もしお時間があるなら暇つぶしに楽しんでいってください。
OK。
じゃあ一度だけ説明しよう。
僕はベル・パーカー。
放射性の蜘蛛に
たった1年だと言うのに多くの人を救ったし、恋はしていないけれど友達はできた。
街も救った。
何度も何度も何度も街を救った。
途中米花町治安悪すぎじゃないか?とも思ったけど頑張った。
それと同じくらい多くの失敗を繰り返した。
春になれば風物詩と言わんばかりに何かが爆発するし、気軽に街を歩いているだけで殺人事件に遭遇する。
救えなかった命は多くある。
…だからこそ、同じだけ…いや、もっと多くの命を僕は救わなくちゃいけない。
僕はスパイダーマン。
悪党に立ち向かうことが、使命。
『大いなる力には大いなる責任が伴う』
そんな当たり前のことを、もっと早く知れていれば違う世界もあったのだろうか。
少年は独りごちながら、ビルの屋上から身を投げた。
「─────っ!」
くるり、と世界が裏返って、普通に生きてるだけでは味わえない浮遊感に身体の芯が震える。
…いつだって、スパイダーマン稼業は恐怖の連続だ。
怖くなかったことなんて一つもない。
毎回不必要なくらい痛みを伴うし、苦しいことだらけだ。
何度も地面にたたきつけられ、壁にめり込んで、火の中で悶えて、砂の中で溺れて、毒の見せる幻と踊ってきた。
それでも。
「あーいいね、今日もスパイダーマンって最高」
───少年に、立ち上がらないという選択肢はなかった。
呪文のように唱えた自分を鼓舞する言葉の直後、少年は空に向かって落ちる。
自分をパチンコのように射出した少年は、制御を失い不自然な旋回を始めたヘリコプターに向かって手を伸ばした。
二本の蜘蛛糸がヘリコプターへと接着し、腕にとんでもない負荷がかかる。
脳裏に浮かんだ不安を押し殺すように歯を食いしばった少年は、その蜘蛛糸を頼りにさらに加速した。
事の始まりは数時間前、テレビ局に押し入った強盗が朝のニュースのロケに出ようとしていたアナウンサーとヘリの操縦士を人質に空へと逃げる事件が発生。
警察のヘリは犯人を刺激しないために近寄れておらず、どちらかと言えばヘリが着陸してから確保しようと、多くのパトカーが地上から追いかけてる、というのが今の状況だ。
「今日も朝から元気に悪党と追いかけっこ。代わり映えがなくて夏休みの絵日記の宿題で出したら赤点間違いなしだよね」
脳の処理速度が加速したことで白黒に切り替わった世界では全てがスローモーションになる。
マスク越しに、恐怖で顔を歪める知らない誰かと目線が絡む。
…知らない誰かは言いすぎか。
最近テレビのワイドショーやニュースで見かける機会が増えてきた女性アナウンサーだ。
少年は彼女がたまにする出勤時にあったほっこりエピソードが嫌いではなかった。
「やぁ!ごめんだけど、僕ってば彼女のファンでさ!握手したいから場所変わってくれない?」
「何だお前は!」
「地獄からの死者!!…ていうか僕のこと知らないの?それは流石におじいちゃんすぎる!ついったーとかやったほうがいいよ!」
彼女の喉元にはナイフが突きつけられており、男が喚くたびに撒き散らされる唾が彼女の美貌を穢している。
それを、ヘリコプターの窓を蹴りでぶち抜き、飛び込みながら解放する。
「はい伝説の構図*1!ファンも大歓喜間違いなし!」
ヘリの操縦士を小脇に抱えて空を飛ぶ少年は、安全なビルの屋上に彼をそっと降ろして寝かすとすぐに空へと舞い戻る。
救助ヘリがすぐに駆けつけられるようにできるだけ広い屋上を選び、ついでに重傷者のいる合図である信号弾を打ち上げて急がせるのも忘れない。
空中での人質救助は時間との勝負だ。
だから少年は大人たちを信じて、振り返らずに敵のもとへと飛び込む。
少年だってこんな無茶で危険な救助作戦、したくはないのだ。
功名心があるわけでない。
警察が無事取り押さえるならそれで良しとするつもりだった。
…操縦士が切りつけられるのを見て、判断を誤った自分を本気でぶん殴りたくなりながらも、懸命に少年は命を救うために
「後悔は後回し!なんせ僕のコスチュームは真っ白!青くなってる暇はないってね!!」
さっきのすれ違いざまにナイフを奪い取り、顔と手に施した拘束から抜け出した男の目は血走っていて、最近街の中で流行っている特殊なドラッグによる無茶な筋力増強が行われていることを察する。
薬で仮初の力を手に入れてすることが人を傷つけることだなんて趣味が悪い。
…空中から真っ直ぐ飛んでくる少年を迎え撃とうと拳を構える男の予測を裏切るように、ヘリコプターの底面に糸をくくりつけ素早く振り子の原理で後ろに回り込む。
「──────!!」
「ガキがぁ!!」
もはや、軽口で自分の恐怖を誤魔化してる余裕もない。
自分の背丈の2倍はある男の膝を後ろから蹴りで崩して、突き出された尻を蹴り落として再び空へ。
その際に必死にヘリのハンドルを握りしめ出来るだけ高度を稼いでいたアナウンサーも小脇に抱える。
操縦士を失い、重力に捕まったヘリが地面とキスする、なんて未来は許されない。
下には千人近くの街の人達。
必死に警察官たちが避難誘導しているが、たくさんの人達を巻き込むことになってしまう。
「…お姉さん、バンジーの経験は?」
「…………嘘でしょ?」
「……ふぅ…うまくいきますように」
「いやー!!なんでよバカでしょありえないんですけど!?せめていつもみたいに軽口叩きなさいよ!!」
「……良い旅を!!(やけくそ)」
無茶を言わないでほしい。
少年は元来無口だしナイーブなのだ。
少年は空中でアナウンサーをヘリの軌道から大きく離れた場所へとハンマー投げの要領で放り投げてから、ヘリから蹴り落とした強盗を蜘蛛糸で繭にすると《インパクト・ウェブ》*2で壁へと強引に張り付ける。
もちろん、アナウンサーの彼女の命を守るために命綱代りのクモ糸と落下地点にクモの巣を展開することも忘れていない。
…さぁ、人命救助は終わり。
あとは大きすぎる落とし物を交番に届けるだけだ。
「…うっわぁー、夢に出そう」
少年は空中で身を捻り、頭を下へ。
覚悟を決めて地面に向かって加速する。
ヘリを追い越し、少年はビルとビルの間に蜘蛛の巣を張っていく。
一つでは当然足りないところを、何重にも重ね、そうこうするうちにヘリが一つのクモの巣を破り、2つ目へと衝突。
一瞬の停滞の隙にヘリへと蜘蛛糸を巻き付け、ビルと繋いでヘリの重さを分散する。
ぶちり、と無慈悲な音を立てながら3つ目の巣がヘリを受け止め、千切れそうになるところへと少年が飛び込んで自分の身体を縄の一部として引き留めた。
自分の身体から聞きたくもない異音を感じながらも、少年は全身に力を込める。
そして───
●
「……いち…新一?ねぇ、新一ってば!急にぼーっとしてどうしたのよ!」
「………え?」
私怒ってます!と、全身で表現する幼馴染を視界に収めてなお、しばらく自分の思考が空白を泳ぐ。
その表情が怒りから心配へと変わってきたあたりでその少年は思索の海から現実へと戻ってきた。
「わ、わりぃわりい…」
ようやく耳が街の喧騒を拾うようになり、少年はそっと胸をなで下ろした。
「大丈夫?」
「おう、大丈夫だよ!ちょっと現実感がなさすぎる光景だったからつい、な」
「すごかったね!話題の
「キッズ、な」
幼馴染がはしゃいだような声で囃し立てるのは、先ほどまで高校生探偵を宇宙猫状態にした“スーパーヒーロー”。
新一の前では、警察によって交通整理が行われ、少なくとも表面上はいつも通りを取り戻していた。
だが少し視線を上げれば、ビルとビルの間に張られた巨大なクモの巣にヘリコプターが絡め取られている。
…なんて現実感のない光景だろう。
同時に、人の命が奪われてから動く探偵とはまったく正反対な、人の命が失われる前に懸命に手を伸ばすヒーローという存在への興味が大きくなるのを新一は感じていた。
視界の隅で保護されたアナウンサーが集まった同局の報道陣からマイクを奪い取りスパイダーマンに対して罵倒なのか感謝なのかよくわからない叫び声をあげている。
スパイダーマンが守った平和な光景。
そんな、ここ最近見慣れ始めた米花町の日常を背に、新一は幼馴染と共に遊園地へと向かうのだった。
───それは、江戸川コナンが生まれる日。
平成のシャーロック・ホームズと米花町の親愛なる隣人の物語が交差する前日譚。
ヒーローは命が失われる前に危険を顧みずに飛び込んで救いの糸を伸ばす。
探偵は命を奪われた声なき死者たちの代わりに謎を暴いて殺人者に真実を突きつける。
悪党を許さない。
その一点以外真反対の二人。
これより彼らの物語は蜘蛛の糸のように複雑に絡み合っていく。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
米花町で頑張るちびっ子スパイダーマン概念。
悪党お姉さんたちに可愛がられてほしい。