残り火の軌跡と、天秤を支える者たち   作:弾暴

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第二章:暴かれる暗部と、平和の象徴の下で 数時間後。

雄英高校、ハイツアライアンスの共有スペース。

厚い窓ガラスが外の刺すような冬の木枯らしを遮断し、室内には暖房が十分に効いているはずだった。しかし、円座になったA組の面々の間に落ちた沈黙は、まるで氷点下の夜に取り残されたかのように、ひどく冷たく、重苦しかった。

「警察に引き渡した男たちの供述と、ここ数ヶ月のヴィラン失踪データの照合結果ですわ」

八百万百が、中央のローテーブルに広げたホログラムマップを指し示す。その声には、隠しきれない痛ましさが滲んでいた。

「彼ら『天秤』は、拉致したヴィランを特定の拠点へ移送しています。突発的な憂さ晴らしなどではありません。これは……明確な殺意を持った、組織的な行動です」

「さっき洗脳で聞き出した情報だけどな」

壁に寄りかかっていた心操人使が、首元のペルソナコードを弄りながら低く口を開く。

「奴らを束ねているリーダーは『裁定者』と名乗っているらしい。拉致されたヴィランは、そいつによる『直接の裁き』にかけられるそうだ」

「直接の裁き……ってことは」

芦戸三奈が血の気を引かせ、葉隠透が震える手で彼女の袖をきつく握りしめた。

蛙吹梅雨が、大きな瞳に暗い影を落とし、口元にそっと指を当てる。

「……あまり、想像したくはないのだけれど。法の目すら届かない場所で、凄惨な処刑が行われようとしているのかもしれないわね」

「法の裁きを待たず、自らの手で理不尽な天秤を正す……か」

轟焦凍が、手元のマグカップを見つめながら静かに呟く。障子目蔵も、複数の腕を固く組みながら、痛ましげに目を伏せた。

「……俺たちの手の届かなかった悲しみが行き場を失い、どす黒く澱んでいるんだな」

誰もが、下を向いた。

平和な社会の裏側で、自分たちが救えなかった命の遺族たちが、絶望の果てに人殺し(ヴィラン)へと堕ちようとしている。ヒーローを目指す彼らにとって、これほど胸を抉られる事実はなかった。

その重い空気を切り裂くように、扉が乱暴に開かれた。

「おい、みんな! これ見ろ!! SNSで一斉に生配信が拡散され始めてる……っ!」

血相を変えた上鳴電気が、共有スペースに駆け込んでくる。彼が震える手でモニターへ画面を転送すると、そこには、夜の闇に沈む広場と、灰色のローブを深く被った『裁定者』、そして無惨に縛り上げられ、恐怖に顔を歪めるヴィランたちの姿が映し出された。

『法は我々を救わなかった。お前たちが「平和」だと呼ぶこの世界は、我々から奪われた命の上に建つ、薄ら寒い砂上の楼閣だ。ゆえに、我々「天秤」が自ら傾きを正す』

「……単なる悪意ではないな。あまりにも深く、重すぎる絶望の影だ」

常闇踏陰が、内なる黒影(ダークシャドウ)を沈痛にざわめかせながら低く唸る。

『目を逸らすな。これが、お前たちがすがりつく「虚構の平和」の正体だ』

画面の向こうで、裁定者が冷たい指を鳴らした。

パァンッ、という音と共に、強烈な投光器が一斉に点灯する。白日のように照らし出されたその背景を見て、A組の全員が息を呑み、絶句した。

そこに映し出されていたのは、神野区グラウンド・ゼロの跡地。

かつてオールマイトが平和の象徴として最後の戦いを繰り広げ、その証として建てられた巨大な『オールマイト像』の広場だったのだ。

「ふざけやがって……!」

爆豪勝己がギリッと奥歯を噛み締め、掌で苛立ちの爆発をパチパチと散らした。

かつて自分自身が囚われ、憧れの象徴が終わるきっかけとなった因縁の地。そこを、あろうことか私刑の舞台に選ばれたことへの、静かで激しい怒りだった。

出久は、自分の内側に意識を向ける。

胸の奥にある、わずかな『残り火』。それが、彼の焦燥に呼応するように、チカチカと熱を帯びるのを感じていた。

共有スペースの扉が再び開き、相澤消太が険しい表情で踏み込んできた。

「……見たようだな」

血走った瞳で生徒たちを見渡し、相澤は口を開く。

「今しがた塚内さんから連絡が入った。公安のホークス長官の指示で、すでにベストジーニストをはじめとする現役トップヒーローたちと機動隊が、神野のオールマイト像へ向かっている。……お前たちにも出動許可が下りた。行けるか」

「「はい!!」」

迷いのない、A組全員の力強い声が、ハイツアライアンスに響き渡る。

「出久」

コスチュームケースを掴み、いち早く駆け出そうとする出久の背中へ、爆豪が低く、しかし確かな感情の乗った声をかけた。

「てめェの『時間(タイムリミット)』は限られてんだ。突入からペース配分間違えて、肝心な時にガス欠なんてダサい真似すんなよ」

爆豪は、出久の背中を鋭く睨みつけながらも、その言葉の裏には「これ以上、お前の命を削らせるな」という不器用で切実な思いが込められていた。

「……あのふざけた天秤ごと、俺たち全員で叩き壊すぞ」

「うん……! 行こう、かっちゃん、みんな!」

冬の冷たい夜空の下。

平和の象徴の足元で繰り広げられようとしている、被害者たちの血塗られた狂宴を止めるため。雄英高校ヒーロー科A組の、総力を挙げた出撃が始まった。

 

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