ただ人でありたくて   作:メめ

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二十六話 獣は獲物を逃さないらしい。

 

 

 

 ベッドの上で気持ち良さげに寝るテレジアちゃん。疲れが溜まっているのか。それとも、室内という安心空間にいるからやろうか。

 テレジアちゃんが寝るのはすこぶる早かった。

 

 ベッドの上で何やら笑みを浮かべたと思えば眠りに落ちた。めっちゃ早かった。

 

 アルファちゃんから渡されたメモ帳を開く。中身は暗号化された古代文字。解き方は数字で記されている。

 

 ……成る程ね。〝夜にまた会おう〟、〝窓を開けて待て〟ね。時間の指定は……ああ、これか。なるほど、解き方と時間の表記を同じにしたんか。手の込んだことすんなぁ。

 クレール兄から古代語教わってよかったわ。……あん時、教えたがらなかったんは本当に善意だったんやろうなぁ。……本当に、ボクの家族には感謝が尽きんわ。

 

 部屋の窓を開けて風を迎え入れる。

 少しひんやりとする秋の夜の風。慣れた気配を感じて数歩下がれば、彼女は窓枠に座っている。

 

「久しぶり、ヒツギ」

「おん。久しぶりやな。元気しとったか。ゼータちゃん」

 

 何やら少し嬉しそうで、少し機嫌の悪そうなゼータちゃんがやってきた。

 

「始めに来たんがアルファちゃんやったし、てっきりアルファちゃんが来るんかと思っとったわ」

「アルファはやることがあるから変わってきたんだ。それに、気になる子もいるしね」

 

 気になる子。ゼータちゃんの視線の先におるのはぐーすかと無警戒で眠るテレジアちゃん。こんな無警戒でも生きていける。そんな温室におった子やからやろう。本当に最低限の警戒しかしない。ボクはキミの将来が心配やで。

 

「ある程度知ってると思うけど、その子についての情報は必要?」

「おん。ある程度、プロフィールぐらいでええよ」

「わかった」

 

 ゼータちゃんがボクを座らせて隣に座る。尻尾がボクの手首に巻き付いて尾先が揺れて腕をくすぐりはじめた。

 

「今は私とヒツギの後ろで寝ているのはテレジア・ミネルヴァ。ミガルド王国の三公爵の一家。ミネルヴァ公爵家の令嬢。十三歳。箱入り育ちではあるみたいだけど、剣の腕は確かな様だ。若くしてブシン祭に出場して本戦で三回戦まで突破している。剣を扱う技量だけであれば優勝者であるアイリス・ミドガルにも劣らないだろう」

 

 そういえば、ボクのクレイモアを貸した時。重さで少し手間取ってたけどすぐに使い慣らしとったしなぁ。

 基礎の強い魔剣士ってタイプかね。でも、慣らしの速さとしては才能もあるタイプやな。

 

「彼女の父は、ミガルドの【賢人】の異名を持つ公爵。レイブン・ミネルヴァ。年齢は三十八歳。考古学者であり、歴史小説家でもある。剣の名手でもあるが、銃の早撃ちも得意だそうだ」

「ほーん。なかなかの才人やんな」

「ああ。そして、今のところ教団との繋がりは見られない。完全にいないわけではないみたいだけど、レイブン・ミネルヴァの側近には誰一人居ない。この意味がわかるかい?」

 

 権力者であるにも関わらず、教団と繋がりがかなり薄い。そして、側近に誰一人関係者がいない。となると──

 

「……意図的に教団員を避けとる可能性がある。となると、公爵はディアボロス教団の存在を知っている?」

「そうだ。その可能性がある」

 

 考古学者であるなら古代文字も読めるんだろう。そして、ディアボロス教団のことを知っている可能性もある。

 

「……となると、そもそもディアボロス教団の団員か。それとも、知っていて避けとるのか」

「どちらもあり得る。そこが怖いところだね」

 

 どっちつかず。どちらともいえない。

 力を持った巨大なグレーは手が出しにくい。

 

 シャドウガーデンは、陰に潜み陰を狩る者。裏社会に潜む奴なら狩の対象だが、それ以外は対象外。無差別テロリストにはならない。なってはいけない。なるというなら、全力でボクが止めに入る。

 どれぐらい全力かと問われれば、シドと相打ち覚悟でシドのことを殺しに行く。そうなれば余波で近くに控える射程内のガーデンメンバーは全滅するやろうし、場所によっては国が滅びそうやけど。最大数の犠牲を出さんための犠牲や。割り切ろう。

 

「レイブン・ミネルヴァは子煩悩な人とも噂されている。それを真実がどうかを判断できるのは、彼女の近くを見ているヒツギだろう」

 

 左手首に巻き付いては離れて、逆巻きに巻き直される。

 ……そろそろ指摘してもええんやろうか。

 いや、でもなぁ。

 

「……せやなぁ。四日ぐらい。もう五日近い付き合いやけど、箱入り。かなり大切にされとんのはわかるわ」

「へぇ。どの辺が?」

「まずかなりの甘ちゃん。理想主義者や。人は殺したくない。悪人であっても、自分を殺しに来る様な極悪人であってもトドメはささんやろうなぁ。捕虜は殺したくないし、できる限り正規の手を使って対処したい。まるで、正義の味方を目指しとる様な子。一昔前の美しい騎士道精神の持ち主やな」

 

 変な気を起こした拘束済みの盗賊でもテレジアちゃんは刃を抜かなかったし、向けること良しとはしなかった。

 自分に襲いかかる盗賊の武器を破壊し、戦意を削いで勝利する。

 正義の味方でも目指してるのか。それとも、人の悪性を知らないのか。……盗賊に捕まってですらこれやしなぁ。悪性を知った上で、理想を掲げとるんやろうなぁ。

 

「まあ、まっすぐで眩しい子よ。……ボクには直視出来んわ」

 

 ボクは人の善性を知っている。そして、人の悪性も知っている。

 他人は思ったよりも他人を見ていないことをしっているし、他人は思ったよりも他人を見ていることも知っている。

 

 そして、人は善意だけで破滅を呼ぶことができるということを、痛いほど理解している。ただの善意。優しさだけで、人の精神を破壊し尽くすことができることを、ボクは知っている。

 

「信じる正義のために身を滅ぼせるタイプの人間。ある意味、シドの同類や」

「どういう意味?」

「シドはな。ストイックなんよ」

 

 シドは超絶ストイック。

 なりたい者のために。理想のためにやれることを全てやる。理想のためなら対価を惜しまない。全てを切り捨ててでも、理想のために走り続けられる。そんな奴や。

 

「成したいことのためならなんだって準備する。なんだって備える。自らの理想のためにな」

 

 シドの理想である『陰の実力者』になるために、シドは前世から己が肉体と技術を鍛え続けている。そのおかげか、今こうして陰の実力者的な動きをしているわけや。

 

「それが出来る奴は凄いわ。ボクには出来んからな」

「ふーん。……でも、甘ちゃんってのはヒツギも人に言えないと思うけどね」

「テレジアちゃんと系統は違うけどな」

 

 ボクの優しさは基本的に仏さんと身内に対してだけ。世界のどこかで誰かが不幸に見舞われて死んだところで、ボクはなんとも思わない。

 せやけど、知ってる誰かの不幸は出来る限りのことはしてやりたい。ただそれだけの人間。

 

「いや、同じだよ。だって、ヒツギは私が知る中で一番の甘ちゃんで、孤独な人だからね」

「……それ貶してない?」

「いや。結構高評価だよ。ヒツギは誰に対しても平等さ。目の前にいる人に対しては常に平等。そして、その亡骸が誰のものかなんて気にしない。それを優しいと言わずしてなんと言うのか、聞きたいぐらいだよ」

「別に。ボクが嫌だからやってるだけやで」

 

 優しさもあるけど、それ以上の意味はない。ただボクがやりたいからそうしとるだけ。

 仏さんは弔いたいし、死んだ者への敬意と慈悲は捨てたくない。せやから、ボクは骨壷を納骨堂に置いとるんやぞ。いつか遺族の元に帰してやれるように。ボクが殺した人らを覚えておくために。

 

「まあそういうことにしておくよ」

「そういうこと以外に理由はないけどな」

 

 話は一旦この辺でおしまいか。ちょいと長く話してしもうたなぁ。

 

 ゼータちゃんの尾先が左腕を撫でながら筋肉の流れをなぞって行く。とてもくすぐったい。

 

「ゼータちゃん」

「ゼータでいいよ」

 

 なんで急な名前呼び? 

 

「ゼータち「ゼータでいいよ。ヒツギ」……」

 

 珍しいなぁ。こういうのでゼータちゃんが食い下がってくんの。

 そんなに名前で呼んでほしいなら、別に構わへんけどさぁ。

 

「ゼータ。これでええか」

「うん。それで、なにかな?」

 

 ちょい満足か。……尻尾はボクの手首離してくれんけど。

 

「最近どうや。ちゃんと飯食うとるか? 寝れとるか? 体調悪くしとらんか?」

「親みたいなこと言うね」

「そら心配だからやで。世の中、親やなくても大切な子らのことはいつだって心配なんよ」

 

 研究に没得しちゃうイータちゃんとか。

 何かと暴走気味のデルタちゃんとか。

 何もないところで転んじゃうガンマちゃんとか。

 自分の成長に悩んでるイプシロンちゃんとか。

 アルファちゃんは優秀やけど、キミらを率いるのに疲れてたりするかもしれんし。

 ベータちゃんは生理的に人殺すんに抵抗あるから、精神すり減らしとらんか心配なんよ。

 キミは特に心配やなぁ。ゼータちゃん。

 

「何が心配なのさ」

「ゼータ。キミはいろんなところ行くやん。そら悪い虫が着かんか心配なんよ。あとは風土病とか」

「そんな心配。わざわざしなくてもいいと思うけど」

「何を言うとんねん。ゼータは別嬪さんなんやぞ。男なんてみんな狼さんなんやから、気をつけなあかんのやで」

 

 ゼータちゃん。キミ、見た目はいいんだから服装は気をつけなあかんで。

 そんな胸の開いた服をボクは認めんで。ママはそんな破廉恥な服をゆるしまへん! 

 

「へぇー。みんなデルタみたいになるのか」

 

 そこまで本能に忠実になるわけやないと思うけど。いや、一部の人らはそうなるやろうなぁ。

 

「……そうやで。せやから、服装は気をつけな「それなら、大丈夫」なに?」

「私も猛獣なんだ。逆に仕留めて見せるさ」

 

 ……そう言うわけやないんやけどなぁ。

 キミも、たまに脳筋になるよね。

 

「それに、私は初めからずっと狩る側なんだ。今更、他のハンターに遅れなんて取らないさ」

「…………そかー」

 

 そう言うわけでもないけど……。ん? 

 

 ゼータちゃんが首に近付いて……いった! 

 

「だから、獲物にはマーキングしておかないとね」

「……」

 

 首に噛みつかれた。あと耳元で囁くんやありません。よくない夢を見てまうやろ。

 

「マーキングならさっきからずっとやってますやん」

「ヒツギはお人好しだから、きっと目の前で何も知らない一般人の助けを求める声を見なかったことには出来ない。だから、私は心配なんだ。ヒツギが誑かされてないか」

 

 キミもアルファちゃんみたいなこと言うやん。そんな見境なしに拾ってるわけやないで。拾えるから拾ってるだけや。

 

「安心せい。ボクは誰のものにもならん」

「それはそれで思うところがあるけど……」

「わがままなやっちゃなぁ」

 

 まあええけどさ。

 

「話がかなり逸れたけど、これからどうするんだい」

「どうもせんよ。約束通り、テレジアちゃんを公爵の所に送っておしまい。そっからなんかあれば、そんときのボクがなんとかするやろ」

「行き当たりばったりってことね。対策とかは?」

「未知の相手に対策も何もあらへんやろ」

 

 ゼータちゃんの頭を撫でる。

 年齢はボクよりも一つ二つ上のお姉さんやけど、キミも女の子やしな。まだ前世のボクの方が年上やから可愛がられときや。

 

 それからしばらく、ゼータちゃんの頭を撫でて過ごした。

 

 あー、やっぱり猫を撫でとると気分でええなぁ。たまに撫でられに来んかなぁ。猫は猫でも、ゼータちゃんは豹やけど。

 

「……あまりにも無防備だから、私だって心配になる。本来、首は急所なんだ。私が近づいた時点で警戒もしない」

 

 なんかしおしおしてんなぁ。

 

 でも、首に関してはある意味ゼータちゃんが特別なだけなんやけどさ。

 

「いつでも無防備なわけやないで。相手がゼータやからな」

「すぐ歯の浮く言葉を言う」

「そんなつもりはないんやけどなぁ」

 

 ゼータちゃんに特別好意があるとか、そうなんやなくてな。

 

「……ボクは、──やっぱり。何でもあらへんわ」

「切られると気になるんだけど」

「気にせんでもええで。すまんけど、忘れたってや」

 

 ゼータちゃんになら、そのまま殺されてもいい。

 そんなこと言ったら、重くて引かれてまうわ。

 

「ああ。後、ヒツギと彼女をつけ回してる四人はこっちで勝手に処理させてもらうよ」

「仏さんはどうする気や?」

「聖教会の前にでも積み上げて置いておくよ。それなら、いやでも弔わないと信者達に不信感を抱かれるだろうし、昼の意趣返しにもなるでしょ」

 

 意趣返しにはなるかも知らんけどさぁ。……ディアボロス教団関係の聖教に金落とすのは癪やけど、弔い費用として寄付金でも入れてくるか。

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