ただ人でありたくて 作:メめ
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あるところに龍がいた。
紅蓮を灯す龍がいた。
龍は滅びた都に住んでいた。
龍はとても強かった。
その咆哮は大地を揺らし、
その吐息は天を焦がす。
如何なる武器も龍を傷つけることは叶わなかった。
龍に挑む者は多かった。
しかし、龍に傷をつけられる者はいなかった。
龍は退屈だった。
気まぐれに起き、
気まぐれに寝る。
いつしか、龍の住む地に一人の娘がやってきた。
ただ迷い込んでしまった若い娘。
白の毛を持つ獣人の娘。
白の毛を持つ獣人の娘は龍のことを知らなかった。
龍も白の毛を持つ獣人の事は知らなかった。
白の毛の獣人は傷を負っていた。
龍はその傷を見て暖かな灯でつつみ、その傷を癒した。
白の獣人は言った。
「我は誇り高き金色の豹。この恩は忘れるのとなし」
白の獣人は龍へ恩返しをするようになった。
龍にはどうでも良かった。
白の獣人は龍の住む滅びた都へ足を運び、居着くようになった。
朝になれば水を汲み、
夜になれば焚き火を起こす。
龍は食事を必要としなかった。
それでも白金の獣人は果実を運び、
狩った獣を並べ、
獲った魚を捧げた。
「何の真似だ」
龍はそう怒った。
しかし、白の獣人は真剣な眼差しで龍を見る。
「恩へ報いるため。これは、敬意。これは恩へ報いるべくモノ。怒らせたのでれば謝ろう」
白の獣人の言葉に龍は黙って息を吐き。白金の獣人の供物を焼き払う。
龍は礼儀など知らない。
しかし、捧げられたモノを無為にする程に無関心ではない。
「我が供物を受け取ってくれたのか」
白の獣人は喜んだ。
白の獣人は来る日も供物を持ってくる様になった。
龍にはどうでも良かった。
──────
白の獣人の身にはいつでも火傷があった。
皮膚が焼かれ、赤く爛れている。
龍はいつもその傷を癒していた。
故に気になった。
何故、この者がいつも火傷を負っているのか。
白の獣人は答えた。
「我が身は陽光の下を歩けず。吸血鬼のように肌が焼けてしまう」と。
それを聞いた龍は己が魔力を高め、白の獣人へ、その一部を分け与えた。
「これは我が力。我が吐息。此の炎の限り。汝の身が熱を感じる事はあれど、炎に焼かれる事はない」
白の獣人は龍の火を受けた。
それを見て龍は尋ねた。
「我が友。汝の名を申せ」
白の獣人は答えた。
「金を持たぬ忌み者にその様なモノはない」と。
その答えに龍は短い息を吐いた。
息の中にある熱を感じる事はあれど、白の獣人はその息で燃える事はなかった。
「炎の龍たる我が汝へ名を与えよう。汝は此度より火を注がれた者と名乗るがよい。我が炎を受け入れたのだから」
白の獣人はその日より、火を注がれた者を名乗る様になった。
そして、その炎を用いて先祖へ恥じない癒し手となり。
その炎で闇を祓う者となった。
──────
幾年も過ぎた日。
白の獣人は討たれた。
その火を恐れた者たちにより討たれてしまった。
龍は深く悲しみ、怒り狂った。
その炎は獣人の都を七日七晩焼いた。
そして、その炎の消えた白の獣人の亡骸を連れ去った。
その亡骸には命を宿していた。
龍はその命を受け取り、子を育てた。
その赤子も白の毛を持っていた。
龍はその赤子を大切に育てた。
──────
「父よ。私は人と子を成すこととしました」
白の娘はそう言った。
龍はその言葉に問うた。
「それは何故か」
白の娘は答えた。
「我が父たる龍。其の願いを叶えるため」
「私では父を倒す事はできない。故に、血を継いで。力を蓄え、我が父を母の元へ送るため」と。
龍は白の娘へ言った。
「あい、わかった。ならばいずれ来る日。我が命を終わらせろ」と
白の娘はそれに応えた。
「いずれ、我が血族がその約束を果たしにくる」と。
そして龍は白の娘を送り出し眠りについた。
しかし、龍は知っている。
龍は己の強さを良く理解している。
それ故に、そんな日が来ないということを知っている。
それでも、龍は白髪の獣人の元へ行く日を待ち続ける。
白の娘は人と子を成した。
その子は金豹の姿を持たない者となった。
白の毛に緋色の目を持つ人と同じ見た目をした子。
いつか滅びた都を花で埋め尽くすように。
終わりを望む龍へ終わりを届けるために。
その白の娘はその子に火で弔う者と名前をつけた。
この約束がいつか成されることを願って。
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御伽話。というよりは、叙事詩やった。
長い。とても長い。状態が悪いわけやないけど、解読には時間がかかった。
解読に四日かかってしもうた。いやー、読み応えがあって楽しかったわぁ。
「それでですね。龍さんと巫女様の切ない別れが──」
「切ない別れですか……」
切ない別れか。……切ない?
なかなかにドロッドロしとって、まだ明るかったの序盤だけやで。
「はい! きっと龍さんは巫女様のことを愛していたんです。でも、二人の間には大きな種族差が」
まあ、龍種と金豹族じゃ物理的なサイズ差で愛し合うのは難しかったんかねぇ。
……仮に龍と金豹の間に生まれる時ってどうなるんやろか。
金豹。……金豹ねぇ。ゼータちゃんなら、何かしらわかったりせんやろうか。かなりの英才教育を受けとったみたいやし。自分らの事が書かれた叙事詩なんやから。当時種族として伝承を知ってたりしせんかね。
内容的に、金豹族の都焼かれとるしな。
ラブロマンスというか……。何ちゅうか……。
「……白の毛に緋色の目。ね」
「? それがどう……か」
「……」
んー、とても既視感のある身体特徴や。
「そういえば、この巫女さんとヒツギさん。特徴が似てますね」
「まあ、たまたまでしょう」
たまたまやろう。それに、ボクは白金っちゅう色に該当するしな。それに、ボクは獣人やなくて人族やしな。
「でも、この御伽話が本当ならとてもロマンチックじゃありませんか?」
「……そうですね。これが本当であればすごい発見であることに間違いはないでしょう。しかし、場所も明確ではありませんし。これを歴史の書物と考えるのは難しいんじゃないでしょうか」
「ふふ。いくら世間知らずな私でも、御伽話と歴史の区別ぐらいつきますよ」
本当かねぇ。だいぶ危ういと思うで。
「でも、その創作の世界の元になったであろう場所を探していたら、盗賊達に攫われたのでしょう?」
「うっ」
「ミネルヴァ公爵様にお小言を言われますよ」
この子とボクが出会った原因って、そもそもテレジアちゃんが聖地巡りとかいう、御伽話の発祥元を探そうとしとる時に攫われたからやしなぁ。
あんまり言いたくないけど、かなり高貴な産まれで悪魔憑き発症してんかったら、処女散らされてた可能性あるんやからな? 貴族は純潔がどうたらあんのやろ? 自分の身は大切にせいよ。全く……。
「伝承があるからと言って、まさか獣人の領域に行こうとか考えてませんよね」
「い、イヤー。流石ニソンナー」
「目が泳いでますよ。……はぁ」
何もなくてホンマに良かったな。悪運が強いっちゅうか。……悪魔憑き治せるボクにあっただけでもお釣り来るぐらい幸運なんやで?
それをテレジアちゃん本人に言うつもりもないけどさぁ。
裏が取れて白なら、公爵様には共有しとくか。
「あ、まだヒツギさんの感想聞いてません!」
「御伽話の感想ですか?」
「はい」
「ふむ……感想ですか」
感想。……感想ね。
この世界の古代文字で書かれとる書物は大体が歴史に関係しとるもんばかり。
後出しで教えられたが、この本は『花都の姫と眠りの龍』という童話として翻訳されて絵本になっていたりする。せやけど、獣人やなくて人族のお姫様に改変されとったり。
読みやすく、短くなった分内容は薄っぺらい。何とも子供向けの軽めな話に改変されとる。
……となれば、教団が介入したんか。それとも、子供向けにするためにわざと省いたり、改変したりしたんか。
まあ正直どっちでもかまわへん。
ボクの読んだ感想が変わる事はない。
「そうですね。後でオススメされた絵本に関しては、物語がわかりやすく、良いものだと思いました」
子供向けなら絵本みたいな内容でええと思う。内容キツいと改変されて子供に出回るんは良くあることや。グリム童話なんかがそうやしね。
「おそらく原典になっているだろうこちらは──とても人間臭くて。でも、遠い昔の神話を読んでいる。そんな幻想的なお話だったと思います」
とてもドロドロしとって、血生臭い話やなと。
ただ意味深な終わりしとるから、強く興味が惹かれるのはわかる。
「テレジアさん。少し、お出かけしませんか?」
「そ、そそそれって。で、デートというものです?」
「断言は出来ませんが。私の知り合いの定義を当てはめるのなら、デートに該当するかもしれません」
女の子とペアで出かければデートっちゅう事を言っとった前世のクラスメイトの定義をはめるんならやけどな。
「でっ! で、では。お父様にお話を通して来ます……」
「はい。許可が貰えるといいですね」
顔を赤くしながらパタパタと出ていくテレジアちゃん。……あからさまに好意向けられるのに悪い気はせんけど、隠すんが苦手らしいしなぁ。……貴族社会っちゅうか。こんな其処彼処が、闇だらけのこの社会で生きていけるんやろうか。
「そういえば、男爵様へ安否確認の手紙がまだでしたね。今のうちに書いておきましょう」
さぁて。手紙書きますかぁ。
一つはカゲノー男爵宛に。もう一つは、アルファちゃんら宛に。