ただ人でありたくて   作:メめ

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三十五話 お酒は二十歳から。用法容量を守ろうね

 

 

 

 良さそうな宿を見つけて部屋を取り市場を見て回った。

 

 面白そうなものは特にない。強いていうなら、人族の活動圏ではあまり見ない薬草が売ってあるぐらいや。

 

 ここは部族間の交易路で、栄えた場所。

 領域内の特産の食材やら、いろんな獣人の工芸品も置かれとる。目を惹いたんは組紐付きの瓢箪。

 

 今使っとる革製の水袋は水が染み出すし、温度も変化する。けど、乾燥した瓢箪の水筒は良い。

 保音性が高くて、保湿性もある。水を持ち運びしやすい括れのある形状。あと、ボクの趣味。

 せっかくやし買わない手はない。中身は狐系獣人の里で取れた夏梅と呼ばれる果実を使った酒で、疲労回復と冷え症に効果のある薬酒なんだとか。

 

 実家にも、そういった物は薬品庫に置いてあったし、薬酒の存在は知っとった。前世でも、養命酒とかあったし、薬として使えるお酒はあったしな。まあ、存在は知っとるけど実際に飲んでみたことはない。

 

 水筒としても瓢箪は欲しいし、疲労回復ならこれからまだまだ歩かなきゃならん。せやから、その疲れをとるという目的がある。そして、薬として飲む理由もある。っちゅうわけで、思い切って飲んで見た結果。

 

「〜♪」

「……」

 

 なんか鼻歌歌ってるゼータちゃんの膝に頭乗せとった。

 

 いや、なんでやねん。

 

「あっ、起きた?」

「……ん。あー、起きた。起きたで」

 

 なんでこんなことになっとん。

 身体は元気やし。疲れも取れてる。薬はまだ飲んどらんはずやけど、頭痛も和らいどるし。

 

 夏梅酒の効果やろうか? だとするなら、たまにお世話になりたい。

 

「おはよう、ヒツギ」

「……おん。おはようさん、ゼータ」

 

 ボクを見る紫の瞳。いつ見ても綺麗やなぁ。……猫とか動物の目って綺麗よなぁ。それと似た感じかね? 生きててゼータちゃん以外に感じたことないからわからんわ。

 

 あー、頭が重い。二日酔いか? 前世も今世もこれが初酒……。嘘や、前世なら爺さんの神事の手伝いかなんかで御神酒飲んだことあるわ。

 あと、親戚付き合いでぶどう酒もあるわ。

 神事。儀式で必要やったから飲んだだけで、酔うほども飲まんしなぁ。

 

 まだ頭がぼーっとするわぁ。

 ボク、下戸なんやね。……そういえば、パパンも酒飲んどるところ見たことないし。兄さんらも飲んどらんかったなぁ。ボクの家系はみんな下戸だったんかもしれん。

 

「まだ眠たいみたいだけど、寝る?」

「おん。まだ……、もう少し寝かせてもらうわぁ」

 

 まだ重たい瞼を閉じた。

 

 〜♪ 

 

 耳に、ゼータちゃんの歌っとった鼻歌が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見て回るのが終わって宿に戻った。

 それから、ヒツギは瓢箪の中に入っている酒を飲んでほんの少ししてそれは起こった。

 

 少し赤らんだ顔。機嫌が良さそうに夏梅酒を飲む。

 

「ヒツギ、そうなに一気に飲むと身体に良くないんじゃない」

「……」

 

 何も答えず、ただ酒を飲み背伸びをする。

 

 半開きの眠そうな目がとろんとしていて、ボーッと私を見ている。

 そうして、へにゃりと笑って飛びついてきた。

 

「ぜーたー。かわええなぁ」

「わっ。えっ、ちょっと。どうしたのさ」

「どうもこうもあらへんでぇー」

 

 初めは何が起こったのかわからなかった。

 ただ酒に酔っているのか? でも、ここまで下戸な事ってあるのか? 

 

「ぜーたは頑張り屋さんやからなぁ。そら、ぎょうさん褒めんとなぁ」

「ヒツギ! ちょっと、ヒツギ!」

「ほらほら、恥ずかしがらんでもええんやで〜」

 

 私を胸に抱き寄せて、頭を撫でるヒツギ。

 身体からは、酒の匂い以外に脳が麻痺する様な。匂いを嗅いだだけでも幸福感を得られる。そんな特定の植物の匂いがする。

 

「この匂いは、またたび?」

「またたび? 確か、猫が……んーっと。あぁ、そう言えば。またたびって、夏梅言われとったっけ? あれ? 虫こぶやっけ? んー? んー……」

 

 またたび。

 私達猫系獣人の間で嗜好品として親しまれている植物。

 乾燥させて粉末にし、身体に取り入れる事でストレス緩和。リラックス効果のある嗜好品と使われている。

 

 実は食べても美味しいし、食べたら食べたでストレス緩和にもなる。

 大人達が仕事終わりに食べて居るのを見たことはある。

 

 猫系獣人は基本的にみんな下戸だし、私は強い方に入るけど。人間の基準で言えばお酒に弱い人に該当する。

 

「ヒツギ、やっぱり……」

 

「ヒツギが白い金豹の子孫なのか?」そう言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。

 今聞いたところで、今の状態のヒツギがマトモに答えられるはずがない。

 

 そんなことよりだ。

 普段は飄々としていて、どこか一線を引いたような態度を崩さないのに。今は、距離感が近すぎる。近いどころじゃない。ゼロだ。

 

「ぜーた、ええ匂いするなぁ……」

「ちょ、ちょっと離れてってば!」

 

 私の頬に頬ずりするヒツギ。完全に甘えている。今密着するのは良くない。まだ身体拭いてないし、汗の匂いだってするし。というか、これ……。

 頭の中に浮かんだのは、またたびに酔った大人達の姿だった。

 

 番や家族に擦り寄って、ゴロゴロして、やたらと機嫌が良くて。

 ……そして、絡まれると手が付けられない。

 

「ほらほら、そんな逃げんでもええやん〜」

「逃げるよ! 逃げるに決まってるでしょ!」

 

 ぐい、と腕を引かれて再び抱き寄せられる。

 力が強い。酔っているからか、妙に力加減が甘くない。そもそも、私じゃヒツギの力に勝てない。あんな重たい葬棺を振り回しながら戦えるヒツギに対して、私が力で勝てるわけがない。

 

「ぜーた、頑張っとるなぁ。えらいなぁ。よしよししたる」

「だから子ども扱いしないでってば!」

 

 ぽんぽん、と頭を撫でられる。

 

 ……撫で方は、優しい。

 驚くほどに、優しい。

 

 その手つきに、一瞬だけ抵抗が遅れた。

 

「……ほんま、ええ子やなぁ」

「っ……」

 

 不意に、心臓が跳ねた。

 

 何気ない言葉のはずなのに。

 妙に、真っ直ぐに響く。

 

 だから余計に、厄介だった。

 

「ヒツギ、これ絶対お酒だけじゃないよね」

「んー? なんのことやー?」

 

 とろんとした目で、こちらを見上げるヒツギ。

 焦点が合っていないようで、でも真っ直ぐ私を見つめる緋色の瞳。

 ふにゃりとした笑み。

 

 ……だめだ。話が通じる気がしない。

 

「その夏梅酒、何か変なもの入ってない?」

「知ら〜ん。美味しいからええや〜ん」

 

 絶対ダメなやつだこれ。

 

 私はため息をついた。

 

「……はぁ。もういいや。とりあえず寝かせる」

「えー、まだ起きとるでぇー」

「はいはい、起きてるね。起きてるけど、もうヒツギは寝るの」

 

 ぐい、と肩を押して寝かせようとするが。

 

「嫌や、いやや。ぜーたと一緒がええ〜」

「子どもか!」

 

 しがみついて離れない。ぴったりとくっついて離れない。

 

「……はぁ」

 

 もう一度、ため息。

 そして、諦めた。

 

「少しだけだからね」

「ん〜♪」

 

 満足そうに、ヒツギが目を細める。

 そのまま、私の膝に頭を乗せてきた。

 

「甘えたいのか甘やかしたいのか。どっちかにする気はない?」

「えー。どっちもやるー」

「どっちもはできないでしょ」

「そうやなぁ〜。出来たらよかったんやけどなぁ」

 

 残念そうにそういうヒツギ。出来れば大人しくしていて欲しいところなんだけど。

 

「ぜーたー」

「何かな」

「……ゼータはさぁ。受けに回ると弱いんやねぇ」

「なんの話かさっぱりわからない」

「だって、今さぁ。ボクが甘やかそうとしたら逃げるやん。かわええなぁ」

「っー! それは、普段ヒツギがやらないから慣れてないだけで」

「……そうやなぁ。……ゼータは、ええ子やから。優しい子やから、ボクにある程度の余裕がある時しか甘えて来んからなぁ」

 

 そりゃ。……甘える甘えないに限らず、余裕がない相手に甘えるなんて出来ないし。甘えられた側も大変だろうから、今のヒツギに素直に甘えるのは難しいかな。

 

 ……と言うかさ。

 

「本当は酔い覚めてたりしない?」

「はっはー。どうやろなぁ。……頭が回らんし、意識はぼやぼやしとるから。まだ酔っとるんやないかなぁ」

 

 ……ヒツギは、酔うとこんな感じになるのか。というか、酔うのも早いけど、抜けるのも早いんだね。

 

「ゼータちゃん」

「今度はなに?」

「…………ゼータちゃんの同族。居るとええなぁ」

「……」

 

 ……やっぱり、ヒツギは自分の出自をよく知らないんだ。

 金豹族に語り継がれる伝承。

 赤竜の怒りを買い、都を滅ぼされたと言う伝承。その伝承の結末は、赤竜の怒りを買う原因となった存在。『白子のヒツギ』の孫が金豹ではなく、人間変わらない姿になり。人間の生活圏で生活する様になると言う結末。

 

 きっと、私達が目指す亡都の近くに私の同族はいない。

 でも、ヒツギの推理も一理ある。だって、そんな希少な存在をディアボロス教団が放っておくわけがない。

 だからこそ、その伝承の地を求めて私達は旅をすることにした。

 

「ガーデンの利益がどうとか言ってるけど、結局私のためだったりするのかな?」

「おん。ガーデンの利益も考えてんことはない。けど、……一人は寂しいやんか」

 

 ヒツギの言う一人は、自分のことなのか。それとも私のことなのか。

 

「……そうだね。一人は寂しいね」

 

 彼のことだから、きっと私に向けた言葉なんだろう。一人なのは自分も変わらないのに。

 私は一人かもしれない。でも、私にはシャドウガーデンがあって。皆んながいて、シャドウもいる。

 でも、ヒツギ。アンダーテイカーは番外次席。いくら七陰の全員の知り合いとは言え外部の存在。

 

 これから、さらに大きくなっていくだろうガーデンに居場所はない。

 それとなく皆んなと勧誘したこともあるけど、ヒツギは首を縦には振らなかった。

 

 そして、シャドウもヒツギを勧誘することはない。

 

 本当に一人なのは、私じゃなくて、ヒツギの方だろう。

 

「そうや。…………一人はな……寂しいんよ。……ミノルも……ボクも……」

 

 語気が弱くなっていき、ヒツギの瞼が落ちきった。首の力が抜けて、重さが増したように感じる。

 穏やかな寝息が聞こえ始めた。

 ヒツギは眠ったらしい。

 

「……一人は寂しいね。でも、……今は一人じゃなくても。これから一人になるかもしれないと思うと、一人で居るときより寂しいんだ」

 

『白子のヒツギ』を迫害したのは私の祖先。ヒツギはその迫害されていた『白子のヒツギ』のおそらく直系の子孫。

 

 きっと、ヒツギは先祖同士に何があっても気にしないんだろう。「今の私と先祖は関係ない」って言ってくれるんだろう。

 

 でもさ。今は、私がヒツギを騙してるみたいじゃないか。

 世界の真実を追い求めるガーデンで、ヒツギの血の真相を隠す私。

 今のこの関係が変わってしまうのが怖くて何も言えない。

 

「……おやすみ。ヒツギ」

 

 呼吸がさらに深くなって、穏やかに眠る初恋の人。

 人に膝枕をするのは初めてだし、罪悪感で少し胸が苦しくなる。

 

 私がどれだけ隠そうと、この伝承を追う旅の中でヒツギは自分の血の真実を知ることになる。

 そして、私はそれを知ってて黙っていることになる。

 

 膝の上の重みと、微かな体温。

 それは、思ったよりも──悪くなかった。

 

 それから数刻後にヒツギは状況に困惑しながら目を覚ました。

 

 その後、ヒツギがもう一度寝直して少し経ってから膝枕から下ろす。そうしたら、ヒツギが身体を起こして私の身体に腕を回して抱きついてきた。

 

「ゼータ……」

「……抱きつき癖なんてあるんだね」

 

 私の胸に顔を埋めてぐりぐりと押し付ける。

 寝ながら甘えてくるなんて、可愛い姿もあるんだね。

 いつもは何も気にしてません。何があっても余裕ですって雰囲気を出してるのにさ。

 酔った時に出た本音は、寂しがりの甘えたがり。普段と違いすぎるよ。温度差の違いで風邪でもひきそうだ。

 

「おやすみ、ヒツギ」

 

 歳が二つ下の男の子が離れない様に。

 少しでも寂しさが紛れる様に、優しく抱き返しながら眠った。

 

 翌朝、顔を真っ赤にして恥ずかしがっているヒツギが可愛くて揶揄っておいた。

 とても珍しい反応をくれるから楽しかった。

 

 ……いつか。

 いつか、ヒツギが自分で自分を知る前に、私から先に伝えられればいいな。

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