米花町には犯罪者が多すぎるって話。   作:ひつまぶし太郎

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応援してくださる皆様のおかげで一瞬だけ新作日間(33)に乗れました。
感謝の平和回です。
あとこの世界で魔女が魔女じゃない理由と、以前少し触れた怪盗キッドが活動するときは休める、みたいな話の説明です。


9/束の間の休息

 

 

すぅ、すぅ、と。

穏やかな寝息が自分のすぐ後ろから寝息が聞こえる生活も、1週間続けば慣れたものだ。

 

初めこそ戸惑いや罪悪感もあったが、懐かれて悪い気はしない。

それに、自分の側にいることが何よりも癒しになると純粋無垢な顔で言われてしまえば、断れるはずもなかった。

 

スコーピオンの一件以来、彼はパトロールに出る前に自分のところで短い仮眠をとってから、街に出ていくようになった。

 

「…ほんと、マスクがないとただの子どもね…」

 

からかうような口ぶりながら、そこには確かな慈しみがあった。

そっと小さくなった自分の掌をすやすやと寝息を立てる少年の頭におく。

絹のような、女性なら誰もが羨むような柔らかい髪に手櫛を通しながら、灰原哀は微笑んだ。

 

その少年は美少年だった。

世が世なら、普通にアイドル事務所にスカウトされるような容姿。

チープな喩えを使うなら、天使のような可愛らしさをもつ少年だった。

 

柔らかな金髪に、透き通った肌、青空をそのまま映したような青い瞳。

普段は穏やかな少年でありながら、一度マスクを被れば人のために命を懸けれるスーパーヒーロー。

 

いや、こんな子からの求愛に心揺れないなんてそれは嘘でしょ、むしろほかのメスに取られる前に押し倒しちゃえよと内なる自分が定期的に囁いてくるのを、哀は努めて理性的に押し殺していた。

自分は決して12歳も年下の小学1年生に邪な気持ちなど抱かない。

 

ちなみに、哀は犬が好きだ。

自分に従順で逆らわず、抱きしめれば温かい、ちょっとアホっぽい犬が好きだ。

自分の匂いを思いっきり吸い込んで顔を赤らめながら、何かを期待するかのように見上げてくるベルの姿が定期的に犬っぽく見えて、いじめたくなる衝動に何度か駆られたこともある。

 

もっとも、彼はあくまで自分が向き合わなくてはいけない罪の結晶だ。

だから、別に、そんな…。

 

「んぅ…」

 

悩ましい声とともに、背中から抱きしめられるように背後で寝ている少年の横に引き込まれた。

目と鼻の先には、哀の温もりを抱き寄せてご満悦な顔をして眠るベルがいる。

 

───え、これやっちゃっていいやつ?

 

 

どこかで、誰かの、大事な糸がキレた音がした。

 

 

 

 

 

 

なんか、唇と首が濡れてる気がする…?

汗かな、そろそろ夏だし、と特に疑問を持たない無垢な少年が夜の街を飛んでいる。

どこぞの探偵が聞いたらバーロー!そんな局所的な汗あるかよ!と突っ込んでくれたかもしれないが、残念ながら少年は現在空を舞っていて、一人だった。

 

眼下では夜であっても眠らない街が様々な色の光を灯していて、少年はその街を眺めるだけの時間が嫌いではない。

 

今日は現金護送車を襲おうとしていた三人組をのした以外、特に問題らしい問題は起こっていないのもいい。

あってもひったくりとか、ボヤ騒ぎとか、迷子の子を親元まで届けたりとか、そんな程度だ。

 

まさに、束の間の休息。

一度街を離れた影響もあって、スコーピオン事件の後も暫くは街が騒がしかったが、ようやく落ち着いたらしい。

 

とはいえ、それが自分のおかげだと自惚れるつもりは少年にはない。

この平穏が、魔女の優しさによるものだということを少年は知っている。

 

 

『怪盗キッドの飛ぶ夜は、街は静けさを取り戻す』

 

 

未来ある魔女の全能力と引き換えに街にかけられたその魔法のお陰で、少年は束の間の休息を挟めるようになったのだから。

 

 

───あれは少年が、まだスパイダーマンになったばかりの頃。

 

壁にぶつかり、地面に滑り落ち、バスの窓に顔が張り付き、ゴミを乗せた船へと落下する。

そんな新米スパイダーマンは、世間の声にもめげずに、むしろ望んで傷つくような戦い方をしていた時期があった。

 

一種の自殺志願者のような、その危なっかしさは小学1年生になる前の少年から日常を遠ざけ、世界から切り離し、本当に一度命を落としかけた。

 

その時の敵がスコーピオンだ。

…彼女の毒で痺れ、ドラッグで頭をパーにされ、慰み者にされてしまったわけだが。

弄ぶのも飽きたのか、最終的にスコーピオンに心臓をぶち抜かれ殺されかけた時に、それは起こった。

 

『■■■■■■■■■■ッ!』

 

…死にかけただけなら、可愛げもあっただろう。

少年が必死に普段押さえつけている怪物が一時的に暴走して、彼を半死半生まで追い込んだスコーピオンを逆に殺しかけたのだ。

 

未熟の極みだった、と少年は猛省する。

スコーピオンはスコーピオンで、あれ以来少年を絶対に殺さなくてはいけない存在として見ている節があるし、前回は結構本気で殺しに来ていた。

身から出た錆とはこのことか、と少年は思ったりもした。

 

2度目の敗北にヒヤリとする場面こそあったが、なんとか乗り切ることができたので合格点くらいはもらっていいだろう。

 

 

ただ、少年の耳には魔女からの忠告がしっかりと残っている。

 

 

『いい?スコーピオンという障害をあなたが乗り越えることができた以上、この先どんどんこの魔法は効果を失っていく。…そもそもあなたがキッドと組んで敵をおびき寄せちゃったからこそ、魔法がほつれ始めたのもあるけど…』

 

 

少年はスパイダーマン。

その小さな身体の中にとてつもない凶暴性を秘めていたとしても、それは変わらない。

 

 

『例えどんなに過酷な未来が待っていても、あなたはスパイダーマン。それを絶対忘れないで』

 

 

変えてはならない。

 

 

そんな決意とともに、少年は街を飛ぶ。 

 

 

「やぁ!そんなに武装してどこに行くのかな?キャンプなら荷物持ち手伝うよ!え、僕のために用意した?そのロケランを…?わぁ、嬉しい!……ねえ、たまには趣向を変えてラップバトルとかしない?」

 

 

米花町の夜は長い。

だが、その日の夜はとても穏やかなものだったと言う。

 

悪党の悲鳴と、スパイダーマンのウェブの音。

それに怪盗キッドを追いかけるパトカーの音と、怒鳴り散らす警部の声。

あとご主人様の匂いと温もりを補給してテンション爆上げスパイダーマンの無駄に元気なジョークの声。

 

「もしかして空振りの練習でもしてた?あ、ちなみにさぁ、僕の履歴書ってウェブデザイナーって書いても嘘にならないよね?ねえほら笑ってよ!はい、チーズ!」

 

 

まるで、何か大きな事が起こる前触れのような静けさだな、と少年は思った。

いや今日は普通に五月蝿えよ、と名探偵は思った。

 

 




今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。
もしよろしければ、作者が溺れるくらい感想や評価、あと評価とか評価とか評価を頂けるととても嬉しいです(乞食)。
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