親愛なる隣人が普段どんな風に街で過ごしてるか、みたいな。
感想評価くださった方々、目を通してくださっている読者の皆々様、本当にありがとうございます。
今日は日が沈む前からパトロールしようかな、と駅前のタバコ屋の軒先で新聞を読む少年は、逆さまになった世界でも淀みなく文字に目を通していく。
「あんたねぇ…スーパーヒーローが立ち読みってどうなんだい」
「んー、でもお小遣いが今月厳しくてさ…」
「…やれやれ、しょうがない子だね」
まぁお小遣いなんてそもそもないが。
軒先にぶら下がって新聞を読ませてくれる優しい店番のおばちゃんに感謝しながら、少年は世間の動向をしっかりと頭にたたき込む。
世間を今賑わせてる事件は3つ。
『十億円強盗事件の主犯の
そのどちらもが解決済みとなっており、今もっとも世間の関心が高いのは『怪盗キッド』についてだ。
連続殺人事件については、街中をバイクで逃走しスケボーに乗った子どもに追いかけられていたところを普通に通りすがりの少年がぶちのめしたので、犯人の目的としては不完全燃焼だったことだろう。
まぁ知ったこっちゃあないな、と少年は内心吐き捨て身体を持ち上げる。
「…ほら、持ってきな」
世界の上下が入れ替わり、壁に立ったまたまストレッチをする少年にぽいと投げられた物を反射で受け止めてみてみれば、菓子パンだった。
「…え、聞いてなかったのおばちゃん。お金ないって」
「持ってきなって言ってんのが聞こえないのかい、最近のガキは耳が遠いみたいだねぇ!」
「…わお、ありがとうおばちゃん…愛してるよ!」
「ふん。ケツの青いガキが私に求婚するなんて百年早いよ。身の程を知りな」
───ほら行った行った、あんたがいると他の客が近寄ってこないんだよ!と顔をしかめる売店のおばちゃんに見送られるようにして、少年は街へと飛び出した。
●
「…あ!スパイダーマン!ねぇ…ちょ、待ってよ!待ってってば!今明らかに聞こえてただろ!?」
「───…やー、探偵くん。久しぶりだね」
日も沈み始め、怪盗キッドが準備を進めてるからか今日は街が落ち着いてるな、なんてことを考えながら、スウィングしていた少年は、一つの声に呼び止められた。
陰キャながら、とある理由から余裕のある時のファンサを欠かさないベルにしては珍しく、一瞬だけ迷いを見せながらその聞き覚えのある声に応えるように着地する。
「で、なに?サイン欲しいの?」
「ちょっと大渡間駅まで連れてってほしくて!ついでに黒い帽子の男の人見つけてくれたら嬉しいなって」
「……
「…何言ってるかわかんないけど…もしかしたらその偽札を使ってた男が、とある黒い組織に関わってるかもしれないんだ!お願い!」
やってらんねー、と背を向けかけた少年の足が止まる。
「……へぇ、そりゃあまた…」
黒い組織。
比喩だろうか。
比喩だろうな。
腹黒とか悪いことしてる的な意味の黒いだろう。
黒い組織という言葉に反応するかのように、少年の脳裏にいくつかの苦々しい記憶がフラッシュバックし、消えていく。
何もない牢獄のような部屋。
外れない首輪。
毎日行われる人体実験。
血の匂い。
炎の記憶。
黒。
…偶然知り合った子どもが偶然あの組織と関わっているなんて都合のいい展開あるわけないか、と自分のことを棚に上げたベルは沈みかけた意識を切り替える。
「ま、いいよ。どうせ大渡間で働いてるお父さんに荷物を届けてほしいってお使いもお願いされてるし」
少年は背後に背負ったかばんを見せる。
これは事故に巻き込まれて足を骨折した女性に託されたものだ。
そんな説明を聞いてスーパーヒーローがお使いかよ、みたいな顔をコナンがしているが、タクシー扱いも大概だと思う。
「───ついでに届けてしんぜよう」
●
「あーもう、なんでこうなるかなぁ!あんたって仮釈放中じゃなかった!?」
「邪魔するならてめえも潰すぞ!!」
「おっと!」
「うわわ!?」
身を翻す少年が必死に避ける拳には振動波発生装置が施されたガントレットが嵌められており、当たればひとたまりもないだろう。
実際拳がめり込んだ壁にヒビが入り、轟音を立てて崩れ落ちた。
…逃がした人質の子は無事だろうか、なんて心配をしてる余裕もない。
「…なんか前より威力上がってない?改良した?刑務作業で頭良くなっちゃったかな…」
「黙れ!ガキが大人の仕事場に気安く来るから痛い目に遭うんだ!」
「…へぇ、メモっとくよ。あんたをもう一度監獄にぶち込んだあとでね!」
「舐めるな!!」
人間離れしたバネから放たれる飛び蹴りを目の前の危険人物の腹部に当てることで吹き飛ばし、強引に距離を作る。
…コナンが追いかけていた男は小物の偽札製造グループの一人だった。
大胆不敵にも交番の横の新聞社に拠点を用意していたところと、拳銃を用意していたところくらいしか褒めるべきところはない小物集団だと思っていたが、仮釈放中のはずの『ショッカー』が彼女たちの仲間に加わっており、不意をついて襲いかかってきたのは予想外だった。
しかも守るためとはいえ咄嗟にコナンをおぶったせいでいつもより動きづらい。
普通に廊下の方に投げて人質と一緒に逃げてもらえばよかった。
「…探偵くん、死ぬ気で掴まっててね」
「言われなくても!」
距離が離れてるうちにとコナンを背負い直し、身体におんぶ紐のように巻き付けている糸を締め直す。
だが、そのほんの僅かな気の緩みが仇となった。
「これで終わりだ!」
「まっず…」
今まで見せたことのない衝撃波での高速移動という離れ業を見せたショッカーが、反応が遅れた子ども二人を冷徹に見つめ、両手を合わせてハンマーのように振り下ろしてくる。
「新技なんて聞いてないよ!劇場版でもないのに気合い入れすぎじゃない!?僕だってまだパンチキックだけで戦ってるのに!」
それをなんとか回避した少年は、失策を悟った。
一度は回避できても、強引な回避をしたせいで次の攻撃の回避は間に合わない。
下手な防御では吹き飛ばされて、背中のコナンに危険が及ぶ。
「死ね!!」
「今日ほどキャプテン・アメリカになりたいと思った日はないかも!」
なら、迎撃するしかない。
全力の拳で相殺すれば、とりあえず一旦片腕がぐちゃぐちゃになって使い物にならなくなるくらいで済むだろうと、割り切った少年が腰を下げ腕を大きく引き絞る。
「いっけええええええ!」
だが、予想外の助っ人が状況をひっくり返した。
スパイダーマンの背中から飛び降りたコナンが床に散らばっていた缶の一つを蹴り上げ、ショッカーの顎を打ち上げたのだ。
「……ははっ!」
「このクソガキどもがっ!」
蹴り上げられた缶からぶち撒けられた塗料がショッカーの覆面の視界を著しく阻害し、その隙に少年は両腕を糸で拘束して天井へと吊り上げる。
回し蹴り、アッパー、ストレート。
どんどんと加速する少年は、持てる全力を持ってショッカーを叩きのめしていく。
猛攻が終わり糸が千切れ、ふらつきながらも再び拳を振り回そうとするショッカーに向かって、天井に飛び上がった少年が糸の加速を使った蹴りをたたき込む。
───それがトドメとなった。
2階の床をぶち破り、下の階層に叩きつけられ身動きの取れなくなったショッカーを念入りに捕縛しながら、ようやく少年は肩の力を抜く。
「はい、終わり。…そもそもさ、交番の横で衝撃波を放つ拳を振り回して身を潜めれるわけなくない?護衛のためとはいえパーティメンバー間違えてるよ」
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
ついでにパトカーのスピーカー越しの怒声も。
『ちょっとどいて!!どきなさいってば!道を空けなさい!警察よ!!』
『お、落ち着いてください佐藤さぁん!』
『今日という今日は話を聞かせてもらうわよスパイダーマン!子どもがいっつも無茶して何考えてるの!というか誰が後処理すると思ってるのこれ!!ビル半壊してるじゃない!』
…うん、今日も元気でおあとがよろしいな、と慣れた手つきで向かいのビルの屋上に向かって糸を伸ばす少年はコナンの方へと向き直り手を振る。
「じゃ、あとよろしく!」
「あ、ちょ…!まだちゃんとお礼言ってない…!」
「ナイファイ!君ってば僕の右腕の恩人!だからお礼なんていらないよ!学校で自慢していいからね!」
初めて誰かと一緒に戦ったかも、とテンションをあげる少年は心の底から嬉しそうに笑い、呆然とするコナンを背に夜の街へと飛び立つのだった。
●
「シェリー…これが私のコードネームよ…」
その日の夜、阿笠博士から用があると呼び出されたコナンは一つの出会いを飛ばして一人の少女と邂逅する。
「どう…?驚いた?」
十億円事件で姉を強盗としてスパイダーマンに確保され、挙げ句警察署で何者かに殺されてしまった。
「工藤新一くん」
そんな少女との出会いは、江戸川コナンの物語を加速させていく。
黒の組織から来た女でした。
なお、このあとコナンくんたちは原作通り教授の家に向かって殺人事件に巻き込まれた模様。
あと14番目の標的は最後までたどり着くことなく終わりました。
感想や評価いただけるととても嬉しいです。
■ショッカー
原作での本名はハーマン・シュルツ。
しがない銀行強盗で昔からスパイダーマンの敵役として長年登場し続けている。
振動波を放つガントレットとスーツがかっこいい。