ようこそモブが逝く、未知なる世界の教室へ   作:雲ひとつない青空

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真の友愛においては、私は友を自分の方に引き寄せるよりも、むしろ自分を友に与える

───ミシェル・ド・モンテーニュ




束の間の日常

 

 

 

 

 

 入学式というのは、どの世界でも同じようなものらしい。

 

 校長先生の無駄に長い話、入学案内にも書かれていた校則の説明。違うところがあるとすれば、来賓の紹介や校歌斉唱がないことぐらいか。

 

 俺はそんなどうでもいい話を右から左へと聞き流し、俺と同じ新入生たちを観察して時間を潰していたら、いつの間にか入学式は終わっていた。

 新入生の中には見知った顔が何人かいたので、後で話しかけてみるのもいいかもしれない。

 

 その(あと)、俺たちは一通り敷地内の説明を受けた(のち)、昼頃に解散となった。

 

 クラスメイトたちが一斉に帰宅しようとする中、俺は改めて鈴音ちゃんに話しかけようとしたのだが、一足遅かったのか鈴音ちゃんは既にいなくなっていた。

 

 ホームルーム前の時の反応を見るに俺のことを忘れたわけではないと思うけど、幼稚園ぶりの再会なんだからもう少しお話してくれてもいいと思う。

 

 それともまさか、嫌われた……のか? 

 昔はいつでもどこでも一緒にいたのに? 

 

 ……いや、人の心は(うつ)ろうもの。

 

 10年近くも会っていない、どころか、理由(わけ)があったとはいえ手紙や連絡の一つもしなかったんだ。鈴音ちゃんが俺を嫌いになるのも仕方がないのかもしれない。

 これは間違いなく俺の落ち度だ。この結果を甘んじて受け入れて、次会った時にちゃんと謝ろう。

 

 俺は少し、いやかなり肩を落としつつも、そう反省した。

 

 

「では、帰りましょうか、杠詩音」

 

「……うん」

 

 

 そう小さく頷くと、俺はいつの間にか隣にいた森下さんと一緒に、寮へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 寮に向かう途中、俺は小腹が空いたので、森下さんと一緒にコンビニに立ち寄っていた。

 

 俺は前世を含め、家庭の事情であまりコンビニなどを利用したことがないので、内心とてもワクワクしている。

 これから一人暮らしの寮生活が始まるので、ここで日用品などの生活に必要な物をいくつか買っておくのもいいだろう。何せ、コンビニは食料品や雑貨を中心に販売している小型のスーパーマーケットだ。当然、生活必需品も全てここに揃っている。

 

 

「これなんてどうですか?」

 

 

 俺が何を買おうか迷っていると、森下さんが商品棚の横からひょっこりと現れ、牙の生えた兎のような人形を手にして話しかけてきた。

 

 

「それ、何?」

 

「知らないのですか? これは最近流行りの人形です」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 

 最近はこんなヘンテコな人形が人形なのか。

 

 まあ、可愛いと言われれば可愛いとは思うが、可愛くないと言われれば可愛くないと断言できる。

 所謂、キモカワ、というやつなのだろうか。

 愛嬌らしきものがあるのは分かるが、どうにもイロモノのようにしか見えない。

 

 

「可愛いと思いませんか?」

 

「えぇ、そうかな? ごめん、俺にはまだ早かったみたい」

 

「ふむ、この可愛さが分からないとは、杠詩音もまだまだのようですね。この純粋そうな瞳、小憎たらしい表情、ふわふわの毛並み───」

 

 

 などと呟きながら、彼女はキモカワ人形を元の棚へと戻しに行った。

 

 いったい、何がまだまたなんだろうか。美的センスかな。中学の時の美術の成績はずっと5だったんだけど。

 まあ、感性は人それぞれだ。いつか俺の感性も森下さんに追いつく日が来るかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、商品棚二つ分隣から興奮したような声が聞こえてきた。

 

 

「ここすげー品揃え豊富じゃん! お菓子とかカップ麺とかめちゃくちゃ種類あるぜ!」

 

「ほんとだ。まじで便利だな、この学校」

 

 

 あれは確か、Cクラスの生徒だ。入学式で見た。

 

 俺は失礼なことだと思いつつも、興味本位で二人の買い物かごの中を覗いてみると、大量のカップ麺やスナック菓子、ジュースなどでいっぱいになっていた。

 

 まあ、それもそうか。

 10万なんて大金を貰ったんだ。欲望に負けて散財してしまうのも無理もないだろう。

 それはそれとしてもう少し慎重に使った方がいいとは思うが、ポイントの使い道は人それぞれか。

 

 それにしても、本当に品揃えが豊富だ。

 コンビニ一つあるだけで十分な生活ができる。

 

 俺はそんなことを考えながら、目の前にある前世ぶりのカップ麺───みそきんと書いてある───を一つ手に取ると、こっそりと買い物かごへと入れた。

 

 

「杠詩音杠詩音。ちょっとこっちに来てください」

 

 

 カップ麺を買うという背徳感に浸っていると、どこからか俺を呼ぶ森下さんの声が聞こえてきた。

 俺は声が聞こえた方に行ってみると、コンビニの隅辺りで小さく手招きしている森下さんを見つけた。

 

 

「どうしたの?」

 

「これを見てください」

 

「これは……無料……?」

 

 

 俺は森下さんが指をさした所を見て、疑問符を浮かべた。

 

 そこにはティッシュや歯ブラシといった様々な日用品が、『無料』と書かれたワゴンの中に詰められていた。『1ヶ月3点まで』という断り書きも添えられており、他と比べても明らかに浮いている。

 

 それに、一部の商品は数が少なくなっていて、既に誰かに持っていかれた後だということが分かる。

 まだ4月も始まったばかりだというのに、だ。

 

 

「はい。しかも、既にいくつかの商品は持っていかれた後のようです」

 

「みたいだね」

 

 

 流石は森下さん。よく見てる。

 

 それにしても、まだ月初めでポイントが支給されたばかりのはずなのに、どうして既に無料の商品に手を出す人がいるんだろうか。

 

 もしかして、俺は何か大切なことを見逃している……? 

 

 そう思い、俺は茶柱先生がしていたポイントに関する説明を一言一句違わず思い出す。

 

 

『ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。全員が平等に、既に10万ポイントが支給されているはずだ。なお、このポイントは1ポイントにつき1円の価値がある』

 

『この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性がある。そのことに対する評価の現れのようなものだ。遠慮することなく使え。ただし、このポイントは卒業後に全て学校側が回収することになっている。現金化などはできないから、ポイントを貯めても得はないぞ。ポイントはどのように使おうがお前たちの自由だ。仮にポイントが必要ないというのであれば、誰かに譲渡しても構わない』

 

 

 ……あぁ、そういう……。

 

 どうやら俺も、10万ポイント()という大金に、目が眩んでしまっていたみたいだ。

 そのせいで、重要な言い回しを見逃していた。

 あるいは、こういうところも評価範囲なのだろうか。

 

 茶柱先生は、一度として『毎月1日に10万ポイント支給される』とは言っていない。

 それはあくまで俺たち生徒側の願望でしかなく、皆が勝手に、毎月1日に10万ポイントが貰えると思っていただけだ。というか、そう思わされた。

 そして、10万という大金が、俺たち生徒の入学時点での評価、というのも、生徒たちの自尊心をくすぐり、正常な判断を鈍らせる一助になっていたのかもしれない。

 

 茶柱先生の説明をしっかりと聞いていれば気付けたはずの絶妙な言い回し(わワードチョイス)。そして、10万という大金の誘惑(スケープゴート)

 

 茶柱先生の聞き手に誤って認識させるような言葉遣いは、意図的だとしか思えない。

 その上で、生徒たちにポイントを浪費させようとしているとも取れる発言をしたとするのなら、余計に性格(たち)が悪い。

 

 それに、思い返してみれば、他にも色々と重要そうな情報が含まれている。

 

 それは、『この学校は実力で生徒を測る』という部分だ。

 

 その実力というのがどこからどこまでを指しているのかは分からないが、恐らくその実力というのが、来月支給されるポイントに直結していると見ていいだろう。

 入学して最初の月、分かりやすく生徒の実力が測れる中間テストや期末テストはない。となれば、少し分かりにくいかもしれないが、日々の生活態度や授業態度などの日常生活の()()しを見られていると思われる。

 道徳(モラル)に準じた行動も、学生の本分(しごと)である学業も、当たり前のことを当たり前のようにすることも、総じて実力と言っても過言ではない。それができなければ、評価が下がるのも当たり前のことだ。

 そして、それを裏打ちしているのが、あの監視カメラの数だ。あれは犯罪防止の役割以外にも、生徒たちの一挙手一投足を監視、観察するためにあるのだとすれば、この考えも辻褄が合う。

 

 だが、茶柱先生はこうも言っていた。

 

 『この学校には学年毎のクラス替えが存在しない』と。

 

 それはつまり、生活態度や授業態度、テストなどの、個々人の実力だけが重視されているわけではないということだ。

 

 学校が学年毎にクラス替えをする目的というのは、生徒たちの人間関係を広げ、コミュニケーション能力を育み、社会に出た時の適応力を高めるためにある。

 なのに、それをしないということは、この学校は個々人の実力だけでなく、集団、組織としての実力も重要視しているということ。

 となると、今後行われる学校行事、体育祭や文化祭などで他のクラスと競争するようなことがあるかもしれない。直近だと、差し当たり各クラスの中間テストや期末テストの平均点、とかだろうか。

 あるいは、もっと直接的な、クラス全体での評価に関係する何らかの試験が行われる可能性もありそうだ。

 

 次から次へと巡る思考。

 考えれば考えるほど、この学校の本質が垣間見えてくる。

 

 これまでの考察から推し量るに、この学校、高度育成高等学校は───政府主導の教育機関にして、学校という名の皮を被った、縮小化された疑似社会ともいうべき何らかの実験施設、といったところだろうか。

 

 

「はは、なるほど。『ようこそ実力至上主義の教室へ』……ね」

 

「……? 何が言いましたか?」

 

「ううん。これはポイントがなくなった人への救済措置なのかなって」

 

 

 危ない危ない。思わず呟いてしまったが、危うく森下さんに聞かれてしまうところだった。

 

 この学校、思った以上に闇が深そうだ。

 まだ入学初日、いや、半日ではあるけれど、もう家に帰りたくなってきた。まあ、もし本当に帰ろうものなら父さんと母さんになんて言われるか……考えただけでも背筋に冷たいものが走る。

 

 それにしても、少女漫画じゃなかったのか。となると、平田くんが主人公っていうのも間違いかもしれない。いや、もしかしたら、主人公の親友枠なのかも……。

 

 なんて可笑しなことを考えていると、何やら考え込んでいた様子の森下さんが、また変なことを言い始めた。

 

 

「これは……罠、ですね」

 

「……罠?」

 

「はい。これは無料と銘打っておきながら、手にした人たちを問答無用でお縄にかける、そういう類の罠です」

 

 

 そう言って、無料の商品に向かって藍ちゃん流古武術の構え(ファイティングポーズ)を取る森下さん。

 

 

「いやいや、そんなわけ───」

 

「本当に、そう思いますか?」

 

「え?」

 

「杠詩音も感じたはずです。この学校が如何に怪しいかを。謳い文句からして怪しさ満点です。希望する進学先、就職先にほぼ100%応えるなんて、不可能に近い。この学校を卒業したからといって直ぐに宇宙飛行士や魔法少女になれるわけでもないのに。大言壮語(たいげんそうご)も甚だしい限りです」

 

「うん。魔法少女は無理だろうね」

 

 

 俺は呆れ混じりにそう返す。

 だが、森下さんの言うことにも一理ある。……流石に罠はないと思うけど。

 

 『希望する進学先、就職先にほぼ100%応える』と言えば聞こえはいいが、ほぼ100%というのが実に曖昧だ。

 80%でも90%でも、はたまた50%だったとしても、四捨五入すれば、ほぼ、と言えなくもない。

 保険と言われればそれまでだが、国が運営しているというところが、その情報の真実味を高めている。

 そして残念なことに、俺たちは卒業するまでそれを確かめる術はない。

 

 ともあれ。

 

 

「節約するのは悪いことじゃないよね。多分、他のお店にも無料の商品は置いてあると思うし」

 

「そうですね。10万ポイントもあるからと、肥太ったお金持ちのような金遣いをすれば、後で痛い目を見るのは自分ですから。あ、杠詩音、今日の夜ご飯は目玉焼きが乗ったハンバーグがいいです」

 

「節約するって言ったそばからそれ?」

 

 

 その後俺たちは、無料の商品を含め、今後の生活で必要になってくるものを一通り買い揃え、他愛もない話をしながら帰路に着いたのだった。

 

 

 

 

 

 ちなみに、無料の商品を買い物かごへと入れる際、森下さんが罠だなんだと囁くせいで、意図せず万引きするみたいになってしまったことを、ここに記しておく。まる。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 学校生活二日目。

 

 今日は授業初日ということもあり、授業のほとんどが今後の勉強方針などの説明だけだった。

 先生たちも進学校とは思えないほど緩く、とてもフレンドリーで、多くの生徒たちが拍子抜けした、というのが正直な感想だろう。

 

 須藤(すどう)くん───昨日机を蹴飛ばして出て行った赤髪の不良生徒───に至っては、授業中に居眠りをしていたというのに、先生たちは誰も注意することはしなかったし、またそういった素振りを見せることもなかった。

 

 まあ、当然といえば当然か。

 

 この学校は、いわば小社会。

 小学校や中学校で習った『授業はちゃんと聞きましょう』は、できて当たり前のことなんだ。

 社会に出れば、人の話をちゃんと聞くとこは常識、当たり前のことで、わざわざ注意を受けたりはしない。まして居眠りなんて(もっ)ての外。

 

 といっても、俺の社会経験なんて前世で本屋のアルバイトをしていたことくらいだけど。

 

 だが、こういった小さな負(マイナス)の積み重ねが、来月支給されるポイントに影響を与えると思うと、意外と馬鹿にならない。

 もし今後もこういうことが続くようなら、平田くん経由で皆に注意喚起してもらった方がいいかもしれないな。

 まあ、言って聞くような人なら、最初からそんなことしないとは思うが。

 

 俺が注意しないのかって? 当然だよ。俺は何も知らないただの一般生徒(モブS)だからね(すっとぼけ)。後になって、皆と一緒に驚くまでが一部始終(セット)

 

 そんなことを画策(かくさく)しながら授業を受けていたら、早いもので授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

 そして始まる昼休み。

 生徒たちは各人各様(かくじんかくよう)に席を立ち、顔見知りになった人たちと仲良さげに食事へと向かっていく。

 お弁当を作ってきた人、コンビニで菓子パンを買ってきた人、食堂へ行く人、様々だ。

 

 俺も皆に(なら)って席を立つと、すず……堀北(ほりきた)さんを食事にでも誘おうと声をかける───

 

 

「すず……堀北さん、よかった、ら───」

 

 

 ───が、俺が声をかけようとした時には、彼女は既に席を立ち、教室から出て行ってしまったところだった。

 その信じられない速さに、俺は一瞬呆気(あっけ)に取られる。

 

 まるで瞬間移動したみたいだ。

 朝挨拶しようとした時も、休み時間に声をかけようとした時も、今みたいに目にも留まらぬ速さで()けられた。

 

 やっぱり、俺は堀北さんに嫌われているのだろうか……?

 

 ショックで落ち込みかけたその時、俺はふと、昔誰かから言われた言葉を思い出した。

 

 

『■■くん。女の子はね、しつこい男が嫌いな生き物なんだよ。だからね、君は絶対、そんな男になっちゃダメだよ? いい?』

 

 

 いつ言われたのかはもう覚えていない、今や色褪せた記憶の断片。それでも、俺の……()の脳裏に染み付いているかのように残っている言葉の一つ。

 

 ……今の俺はどうだろう。

 

 思い返してみると、俺は朝から堀北さんに対して、配慮の足りない行動を取ってしまっていた。

 俺は自分のことしか考えておらず、周囲の目や、他ならぬ堀北さんのことを一切考えていなかった。ただ仲直りがしたいという俺の我儘(エゴ)を押し付けようとしていた。

 きっと、堀北さんはそういうのが嫌で俺のことを避けていたのだろう。

 

 なら、俺がすべきことは一つ。

 

 それは、時間がかかっても、遠回りをしてでも、もう一度鈴音ちゃんと友達になるところからやり直すことだけだ。

 今までの関係値を一度リセットし、また新たに関係を築き始める。

 

 一から、いいえ、ゼロから! というやつだ。

 

 そう決意を固めていると、綾小路くんが何やら言いたげな目でこちらを見つめているのに気が付いた。

 

 

「どうしたの、綾小(あやのこ)───」

 

「えっと、これから食堂に行こうと思うんだけど、誰か一緒に行かない?」

 

 

 俺が綾小路くんに話しかけようとするのと同じタイミングで、平田くんも教室に残っていた人たちを食事に誘おうと声を上げた。

 

 凄いな、平田くんは。その優しさには頭が下がる思いだ。

 

 平田くんの言葉に、教室に残っていた生徒たちの視線が、一斉に平田くんに集中する。

 既に教室からは半分以上の生徒が姿を消しており、今教室に残っているのは平田くん目当ての女子か、友達作りが苦手で半ばボッチと化している人たちだ。

 現に、友達作りが苦手そうな綾小路くんは、平田くんに気付いてほしそうに熱い視線を送っている……が───

 

 

「行く行く〜!」

 

「私も!」

 

 

 と、女子が参加を表明した途端、窓の外をぼーっと眺め、まるで初めから何もしていなかったかのような態度で身を引いた。

 

 ……哀れ、という他ない。

 

 まあ、女子が参加するとなると、綾小路くんだけじゃなく他の男子たちも尻込みしてしまうのは自明の理。入学二日目にして実質女子会(そこ)に参加できる男子がいるとすれば、それは鋼の心臓を持った鉄人か、超が付くほどの女好きか、全く空気の読めない阿呆かのどれかだろう。

 だが残念なことに、このクラスにはそのどのタイプの男子もいないようだ。

 

 俺は一緒に来てくれる男子がいなくてちょっぴり寂しそうな平田くんを他所に、綾小路くんに先ほどの続きを問いかける。

 

 

「……それで、さっきはどうしたの? 何か言いたそうな目で俺のこと見てたけど」

 

「え……あー、その、杠、よかったらオレと───」

 

「杠くん! 私たちと平田くんと一緒に学食行くんだけど、一緒に行かない?」

 

 

 綾小路くんが何かを言いかけるのと同時に、先ほどまで平田くんの周りにいた女子たちから俺に、食事へのお誘いがかかった。

 

 まるめ計ったようなタイミング。しかも名指し。

 もしや綾小路くんはタイミングの神にでも嫌われているのだろうか? 俺の知る神は幼女神(あんなの)だが。

 まあ、それでも、綾小路くんが何を言おうとしていたのかは大体分かる。

 

 だが───

 

 

「誘ってくれてありがとう。でもごめんね、軽井沢(かるいざわ)さん、綾小路くん。多分───」

 

 

 その瞬間、バンっ、と勢いよく教室の扉が開いた。

 

 ほら、やっぱり来た。

 

 教室に残っていたクラスメイトたちはその音に驚き、皆一斉に音の発生源である扉の方に目を向ける。

 そして、そこに立っていたのは───

 

 

「さあ、杠詩音。早く私と一緒にお昼ご飯(ランチタイム)と洒落こもうではありませんか。今日のお弁当は何と言っても、藍ちゃん特製の海苔おにぎりですよ」

 

 

 何を隠そう、森下藍その人だ。

 

 森下さんは薄紫色のランチバッグを片手に、ズカズカとDクラスの教室に入ってくると、待ちきれないとばかりに俺の手を強く引く。

 その光景を、クラスメイトたちはいったい何が起こっているのかさっぱり分からない、といった様子で目を丸くして呆然と見ていた。

 

 さもありなん。

 

 森下さんは、ある意味災害のようなもの。

 竜巻に巻き込まれるが如く、津波に呑み込まれるが如く、理解しようとする、できる方がおかしい話なのだ。

 俺たちにできることがあるとすれば、森下さんという名の災害を、ノリとフィーリングで乗り越えることだけ。

 

 考えるな、感じるんだ───

 

 

「あー、そういうわけだから、また誘ってよ」

 

「う、うん……」

 

「あ、ああ……」

 

 

 そうやって二人からの食事のお誘いを断り、バッグから自分の分のお弁当を取り出すと、森下さんに手を引かれるまま俺は教室を後にした。

 

 

 

 

 

 その際、クラスの男子たちから───平田くんと綾小路くんは除いて───嫉妬や羨望の眼差しを向けられたりしたのだが、俺は気が付かなかったことにしたのだった。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

 俺と森下さんがお昼ご飯を食べ終え、まったりと雑談に興じていたその時、突如スピーカーから放送が流れてきた。

 

 

『本日、午後5時より、第一体育館にて、部活動の説明会を開催いたします。部活動に興味のある生徒は、第一体育館に集合してください。繰り返します。本日───』

 

 

 可愛らしい女性の声で、そんなアナウンスが告げられた。

 

 部活動、か。

 

 中学の頃は一時期、森下さんに誘われて茶道部に入っていたが、あれは部活動というより同好会といった感じだった。

 部員の皆でお菓子を持ち寄り、部員唯一の茶道経験者だった先輩がお茶を()て、軽く談笑する程度の活動内容で、その先輩が卒業するのと同時に自然と解散することになった。

 先輩が卒業する時、当時の部員たち一人一人がお茶を点てて、先輩のお腹をいっぱいにしたのはいい思い出だ。

 

 まだ一昨年(おととし)のことだというのに、何だか懐かしいな。

 ちなみに、その時先輩が点てたお茶は、俺の人生史上一番だと言っても過言じゃないほど美味しかった。

 

 

「どうしますか、杠詩音。部活動説明会、行きますか?」

 

「うーん、そうだね……行ってみよっか、説明会。部活に入りたいわけじゃないけど、どんな部活があるのか見ておいても損はないだろうし」

 

「私も同じことを考えていました。となれば、精一杯おめかしして行きましょう。何だかワクワクしてきましたね」

 

「森下さんは舞踏会にでも行くのかな?」

 

 

 流石に冗談だと思いたいが、森下さんなら本当におめかしして行きかねない。

 森下さんは、実力的にも、悪い方にも信頼できてしまうのが、とても残念なところだ。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

「多いですね」

 

「だね」

 

 

 放課後になり、俺と森下さんは頃合いを見て第一体育館へとやって来た。

 

 既に1年生と思われる生徒たちで体育館は埋め尽くされており、ざっと見た感じ100人近くの生徒が説明会が始まるのを今か今かと待っている。

 

 俺と森下さんはというと、説明会が始まるまでの間、体育館に入る時に配られた部活動の詳細が載ったパンフレットを見ながら時間を潰していた。

 

 

「色々な部活動がありますね。中には全国クラスの選手もいるみたいですよ」

 

 

 そい言って、森下さんはパンフレットを見せてくる。

 そこには、何かの賞を受け取っている男性の写真が掲載されていた。

 

 

「ほんとだ」

 

 

 それでも、部全体では野球やバレーなどの名門校には一歩及ばないところを見ると、この学校における部活動は趣味的な意味合いの方が強いみたいだ。

 それにも関わらず、施設は並の学校よりも遥かに充実しており、酸素カプセルなどの様々な専門機器が設備されているらしい。

 まさに至れり尽くせり。

 

 

「あ、でも空手部はないみたいですよ」

 

「そうみたいだね…………俺、森下さんに空手やってたって言ったことあるっけ?」

 

「いえ、お義母(かあ)様に聞きました」

 

 

 森下さんは、いけしゃあしゃあとそんな返事をしてきた。

 

 どうして母さんが森下さんにそんなことを話しているのかは置いておくとして、なんで森下さんが俺の母さんをお母様呼びしているのだろうか。というか、お母様の意味合い(ニュアンス)が少し違ったような……?

 

 いや、まあ、気にしたら負け……か?

 こういうことは今に始まったことじゃない。

 無視だ無視……無視だ。

 

 

『1年生の皆さん、お待たせしました。これより部活代表による入部説明会を始めます。私はこの説明会の司会を努めます、生徒会書記の(たちばな)と言います。よろしくお願いします』

 

 

 そんなこんなで、部活動の入部説明会が始まった。

 司会の橘という先輩の挨拶の後、体育館の舞台上に各部の正装、ユニフォームを着た代表者たちが整列していく。

 そして始まる入部説明。

 

 

『私は弓道部の主将を務める、橋垣(はしがき)と言います。弓道には、古風や地味といった印象を───』

 

 

 弓道部の部活動紹介から始まり、柔道部やサッカー部、テニス部、バレー部、陸上部など、次々と入れ替わり立ち替わり部活動の紹介を進めていく。

 

 やはりどの部活動紹介も前世と何ら変わりなく、活動内容や活動時間、未経験者大歓迎! といったオーソドックスなものばかりだった。

 

 ちなみに、この学校で新しい部を結成するのに必要な人数は三人だそうだ。うちの中学は部の結成に五、六人必要だったため、少しだけ驚いた。

 森下さんなんて───

 

 

「三人いれば部活が作れる、と……ふむ。杠詩音、あと一人誰か誘って、私たちで部活を作ってみませんか? 人間観察研究部なんてどうでしょう? ああ、部員のことなら大丈夫です。目ぼしい人物に心当たりがあります」

 

 

 とか何とか言い出す始末。

 

 何、人間観察研究部って。文字通りの内容なら即廃部案件じゃない? というか、そもそも作れなくない? 目ぼしい人物がいたところで、そんな怪しい部活に入ってくれるわけがないでしょ? とツッコんでやりたいがツッコまない。後で絶対面倒くさいことになる。

 

 そんな諦観を抱きながら、俺は森下さんを無視し、サッと周りの反応を観察する。

 

 1年生たちは部活動の説明が切り替わる度、入部するか否かを近くの生徒───恐らくは友達同士───で話し合っており、先輩たちはそんな1年生たちを値踏みするような視線で眺め、中には部活に入ってくれそうな1年生に、既に目星を付けている人もいる様子も確認できる。

 クラスメイトの姿もチラホラと見かけ、俺たちの後方には綾小路くんと、どうやって連れ出したのか堀北さんも来ており、こちらには気付いていないらしい。前方にはクラスメイトの須藤くん、(いけ)くん、山内(やまうち)くんの三人が、そしてそこから少し離れた場所には平田くんがいた。

 

 気が付けば体育館は賑やかな喧騒に包まれており、監督役の先生たちをはじめ、部活動の代表者たちも騒がしい1年生たちに対し、嫌な顔一つ見せずに部活の説明を続けていく。

 それだけ皆、一人でも多くの部員を獲得したいのだろう。

 

 まあ、この学校の性質上、部員が欲しいというより、部員が増えることによる部費の増額などを気にしているような気がしなくもないが。

 

 説明を終えた先輩たちから順に、舞台を降りてすぐの場所に並べてある簡易テーブルへと向かっていく。

 そこには紙やペンなどが置いてあることから、恐らく説明会が終わった後そこで入部受付を行うのだろう。

 

 舞台から一人、また一人と去っていき、長かった説明会もいよいよ最後の一人となった。

 全員の視線が舞台上へと集中する。

 

 そこには、身長170センチちょっとで、細身の身体にさらりとした黒髪の、シャープな眼鏡をかけた知的な印象を受ける男子生徒が立っていた。

 

 凛とした立ち姿でマイクの前に立つその男子生徒は、どこか冷たさを感じさせる視線で1年生たちを見下ろしている。

 10秒、20秒と経っても、一言も発しない。

 先輩たちも先生たちも、その様子に何も言わず、ただ平然と見守っている。

 

 

「がんばってくださ〜い」

 

「カンペ持ってないんですか〜?」

 

「あははははは!」

 

 

 そんな中、痺れを切らした1年生から、そんな嘲るような言葉が投げかけられた。がしかし、その男子生徒は動揺することなく、それどころか動く気配すら見せない。

 笑い声も、励ましの言葉も、まるで届いていないかのように微動だにせず、ただ壇上に佇むだけ。

 

 それから1分ほど経った頃だろうか。体育館全体が、異様な空気が張り詰めた静寂に包まれる。何人(なんぴと)の発言も許さないと感じるほどの、恐ろしい静寂に。

 

 そんな静寂が30秒ほど続いた後、その男子生徒は緩慢な動きで体育館全体を見渡すと、満を持して演説を開始した。

 

 

『私は、生徒会長を務めいてる、堀北学(ほりきたまなぶ)と言います。生徒会もまた、上級生の卒業に伴い、1年生から立候補者を募ることとなっています。立候補に資格は必要ありませんが、もしも生徒会への立候補を考えている者がいるのなら、部活への所属は避けていただくようお願いします。生徒会と部活の掛け持ちは、原則受け付けていません』

 

 

 口調こそ柔らかかったものの、どこか肌を突き刺すような空気感が感じられた。

 そんな空気感に、体育館に集まった100人を超える1年生たちは沈黙せざるを得ない。

 

 ただ一人───

 

 

 

 

 

「始まるまでが長かったですね」

 

 

 

 

 

 ───森下さんを除いて。

 

 それは小さな声ではあったものの、沈黙に包まれた体育館では、取り分けよく響いた。

 

 近くにいた人たちなんて、『何だこいつら』みたいな呆れ顔をしてこちらを見ている。ら、やめて、ら。

 それに、今の発言が聞こえていたらしい先輩たちは、口元を手で覆い隠し、必死に笑いを堪えているではないか。

 

 そのざわめきは、水面に小石を投げ入れた時に広がる波紋のように、瞬く間に体育館全体に広がった。

 

 だがそれでも、再び生徒会長が話し始めると、緩んだ空気は一変し、先ほどと同じか、より一層重たいものへと変化していく。

 

 

『それから───私たち生徒会は、甘い考えでの立候補を望まない。そのような人間は当選することはおろか、この学校に汚点を残すことになるだろう。我が校の生徒会には、規律を変えるだけの権利と使命が学校側に認められ、期待されている。そのことを理解できる者のみ、歓迎しよう』

 

 

 そう締めくくり、演説を終えると、生徒会長はまっすぐに舞台を降り、一足先に体育館から出て行った。

 その際、俺の方を睨ん……見ていた気がしなくもないが、まあ、気のせいだろう。いや気のせいだ。

 

 1年生たちは、生徒会長が退場するまでの間一言も発することができず、ただただ見送ることしかできなかった。

 生徒会長が退場した今でも体育館の空気は重く、雑談でもしようものなら、どうなってしまうのか分からない、そんな雰囲気が漂っていた。

 

 

『皆さま、お疲れ様でした。説明会は以上となります。これより入部の受付を開始いたします。また、入部の受付は4月末まで行っていますので、後日入部を希望される生徒は、申込用紙を直接希望する部にまで持参してください』

 

 

 のんびりした司会者のアナウンスのお陰で、体育館に張り詰めた空気はゆっくりと雲散霧消していった。

 

 その後、部活紹介をした3年生たちは一斉に部活の申し込みの受付を始める。1年生たちもそれを見て、入部の申し込みに行く者、寮へと帰る者、皆一斉に動き出した。

 

 俺たちも帰ろうか、と森下さんに提案しようとしたその時、森下さんに制服の裾を小さく引かれた。

 

 

「あの生徒会長、退場して行く時、杠詩音のことを見ていたような気がしましたが、もしかして知り合いですか?」

 

 

 どうやら、生徒会長のことを観察していたらしい森下さんから、そんな質問を投げかけられた。

 やはり、森下さんは人のことをよく見ている。

 

 

「……まあ、昔ちょっとね。いや、結構……かな?」

 

「そうでしたか。世間は意外と狭いですね」

 

「そうだね。それに、同じ1年生にも何人か顔見知りがいるし。まあ、一回会って話したことがある程度だけど」

 

「ほう、杠詩音の知り合いですか。気になりますね」

 

「Aクラスにも一人いるよ?」

 

「……ほう?」

 

 

 その後もそんな緩い雑談を繰り広げながら、俺たちはまだ少し肌寒い4月の黄昏の道を、寮へと向かって歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

SS:何故、好奇心は猫をも殺すのか

 

 

 

 

 

 厭に長く感じた入学式も無事に終わり、昼前。オレたちは一通り敷地内の説明を受けた後、解散となった。

 

 オレは勇気を振り絞って、初めてできた友達───オレが勝手にそう思ってるだけかもしれないが───である杠に、『一緒に帰らないか?』と声をかけようとしたのだが、杠は既に、校門前で一緒だった女子生徒と帰路を共にしていた。

 

 流石にあそこに割って入るのもどうかと思ったオレは大人しく引き下がり、元々興味のあったコンビニへと寄ってから帰ることにした。もちろん、一人でだが。

 

 

 

 

 

□■□■□

 

 

 

 

 

「……またしても嫌な偶然ね」

 

 

 コンビニへと足を踏み入れると、すぐさま堀北と鉢合わせしてしまった。

 オレは何かと堀北と縁があるみたいだ。

 

 

「そんなに警戒するなよ。というか、お前もコンビニに用事だったんだな」

 

「ええ、必要な物を買いにきたのよ」

 

 

 そっけない態度でそう返事をする堀北。

 

 これから寮生活も始まることだ。女子ともなれば、必要な物も多いだろう。

 事実、堀北はシャンプーやティッシュといった日用品を、テキパキと買い物かごの中へと運んでいく。

 

 それからオレと堀北は、とりとめのない話で花を咲かせた。いやまあ、花を咲かせたといっても、オレが話すことに堀北が正論で殴ってきていただけの話なのだが。

 

 そんなこんなで、堀北の警戒心もだいぶ解けてきたところで、オレは一つ、朝から気になっていたことを単刀直入に問いかけてみた。

 

 

「なあ、堀北」

 

「……何? 突然改まって」

 

「あー、いや、堀北は、杠と知り合いなのか? 杠は堀北のこと知ってるみたいだったが」

 

 

 そう問いかけると、堀北のまとっていた空気が一変し、その顔に何とも形容しがたい表情を貼り付けた。

 

 その顔は、まるで怪人二十面相のように様々な感情が錯綜し、読み取ることは難しい。ただ一つ、分かることがあるとすれば、その苦虫を噛み潰したような表情は、オレに向けられているということだけだ。

 

 堀北は何も答えない。というより、どう答えればいいのか分からない、といった感じだろうか。

 てっきり小学校か中学校の友達かと思っていたが、もっと複雑な関係なのかもしれない。

 これは、オレが思っていたより容易に踏み込んでいい話題ではなかったか。

 オレはそう反省する。

 

 堀北は僅かな思案の後、ようやく該当する言葉を見つけたのか、その言葉を口にした。

 

 

「…………幼馴染よ」

 

「……そうか」

 

 

 それなら確かに、小学校、中学校の友達よりも複雑な関係といえるだろう。だが、それならなおさら、堀北が教室で杠を見た時の反応が気になる。

 驚き、喜び、気持ちが高ぶっていたにも関わらず、どこか緊張し、怯え、不安を感じていたようにも見えた。

 緊張するのは分からなくもないが、幼馴染に会って、怯えたり、不安を感じることなんてあるのか?

 

 ……もしや、杠は堀北をいじめていた……?

 

 

「……今、何か変なことを考えていなかったかしら?」

 

「……いや……」

 

 

 堀北に凄まれた。

 

 流石に杠が堀北をいじめていた、は突拍子もない話だったか。いじめられていたのなら、堀北が喜びを見せることはないしな。

 それに、あの優しそうな杠が、オレの初めての友達─── オレが勝手にそう思ってるだけかもしれないが───である杠が、堀北みたいなキツイ性格の奴をいじめるはずもない。むしろ、堀北が杠をいじめていた可能性の方が───

 

 

「痛ッ、痛いッ……急に何すんだよ!」

 

「あなたが変なことを考えているからでしょう?」

 

 

 オレは堀北に手刀を叩き込まれて悶絶する。

 

 エスパーか、堀北は。

 

 どうやら、幼馴染同士仲がいいのはフィクションの中だけの話らしい。オレにだけ厳しい可能性も、無きにしも(あら)ず、ではあるが。

 

 杠も大変だな。堀北みたいな幼馴染がいて。オレなら耐えられそうもないぞ。

 

 オレはそう思い、杠に尊敬の念を抱くと同時に、心の中で杠に向けて合掌した。南無三。

 ここでふと、オレは好奇心から、頭に思い浮かんだ可能性を冗談混じりに堀北へと問いかけてみる。

 

 

「もしかして───堀北は、杠のことが好きなのか?」

 

 

 その問いに堀北は一瞬、身体をビクンと固めると、商品を手に持ったまま、何も答えずに俯いた。

 数秒、数十秒とそんな状態が続き、流石のオレも、冗談が過ぎたかと思い始め、謝罪の言葉を口にしながら堀北の顔を覗き込む───

 

 

「悪い、堀北。ちょっとした冗、だ……ん───」

 

 

 と、そこには、顔を真っ赤に染め上げ、瞳を潤ませ、図星をつかれたような表情をした堀北がいた。

 

 これにはオレも、『おっふ』と言わざるを得ない。

 想定していなかったわけではないのだが、想像以上というか、もはや想定外というか、何というか。

 不覚にも、堀北のことを可愛いと思ってしまった。

 まあ実際、顔はいいからな。顔は。

 

 オレが顔を覗き込んでいることに気付いた堀北は、オレから顔を背けると、先ほどとは違う弱々しい手刀を叩き込んでくる。全く痛くも痒くもない、堀北らしからぬ弱い手刀を。

 

 まあ、らしからぬと言えるほど、オレは堀北のことを知らないのだが。

 

 十発を超えたあたりで気が済んだのか、堀北は超スピードで必要な物を買い物かごへと入れていき、オレのことを無視するようにさっさと会計を済ませると、顔を真っ赤に染めたまま、早足でコンビニを出ていった。

 

 

 

 

 

 まさかこの1ヶ月後、今日の出来事が原因で、堀北に散々扱き使われることになるとは、この時のオレには、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 そして、身をもって理解(がくしゅう)する。

 〝好奇心は猫をも殺す〟という言葉の意味を───

 

 

 

 

 





おまけ解説:

藍ちゃん特製海苔おにぎりとは、普通のおにぎりとは違い、塩ではなく砂糖が(間違って)使われており、お米を海苔で巻くのではなく、お米の中に具として海苔が入っています。
実は、藍ちゃん特製海苔おにぎりを食べたのは詩音くんだけで、『俺と森下さんがお昼ご飯を食べ終え』の裏では、詩音くんの涙ぐましい努力があったとかなかったとか。


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