ただ人でありたくて   作:メめ

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二十九話 古い古い御伽話

 

 

 

『せっかくだ。恩返しとして我が家の一室を貸し出そう。王都に滞在中は好きに使いたまえ』。なーんてことを言われて滞在五日目。

 

 王都は見て回れる場所が多い。大体の美味いもんはあるし、ボクの住んでる田舎とは違う発展した街感はある。

 ……あるんやけどなぁ。

 

 悲しいことに排気臭い。

 蒸気機関車が通っとるからかね。それとも、田舎で生活し過ぎたからやろか。蒸気機関車の排気臭い。やっぱ前世から都会住み向いてないんかね、ボク。

 

 貸してもらってる部屋の隅にあるボクの荷物。

 えらい高そうな着替えやらなんやらがあるけど、ボクは採寸した覚えがない。いつのまにか採寸を取られとった。

 全部デザインはシンプル。せやけど、生地がええもんばっかで貧乏性のボクは着れん。っちゅうか着たくない。恩人相手の待遇やし、そんな着てどうこうなることはないやろうけど。あんまり着たくない。

 

 排気の臭いが気になってあまり外出る気にもならんから、朝は柔軟して剣振って。汗流してミネルヴァ公爵の書斎で本を借りて読んどった。

 あとは、厨房にお邪魔して料理作ってるん見てたり。テレジアちゃんとお茶したり。テレジアちゃんの剣の鍛錬見たり。軽く教えを請われたから、近接格闘のやり方を教えてたりして過ごしとったりと、かなりのんびりとした四日間やった。

 送っとる最中は尾行されたり、それを振り切るために走ったりしとったからなぁ。まあ、その尾行してた人らの内数人はミネルヴァ公爵の部下やったんやけど。

 一応確認したら、全員生きとるとのことなので、殺してたりはしていない。

 

「ほう。そこに置くのか」

「さっきの返しですよ」

「なら、ここはどう返す」

「そこに置かれたなら、とりあえず引くしかないですかね」

「わかりやすい誘いには乗らないか」

「ええ。今この駒は取られるべきではありませんから」

 

 そして今は、ミネルヴァ公爵と盤上の駒を進めて遊んでいる。ルール的にはチェスが近いが、手持ちの駒を使って戦略を練るのは将棋や囲碁に近いものを感じる。

 

 将棋も囲碁は田舎の爺さんたちと良くやっとったし、そこそこ打てる。チェスに関しては出来る人が近くにおらんかったから、やりたくなったらAIと打っとった。勝てたことないけど。あいつ強いんよなぁ。

 

「かなり打てるようだが、ヨアシュとやっていたのかね」

「いえ。公爵様に教えられるまでは存在を知りませんでしたので、今日が初めてですよ」

「なるほど。才能。いや、ヨアシュと同様、理解が早く。ある程度は、合理で動けると言うわけか」

「父は強かったんですか」

「ああ。彼も強かった。私は負けず嫌いでね。ヨアシュに勝つために一晩考え抜いたこともある。でも、彼は勝ちにこだわらない人だったからね。張り合いはあまりなかったよ」

 

 ミネルヴァ公爵は、ボクがパパンとよく似ていると言っとる。なんでも、所作の一つ一つがパパンの動きの癖と似ているんやと。

 

 初めて会った時の敬礼は、ボウ・アンド・スクレープと呼ばれる礼儀作法の派生型。帽子や杖を持たない限り、今では水平に伸ばされる左手は貴族が増えたことにより省略されて行われることが多くなっていき、その結果簡略化されることが増えて来た御辞儀。

 古い貴族達。格式の高い貴族の間ではいまだに簡略化されることなく使われることもあるが、若い世代は簡略化している者が大半なのだと言う。

 

 パパンは律儀で元々人への礼儀の使い分けるんが上手ではないらしく、とりあえず誰に向けてもその礼をしていたと言う。せやけど、パパンの礼には癖があるんやと。

 

 礼の際に本来なら左腕で円を描くように回してから礼に入るんやけど、パパンの場合腕を回さずに本来腹辺りでもええ筈の手の位置が左胸辺りへ置かれ。右腕は水平にし、肘下を上から下ろすよう掌を上にしてお辞儀をする。

 

 そんな敬礼をするんはパパンのみらしく、パパンの知り合い貴族。患者達の間では代名詞とも言える所作になっとるらしい。

 そして、パパンの助手さん。見習い医者だった人ら。パパンが自分が医術や医学を教えた医者として認めた人らに、この礼のやり方を教えておるんやと。

 

 せやから、若くてこの礼の出来る人はパパンの血族だけ。パパンは才能だけの人を医者と認めん人らしいんで、自動的に身バレしたわけや。まあ、そもそも。白金色の髪に緋色の瞳をしとる人らがそもそも少ないから、それも合って確信に至ったらしい。

 要は、ボクは知ってる人からすれば身バレ要素の塊っちゅうわけやな。

 

「それで、例の件は考えてくれているかね」

「考えていますよ。ご好意は大変嬉しく思います。しかし、私の意思は変わりません」

「そうか」

 

 ミネルヴァ公爵はそう言って駒を詰めて──げっ。

 

「迷いは敗北を呼ぶ。しかし、迷えるのは若い内だけだ。多く悩み、多く考え、多くを経験し、多くを学びなさい。詰みだ」

「……参りました」

 

 あれこれ悩んだら負けてもうた。勝負事の最中に考え事はするもんやないね。

 

「まだ存分に考えるといい。いつまででも待とう。我々ミネルヴァ公爵家は友人であるカソウ男爵家の末裔であるヒツギ・カソウへ可能の限り手を貸そう。そう約束しているのだから」

「……それは嬉しい限りです」

 

 ここへテレジアちゃんを届けた日の夜にレイブン・ミネルヴァ公爵に言われたこと。

 それは、ボクを養子縁組の提案。

 

 家同士の古い付き合いのあるカゲノー男爵家に居るよりかは、ウチに来ないかと。ボクが医学や薬学を学ぶにはカゲノー男爵家よりもミネルヴァ公爵家の方が書物も多く、教師を雇う財力があると言うのもあり養子に来ないか、と誘われた。

 

 でも、ボクとしてはカゲノー家に恩があるから離れたかぁない。それに、ボクは都会よりも田舎に住んでんのが性に合っとる。

 

「時間だ。私はこれから執務の時間になる。何か用があれば執務室に来てくれ。書斎の本は好きに読んでくれて構わない」

「わかりました。お邪魔させていただきますね」

 

 ミネルヴァ公爵が後ろに従者を連れて部屋を出て行いった。ミネルヴァ公爵が部屋からいなくなれば、ボクの部屋のすぐ近くにあった複数の人の気配も離れてなくなる。

 警戒対象からは外れたみたいやけど、公爵も大変やね。こんな生活になるならボクは貴族なんてやりたぁない。

 

「さて、本を借りにいくとしましょうか」

 

 ミネルヴァ公爵の書斎は好きに出入りしていいように言われとるし、また適当に伝承とか読ませていただきまっかね。この世界の伝承、御伽話は創作ではなく。昔あった事がそのまま御伽話として受け継ぎ、語り継がれているものが多く存在しとる。

 そして、大体古代文字で書かれているものが多く、古代文字は教団関連の文献も書かれることもある。

 ミネルヴァ公爵も読める様だし、それで教団の存在は知っていたんだろう。

 

 手紙伝てでゼータちゃんとかアルファに探らせてもらってはおるけど、裏はまだわからん。政治家は芋蔓式にバレることもある。けど、大物政治家の裏事情を暴くのは容易やない。

 ボクはまあ、……変に疑われん様に立ち回って目欲しい情報でももらおうかね。

 

 ……ホンマに、なんで仕事しとんのやろな。ボクはただキャンプしたくて、新しい納骨場所探しとるだけやのに。ため息がでるで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 書斎で本を物色する。

 考古学者。歴史小説家なだけあって歴史書や伝承系の本は大量に蔵書されとる。

 

「本を読むの、お好きなんですね」

「そうですねー。……色々書いてあって面白いですよ」

 

 昔の人の生活雑記だったり。神話だったり。詩集だったり。欲しい情報のものじゃなくとも、古代文書も昔の人たちの生活が見えて面白い。

 

「私も古代文字読めるんですよ」

「ミネルヴァ公爵様からお教えしてもらったんですか?」

「いえ、その……お父様は古代文字はあまり教えたがらず……」

 

 まあ、だろうなと思う。なら、テレジアちゃんは一体どうやって古代文字を習得したんやろうか。

 

「では、独学ですか?」

「はい。……お父様の書斎に学習用の翻訳辞典がありまして」

「……ああ、なるほど。辞典を読みながら読んでいたら読める様になったと」

「はい!」

 

 この子天才か? 

 

「どうしても読みたいお話があって……その……。あっ、お父様に内緒ですよ?」

「秘密はあまり人には話さものじゃないですよ」

「ヒ、ヒヒヒツギさんだけですよぉ〜。……でも、秘密。教えちゃダメでしたか?」

「……」

 

 そんな純粋な目でボクを見んでくれ。キミみたいな子があまり近くにおらんからあまり免疫ないんよ……。

 

「……いいと思いますよ。私もそこそこ口が硬いので」

「ありがとうございます!」

「そんな感謝されることなんてしていませんよ」

 

 そんなことに感謝されたってボク困る……。何も礼言われる事しとらんて。

 ホンマに君の将来が心配や。

 

「えっと。確かこのあたりに……わぁっ!」

「おっと、……大丈夫ですか」

「は、はひぃ」

 

 本棚に手を伸ばして本を手にかけ、そして取り出そうとしてバランスを崩して転倒。……ガンマ見たく運動に対する才能が絶望的にないわけやないんやけどなぁ。

 戦闘になると重心も体の動きも常に安定しとるし、運動能力が皆無なわけやないけど。……なんやろ、このドジっ子感は。

 

 ボクが倒れるテレジアちゃんを支えれば顔が真っ赤になって行く。あまり触れてるのはよした方が良さそうやな。

 

 とりあえず、ゆっくり立ち直らせてっと。

 ……ん? 

 

「この本は?」

「あっ、その本! その本です!」

 

 かなり古そうな本やな。……文字が掠れててタイトルがわからん。

 

「この本は遠い昔に龍と金豹族の巫女の御伽話なんですが、とてもロマンチックなんですよ!」

「……ふむ。龍と巫女の」

 

 前世でも割とラブストーリーとして強大な異種族同士の薄い本は割とあったし、この世界でも変わらないんやろか。……でも、御伽話っちゅうことは。

 

「この本、お気に入りなんです! ヒツギさんも是非!」

「テレジアさんのお気に入りですか……。わかりました。読んでみる事にしましょう」

 

 何か教団関係だったり、世界の未知に迫れるかもしれんしな。

 

「是非是非! 読み終わったら感想を聞かせてくださいね!」

「はい。私が読み終わったら感想会でもしましょうか」

 

 感想会という名の考察会しよな。こういうんは考える頭数は多い方がええからな。

 

 さてさて、これから忙しくなるでぇ〜。

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