異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。 作:卍錆色アモン卍
1異世界転移
異世界アースガルドにて。ヒューマン大陸の南端に広がる大森林の中を、四人の冒険者が歩いていた。彼らは冒険者ギルドより派遣された冒険者パーティーで、『黄金の剣』を名乗っている。
そんな彼らは、ギルドより古代遺跡の調査を任されたため、この大森林へと出向いていた。
「レア、目的地まであとどのくらいだ?」
先頭を歩く男はグレイといい、『黄金の剣』のリーダーだ。彼はパッド入りの防護ジャケットであるギャンべゾンを身に纏い、その上からハーフプレートといった鎧を身に着けていた。また、頭には顔を出すようにチェーンメイルを纏い、その上から鉄兜を被っているようだ。
だが、彼の特筆すべき点は、彼の持つ武器であろう。彼は、なんと身の丈を超えるほどの両手剣、いわゆるグレートソードを背負っていたのだ。
明らかにサイズが大きく、生半可な人間には扱えない代物であろうが、彼は確かに、自身の得物としてグレートソードを選んでいた。
「あとちょっとのはずよ。ただこの地図、すっごい見づらいのよねぇ」
グレイに対して返答をしたのは、緩やかなウェーブを描く茶髪をした長身の女性、レアであった。彼女もグレイと同様に鎧を身に纏っているが、その上からサーコートを身に着けている。また、彼女の得物はメイスとラウンドシールドのようだった。
「見たところ、それらしきものは見当たらないね」
周囲を見渡し、ぼそりと呟いた銀髪の男の名は、ルーク。彼は前者の二人とは違い軽装であり、身軽な印象を受ける。加えて、彼の得物は弓と短剣のようで、まるで狩人のような風体であった。
「久しぶりの森は足腰に来ますね。私、ちょっと運動不足気味かも……」
長杖をつき、困ったように笑うのは黒髪の女性、シズだ。彼女は暗色のローブを身に纏っており、魔法使い然とした姿である。だが、彼女は実際に魔法を扱える魔女なのだった。
「魔物もいないことだし、のんびりと進もうか」
「ええ、グレイに賛成よ」
「こういう依頼も、時には良いものだよねぇ」
「グレイ、配慮してくれてありがとうございます」
リーダーであるグレイの一声によって、残りのメンバーたちは緊張を和らげた。しかし、周囲の警戒を最低限しており、彼らがそれなりの経験を積んだ冒険者であることが見て取れた。
⚔
深い森の中を進んでいくグレイは、周囲が段々と霧に包まれていくことに気づく。やがて、針葉樹に囲まれた森の中は、日が通らないほどの濃霧に包まれ、一寸先も見えないような景色となっていた。
「流石におかしいよな? さっきまでこんな霧なかったぞ」
「明らかに魔法の類ね。自然現象じゃ説明つかないわ」
「でも、魔物の仕業でもなさそうだよ」
「グレイ、魔法で道を切り開きましょうか?」
「ああ、頼む」
シズがグレイの前に立ち、両手を突き出すと魔法を唱えた。
「〈ガスト・オブ・ウィンド〉」
すると、彼女の手のひらより突風が吹き荒び、深い霧を吹き飛ばす。
真っ直ぐに開けた道は遠くまで伸びており、グレイはその先に人工物らしきものを発見した。
仲間たちに声を掛け、グレイは進むことにする。やがて、彼らは目的地であった古代遺跡へと辿り着いたのだ。
そこは森に飲まれた遺跡であった。しかし、真新しい土が遺跡全体に付着をしており、どうにも違和感を覚える。そこで、自然に対して知識のあるルークに調べてもらったところ、彼はこの遺跡がごく最近になって、地表へ隆起したと結論づけた。
「もしかして、ダンジョンか?」
グレイの呟いたダンジョンとは、この世界を創造した女神によって与えられる、試練である。
ダンジョンには様々な魔物が犇めいており、放置をすれば、やがて地上に魔物たちが溢れてしまう。だが、ダンジョン内には金銀財宝や古代の遺物が眠っているため、黄金の山と揶揄される程度には、資源に満ちているのだ。
確かに災害を齎す危険な代物ではあるが、それと同時に莫大な富を齎す。この世界に生きる者たちにとって、ダンジョンとは、女神からの贈り物であった。
「グレイ、ひとまず調査をするわよ」
「ダンジョンだと嬉しいね、報奨金を貰えることだし」
「ええ、それに手付かずの財宝なんて見つけたら、私興奮しちゃいますよ!」
やる気十分といった様子の仲間たちにグレイは笑みを浮かべると、早速遺跡の調査に乗り出した。
土の香りが漂う遺跡は殆どが崩落をしており、柱や壁の残骸が残る程度だ。そのため、遺跡が草木に飲まれていようと、見晴らし自体は悪くなかった。
「向こうの建物はそこまで崩れてないみたいだな。少し行ってみようか」
「そうね。それにしても、魔物は見当たらないし、ここはダンジョンじゃないのかしら?」
「もしかしたら、地下への入り口があるのかも知れないよ?」
「ただの遺跡なんでしょうか、それともダンジョンなんでしょうか。なんだかワクワクしますね!」
低木をかき分けるグレイは、前方で存在感を放つ遺跡を見つけた。
大きな柱が等間隔に立ち並び、その上に辛うじて屋根の一部が残っている一つの建築物。それは崩落をしていることに変わりはないが、これまでの建物よりも豪華な印象があった。
そして、その建物へと足を踏み入れたグレイは、妙な感覚に襲われたのだ。
「なんだか、元気になるような感覚を覚えるぞ!」
「表現が幼稚よ、グレイ」
「多くの魔力に満ちているね……これは、ダンジョン由来なのかな?」
「いえ、ダンジョンには多くの魔力が満ちていますが、地表部には出てこないはずです。これはどちらかというと……魔法陣?」
レアの言葉にほんの少し傷ついたグレイだったが、精神を集中させているシズの言葉を聞くと、思考を巡らせた。
魔法陣とは、床に魔法文字を書き、何らかの事象を引き起こす魔法の一種だ。例としては、召喚や転移など。だが、魔法陣には術者が必要であり、なによりも魔力が必要だ。見たところ人の気配の無い遺跡の中で、魔法陣が機能しているとは考えにくかった。
「グレイ、先へ進みましょう。なんだか不思議ですよ、この遺跡は!」
「分かったから、俺より前に行かないでくれ!」
「シズは好奇心旺盛よねぇ」
「そこが彼女の良いところさ」
鼻息の荒いシズを下がらせて、グレイは遺跡の奥へと進んでいった。
古びた床に刻まれた、巨大な魔法陣。それは幾百もの魔法文字が組み合わさり、幾何学的な文様を作っていた。また、大きさが尋常ではなく、直径にして十メートルはあろうかという巨大さを誇っていたのだ。
グレイはその魔法陣に大層驚き、今まで見た魔法陣と比べても、規格外な存在だと分析する。なお、魔法について詳しいシズは、彼以上に絶句をしていた。
「な、なんですかなんですか、この素晴らしい魔法陣はぁ……⁉」
「シズは驚いてるのかな、それとも興奮してるのかな」
「さあ、どっちもじゃないか?」
「ちょっとあなたたち、真面目に調査をしなさいよ」
ため息をつくレアにサムズアップを返したグレイは、シズが魔法陣を見分する様子を眺めることにした。
そして、しばらく経つと、シズがこちらへ戻ってきたのだ。
「グレイ、よく分からないことが分かりました!」
「なるほど、そいつは大変だ!」
「シズ、次ふざけたら小突くわよ」
「すみません! ええとですね、この魔法陣の中心には巨大な魔石が嵌め込まれてまして、それが魔力を放っていたようです。また、魔法陣については現代の魔法知識では解読できませんでした。ですが、古代の魔法文字で星や天体の情報が含まれていることは分かりましたよ」
シズから与えられた情報を整理しても、彼女の言う通り、分からない事が多かった。
グレイは僅かな希望を胸にレアへ振り向くと、彼女はムスッとした表情でこちらを見つめてくる。
「なによ?」
「……いや、レアなら何か分かったかなと思って」
「分かるわけないじゃないのよ……。シズに一応聞いとくけれど、なんで魔石に魔力が込められているの?」
「分かりませんね。普通は何年も経てば魔力は抜けちゃうはずなんですけど。もしかして、誰か込めたんですかね?」
「それはどうだろう。僕もその魔石を見てきたけど、あれは数千人の魔法使いが必要なレベルの大魔石だったよ。それが上限いっぱいまで魔力に満ちてたんだ。僕、思わず拝んじゃったよね」
仲間内で話し合った結果、余計謎が増えてしまった。グレイは流石に困ったなと真剣に悩むが、とりあえずこの遺跡の調査を進めなければならない。
「魔力が込められてるなら、この魔法陣は起動するのか?」
「起動はするでしょうが、私たちでは無理ですね。魔法を発動させるには詠唱が必要なんですが、複雑な魔法であればあるほど詠唱は長くなります。この複雑怪奇な魔法陣を知識なしで起動させるのは、まず不可能でしょう」
「そうか。なら、一度この魔法陣のことは忘れて、奥を調べてみよう」
「ええ、そうしましょうか」
「賛成だよ」
シズが非常に残念そうにしていたが、グレイたちは魔法陣を乗り越えて、奥へ進もうとした。だが、その時。どこからともなく美しい音色が鳴り響くと、魔法陣が光り輝き始めたのだ。それは虹色の光を放ち続け、ちょうど魔法陣の中心にいたグレイたちを包み込む。
「な、なんだぁ⁉ これ不味くないか⁉」
「ちょ、これどうすればいいのよぉ⁉」
「今すぐ離れるべきなんじゃ……‼」
「ルーク、駄目です! もう、魔法が発動します‼」
世界が虹色に包まれ、グレイたちの視界を塗り潰す。やがて、彼らは全ての感覚を失うと同時に、遥か遠い世界へといざなわれた。
⚔
一瞬の浮遊感を覚えた後、グレイは目を開けると、背負っていたグレートソードを引き抜いた。彼の視界に入ってくるのは見渡す限りの大自然であり、風に吹かれる木々の音や、鳥たちの囁き声が鼓膜を震わす。
グレイは周囲を確認すると、同じように警戒態勢をとる仲間たちに気づいた。
「お前ら、無事か」
「私は大丈夫よ。だけど、ここはどこ? さっきまでいた森じゃないわよね」
「植生が違うね。それに、空気もどこか湿ってるような気がする。気温も少し違うかな」
「南下したんでしょうか? ですが、私たちがいたのは大陸の南端です。だとしたら、大陸間を移動した……?」
ひとまず危険はないと判断したグレイは、これからどうしようかと考えた。だが、やるべきことは一つであったのだ。
「森を抜けよう」
「それは賛成だけど、どっちに行くのよ?」
「これは困ったね、誰もこの森を知らないよ」
「太陽の位置を確認しましたが、なんだかずれてるような。大陸間を転移した影響? それにしては違和感を覚えますね、時間が経過してるのかな」
誰も行き先が分からないため、グレイは己の勘を頼りに、森の中を歩き始めた。
大地に這う木の根に気をつけながら、グレイは森の中を歩いていた。そして、彼が森を観察する中で分かったことは、予想以上にこの森が静かなことだ。
「ふむ、魔物も見当たらず、至って平和だな」
「魔力に満ちていないようだし、原生生物しかいないのかしらね」
「いやはや、よかったよ。ここがもしも魔物犇めく森だったら、僕たちはサバイバルを強いられてたからね」
「う〜ん、この森をどこかで見たような、見てないような……」
初めは不安を覚えたグレイだったが、それほど危険な森ではないことに気づき、肩の力を抜いた。だが、彼の視界が妙な物を捉える。そして、ドクンと心臓が跳ねるほどの緊張感に襲われた彼は、目にも止まらぬ速さで駆け出したのだ。
森を横断するように、真っ黒な道が伸びていた。その道には白線が点々と塗られており、その両端には森から守るように、白い金属板が延々と続いている。
グレイは薄れていた記憶が急激に呼び起こされ、思わずといった様子で呟いた。
「アスファルトの道に、ガードレール……? 馬鹿な、ありえない!」
彼は平たく言えばアースガルド人であり、より詳しく言うと、ヒューマン大陸に存在する国家に住む、一人の青年だ。だが、彼には生まれつき前世の記憶というものがあった。そして、彼が前世で見慣れた光景が、今目の前に広がっていたのだ。
「いきなり走ったかと思えば、道を見つけたのね。お手柄じゃない」
「これ、本当に道かい? なんだか見慣れないけど」
「確かに、見慣れないわね……これ、道よね?」
困惑した様子のレアとルーク。だが、遅れてやってきたシズは、なんとグレイと同じ反応をした。
「ど、どういうことですか。なんで道路がこんなところに……。もしや、ここはアースガルドじゃない……?」
「ちょっと待て、シズは道路を知ってるのか?」
「え、ええ。知ってますが」
「実は、俺も知ってるんだ」
「ええ⁉ グレイも知ってるんですか⁉ どういうこと⁉」
グレイはシズと早急に話し合うことにした。その間、後ろからレアとルークの訝しむ目線が飛んでくるが、それどころではないため、フルシカトを決め込む。
「シズ、俺には前世の記憶がある。かつて地球にある日本っていう国で暮らしてたんだ」
「グレイは異世界転生者仲間だったんですか⁉ 実は私も、日本で暮らしてた記憶があるんですよ!」
「そうだったのか……ごめん、伝えてなくて」
「いえいえ、グレイは悪くないですよ。てか普通言わないでしょ! いきなり見知らぬ世界で暮らしてましたーとか発言したら、頭おかしいって思われますから‼」
「クク、確かにな」
ずっと心の内に秘めていたことをシズに伝えたグレイは、なんだか心が軽くなった。彼は前世の記憶を持っていることを黙っていた事実に、罪悪感を感じていたのだ。しかし、同郷のシズと出会えたおかげもあり、彼の不安は大きく払拭をされた。
「ちょっと、いつまで二人で話してるのよ」
「いい加減、僕たちにも説明して欲しいな〜」
「ごめん、今話す」
「レア、ルーク。実は私たち……異世界転生者なんです‼」
「……どうしたの? 頭でも打ったの?」
「シズはヘンテコな発言をよくするから、これは平常運転じゃないかな」
「酷くないですか⁉」
「流石に端折り過ぎだろ」
その後、グレイとシズは懇切丁寧に説明をした。
自分たちは前世の記憶を持っていること、そのことを転生者と呼んでいること、今いる場所が前世で見た日本の景色と似ていること、そして、この世界がアースガルドとは別の世界である可能性が高いこと。
それらの説明を受けたレアとルークは大層頭を悩ませ、これでもかと険しい表情を見せたが、最終的にはある程度の理解を示してくれた。
「なんとなーく分かったわ。つまり、ここは遥か遠い外国ってわけね」
「まあ、そうだな」
「シズ、黙ってたなんて酷いじゃないか。僕は悲しいよ〜」
「絶対からかうじゃないですか! それに信じてくれなかったでしょ!」
「もちろん!」
「なんて良い笑顔なんですか⁉」
グレイは黙っていた事実に対して、レアに詰められるかと思っていた。だが、彼女は気にした様子もなく、グレイを受け入れてくれたのだ。
そのことを不思議に思ったグレイは、自分はかつて別の人間だったんだと、そのことは気持ち悪くないのかと彼女に問いかけた。すると、レアはあっけらかんとこう言ったのだ。
「グレイはグレイじゃない。それに、気持ち悪かったら一緒にいないわよ」
切れ長の瞳を細めて、彼女に柔らかく微笑まれたグレイは、思わずレアに抱き着くところであった。しかし、人前でされるのを嫌う彼女のために、グレイは踏みとどまったのだ。
その代わりに、グレイはレアの隣へ並び立つと、これからの方針を決めることにした。
「さて、俺たちが転生者ってことは説明したが、これからどうしようか」
「人里へ降りて宿を取るわよ。まずは情報収集ね」
「賛成、幸いにも日本に詳しいグレイとシズがいるからね。現地人と会話だって出来るでしょ」
「まあ、そうですね。色々と不安は残りますが、まずはここが本当に日本がどうかを確認しなければなりません」
道路を観察するシズを真似して、グレイも道路を見やる。
どこをどう見ても綺麗に舗装されたアスファルトの道であり、恐らく日本なんじゃないかと思わせる道だ。また、ここで車でも通れば右側通行なのか左側通行なのかが分かるが、明らかに森の中に位置するため、それはあまり期待できなかった。
ひとまず足を動かそう。そう声を上げたグレイは、隣にレアを伴って歩き始めた。その後ろにはルークとシズが続く。
グレイは、アスファルトの道をこの四人で歩くことに違和感を覚えたが、これから嫌というほどに経験するんだろうなと思った。そして、彼がなんとなしに淡い青空を見上げてみると、そこにはアースガルドと同じ春空が広がっていたのだ。