異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。 作:卍錆色アモン卍
崩壊都市内にある〝第五都市〟では、公安機動制圧隊第一分隊が激しい攻防を繰り広げていた。
分隊長一名、班長二名、ライフル兵二名、分隊支援火器射手二名、擲弾筒手二名、衛生兵一名の、計十名から構成される第一分隊は、延々と続くショッピングモール内にて、夥しい数の巨大ゴキブリたちと死闘を繰り広げていたのだ。
分隊長を務める榊は、自身の左右で展開をする、班長をリーダーとしたチーム、ファイアチームがしっかりと機能していることを確認すると、声を張り上げた。
〔とにかく弾をばら撒けェ! ゴキブリ共のディナーになっちまうぞッ!!〕
公安機動制圧隊に支給される短機関銃、通称〝銀星〟の引き金を引き続ける榊は、毎分七〇〇発という連射速度で銃口から鉛玉をばら撒き、津波の如く迫ってくる巨大ゴキブリたちを粉砕し続けた。それは彼の左右で展開をするファイアチームも同様であり、彼らもまた銀星から鉛玉をばら撒き続ける。
しかし、いくら銀星が装弾数五十発を誇ると言えど、すぐに弾切れを起こしてしまう。そのため、榊は次の命令を下した。
〔総員、時速五十キロで後退! 再装填開始ィ!〕
榊は跨がっていた電動一輪バイク、通称〝
ショッピングモール内を埋め尽くす巨大ゴキブリたち。彼らは銀星より放たれる汎用小口径高速弾によって、次々と粉砕されていく。また、擲弾筒手によって放たれた手榴弾により、彼らの多くは木っ端微塵に吹き飛ばされていた。しかし、そんなことは些事なことだと言わんばかりに、巨大ゴキブリたちは濁流となって、第一分隊へと押し寄せてくるのだ。
こればかりは撤退か。せめて、地上であれば支援要請が叶うというのに。分隊長である榊はそう心中にて呟くと、分隊員の生存を優先して、撤退戦へと戦術を切り替えた。
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日の落ちた崩壊都市。普段ならば、警備に当たる少人数の人員のみが前線基地や前哨基地に残っているだけのはずだ。しかし、〝第一都市〟の東地区に存在する工業団地には、夜間調査という名目でグレイたちが訪れていた。
肌寒さを覚える春の夜空は真っ黒に染まっており、そこに浮かぶ白く輝く月には朧気な雲が掛かっている。
朧月夜、そう表現のできる夜空を眺めていたグレイたちは、ランクルの荷台より飛び降りた。
月明かりに照らされる、ガードパイプに挟まれた道路と鉄骨造の工場群。電灯が等間隔に並んでいるとは言っても、当然ながら電気は通っておらず、グレイたちの視界には真っ暗闇な世界が広がる。
「春は夜桜鑑賞と相場が決まってる。よし、今から見に行こう!」
「行かないわよ。今から仕事でしょうが」
「ククク……酷い言われようだな。まあ事実だからしょうがないけど」
レアに咎められたグレイは謝罪の意を込めて投げキッスを送るが、残念ながらレアにはため息をつかれてしまった。その時、シズが今回の調査について話を始める。
「私たちの目的は、この工場団地で発生している不可解な放電現象を解明することですね。どうやら、夜間にのみ確認をされているようです」
「きっと魔物の仕業なんだろうけど、電撃属性を操る魔物とは珍しいね。正体が気になるところだ」
ルークに同意をしたグレイは、電撃属性を操る魔物とやらを思い浮かべてみた。すると、グレイの脳裏にはサンダーバードやサンダードラゴンといった、有名どころの魔物しか思い浮かんで来ない。
そもそもとして、それらの魔物は巨体であり、高地や山脈に巣を構えるのが通説だ。間違っても、こんな低地に生息はしていないだろう。
何はともあれ、不可解な放電現象を引き起こす魔物の正体を、グレイたちは暴かなければならない。そのため、彼らは最後の目撃情報があった工場へと向かったのだ。
寂れた工場内には、橙色をした天井クレーンや、所狭しと詰め上げられた鉄骨などがあった。それらは全体的に錆びていたり、色が落ちていたりと酷い有様で、おまけに樹脂で塗り固められた床にはひび割れが広がっている。
しんとした工場内は埃っぽく、月明かりの差し込む窓も相まって、退廃的な雰囲気が漂っていた。まるで、物音を立ててはいけないかのような趣さえ感じるほどだ。
グレイたちは慎重に工場内を探索する。しかし、魔物と思われる痕跡は見つからず、やがて工場内の入口付近で集まった。その場所は月明かりによって照らされており、グレイたちが白く染め上げられる。
「まあ、のんびりと調査を続けようか」
「ええ、そうね」
そう言って、グレイが工場から出ようとした、その時。突如として月明かりが遮られ、グレイの顔に影が掛かった。グレイは即座に窓へ振り返ると、そこには体長六十センチほどの獣が、こちらをじっと見つめていたのだ。しかし、すぐに見えなくなってしまった。
「今のはなんだ?」
「僕も見たけど、イタチかな。短い手足と長い胴体が印象的だった。でも、イタチの魔物なんていたかなぁ?」
「ここはヒューマン大陸ではありませんし、ましてやアースガルドでもありません。私たちの知らない魔物が存在していても、不思議ではないのかも知れませんね」
グレイはルークとシズの二人に相槌を返すと、工場の出入り口である大扉の隙間から、外へ出ようとした。しかし、彼は気づいたのだ。この工業団地を支配する魔物たちに、すでに捕捉されていることを。
「お前ら、戦闘準備を整えろ。一悶着あるぞ」
仲間たちにそう伝えたグレイは、背負っていたグレートソードに手を掛けた。
夜空に浮かんだ朧月に見守られるグレイたちは、鉄工所の駐車場にて陣形を組んでいた。彼らが相対しているのは、三十頭にも及ぶ真っ黒な犬の群れである。彼らの正体とは、夜闇に潜む森の亡霊、ブラックドッグと呼ばれる魔物たちだ。
「ここは可能な限り、穏便に済ませよう。俺たちが縄張りを侵してる側だからな」
「了解よ」
「シズ、範囲魔法は使っちゃ駄目だからね?」
「むぅ、仕方ありませんね……」
不満そうに口先を尖らせるシズはさておき、グレイはグレートソードを引き抜くと、レアより『魔法の武器』を付与された。
グレイの持つグレートソードの刀身が赤熱し、煌々とした炎を纏う。
唸り声を上げてこちらを威嚇するブラックドッグたちは、よくよく観察をすれば、しっかりと統率の取れた群れであることが見て取れる。それもそのはずで、彼らは社会性を築く魔物であり、群れでもってして獲物を追い詰めるのだ。しかし、言い方を変えれば、彼らはそれほどまでに知能が高いということ。
つまるところ、彼らがグレイたちを絶対的な強者だと認識をすれば、そう簡単に手出しはされなくなるということだ。
一触即発の空気の中、先頭にいた若いブラックドッグ二頭が、グレイに狙いを定めて襲い掛かってきた。
グレイはグレートソードを薙ぎ払い、彼らを追い払う。しかし、興奮した様子の彼らが身を引くことはなく、むしろ苛烈さを増して襲い掛かってきた。
「やけに気が立ってるな」
「グレイ、無理をするぐらいだったら、その優しさは捨てなさいよ」
「分かってるさ。ここで倒れるなんて間抜けは晒さない」
相変わらずの心配性であるレアにグレイは笑みを返すと、視覚外から足へ噛み付こうとしてきたブラックドッグに裏拳をぶち込み、思いっきり殴り抜いた。
情けない悲鳴を上げるブラックドッグは地面へと叩きつけられるが、すぐさま起き上がる。そして、こちらを一気に警戒し始めたのだ。
その後、グレイたちが彼らをあしらい続けていると、これ以上は無意味だと判断したのか、ブラックドッグたちは忌々しそうに去っていった。
調査を続けるグレイたちは、やがて河川敷に辿り着いた。穏やかな夜風の吹く道には何もなく、両端に雑草が生い茂るだけだ。
グレイたちがここへやってきたのも、放電現象が確認されたためである。しかし、彼らはそれらの情報から、件の魔物は広範囲に渡って活動をしていると考察しており、この場所へやってきても居ないだろうなと薄々感じていた。
「放電現象が起きればなぁ。流石に骨が折れるぜ……」
「その魔物は、どうして放電なんてするのかしらね?」
「考えられるのは、狩りや自己防衛かな。求愛行動では無いと思う。それだったら、もっと多くの放電現象が起こってるはずだよ」
「そうですね。最近確認された現象は数回程度ですから、求愛行動というには頻度が少ない気がします。偶然、この地域にやってきたのか、元々生息数が少なかったのか。私たちの追う魔物の正体とは何なのでしょうか、すごく気になりますね」
和気あいあいと会話を楽しむグレイたちは、もはや調査そっちのけであった。しかし、河川敷に魔物の群れを発見したため、慌てて身を隠す。
月明かりをキラキラと映す川に近い、平坦な陸地。そこには鹿の魔物が身を寄せ合い、休息を取っていた。
グレイたちはひっそりと彼らを観察をするが、ヒューマン大陸で見たことがない種であったため、正体が分からない。
「少し小柄、顔立ちはシュッとしてる……あれは夏毛か? 白い斑点模様があると。なるほど、分からん」
「私たちの知ってる鹿とは、ちょっと違うわよね。どこが違うのかは説明できないけれど」
こそこそと話をしていると、鈴木凪が彼らの正体を教えてくれた。
〔確証は取れてないんですが、あれは崩壊都市固有の魔物ですね。確か、名前は〝
「ほお、新鹿。いいセンスだ」
「へぇ、面白いね。崩壊都市には多くの固有種がいるのかな?」
〔いますよ。最近ですと、水生爬虫類の〝レナトゥス・プレシオサウルス〟が一部で話題になってましたね〕
「女神様が、随分と奮発をされてますね。新たな種がこうも増えるとは」
楽しげに会話を交わす中で、グレイはある妙案を思いついた。そのため、グレイは声を上げたのだ。
「ルーク、『動物との会話』を試してみたらどうだ? それで、俺たちの追ってる魔物について聞くんだよ」
「まあ、いいけど」
「グレイ……! ルークはその魔法があまり好きじゃないんですよ。強要はしないでください!」
「いや、いいよ。今から命を奪う相手と会話をするのが嫌なだけだからさ。動物との会話自体は嫌いじゃないんだ」
「それなら、いいんですが……」
シズに怒られてしょんぼりとするグレイだったが、無事に作戦が実行されると分かると、すぐに元気を取り戻した。
土手から降りて、新鹿の群れの近くへやってきたグレイたちは、ルークに一任をすることにした。
ルークは『動物との会話』を唱えると、ゆっくりとした足取りで新鹿たちへと近づき、何らかの会話を始めた。
「上手く行くといいな!」
「大丈夫でしょ。ルークだもの」
「私はとても心配です。いざとなったら、『殺戮の雲』でルークを守らないと……」
「絶対にやめろよ⁉」
第五位階魔法である『殺戮の雲』とは、広範囲に渡って致死性のある雲を召喚する死霊術だ。もしも展開しようものなら、間違いなく新鹿の群れは全滅する。そんな暴挙は絶対に許してはならない。
しばらくして、ルークは帰ってきた。そのことにほっと胸をなでおろすシズと、彼女を見てほっと胸を撫で下ろすグレイ。そんな二人に首を傾げたルークだったが、彼は思いがけない情報を受け取ったと報告をしてきたのだ。
「皆聞いてよ、彼らは僕たちの追ってる魔物の住処を知っててさ、快く教えてくれたんだよ! いや〜、持つべきものは友人だよね!」
「そいつは僥倖。早速向かうとしよう!」
「よく教えてくれたわね」
「対価として、『良き果実』をあげたんだ。そしたら饒舌に語ってくれたよ」
「食い意地に負けたと言うことですか……」
ルークは魔法で生み出したベリーを一粒口に放り込むと、和やかに笑っていた。
工業団地にひっそりと存在していた築古アパート。そこは荒れ果てた駐車場や、錆びた外階段などが目立ち、お世辞にも良い住まいとは言えなかった。しかし、周辺には様々な建物が建てられており、隠れ潜むには持ってこいの立地であった。
慎重に歩を進めるグレイたちは、まずはアパート周辺の調査を始めた。すると、魔物と思われるフンや、薄っすらと残っている足跡などを見つける。
十中八九、このアパートを住処としている魔物がいるだろう。グレイたちは頷き合うと、そろりそろりと部屋を見回った。
一階の部屋には、目ぼしいものは見当たらなかった。しいて言うなら、ゴキブリやネズミが生息をしていたぐらいだ。
次に、錆びた外階段を上って二階へ上がろうとした時、グレイたちの前方に体長六十センチほどのイタチが現れたのだ。
黒ずんだ目元、白い首周り、そして、赤茶色の体毛に包まれた寸胴の体。どこからどう見てもイタチである。しかし、サイズがデカい。
「随分と怒ってんじゃないの。どしたん、話聞こか?」
「とりあえず、私たちの知らない魔物なのは確実よね」
二階の外廊下より、こちらを威嚇するイタチは明らかに気が立っている。
グレイたちはひとまず距離を取り、イタチの様子を伺った。
「僕たちがやるべきことは放電現象の解明だよ。もしこのイタチがその主因なら、どうにかして放電をさせないといけないよね」
「普通に大変ですよね。どうします、殴ります?」
長杖でちょいちょいっと突く動作をするシズは随分と好戦的だ。しかし、彼女の言っていることはあながち間違いでもない。
ここで問題となるのが、イタチが本当に放電が可能な場合、金属鎧を身に着けているグレイとレアが不利だということだ。二人はそれで殺られるほどヤワではないが、痛いものは痛い。また、ルークの『動物との会話』はそこまで融通が利く訳ではなく、相手に聞く意志がなければ上手く機能しない欠点がある。
つまりところ、暴力である。そして、最も安全に暴力を振るえる方法は一つしかない。
「げっへっへ。んじゃ、俺が〝分からせ〟てやるかぁ〜」
「なんでよ。私かシズが初級魔法を唱えればいいじゃない」
「まあ、そうなりますよね。じゃあ私が『火の矢』でも放ちますよ」
「シズ、間違っても殺しちゃ駄目だよ?」
「分かってますって」
そわそわするルークに便乗をしてグレイもそわそわする中、シズがグレイたちの前へ出ると、魔法を唱えた。
「〈グローブ・オブ・インヴァルネラビリティ〉」
「うおっ、よりにもよって『耐魔法球』を唱えてやがる……⁉」
「当たり前じゃないですか。わざわざ怪我を負いたくありません」
シズの唱えた『耐魔法球』。それは、半径三メートルほどの球体をした障壁であり、中にいる生物や物体はあらゆるダメージに対して完全耐性を得られるという、第五位階に分類される防御術魔法である。
言ってしまえば無敵であるが、第五位階魔法ということもあり魔力消費量が大きく、加えて、効果時間がたったの二十秒しかない。そのため、『耐魔法球』の使いどころを見極めるのは非常に難しいことなのだ。
それはさておき、シズが耐魔法球から右手を突き出し、『火の矢』を唱えた。
「〈ファイア・ボルト〉」
すると、彼女の右手より矢を象った炎が射出され、目にも止まらぬ速さで飛んでいく。やがて、回避行動を取ろうとしていたイタチの土手っ腹に直撃をした。
「え、えげつねえ……! 狙いは腹だぜ……⁉」
「シズ、殺しちゃ駄目だよ……⁉」
「わ、分かってますって!」
か細い悲鳴を上げて吹き飛ぶイタチだったが、すぐに体を起こした。そして、全身に青白い稲妻を纏ったのだ。
グレイたちが警戒をする中、イタチが天に向かって鳴き声を上げた。その瞬間、閃光が迸ったかと思えばシズ目掛けて落雷が降り注ぎ、耐魔法球を打ち抜く。ついで、空気を切り裂く轟音がグレイたちの鼓膜を震わし、耐魔法球から滑り落ちた稲妻が、その有り余るエネルギーでもってして大地を貫いた。
純然たる自然の力を我がものとするイタチ。彼奴は間違いなく魔を扱う動物であり、かなりの脅威度を誇っていることは確実であった。
「いや放電どころじゃねえ⁉ 普通に落雷起こしとるやんけ⁉」
「第三位階相当ね。直撃してたら痛かったわ」
「放電する力もあるんだろうけど、それは第何位階相当なんだろう?」
「近づかないと見せてはくれないでしょうね」
『耐魔法球』の効果時間が残り十秒を切る中、グレイたちは軽く話し合うと、今回は引き下がることにした。理由としては、イタチの住処や能力を確認できたことが大きい。また、もしも彼奴が群れを形成していた場合、グレイたちがただで済む確率は低く、加えて、鈴木凪のヘルメットには録画機能がついているため、情報としては十分集まったと判断をしたからだ。
そろりそろりと古築アパートを離れていくグレイたちに、イタチは追撃をしてこなかった。ルーク曰く、イタチは春が繁殖期のため、かのイタチも巣作りをしてるんじゃないかとのこと。それを聞いたグレイはほえーと感嘆の声を上げると、イタチに向かって「バイナラ!」と手を振った。
残念ながらイタチが手を振り返してくれることはなかったが、その代わりとしてなのか、大きな月が一際強く輝いてくれた、気がしたのだ。
数日後、かのイタチは厳密な調査の果てに、崩壊都市の固有種として新種登録をされた。その名も、〝雷獣〟であった。