その後は…わかんないですけど。
「なんであなたは日常生活でも死にかけるのかしらね…」
「僕のせいじゃないけども…」
それは、コナンが転校してきた初日のこと。
殺人シュートから他の児童を庇って気絶した少年は保健室で目覚め、コナンからの謝罪をとりあえず受け取り、もう誰もいなくなってしまった家に帰宅。
昨日から徹夜で続いたスパイダーマン稼業でボロボロでくさくさのスーツにちょっとだけ顔をしかめながら、さぁ今日も頑張るぞと気合を入れ直していたところに、その女の人は来た。
小泉紅子。
自称魔女。
…一応、彼女に魔女としての力はないはずだ。
時々嫌に鋭い占いをしたり、何か未来が見えてるかのような行動をしたり、見えない何かに指示を出して物を運ばせているような瞬間を目撃したりしているけれど。
「今日はゆっくり休みなさいな」
「……でも」
母親の腕のなかでムズがるような、そんな弱々しい抵抗にクスリと笑う魔女は、少年の耳元で怪しく囁く。
「たまにはいいじゃない。…それに今夜は彼の独壇場。闇すらも魅了されて、この街はいつもと違う夜になる」
彼、と言われて少年の頭に思い浮かぶのは自分のコスチュームよりも鮮烈な白を纏う、紳士的な誰か。
「そんな彼の活躍を見たい魔女に、あなたは今日籠絡される…」
「……!!」
耳に息を吹きかけた瞬間、いまだまともに性を知らぬ少年の背筋が、快楽の侵略を受けてぞわりと震える。
それを逃さぬように腕で閉じ込めて、魔女は再び微笑んだ。
…普段ならその好意に寄りかかりつつも跳ね除けられただろう誘惑にも、極度の疲労状態で限界間近な少年に勝てるはずもなく、頭を撫でる魔女に身を委ねるように少年は身体の力を抜いた。
「ふふっ、いつも仮面をかぶって強がっていても…本当は支配してくれる女を求めてる坊や。そんな被虐的なヒーローも今日はお休み」
これでは、どちらがクモかわかったものではない。
「楽しい夜になりそうね?」
哀れ、女の魔性に絡め取られた少年はそのまま夢の世界へと落とされる。
くたり、と自分の胸に完全に沈み込んだ少年を抱え上げ、その寝顔に唇を落とすと魔女は寝室へと足を向けた。
───次の日、疲労が完全にリセットされて無表情ながらウキウキで登校する少年の首筋には
「ふふっ、スーツの洗濯とか朝ごはんとか、気力の補充とか…これだけしたんだから見返りはあっていいですわよね…おほほほ」
良い訳はないと思う。
「あら、そんな生意気なことを言われても困りますわ。なにせここはあなたの記憶の中。気絶しているあなたが見ている思い出なのだから…」
言われて少年は気がつく。
自分の意識が、今どのような状態になっているのか。
自覚してからは早い。
記憶が遠のく/現実が近づく。
「それじゃあ、頑張ってねヒーローさん。命が危なくない程度に、だけど」
目覚める直前、そんな激励の声がした気がした。
●
コナンが電話を受け取り何かやりとりをしているのを尻目に、一瞬の気絶から戻ってきた少年は伏せたまま当たりを見渡す。
「あー!ベルくんが歩美ちゃんのこと押し倒してます!」
「おいどさくさにまぎれていい度胸だな!?」
「あ、あの…ベルくん…?」
「大丈夫?ケガしてない?」
「あ、ありがとぉ…」
小柄で華奢な歩美ちゃんが吹き飛ばされたら大変だと抱きしめていた少年は、周りの人たちにケガないことを確信してようやく胸をなでおろす。
ついでになにやら顔を赤らめている歩美ちゃんをそっと地面から抱き起こした。
背中についた砂を払ってあげる行為は実に紳士的だったが、小学1年生のする仕草ではない。
そして、小学生という多感な時期の女の子にはあまりにも劇毒だ…ということには気付かないし気付けない。
教えてもらったことをスポンジのように吸収して実践するが、『怪盗紳士の教える女性へのスマートな接し方講座』受講生の少年は実技テストの点だけいいタイプだった。
動きは満点。
理屈は零点。
閑話休題。
とりあえず、公園を飛び出したコナンの様子的にきっとまたすぐに爆弾が爆発するかもしれないということなのだろうと予測をつけた少年は一目散に走り出す。
「お、おい!ベルまでどこ行くんだよ!?」
「トイレ行ってくる!」
「トイレなら公園にもありますけど…?」
「ごめん僕家のトイレじゃないと落ち着かなくて!」
「さっき普通に公園のトイレ使ってたのに?…変なのー」
少年は公園を出るとすぐに物陰に飛び込んで追っ手がないことを確認すると、知り合いの兄貴分仕込みの早着替えで私服からスパイダーマンへと変身。
焦燥感に、不安。
そんなネガティブな気持ちを必死にマスクの下に押し殺して、全神経を尖らせた少年は、西多摩市の空へと飛びあがる。
「───グリーンゴブリン…!」
敵の名前を口にする少年の顔は、年不相応な覚悟に染まっていた。
●
爆弾は米花駅前広場の木の下。
ただし、木の下に埋めてあるわけではない。
早く行かないと、誰かに持っていかれてしまうかもしれない。
そんなヒントから始まった爆弾探しは、すぐに猫だという結論へとたどり着く。
「おばあさん、待って!!…ああ、しまった!もう1時の5分前!」
だが、答えに気付いた場所が悪かった。
駅前公園が見渡せるように近くのファストフード店の2階にいたコナンが駆け出すも、爆弾付きのキャリーケースと猫を伴って一人の老婆がタクシーへと乗ってしまったのだ。
「くそ、急げっ」
そして、運も悪かった。
ソーラーパネル内蔵の電動スケートボード。
それを操り必死に追いかけるも、途中でバッテリーが故障して動かなくなってしまったのだ。
焦る気持ちを無理矢理大きく息を吐き出すことで落ち着け、周りを見渡したコナンは、自動販売機でジュースを買うために、自転車を停めている子どもに駆け寄る。
「…ちょっと自転車借りるよ!」
「お、おい!」
1時3分前。
渋滞は動き出し、車が走り出す。
その直前に、コナンは自分よりも少し大きいくらいの小さな人影に上空へと攫われた。
「その年で自転車泥棒はいけないな。盗みが癖になるとろくなオトナにならないよ?」
「…!?スパイダーキッズ!?離してよ、爆弾が!」
「というか君誰?何してるのそんな血相変えて」
「探偵だよ!早くしないと爆弾が爆発しちゃうんだ!」
…一瞬、何が起こったのか分からなかった。
まるでジェットコースターに乗ってるかのような浮遊感。
眼下でとんでもない勢いで景色が流れていき、車も民家も飛び越えられていく。
「…ふーん探偵かぁ…で、車どれ?あのタクシー?」
「そう!あのタクシーに乗ってるおばあさんのキャリーケースが───ちょ!?」
突如自分を捕まえていた腕が消え失せ、落下。
地面に激突する直前にガス灯のある公園に張られたクモの巣に受け止められる。
こいつスーパーヒーローのくせに子ども投げやがった、と呆れる暇もない。
「爆弾は僕がどうにかしとくから子どもはお家に帰るんだね!」
身動きの取れない自分を遠く見下ろすように、上空でピースサインをするスパイダーマン…スパイダーキッズがタクシーへとたどり付き、即座に空へと何かを投げた。
クモの糸で巻き取られたそれは遠く、遠くへと上がっていき。
「Yummy…」
クモの糸が耐爆シートの役割を果したのだろう。
鈍い破裂音と、小さなオレンジの閃光があがる。
小さな火種となって落下するその爆弾の残骸を白い影が上空で受け止め、宙返り。
シュタ、とクモの巣に絡め取られたコナンの横に降り立った。
「あれ、どうしたの探偵くん。そんなとこでクモの巣に引っかかって。…風邪引くよ?」
「ど、どの口が…」
「あ、これプレゼント。いい子にしてたみたいだから。お詫びとかじゃないけどね、うん」
「…サンタかよ」
「おっと、僕の秘密の稼業が実は年に1回しか働いてない世界一有名なニートだってバレるなんて…さすが探偵…探偵?自転車泥棒未遂くん?」
「バカにしてる?」
「でも甘いね、実はその正体はスパイダーマンなのでした!くぅー!二重トリック!なんて知的な犯行なんだ!全米が泣いた!」
「その中身が、ただ身長が低くくなっただけのお父さんだって知って子どもはがっかりするんでしょそれ」
はははまさかそんなははサンタはいるよははは夢がないなぁ。
そんな乾いた嘘くさい笑い声でひとしきりコナンをからかって満足したのかスパイダーマンは、爆弾をぽいとコナンの横にひっつける。
「…いやー危なかった…なんかこの公園の上空に入った瞬間タイマーが止まるから、無理矢理外部から起動して爆発することになっちゃった…」
「おい」
その際にボソリと、聞かせるつもりもないだろう音量で呟かれたその言葉をコナンの耳はしっかりと拾っていた。
もしかしてこのヒーロー、結構場当たり的に行動してるのか?というコナンの冷たい目線から逃れるように、スパイダーマンは背中を向ける。
「じゃーね」
「待ってよ!僕一人じゃここから出れないよ!」
「1時間もすれば糸は溶けて消えるから気にしなくていいよ。それにそうやって引き留められても困るんだよね」
「…なんで?」
「僕、警察から嫌われてるから!それじゃ、目暮警部とか佐藤刑事とか高木刑事によろしく!」
「嫌われてる割に知り合い多いな!?」
See you!とやけに達者な発音で挨拶を投げ捨てると、白くて小さなスーパーヒーローは街の喧騒の向こうへと消えていく。
「あんにゃろぉ…」
ガス灯へと糸を伸ばし、バスを踏み台に使いながら離れていく後ろ姿をただ見ているしか出来ないことに敗北感を覚えるコナンはその後、駆け付けた目暮警部たちに念のためと病院へと連れて行かれるのだった。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。
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