ただ人でありたくて 作:メめ
ミドガル王国王都。
ミドガル王国にあるものなら大体なんでもある、王国の主要都市。
王国貴族と一部の平民が十五歳になれば通うことになる魔剣士学園やら学術院が存在し、ボクの元婚約者であるクレア・カゲノーは魔剣士学園に入学し、在籍している。
なんだかんだ初めての王都やけど、広いし人の気配が多すぎて気分が悪くなる。
やはり、ボクに都会は合わん。人の気配の多さで気分悪いわ。
王都は大物貴族の邸宅が存在していて、ボクのやって来た屋敷は王都に住む貴族達の上位に位置する屋敷。
めちゃくちゃ広い庭。手入れの良く行き届いた中世ヨーロッパ風の庭造りに、古き良き荘厳な雰囲気の屋敷。
磨かれた石畳や植えられた花。庭の中心部にある噴水。あまりにもボクの服装の場違い感。
そして、巧妙に隠されているだろう殺気と警戒の視線。それを気にも留めないテレジアちゃん。
「ヒツギさん、ようこそ私の家へ!」
「……」
緊張っちゅうか、胃が痛い。視線は五つ、全部屋敷の中からやな。
興味よりもかなり強い警戒。まあ歓迎されとらんのはわかる。
自分の仕えるお嬢様がどこの馬の骨かもわからん奴を連れてきたらそら警戒するよなぁ。
『あの者は?』『わからない。お嬢様が王都に入った頃から常に一緒であることはわかっています』『旅の者でしょうか』『だろうな。荷物入れのセンスは疑うが』
好き放題囁かれてんなぁ、ボク。まあ、しゃあないんやけどさぁ。
「ヒツギさん?」
「……なんでもありませんよ」
顔に出とったか? 変に気ぃ使わせるんは悪いし、顔とか声に出さんようにしておかんとな。
「おかえりなさいませ。テレジア様」
「ただいま帰りました」
「当主様が執務室にて帰りをお待ちです。……そちらのお連れの方は?」
「アッ。えっと……」
「私に助けを求めないでください。……困っていた所を助けました。あまりにも世間知らずそうだったので心配になって勝手に護衛をさせていただきました」
「なるほど。かしこまりました」
使用人さんが玄関の戸を開けてテレジアちゃんが中に入っていく。
さて、護衛は終わったし。ボクは早々にお暇させてもらいましょうかね。
「お待ちください。善意の護衛の方」
「……なんでしょうか?」
「旅でお疲れでしょう。どうぞ中へ」
えー、ボクとっとと去りたいんやけど。まだキャンプしたいんよ、ボク。まだ色々歩いて見て回りたいー。
「善意の旅人を無碍に扱うなど、レイブン様がお許しにはなられないでしょう」
「貴族としての面子があるから入って欲しい、と言うことでしょうか」
「はい」
なるほど。まあそれもそうか。
相手が誰であろうと、貴族の血を引く者を助けたんだから何かしらもてなさないといかんのか。……やっぱ、貴族っちゅうんは大変やなぁ。ボクには向かんわ。
「中へお入りください。応接室までご案内いたします」
屋敷の中へ招かれて中へ入る。
高そうなツボにシャンデリア。床は金糸で縁取られたレッドカーペットが敷かれている。床は磨き上げられた大理石のタイルやろうか。
ボクは美術品とか工芸品に詳しくない。と言うか、対して興味がない。
せやけど、全部高価なもんなんはわかる。
流石は王国の大貴族様やな。
「どうぞこちらへ」
「……」
薄汚れたローブマントに、葬棺を背負ったボクってやっぱり不釣り合いっちゅうか。場違いっちゅうか……異様やな。
中に入れば人の目も増える。変な目で見られるんも、疑いの目も多少は慣れてきたと思っとったんやけどなぁ。視線が不快やわぁ。
────────────────────────────────────────
応接室は別館にあるらしく、そこそこ歩いた。
中庭も手入れされとって、なかなか綺麗な屋敷やと思う。
別館の館内はとても広い。
これまた床は大理石で、高そうなカーペットが敷かれとる。これも貴族としての権威の見せ方なんかね。
「どうぞお入りください」
「……本当に応接室なんですか。ここが」
「はい。当家、ミネルヴァ公爵家の応接室はこのようになっております」
この広さは応接室言うんやなくて、応接間なんやないか。
広い部屋。ボクの実家のロビーぐらいの広さ。奥行きはわからん。正確な数字もわからん。でも広い。
その部屋の中心あたりにテーブルと机が置かれている。部屋を取り囲むように配置されとる騎士甲冑。
そして、不自然な人の気配。
人がおる気配はする。でも、人はどこにもおらん。時折視線も感じることができるけど、どっから見られとんのかはわからん。……いんや、一つはわかる。
「中へどうぞ」
「……」
使用人さんが中に入って待っとるし、一旦大人しく中に入ろう。
応接室に入って高そうなソファーに座るよう促されてから座る。
座り心地はええけど、少し深く座らんとあかん奴やな。その分重心が後ろ行くから不意打ちに気をつけなあかん奴やな。
「お荷物はこちらでお預かりさせていただきますが、よろしいでしょうか」
いや、よくはないが?
隠されとるとは言え、ほぼ敵意だらけの場所で武器を手放せと? 何アホなこと抜かしとるんや?
でも、ここで武器を手放さなかったら警戒強くなるんかなぁ。こっちの敵意がないことを示さんと余計にめんどそうな気がすんなぁ。
……最悪、逃げればええし。逃げ回るんだけは得意やしなんとかなるやろ。どうにでもなれ! 南無三精神は大切。
「大切なものですので、粗末に扱わないようよろしくお願いします」
「はい。お荷物の中を拝見することはございませんので、ご安心ください。……これは、カバン代わりでしょうか」
「そんな所です。野宿をする時に中で寝ればかなり静かですし、頑丈ですので野生動物に襲われる心配もありませんので」
「なるほど。寝袋的な役割もこなせる便利グッズというわけですか」
まあ、メイン用途は武器兼盾と護送やけどな。
「重たいですね」
「頑丈に作る際、素材の影響で重くなっていますから」
「……なるほど」
誤魔化しはこんなもんか? 誤魔化せてるかわからんけど。
「では、レイブン様が来るまでもうしばらくお待ちください」
重たいとは言っとるけど、普通に持ち上げて部屋の隅へ行く使用人さん。……そう言えば、テレジアちゃんにクレイモア貸したままやなぁ。後で。生き残れたら返してもらおかね。
少しして使用人が三人ほど入ってきた。武装はしとらん。持ってきたんは紅茶とクッキーやろうか。
「お待ちの間、紅茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
確か、一杯は飲むのが礼儀やったか?
注いでもらった紅茶を口に含む。……熱い。火傷までは行かんけど熱い。
「お熱いのでお気をつけください」
「……」
言うのが遅いて。まあ、ええけどさ。別に火傷したわけやないし。
茶請けも数個食べるのが良いて言われたし、食べとくか。バターの香りがするし、甘味が少し強い。紅茶が無糖っぽいし、紅茶と合わせて食べればええんかね。
ボク馬鹿舌やからあんまり違いがわからんけど、安心する味やわぁ。
「美味しいですね」
「左様ですか」
「……」
会話がないなぁ。まあ、警戒されとるし当然か。
しばらく。大体三十分ぐらい経ってから戸が開かれる。
ワインレッドの髪をオールバックにした中年の男性。
鷹のような鋭い金色の瞳がボクを一瞥して前までやってくる。
「初めまして、私はレイブン。ここ、ミネルヴァ公爵家の当主をしている。此度は娘がお世話になったみたいだね」
右手を左胸に当てて礼をするミネルヴァ公爵。
ボクは、パパンから教わった敬礼をする。大抵の偉い人にはやっていて損はないと言われたし、なんとかなると思いたい。
「お初にお目にかかります。ミネルヴァ公。私はヒツギと申します」
片足を退いて膝を落とし、腰を曲げて左手は左胸につける。右手は横に伸ばして手のひらを上に向ける。完全には膝を落としてはない。
完全に膝を落として床につけるのは、王が相手。自分の仕える者にだけと言う決まりがあるらしいから。
「ほぉう。これは珍しい敬礼だ」
「……」
あっれー? これ間違い? パパン、ボクを騙したんか!?
「ふふ。やはりか」
なんで笑っとるんです!? 怖いやんか。肝がキンッキンに冷えてまいますぅ。
「ああ、すまない。久しぶりにその敬礼を見てね。懐かしさに浸ってしまった」
「……そうですか」
「さあ、座りたまえ。少し、君から聞きたいこともあるんだ」
促されるままソファーに腰掛け、ミネルヴァ公爵がボクの対面のソファーに座る。
「実は言うと、私は君のことをそこそこ知っていてね」
「……と言いますと?」
「そうだね。君の出自を知っている。と言っておこう」
「なるほど」
ああ、この人はパパンの関係者。っちゅうことは、個人的なつながりか。教団か。
パパンの友好関係はわからんけど、こないな大物と知り合っとる気がしない。
となると、この男はディアボロス関係者。
「改めて自己紹介をさせてもらおう。私はレイブン・ミネルヴァ。君の父、ヨアシュ・カソウの古い友人だ」
「……そうだったんですね」
「ああ。信じてくれようと、くれなかろうと。君の父と私は友好関係にあった。それだけ知っていてほしい」
自称パパンの知り合いは、紅茶を一口飲んだ。