残り火の軌跡と、天秤を支える者たち   作:弾暴

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第五章:暴徒の盾と、呼び出された象徴

パトカーの毒々しい赤色灯が、神野の冷たい夜の闇をサイレンと共に切り裂いていた。

現場の最前線へと到着した出久たちA組の目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。ベストジーニストをはじめとするトップヒーローたちや、重武装の機動隊がオールマイト像の広場を完全に包囲しながらも、誰一人として一歩も踏み出せずにいたのだ。

「ステイだ、デク。……迂闊に近づくな」

鋭い視線を前に向けたまま、ベストジーニストが低く制止する。

彼が見つめる広場の境界線——そこには、自らの首元に鋭い刃物を突き立て、あるいは頭から可燃性の液体を被り、ライターを握りしめた数十人の市民たちが、人間のバリケードとなって立ち並んでいた。

彼らの瞳に、狂乱はない。あるのはただ、法に絶望し、悪の根絶だけを悲願とする「被害者遺族」としての、凍りつくような純粋な覚悟だった。

「心操! お前の洗脳で、一気に……!」

切島鋭児郎が焦燥に駆られて叫ぶが、心操人使は血が滲むほど強く唇を噛み締めた。

「駄目だ……! 洗脳のターゲットには声に対するレスポンスが必要だ。これだけ大人数を同時に、しかも『自死を止める』なんて複雑な命令で縛る前に、他の奴らが一斉に刃を引くか、火を放つリスクが高すぎる」

どれほど強大で無敵の個性を持っていようと、自らの命をチップにし、ヴィランの処刑を完遂しようとする悲しき市民たちを、全員無傷で制圧することなど不可能に近い。ヒーローの「誰も死なせない」という誓いが、ここでは最大の足枷となっていた。

その時、投光器に照らされたオールマイト像の足元から、拡声器を通した裁定者(秤誠一)の冷徹な声が響き渡った。

『お前たちの中から、たった一人だけ、この「裁きの場」に立ち入る権利を与えよう。……来い、緑谷出久』

「なめやがって……!」

爆豪勝己が激昂し、掌から爆発の閃光を弾けさせた。

「てめェらのくだらねェ自己満足に、出久の『命(タイムリミット)』を巻き込んでんじゃねェ!!」

今すぐにでも飛び出し、全てを吹き飛ばしてやりたい衝動。しかし、市民たちがピクリと反応し、首元の刃をさらに深く押し当てるのを見て、爆豪はギリッと奥歯が砕けるほど噛み締め、怒りの炎を消さざるを得なかった。

「……行きます」

静かな、けれど決して揺るがない声。出久はゆっくりと一歩前へ出た。

「緑谷くん! 罠に決まっている! 君一人が背負う必要は……!」

飯田天哉が制止しようと手を伸ばすが、出久はその手をそっと躱し、真っ直ぐにバリケードを見据えた。

「分かってる。でも、あそこにいる市民の人たちは……嘘をついてない。彼らの悲しみを、これ以上見過ごすことはできないんだ。みんなは、外で待っていて」

5%の淡い緑の光を纏い、出久が歩み寄る。

すると、自らの首に刃を突き立てていた市民たちが、モーゼの海割りのように、彼一人だけが通れるわずかな隙間を開けた。

すれ違う瞬間、ガソリンの鼻を突く匂いと共に、声にならない呪詛が冬の冷たい風に乗って出久の肌を刺す。

(お前たちが、あいつらを生かした)(私の娘を返せ)(偽善者め)——投げつけられる視線は、物理的な打撃よりも深く、出久の心を削り取っていった。

広場の中央。巨大なオールマイト像の足元。

出久はついに、灰色のローブを纏った『裁定者』と対峙した。

「よく来たな、緑谷出久。理不尽な天秤を放置し続けた、偽善の力を受け継ぐ最後の器よ」

「彼らを解放してください」

出久は、背後で縛り上げられているヴィランたちと、秤を交互に見つめた。

「彼らが犯した罪は、法が裁きます。もし法で救えない悲しみがあるなら、僕たちヒーローが必ず、あなたたちの心に寄り添うから……!」

「黙れッ!!」

秤が激昂と共に両腕を広げた。その顔の半分を覆う火傷の痕が、怒りで赤黒く引き攣る。

「貴様らがその綺麗事を並べている間に、善良な市民の命がどれだけ理不尽に奪われたと思っている! これ以上、奪った側が守られる世界など我慢ならない。……刮目せよ、我が個性『罪の天秤(ギルト・スケール)』!!」

ドォォォンッ!!

「が、はっ……!?」

出久の体が、目に見えない巨大なコンクリートの塊に押し潰されたように、激しくアスファルトに叩きつけられた。

それは単なる物理的な重力ではない。あの日、秤が愛する家族を救えなかった「絶望の瓦礫の重さ」。そして、脳髄に直接流れ込んでくる圧倒的な『罪悪感』と『喪失感』が、概念的な重圧となって出久の全身の骨を軋ませ、地に縫い付ける。

「どうした。這いつくばってばかりでは、お前が庇う『ゴミども(ヴィラン)』を救うことなどできんぞ」

圧倒的な重圧に血を吐く出久を見下ろし、秤は冷酷に指を鳴らした。

拘束具が外れ、広場に縛り上げられていたヴィランたちが自由になる。

「拾え」

秤は、ヴィランたちの足元に無数の鉄パイプや瓦礫を蹴りやった。

「お前たちを助けに来たという、その『平和の象徴』を殴り殺せ。やらないなら、今すぐお前たちの頭上に、これと同じ鉄塊の重圧を落として挽肉にしてやる」

「ひ、ひぃぃっ……!」

死の恐怖に完全に支配されたヴィランたちは、狂乱して鉄パイプを拾い上げた。そして、涙と鼻水を流しながら、自分を助けようとして重圧に跪いている出久の背中へ向かって、次々と凶器を振り下ろした。

「見ろ、緑谷出久! これがお前たちの守ろうとしたものの正体だ!! 己が助かるためなら、救いに来た恩人すら平気で殴り殺す。これが『悪』だ!!」

ゴォォンッ!! ドガァッ!!

鈍い音が広場に響き渡る。

「ぐ、ぅぅ……ッ!!」

防戦一方の出久の口から、鮮血の塊が吐き出され、冷たいアスファルトに赤い染みを作った。

像の上から見下ろすオールマイトの虚ろな瞳の前で、ヒーローが庇ったヴィランに殴り殺されるという、絶望的で皮肉な公開処刑が幕を開けた。

 

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