中、とんでもない数の監視カメラが至る所に設置されていて、いったい何事かと思ったほどだ。

 

 この学校は過去に殺人事件でも起こったのだろうか?

 それとも、犯罪以外の別の何かを監視するために設置しているのだろうか?

 

 そんな考えが脳裏を過ぎってしまうのも無理もないほど、ただ事ではない監視カメラの数。

 やはり、この学校は普通の学校ではないみたいだ。

 

 まあ、モブの俺には関係のない話だけど。

 

 

「それじゃあ、また後でね、森下さん」

 

「……はい、また後で」

 

 

 俺は教室の前で立ち止まり、小さく手を振りながら森下さんに別れの挨拶を済ませると、教室の扉に手をかける。

 するとその瞬間、ちょいちょい、と後ろから弱々しく制服の裾を引っ張られた。

 

 

「どうかした?」

 

 

 振り返り、そう問うと、森下さんは俺の制服の裾を摘みながら、言葉を選ぶように一度逡巡すると、上目遣いでゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

 

 

「……私は寂しくないですが、杠詩音がどうしても寂しいと言うのなら、いつでも私に逢いに来てもいいですからね」

 

 

 ───これだから森下さんは……。

 

 

「……分かった。もし寂しくなったら会いに行くよ」

 

「っ! 本当ですね? 約束ですよっ」

 

 

 森下さんはパッと顔を上げると嬉しそうにそう言って、舞うようにクルリと方向転換すると、小さくスキップをしながらAクラスの教室へと向かって行った。

 

 クラスが違うからって会えなくなるわけじゃないのに、あんなにも寂しそうな目で見られたら、嫌、だなんて言えないじゃないか。

 なんだかんだ言ってるけど、俺は存外、森下さんに甘いらしい。

 

 

「はぁ」

 

 

 一つ溜息を吐くと、気を取り直して、俺はDクラスの教室の扉をゆっくりと開いた。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 Dクラスの扉を開くと、そこには既に仲良くなったのか、早くも世間話に花を咲かせているクラスメイトたちの姿が目に入ってきた。

 

 入学初日、知り合いや友達などいないこの状況。

 皆もっと緊張しているものだと思っていたが、意外とそうでもなかったらしい。

 中には友達が欲しそうに教室内をキョロキョロと見回している生徒もいるが……あ、今隣の席の人に話しかけられた。

 俺もうかうかしていられない。

 

 そう思い、俺は教室へと足を踏み入れた。

 

 教室に入ると、先ほどまで談笑していたクラスメイトたちの視線が俺に集中する。

 我関せず、といった態度の生徒もいるが、大半の生徒は、新しく教室に入ってきた生徒が気になったのだろう。

 一部、熱っぽい視線を送ってきている生徒や、ひそひそ話をしている生徒も見受けられるが、まあ、特に気にするほどでもない。

 

 俺はそんな視線を無視しつつ、サッと教室を見渡し、自分のネームプレートが置かれている席を探す。

 

 

「見っけ」

 

 

 どうやら俺の席は、窓際の最後列から二番目の席らしい。

 所謂、主人公席と言われている席の一つ手前。モブ的にはあまりいい席とは言い(がた)い。

 どうせなら、窓際の一番前の席がよかった。その位置なら先生の視界に入りずらく、授業中にうたた寝しかけても気付かれにくいからだ。

 

 そんなことを考えながら自分の席へと向かう。

 

 その途中、ふと無機質な視線を感じた。クラスメイトたちのものではない視線。

 俺は気になって、視線を感じた方向……天井にチラッと目をやると、そこには廊下と同じようにいくつかの監視カメラが設定されていた。それも、一目見ただけでは気付かないよう巧妙に。

 

 まあ、あれだけ廊下や玄関口に監視カメラが設置してあったんだから、教室にあってもおかしくはない、か。

 ただ、いじめや犯罪行為を防止するためなら、そういくつも教室に監視カメラを設置する必要はないだろう。念には念を、と言われればそれまでだが。

 もちろん、いじめや犯罪防止のためでもあるのだろうが、それならわざわざ隠す必要はない。

 監視されている、というだけで、十分抑止力になり得る。にも関わらず、隠しているということは、それ以外にも何らかの理由がありそうだ。

 それはそれとして、監視、というか観察されているのは、あまりいい気分ではない。これじゃまるで監獄、いや、実験施設だ。

 

 そんな愚痴を心の中で零しながら歩き、俺は自分の席へと辿り着いた。

 

 俺は自分の席に着くと早速、先ほどまで隣の席の女子生徒と仲良く会話していた、推定主人公である後ろの席の男子生徒へと挨拶をした。

 

 

「初めまして。俺は杠詩音(ゆずりはしおん)です。今日からよろしくね」

 

「あ、あぁ……ええっと……綾小路清隆(あやのこうじきよたか)です。こっちこそ、よろしく頼む」

 

 

 彼───綾小路くんは、ぎこちないながらも挨拶を返してくれた。

 俺はそんな綾小路くんを見て笑みを漏らしながら、握手しようとスっと手を差し出すと、綾小路くんは慌てて自分のズボンで手を拭き、おずおずといった風に俺の手を握り返す。

 

 

「あっはは、緊張しすぎだよ」

 

「そ、そうか⋯⋯?」

 

 

 少しだけ茶化してみると、綾小路くんは照れたように目を逸らし、小さく頬をかく。

 

 この反応を見る限り、綾小路くんはごく普通の男子生徒にしか見えない。

 ごく普通といっても、容姿は比較的整っており、少しクセのある茶髪は耳にかかるほどの長さで、前髪は所謂センターパートになっている。年齢の割に大人びている瞳に(いろ)は感じられず、まるで混沌とした純粋さを表しているかのようだ。

 

 それに、彼からは主人公特有の雰囲気(オーラ)は感じられない。いや、主人公特有の雰囲気(オーラ)が何なのかは分からないが。

 どちらかといえば、主人公ではなくラスボス、裏ボスのような雰囲気(オーラ)をまとっているように感じる。

 まあ、実力を隠して影で暗躍するタイプの主人公の可能性も否定はできない。

 といっても、主人公席に座っているからといって、必ずしも主人公、ないしは主要な登場人物であるとは限らない、か。……多分。きっと。メイビー。

 暫定主人公であることも否定できないが。

 一番は俺と同じくモブであることなんだけど。

 

 それはそれとして───

 

 

「いつまで握手してるの……?」

 

「あ、いや、その……悪い。引き際が分からなくてな……」

 

 

 綾小路くんは慌てて握手していた手を離すと、そう謝罪してきた。

 誰かと接することにあまり慣れていないのだろうか。

 かくいう俺も、前世の記憶や経験がなければ、きっと今の綾小路くんと同じような感じになっていたことだろう。

 

 

「ああいや、別に嫌だったわけじゃないんだ。気を悪くさせたならごめん」

 

「いや、こっちこそ悪かったな」

 

「……」

 

「……」

 

 

 あ、気まずい。

 

 どうやら、俺もコミュニケーション能力が低かったみたいだ。前世の記憶も経験も、関係はなかったらしい。

 でも、まあ、初対面であれば大体こんな感じだろう。ここから少しずつ友情を育んでいけばいいだけの話だ。

 

 そう心の中で自分を納得させていると、綾小路くんがおもむろに口を開く。

 

 

「杠は……えっと、あー、そういえば、門の前で一緒にいた女子とは知り合いなのか?」

 

 

 綾小路くんは、たどたどしく、探り探りといった様子で会話を広げようとしていた。というか、あの時の視線は綾小路くんのものだったのか。

 

 

「うん、そうだよ。中学からの友達なんだ。クラスは別れちゃったけどね。そういう綾小路くんはどうなの?」

 

「どう、とは?」

 

「ほら、綾小路くん、さっき話しかけられてたでしょ?」

 

 

 そう言って、俺は先ほどからチラチラとこちらを見ている綾小路くんの隣の席の女子生徒に視線を向ける。

 視線は雄弁、と誰かが言っていたように、彼女の視線が俺に向けられていたのは知っていた。

 先ほどまで話しかけるなオーラを放っていたから話しかけづらかったが、渡りに船だ。

 

 そう思い、俺は綾小路くんとの会話を広げながら、隣の席の女子生徒へとさりげなく話を振ってみた。

 

 

「あー、いや、別───」

 

「知り合いでも何でもないわ。ましてや友達でもない、ただの他人よ」

 

「……ぐすん」

 

 

 否定する隙すら与えられず拒絶の言葉を浴びせかけられた綾小路くんは、表情にさしたる変化こそ見られなかったが、どこか落ち込んだ様子を見せた。

 

 何か、綾小路くんには悪いことをしてしまったみたいだ。というか、ぐすんって口で言う人なんていないと思う……いや、一人だけいた。

 

 

『私のことを忘れるなんて、杠詩音は薄情ですね』

 

 

 なんて言葉が、俺の脳内に響いた気がした。

 家だけでは飽き足らず、とうとう俺の脳内にまで不法侵入してきたか、神出鬼没の不法侵入者(アグレッサー)、森下藍め。

 

 俺はそんな脳内森下さんを(かぶり)を振って追い払うと、拒絶の言葉を吐いた女子生徒へと自己紹介をする。

 

 

「初めまして。俺は杠詩音。よろし、く、ね……」

 

 

 ……って、あれ? 彼女、どこか見覚えがある。

 でも、俺の知っている彼女とは随分と雰囲気が違う。

 俺の知る彼女は、もっと柔らかい雰囲気をまとっていて、もっと笑顔を見せる子だった。それに───。

 しかし、今の彼女はどうだろう。どこか弱々しく、他人を寄せ付けない、そんな雰囲気をまとっている。

 だが、間違いない。間違うはずもない。彼女は───

 

 

「……もしかして、す───」

 

 

 ───鈴音(すずね)ちゃん? と言葉を続けようとしたその瞬間、タイミング悪く始業を告げるチャイムに遮られた。

 それとほぼ同時に、スーツを着た一人の女性が教室へと入ってきた。

 恐らく、Dクラスの担任になる先生だろう。

 歳は30に届くか届かないか、凛とした雰囲気をまとい、それなりに長い髪をポニーテールにして纏めており、しっかりとした印象を受ける女性だ。

 それに反して、胸元は大胆にも第三ボタンまで開けられていて、パリッとしたそのカッターシャツから覗く豊満な胸の谷間は、健全な男子高校生の目には毒だ。事実、クラスの半分以上の男子の視線は、歩く度僅かに揺れるその胸に集中している。

 

 

「……先生も来たし、また後でね」

 

「ぁ……」

 

 

 俺は鈴音ちゃんへと一言声をかけ、先生に何か言われる前に自分の席に着いた。

 

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった、茶柱佐枝(ちゃばしらさえ)だ。普段は日本史を担当している」

 

 

 全員が着席したのを確認すると、スーツの女性───茶柱先生が話を始めた。

 

 

「初めに言っておくが、この学校には学年毎のクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たちと学ぶことになると思う。今から1時間後に入学式が行われるが、その前に、この学校の特殊なルールについて書かれた資料を配る。もっとも、以前入学案内と一緒に配布してあるがな」

 

 

 そう言うと、前から見覚えのある資料が回ってきた。

 軽く目を通してみると、確かに、入学案内と一緒に貰った資料と同じ物のようだ。内容も同じで、特に変わった所は見られない。

 

 

「資料は行き渡ったな? 次に学生証カードを配る。これは敷地内にある全ての施設を利用したり、売店などで商品を購入することができるようになっている。クレジットカードや電子マネーのようなものだな。ただし、ポイントを消費することになるので注意が必要だ。そして、学校内において、このポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものなら何でも購入可能だ」

 

 

 Sシステム。

 先ほど茶柱先生が説明した通り、学校内で購入するものは全てポイントで支払う、というシステム。

 配られたこの学生証と一体化したポイントカードは、学校内での現金に相当する。あえて紙幣を持たせないことで学生間の金銭トラブルを未然に防いだり、生徒のポイントの消費状況を把握したりと、様々な役割を(にな)っている。

 そして、そのポイントの全ては、学校側から無償で提供される、という至れり尽くせりなシステムだ。

 

 それにしても、『このポイントで買えないものはない』『何でも購入可能』、か。随分と含みを持たせた言い方だ。

 しかも、抽象的で具体性に欠けている。

 物品だけでなく、権利なども購入できるのだろうか?

 何にせよ、今の先生の発言には、何らかの意図が隠されていると見ていいだろう。

 

 

「施設では機械にこの学生証を通すか、提示することで使用可能だ。使い方はシンプルだから迷うことはないだろう。それから、ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。全員が平等に、既に10万ポイントが支給されているはずだ。なお、このポイントは1ポイントにつき1円の価値がある。分かりやすいだろう?」

 

 

 先生の言葉に一瞬、教室の中がざわついた。

 つまり、俺たち入学した生徒全員に、学校側から10万円のお小遣いが支給されたということだ。

 驚くのも無理はない。つい数日前までごく普通の中学生だった俺たちにとって、この金額は大金だ。

 流石、政府が関わっているだけはある、ということか。

 

 まあ、俺はごく普通の高校1年生(モブ)だが?

 

 チラリと教室内を見回してみると、皆、支給された金額に驚きを隠せないでいる。中には、もう何に使うか話し合っている生徒もチラホラと見受けられる。

 

 

「ポイントの支給額に驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性がある。そのことに対する評価の現れのようなものだ。遠慮することなく使え。ただし、このポイントは卒業後に全て学校側が回収することになっている。現金化などはできないから、ポイントを貯めても得はないぞ。ポイントはどのように使おうがお前たちの自由だ。仮にポイントが必要ないと言うのであれば、誰かに譲渡しても構わない。だが、無理矢理カツアゲするような真似はするなよ? 学校はいじめ問題にだけは敏感だからな」

 

 

 なるほど。恐らくはポイントを誰かに譲渡した履歴などは全て記録される仕組みになっているのだろう。そして学校側はそれを自由に閲覧できる、と。

 本来、お金の貸し借りなどについて注意すべき学校側が、それを推奨、ないしは容認していると発言するのはあまりよろしいことではないはずなのだが、それだけセキュリティに自信があるということなのだろうか。

 それに、もしかしたら先ほどの『何でも購入可能』という発言と何か繋がりがあるのかもしれない。

 例えば、クラス全員でポイントを出し合い、何かしらの権利を購入する、とか。

 でなければ、わざわざポイントを譲渡できることについて、あれほど言及する必要性はないはずだ。

 

 そして、いじめ問題に『だけは』、か。

 俺の気にしすぎなだけかもしれないが、その言い方だと、裏を返せば『いじめ問題以外には寛容だ』と言っているようなものだ。

 詐欺や賭博、それから売春などといった犯罪とされる行為や、学校側の目には留まらないような問題行動などは許される、もとい見逃される、ということなのかもしれない。

 あの数の監視カメラがあっても、全ての犯罪を取り締まることができるとは思っていないが、問題にならない限り学校側が対応、対処してくれない可能性があるというのは、国営の学校としてはどうかと思う。

 

 とりあえず、細心の注意を払い、高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応していこう。

 

 まあ、ごく普通の高校1年生(モブ)の俺には関係のないことだけど?(すっとぼけ)

 

 

「……質問はないようだな。では、良い学生ライフを送ってくれたまえ」

 

 

 そう話を締めくくり、茶柱先生はカツカツとヒールを鳴らしながら、教室を後にした。

 

 茶柱先生がいなくなった教室では、生徒たちは(みな)思い思いに話し始める。

 帰りに買い物してこ〜とか、これだけあれば何でも買えるねっとか、新しいゲーム機が欲しいぜ! とか、各々(おのおの)がポイントの使い道について話し合っている。

 皆、10万なんて大金を貰って浮き足立っている様子だ。

 

 全国屈指の名門校などと謳っているものだからてっきり、それに見合った優秀な人たちが入学しているものだと思っていたのだが、何というか皆、平々凡々(へいへいぼんぼん)、といった感じだ。何なら、若干素行が悪いようにも感じる。

 普通の高校1年生とは、こんなものだっただろうか。

 何せ、前世の俺が高校1年生だったのは、今世を含めもう20年くらい前の話だ。当時のことなんて、あまり覚えてはいない。まあ、それを抜きにしても、最近前世の記憶があやふやで、色々と忘れていることもあるけど。

 

 そんな脱線しかけたことを考えていると、一人の男子生徒が立ち上がり、声を上げた。

 

 

「皆、少し話を聞いてもらってもいいかな?」

 

 

 如何にも好青年といった雰囲気の生徒だ。この状況で率先して声を上げられるあたり、優等生でもあるのだろう。

 その言葉に、クラスメイトたちの視線が彼に集まる。

 

 

「僕たちは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、少しでも早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式までまだ時間もあるし、どうかな?」

 

 

 まさに、ナチュラルさわやか王子様系イケメン学級委員長ムーブ。俺には到底真似できそうもない。

 

 容姿もさることながら、その立ち居振る舞いもまさしく、『少女漫画の主人公』といった感じだ。

 もしかして、『ようこそ実力至上主義の教室へ』とは少女漫画だったりするのかな? そして、その主人公が彼だと。

 学園モノだとは思っていたが、まさか少女漫画だったなんて。タイトルと内容が合ってないじゃないか。

 だが、言われてみれば確かに、茶柱先生もそうだったが、女子のレベルが軒並み高い……ような気がしなくもない。

 森下さん然り、鈴音ちゃん然り、皆、顔採用を疑ってしまうレベルの容姿をしているのは間違いない。

 

 そう思考に耽っている間にも話は進む。

 

 

「さんせー! 私たち、まだみんなの名前とか全然分からないしー」

 

「俺も、みんなの名前知りたいな!」

 

「しよしよ! 自己紹介っ!」

 

 

 一人が賛成の意見を挙げると、迷っていた生徒たちも次々に賛成を表明する。

 

 

「それじゃあ僕から。僕の名前は平田洋介(ひらたようすけ)。中学の頃は普通に洋介って呼ばれることが多かったから、皆も気軽に洋介って呼んでほしい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きで、この学校でもサッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 

 

 自己紹介を提案した好青年(イケメン)───平田くんはスムーズに、非の打ち所がない自己紹介を披露する。

 

 サッカー、か。まさに、少女漫画の主人公なら誰しもが習っていると言っても過言ではないスポーツだ(過言)。

 ほら見てよ。平田くんの席の近くの女子たちなんて、既に目がハートになってる。

 

 

「綾小路くん」

 

「何だ?」

 

「もし、この世界が物語の中だったらさ、きっと、平田くんみたいな人が主人公なんだろうね」

 

「……だな」

 

 

 そう言うと、俺と綾小路くんはお互いに目を見合わせ、深く、深く頷きあった。

 

 それからは、自然と席順に自己紹介をしていく流れになった。

 小学校では卓球で全国に、中学校では野球部に所属し、4番でエースだったが、インターハイで怪我をして、現在リハビリ中の超高校級の天才がいたり、天使のような天真爛漫な笑顔で、たちまちクラスの男子たちを虜にした女子生徒がいたり、赤髪の不良っぽい男子生徒が机を蹴飛ばして教室を出て行ったり、それに続くように、鈴音ちゃんや一部の生徒も教室を出て行ったりと、色々なことがありながら、徐々に俺の番が近づいてきた。

 

 というか皆、一癖も二癖もありすぎない?

 

 いやまあ、モブとしてはありがたい限りではあるけど、少しでも関わり方を間違えれば、俺の学園生活、モブ園生活は終了してしまう。

 俺の番が回ってきたら、慎重に、丁寧に、言葉を選んで、モブっぽい自己紹介をしないといけない。

 

 そんなことを考えている間にも、また一人と自己紹介が終わり、次に、金色の髪をクシで整えている男子生徒の番となった。

 

 

「あの、自己紹介をお願いできるかな……?」

 

「フッ。いいだろう」

 

 

 そう短く、貴公子のような微笑みを浮かべると、何を思ったのかその長い両足を机に乗せ、あろうことかその体勢のまま自己紹介を始めた。

 

 

「私の名前は高円寺六助(こうえんじろくすけ)。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれこの日本社会を背負(しょ)って立つ男だ。以後お見知りおきを、小さなレディーたち」

 

 

 クラス、というより女子に向けただけの自己紹介だった。

 女子たちは、お金持ちであるそんな高円寺くんに目を輝かせる───ことはなく、ただただ変な人を見るような目で高円寺くんを見ていた。……まあ、残当か。

 

 高円寺くんは、なおも言葉を続ける。

 

 

「それから、私が不愉快だと感じる行為を行った者には、容赦なく制裁を加えていくことになるだろう。その点には十分に配慮したまえ」

 

「ええっと、不愉快と感じる行為、って?」

 

 

 制裁という発言に不安を感じたのか、平田くんが高円寺くんに問いかける。

 

 

「言葉通りの意味だよ。しかし、一つ例を出すなら───私は醜いものが嫌いでね。そのようなものを目にしたら、果たしてどうなってしまうのやら」

 

 

 そう言い終えると、ファサッと前髪をかき上げ、鋭い眼光を覗かせた。

 

 

「あ、ありがとう。気を付けるようにするよ……」

 

 

 それには平田くんも思わず苦笑いだ。

 他の生徒たちも、そんな高円寺くんを見て、皆顔を顰めている。

 

 そんな中、俺はというと、高円寺くんにどことなく親近感を感じていた。

 唯我独尊で、自分勝手で、自由奔放なこの感じ……どこか見覚えがある。

 

 そう───森下さんだ。

 

 つまり高円寺くんは、男版森下さんということになる。

 どうして、やっとの思いで森下さんとクラスが別れたというのに、まさか第二の森下さんと一緒のクラスになってしまうとは。

 

 だが不幸中の幸いか、高円寺くんは他人に対して興味が薄いように感じる。というよりも、醜いものが嫌いという発言からして、自分が認めたもの以外には興味がない、といった感じだろうか。

 常に身嗜みを整え、女子対するあの自己紹介。さしあたり高円寺くんの好きな物は、自分、というところかな。

 あの絶対的な自信を覗かせる堂々とした態度、当たらずとも遠からず、とは思う。

 

 そう頭の中で考察を繰り広げていると───

 

 

「え、えっと……次、お願いできるかな?」

 

 

 と、平田くんに声をかけられ、現実に引き戻される。

 やっと、というか、とうとう俺の番が回ってきた。

 そのため、俺は一度高円寺くんのことを頭の片隅に追いやると、あーやりたくないなー、なんて心の中で項垂れながらも起立し、軽く深呼吸をして、当たり障りのない自己紹介文を頭の中で組み立てると、言葉として紡ぎ出す。

 

 

「杠詩音です。趣味は読書で、好きなものは猫です。得意なことは特にありません。迷惑をかけることがあるかもしれませんが、3年間、よろしくお願いします」

 

 

 そう言い終えると、俺はゆっくりと着席した。

 

 ふぅ、なかなか無難な自己紹介ができたんじゃないだろうか。可もなく不可もなく、といった感じの自己紹介だった。

 少しはモブっぽかっただろうか?

 

 周囲の反応はまあまあ良く、特に女子からは『猫が好きなの? 可愛い〜』とか、『むしろ迷惑かけて!』とか、意味の分からないコールが飛んできた。迷惑かけてって何。

 そのせいというか、何というか、一部の男子からは、親の仇でも見るような目で睨まれた。解せない。

 あと、後ろから凄い尊敬の眼差しを感じる。

 綾小路くんは今の自己紹介に何か感じ入るものがあったのか? あんな至って普通の自己紹介に?

 

 こうして俺の自己紹介は、成功なのか失敗なのか、よく分からない結果に終わったのだった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、次───そこの君、お願いできるかな?」

 

「……え? あ、えーっと、綾小路清隆です。えー、得意なことは特にありませんが、あー、皆と仲良くなれるように頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

 

 ちなみに、綾小路くんの自己紹介は、事故紹介(しっぱい)に終わったのだった。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

SS:森下藍と思い出

 

 

 

 

 

 私はクラス表が張り出されている掲示板に向かう道中、横目でチラリと隣を歩く男の子の横顔を覗き見る。

 

 整い過ぎた輪郭、芸術的とも言える目鼻口の配置、肌は陶磁器のように白く透き通っていて、絹のように美しい烏羽(からすば)色の髪は、相変わらず所々に寝癖が見られた。

 切れ長の目に、鋭くも静やかさを感じさせる金色の瞳は、太陽の光を反射して宝石のように輝いている。

 顔立ちは中性的で、見る人が男なら女性に、女なら男性に見間違えるほどの美形であり、綺麗と言うより凛々しい印象を受ける。そして、左目の目尻にある二つの泣きぼくろが、そこに柔和さと艶やかさをプラスしている。

 左耳には銀色(シルバー)のピアスを一つ付けていて、あれは確か、お義母(かあ)様から、高校デビューだからとお願いされて(むりやり)付けられた物だと言っていましたね。

 

 そんな彼───杠詩音と私は、中学からの友達です。

 

 彼と私が出逢ったのは、今日のように雲一つない青空の下、桜の香り漂う中学校の入学式の日。私が、桜の木の下を掘っていた時のことでした。

 

 ほわんほわんほわんほわ〜ん。

 

 

 

 

 

 ……今のは回想に入る時の音です。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 私は、一心不乱に桜の木の下を掘っていました。

 

 傍らには掘り返した土が小さな山を作っていて、その土山からは鼻を突く大地の匂いが漂っています。それと同時に、肌を優しく撫でるようなそよ風に乗って、桜の香りが私の鼻腔を擽っている。

 

 なぜ、私が桜の木の下を掘り返しているのかというと、それは風の噂で、桜の木の下には死体が埋まっている、と耳にしたことがあるからです。

 

 その真偽は不明。

 

 なので、私はその噂の真偽を探るため、中学校の入学式である今日、今日から私が通うことになる中学校の裏庭にある桜の木を、実際に掘り返しているというわけです。

 

 手で土を掘るなんて、小学校低学年の頃に授業でクラスのみんなとサツマイモを掘った時以来。

 その時は軍手がありましたが、残念ながら今はありせん。

 必然、手は土まみれ。爪の間には土が入り込み、私に不快感を抱かせます。

 ですが、死体が埋まっているかもしれない、ということの前では、そんなことは些細な問題に過ぎません。

 本当に死体が埋まっていれば大問題、いえ、超問題です。

 私のことなど、路傍の石ころのように誰も見向きもしないでしょう。……あ、でも、死体を見つけたことで有名になるかもしれません。

 

 そんな不埒なことを考えながら、桜の木の下を掘り返していると───

 

 

「───あの、もうすぐ入学式始まるよ……?」

 

 

 と、声をかけられ、私は一度、土を掘り進めていた手を止める。

 

 入学式……もうそんな時間でしたか。掘ることに夢中で、すっかり時間を忘れていました。

 この続きはまた後日、ということにしておきましょう。

 

 そう思い、私は立ち上がると、手や服に付いた土を軽く払い落とし……あ、手に付いた土が服にも……声をかけられた方向に振り返る。

 

 するとそこには、世にも見目麗しい美少女……いえ、美少年が立っていました。

 

 一見すると、男の子にも女の子にも見える中性的な顔立ちをしており、鋭くも優しげな金色の瞳は、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

 つややかな黒髪には所々に寝癖が見られるが、それすらも彼の前ではファッションの一部のように感じられた。

 

 彼は、100人中100人が思わず立ち止まり、その光景を目に焼き付けようと凝視してしまうような、人間のレベルを超えた容姿、そう評価することができるでしょう。

 

 そういえば、彼の顔、どこかで見覚えがあるような、ないような……。

 

 そう思い、ムムムと彼の顔を凝視していると、彼は苦笑いを浮かべながら頬をかき、困ったような反応を見せた。

 そんな反応ですら、なんだかやけに様になる。

 

 ともかくとして、私は一度、見たことがあるのかないのかの問題を棚に上げておき、自己紹介から始めてみることにしました。

 ファーストインプレッションは大切だと、どこかで聞いた記憶がありますから。

 

 

「私は森下藍と言います。あなたは?」

 

「え? あ、ああ、僕……俺は杠詩音です。よろしくね」

 

 

 一瞬、きょとんとした表情を浮かべた彼───杠詩音は、すぐさま自己紹介を返してくると、握手を、とおもむろに手を差し出してきた。

 私は差し出されたその手を握り返そうと、手を伸ばそうとしたのだが、寸前で自分の両手の状態を思い出し、思い留まった。

 

 すっかり忘れていましたが、今の私の手は土まみれ。

 流石の私も、そんな手で誰かと握手するほど落ちぶれてはいません。

 しかし、死活問題です。私は今、ハンカチやタオルといった物を持っていない。そして近くに水場もない。

 まさに八方塞がり。

 これでは手を綺麗にすることができません。

 

 さて、どうしたものかと思案していると、私の苦悩を察したのか、杠詩音は制服のポケットからハンカチを取り出して、私に差し出してきたではありませんか。

 

 

「よかったら、俺のハンカチ使う?」

 

「……気が利きますね」

 

 

 私は負け惜しみ(照れ隠し)のように杠詩音に賞賛の言葉を送ると、受け取ったハンカチで土まみれになった手を拭いていく。

 

 とても手触りの良いハンカチ。ハンカチ専門店で買った高級ハンカチに違いありません(雑貨屋で購入した安物)。

 青の無地、というのが、シンプルでどことなく高級な感じを醸し出していますね(何も刺繍していないだけ)。

 それにこの匂い。きっと、何らかの香水を使っているのでしょう(ただの柔軟剤の匂い)。

 

 私は手を拭き終えると、杠詩音から借りたそのハンカチをそっとポケットに仕舞い込む。

 

 

「洗って返しますね」

 

「別にそこまでは……いや、ありがとう」

 

「……いえ、どういたしまして」

 

 

 微笑み、感謝の言葉を述べた彼に、私は少し、そっけない態度で返事をしてしまう。

 

 この頃には、桜の木の下には死体が埋まっている、なんて噂話は、私の頭の中から綺麗さっぱり抜け落ちていました。

 今、私の頭の中にあるのは、別のことばかり。

 

 ───杠詩音。

 

 出会ってまだ数分にも満たないですが、彼と話していると、不思議と心に温もりを感じ、胸がざわつくような感覚に襲われる。

 この感覚は、いったい何なんでしょうか?

 生まれて初めて感じる感覚に、私の頭は支配され、興味が尽きることはない。

 

 ───知りたい。

 

 そう思った私は、ズイっと杠詩音に近づくと、改めて自分の名前を口にする。

 

 

「私の名前は、森下藍です。あなたに、とても興味を持ちました」

 

 

 そう言うと、彼は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、やや困惑した様子を見せた。

 その間にも、私は徐々に杠詩音へと迫って行く。が、私が迫って行くに連れ、杠詩音も私との距離を保つように少しずつ後退(あとずさ)っていく。

 傍から見れば、可笑(おか)しなことをしているように見えるかもしれませんが、私にとっては大事なこと。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……ち、近いよ、森下さん」

 

 

 十数秒その攻防が続いた後、彼はそう言って困ったような苦笑いを浮かべながら、両手を上げて降参の意を示した。

 

 勝利の女神は私に微笑んだようですね。ぶい。

 そして、杠詩音はどうやら押しに弱いと見ました。

 これはいい収穫です。今後も杠詩音がしり込みした時は、押して押して押しまくりましょう。

 

 私が内心そうほくそ笑んでいると、彼は一つ溜息を吐き、呆れながらも改まった態度で口を開いた。

 

 

「俺の名前は杠詩音です。最近こっちに引っ越してきたばかりだから友達がいないんだ。よかったら、仲良くしてくれると嬉しいな」

 

 

 そう言って小さく微笑み、言葉を続ける。

 

 

「後、俺のことは少しずつ知っていけばいいよ。何せ、今日から同じ学校に通うことになるんだからさ。もちろん、君のことも教えてね」

 

 

 私はその言葉を聞いて、そうですね、と小さく頷いた。

 

 ───君のことを教えて欲しい。

 

 その言葉が、私の中で繰り返し再生される。

 不思議と胸がトクトクと高鳴り、頬が若干上気する様子を見せた。

 またしても、私の知らない感覚。

 

 私は杠詩音からサッと顔を逸らすと、これは春の暖かさのせいだと無理やり結論付けた。

 

 

「それよりも、早く教室に行かないと。入学早々遅刻なんてしたら先生に怒られちゃうよ」

 

「……そうでしたね」

 

 

 ───もう少し、この時間が続いてほしい。

 

 私は無意識に抱いたそんな思いに気付かずに、杠詩音に並ぶようにして教室へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 ちなみにこの後、私が土を掘り返しているところを目撃していた教師の証言により、私と杠詩音が校長室でこっぴどく叱られることになるのですが、それはまた別のお話です。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 如何でしたか? 私と杠詩音の圧倒的で感動的で、理想的を超えた完璧な出逢いは。……多少脚色はしていますが、大筋は間違っていないので良しとしましょう。

 

 今思えば、私はあの時、既に杠詩音に───

 

 まあ、事恋愛において、道理なんて考えるだけ無駄。私はそう学びました。

 お義母様もそう言っていましたし、きっとそれが、恋愛における真理なのでしょう。

 お義父(とう)様も、結果が全て、最後に勝ってさえいればそれでいい、そう仰っていたので、道理なんて有って無いようなもののようです。

 

 最終的に、杠詩音が私のものになればいい。

 

 ですが、今しばらくは、青春というものに身を委ねてみるのもいいかもしれませんね。

 

 

 

 

 





おまけ解説:

森下さんが杠邸に侵入できたのは、詩音くんの両親から合鍵を貰っていたから。
このことを知らない詩音くんは、森下さんが不法侵入のスペシャリストか、杠邸には自分の知らない隠し通路があるのではと訝しんでいると同時に、少しだけワクワクしている。


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