異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。   作:卍錆色アモン卍

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夢現勿れ、幽玄の森
17霧の森


 

 一の扉を踏破して、かれこれひと月ほどが経った。その間、グレイたちは相も変わらず一の扉に潜っており、以前と変わらぬ日々を過ごしている。

 その理由としては、一の扉の心臓部に眠っていた金銀財宝の対処や、ダンジョンコアを管理するための要塞化計画、そして、慢性的な人手不足だというのに開け放たれた、未来という名の二の扉が原因として挙げられる。

 現在では、山をくり抜いて建設した迷対課本部ではもはや圧倒的に容量不足なため、城下町よろしく山の麓に町を築き上げている最中だ。

 構造材を食い荒らすシロアリの如く自然を切り崩し、人工物をポンポンポーン!と建てる様は、主にエルフの二人から反感を買っている。グレイとしても、あまり心地の良いものではないが、致し方ないことだと割り切っていた。

 

 グレイは自室にて、お気に入りのグレートソードのメンテナンスをしていた。

 刀身を柔らかな布で綺麗に拭き上げ、指紋や、染み付いた血、以前塗った油などを落としていく。

 次に、くまなく刀身を観察し、刃に問題があれば砥石で研ぎ、目を凝らしては歪みがないかの確認をした。

 それらを終わらせると、魔法のリュックより取り出した小瓶を傾け、油を垂らす。

 ムラが出ないように薄っすらと、しかし均一に油を馴染ませていく。

 最後に、刀身全体を明かりに照らして、塗り忘れがないかの最終確認をすれば、メンテナンスは完了だ。

 

「ふむ、今日も美しい」グレイはうっとりとした表情を浮かべると、口角を上げた。「レアの顔がこれでもかと映ってる」

 

 刀身の角度を何度も変え、グレイは自身の後ろで鎧を磨いているレアの姿を刀身に映していた。レアも頑張って、武具本来の輝きを取り戻そうとしているようだ。

 次はロングソードでも愛でようかな。グレイがそう考えた時、外出をしていたルークとシズが帰ってきた。彼らは調査活動の報酬として受け取っている給金を片手に、迷対課本部に併設されたコンビニエンスストアへと出向いていたのだ。

 

「目当てのものは見つかったのか?」

 ロングソードを取り出しながらも、グレイは二人に声を掛ける。

「スイーツを主に買ってきたんだ。グレイには、ほらこれ、からあげくん」

 ルークが手渡してきたのは、デフォルメされた鶏がパッケージに描かれた、紙パックであった。グレイは即座に蓋を開けると、バクバクとからあげを食べ出す。

「それはそうと、コンビニで佐倉さんと会いまして、私たちは明日から二の扉に入るそうですよ」シズがレアにシュークリームを渡しながらも、話を続ける。「なんでも、サイボーグ兵たちがようやく増員できたようでして、一の扉で実践訓練を始めるんだとか。おそらくですが、一の扉は新人に受け持たせたいのでしょうね」

 

 からあげくんを頬張るグレイは、シズの言葉になるほどなぁと頷いた。つまりは、経験者は次のステップへ進むということだ。そして、空いた席には未経験者が座る。そこに生まれるのは循環であり、何事においても必要な事柄と言えた。

 停滞こそが腐敗を招く。自然界では腐敗があるからこそ命の輝きがあり、循環がなされるが、人間社会においての腐敗など目も当てられない。

 欲望に溺れ、理性を失い、醜い怪物へと堕ちていく。そんな人間が量産をされては、その先にある破滅へと向かっていくだけだ。

 現世(うつしよ)永久(とこしえ)など不要。人間に必要なのは進歩であり、現状維持などではない。壁を乗り越えてこそ、輝かしい未来が訪れるというものだ。

 

 グレイたちはおやつタイムを挟むことにして、小さなテーブルを四人で囲った。

 テーブルに載せられた、色とりどりのコンビニスイーツたち。

 グレイはあまり甘いものに興味はないのだが、だからといって、手を付けないのは無作法というもの。そのため、グレイは仕方なく、三つのシュークリームを鷲掴んだ。

 

「ちょっと待ちなさい。グレイ、あんた取り過ぎでしょ」

「ほえ?」

「ほえ?じゃないわよ」

 

 万力の如き力が、グレイの手首を襲う。レアによる握撃である。

 このままでは、腕が爆裂するかも知れない。グレイは目力が半端ではないレアに気圧されたので、仕方なくシュークリームを手放した。

 

「あんたはこれでも食べてなさい」

 レアが、代わりのスイーツを渡してきた。

 グレイが受け取ったのは、小さな豆大福である。シュークリームよりも遥かに小さいが、グレイは特に気にする様子もなく袋を開け、豆大福を口の中に放り込んだ。もぐもぐ。

「うまいっ! テーレッテレー!」

「飲み込むの速すぎでしょ。ちゃんと味わいなさいよ」

 

 レアからお叱りを受けてしまい、グレイはしゅんと落ち込む。だが、カフェオレを飲み糖分を摂取したことで、元気を取り戻した。

 

「どら焼きって、美味しいね。あまり甘くない方が僕は好きかも」

「そうですか。なら、甘いものは私がいただきますね」

 

 哀れルーク、目の前にあったエクレアをシズに掻っ攫われた。そして、その代わりとしてそっと置かれたのが、苺大福だ。

 

 なんとも言えない表情を浮かべたルークと、心底幸せそうにエクレアを頬張るシズ。二人の対比が面白く、グレイは思わず笑ってしまった。

 ──世界は変わっても、俺たちの日常は変わらないな。

 グレイは心地の良い日々に感謝をし、神に祈りを捧げる。その後、レアの持っていたシュークリームに狙いを定めると、目にも止まらぬ速さでかぶりついた。

 

「うまいっ! テーレッテレー!」

「ちょっと何すんのよ⁉」

 

 

 

 ⚔

 

 

 

 翌日。グレイたちは狭い通路を超えた先にある、四つの扉がある部屋へとやってきた。そして、右手側の奥にある二の扉の前で、立ち止まる。

 二の扉の周囲の壁には、一の扉と同様に絵が描かれていた。

 霧の立ち込めた森が下部に広がり、上に行くにつれて村や屋敷など、豪華な意匠へと変化(へんげ)していく。また、所々に人型の魔物が描かれているが、それらはまるで絵巻のような、古めかしい絵柄をしていた。

 グレイはどこか和風チックだなと思いつつも、先導をする鈴木凪を追って、二の扉を潜った。

 

 

 

 前線基地内部は、まだまだ多くの資材で溢れ返っており、今もなお急ピッチで作業を進めているようだ。

 グレイたちはランクル二号に乗り込み、開け放たれた大扉を潜り抜ける。すると、そこには深い霧の立ち込めた森が広がっていたのだ。

 空が見えないほどに分厚い霧が立ち込め、世界がモノクロのように映し出される。おどろおどろしい雰囲気もあるが、どこか神秘的な雰囲気も内包をしているような、不可思議な情景であった。

 

 ブロロロと排気音を奏でながら、グレイたちは森の中へと入っていく。ほぼ全ての樹木がスギ科のようで、真っ直ぐに伸びた幹が、至るところで乱立をしていた。

 平坦な地面には枯れ葉や枯れ枝などが散乱をしているが、道自体はそこまで悪くはないようだ。

 

「事前に、軽くお話しをしましたが──」リア窓より、バイザーを掻き上げた鈴木凪が話し掛けてくる。「二の扉は縦長のフィールドでして、奥へ進むほど魔物の危険度が上がっていきます。我々の目的は、体制の整っていない前線基地の負担を減らすため、刻一刻と出現をし、数を増やしていく魔物を間引くことです」

 荷台の(へり)に体を預けながら、グレイは口を開いた。

「一定時間で湧き、たとえ倒しても、再度湧いてくる。いわゆるリポップ系ダンジョンだな。腕を上げるには最高の環境なんだが、如何せん魔物が強く、旨味が少ない。俺は好きだけど、金にはならんからなあ〜」

 

 グレイが苦笑をこぼすと、レアが素っ気なく「私は嫌いよ」と言葉を返してきた。続けて、ルークとシズも言葉を返してくる。

 

「嫌いじゃないけど、好きでもないかな。それだったら他のダンジョンに潜るよ」

「私は好きですね。どれだけ魔物を討伐しても咎められませんし、むしろ感謝をされるぐらいですから」

 グレイは肩をすくめると、言葉を紡いだ。

「とまあこのように、かなり賛否が別れるのがリポップ系ダンジョンな訳だが。俺たちは何を相手にするんだ?」

 グレイの質問に対して、鈴木凪はアクセルを緩めながら答えた。

「我々が相手をするのは、ゴブリンと呼ばれる魔物です。ちなみに、かなりの上位個体らしいですね」

「なるほど?」

 

 ランクルが完全に停車をしたため、グレイは荷台より飛び降りた。

 決して暗くはない。しかし、深い霧に包まれた、モノクロの森。何処を見ても同じような景色が続いており、方向感覚が狂いそうだ。

 グレイは鈴木凪より、ここから先がゴブリンたちのテリトリーであり、奇襲を受ける可能性が高いと伝えられた。

 軽く装備に不備がないかの確認をしたグレイは、仲間たちを連れ立って歩き出す。

 視界はせいぜい十メートルほどだろうか。立派なスギの木が天高く聳えているが、頂上付近が霧によって見渡せず、木登りの得意なゴブリンが潜んでいても、気づけない可能性が高いと見える。

 ──相手に有利なフィールド。よくあることだ。

 グレイは表情を引き締めると、おふざけは一切なしにして、森の奥深くへと歩を進めた。

 

 

 

 命の囁きも、木々のさざめきもない森の中は、痛いほどの静寂に包まれていた。グレイたちは常に周囲を見回し、僅かな違和感さえ見逃さぬように、目を凝らす。

 

「ゴブリンといえば、奇襲だ」ロングソードを肩に担ぐグレイは、小さく呟く。「それに、奴らは同族と出会うとすぐに打ち解け、協力さえする。ゴブリンとは、生まれながらにして陽の者に違いない……!」

 ごくりと喉を鳴らしたグレイの隣に、レアが並び歩いた。

「何馬鹿なこと言ってるのよ。ゴブリンは悪の者よ。ダンジョン、それもリポップ系でしか出現しない魔物じゃない」

「それはそうなんだが、奴らは半生物だぞ? 食事や睡眠だって出来るし、生殖活動だって可能ときた。もしかしたら、長い年月を生き伸びた果てに、高潔な魂を持った光のゴブリンが生まれるかも知れない!」

「ないわね。所詮はゴブリン、人類の敵よ」

「レアの心と行動に、一点の曇りなし……⁉」

 

 むしろ情けをかける理由が分からない、とばかりにレアは呆れた表情を浮かべた。

 冒険者としては、それが正しいのだろう。自らの正義を疑わなければ、迷いなど生まれない。ゴブリンとは悪であり、人類の敵である。そう信じていれば、どんな場面に出くわそうとも、容赦なくゴブリンを屠れるに違いない。しかし、それは思考の停止ではないだろうか、とグレイは思う訳だ。

 だからといって、ゴブリンが良き隣人とは言っていない。現に、ゴブリンによって多くの人類に被害が出ていると、歴史が証明をしているからだ。しかし、ゴブリンを悪と断定するのには、些か感情論が強く、論理的な側面がないのも事実である。

 この事に疑問を持ち、ゴブリンとの関係性に新たな論点を作り、権威主義(オーソリテリアリズム)保守主義(コンサーヴァティズム)と対立することこそが、自由主義(リベラリズム)というものではないだろうか。

 間違っても、相手の主義主張を聞く耳持たず全否定をし、感情論でしかものを語らない畜生以下のカスが喚き散らす〝自由主義(リベラリズム)〟とは、本質が一切異なる。この点は、非常に重要だ。

 ──おっと、嫌なモンを思い出したぜ。

 グレイは前世で見た人間のなり損ないを思い出すと、頭の片隅に追いやった。論理的思考のできない人格破綻者など、人にあらず。理性を失った醜い怪物など、生きるに値せず。グレイはゲロ以下のカスに脳のリソースが割かれていることに憤りを覚えたが、カスに情けをかけてやるのも人間の勤めだとして、寛大な心で割り切った。

 

 ヒュウウ──、微かな風の音がした。グレイは考えるよりも先にロングソードを翻し、頭上を薙いだ。

 小刀を構えた黒ずくめのゴブリンが、空から落ちていた。しかし、グレイのロングソードによって一刀両断をされ、臓物と血飛沫をぶち撒ける。

 

「おいおい、命綱も無しにバンジージャンプは危険だぜ?」

 もしかすれば命を奪われていたかも知れないというのに、ゴブリンの返り血に(まみ)れるグレイは余裕綽々といった態度であった。

「グレイ、気を引き締めなさい。ゴブリンの数は十はくだらないわよ」

 周囲を警戒するように陣形を取る仲間たちを見やったグレイは、今度は前を向いた。

 モノクロの木立に潜む、無数の影。彼らはこちらをじっと覗き込んでおり、今もなお無数の影が、木々を猛烈な勢いで降りてきている。

 ザリザリ、ガリガリ。木々を引っ掻く音や、落ち葉、枯れ枝を踏みしめる音が無数に聞こえだし、グレイたちを包囲していく。

 予想以上に数が多いゴブリンたちは、騒ぎ立てることをしない。また、彼らは使い古された忍び装束を身に纏い、手には忍者刀にも似た小刀を持っていた。

 

「いいねぇ、ゾクゾクするぜ。命の奪い合い、上等よ」

 ロングソードの刀身を肘で挟み込み、引くことによって血を拭ったグレイは、獰猛な笑みを浮かべた。先ほどはゴブリンの在り方について講釈を垂れたが、これはこれ、それはそれである。何事にも優先順位があり、グレイにとって命の奪い合いとは、食欲並みに優先をされる事柄なのだ。

 

 ゴブリンたちが一斉に駆け出した。合図など何もなく、ふとした拍子に動き出す。だが、統率が取れていることに間違いはなく、まるで風のように大地を疾走し、グレイたちになだれ込んできた。

 初めに聞こえてきたのは、鈴木凪による射撃音である。耳を劈く破裂音が断続的に鳴り響き、続けてゴブリンたちが勢い良く地面を滑る音がグレイの耳に入る。

 ──「銃は剣よりも強し」ンッン〜、名言だなこれは。

 グレイはそんなことを考えながらも、四つん這いの態勢で、小刀をすくい上げるようにして斬りつけてきたゴブリンに、反撃を繰り出した。

 逆手に持たれた小刀が閃き、目にも止まらぬ速さで振るわれる。狙いは太ももだろうか。だが、そんなことなど考える間もなく、グレイは速く、鋭い一太刀をゴブリンの頭部にぶち込み、頭蓋骨を粉砕した。

 死体を蹴り飛ばし、次にやってきたゴブリンにぶつけながら、他のゴブリンを斬り殺す。そして、空いた手でレアに襲いかかろうとしたゴブリンを鷲掴むと、思いっきり地面へ叩きつけては、容赦なく首を落とした。

 グレイは大きく息を吸い、滔々と歌い出す。

「う〜み〜は〜ひろい〜な〜♪ おおき〜い〜な〜♫」

 突如の童謡。しかし、グレイの体は効率的に、合理的にゴブリンを処理していく。

「つ〜き〜が〜のぼる〜し〜♪ ひがし〜ず〜む〜し〜♫」

 ロングソードが閃く度に、命が潰える。

「う〜み〜は〜おおな〜み〜♪ あおい〜う〜み〜♫」

 血だまりに沈んでいく、ゴブリンたち。

「ゆ〜れ〜て〜どこま〜で〜♪ つづく〜や〜ら〜♫」

 グレイの歌が、木霊する。空気を震わせて、どこまでも──。

 

 

 

 地獄絵図、死屍累々、屍山血河。様々な言葉が浮かんでくるような、凄惨な現場。そこはゴブリンたちの死体が折り重なり、(こぼ)れた臓物や血が大地に染み込んでは、さながら地獄の様相を醸していた。

 ぐしゃり、と血を吸った落ち葉を踏みしめたグレイは、バッ!と後ろへ振り返り、叫んだ。

 

「レア見ろ! 海だ〜っ!」

「過去最高にトチ狂ってるわね」

 

 ため息をついたレアがやれやれと首を振ると、頬についていた返り血を拭った。その時、ゴブリンたちの死体がグズグズに溶け出し、真っ黒に染まりながらも、大地に染み込んでいく。やがて、ゴブリンたちの死体はおろか、グレイたちが浴びていた返り血や、大地に染みていた鮮血さえも、綺麗さっぱりと無くなった。

 これが、グレイがゴブリンに対して半生物といった理由である。

 彼らには考える脳みそがあり、個性があり、生物として当たり前の機能も備わっているが、死んでしまえば死体さえ残らず、はたと消える。それは彼らの持っていた武器、纏っていた防具も例外ではない。

 〝ゴブリンとは、神の創り出した泥人形である。我々人類に与えられた、試練の一つに他ならない。〟

 アースガルドでの定説である。しかし、神がそう発言した訳ではなく、人類が勝手に、常識という名の固定観念として祭り上げただけに過ぎないのだ。

 ──もしも答えがあろうとも、それを知るのは、はるか先の未来だろうな。

 グレイは果ての見えない問いに思いを馳せた。なお、いきなり知的な表情を浮かべたグレイに、レアは理解不能と言わんばかりに眉を八の字にして、あからさまな困惑顔を浮かべていた。

 

「さあ、先へ進もうか」グレイは、ロングソードを納刀した。「ゴブリンたちの湧きは速い。あと数回は戦闘をこなしたいところだ」

「それには同意するけれど……いや、何でもないわ。いつものことだしね」

 再度ため息をついたレアは、グレイの隣に並び立った。

 

 仲間たちの調子を確認したグレイは、深い霧の中へと進んでいく。先の見えない道先は、まるで未来を暗示しているかのように不鮮明だ。しかし、未来とは自分で切り開くものである。どれだけの困難が待ち受けようとも、時に打ち砕き、時に迂回し、時に休息を挟み、乗り越えるものだ。

 人間賛歌は「勇気」の讃歌。人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ。忘れてはならない。人間とは、無限の可能性を秘めていることを。

 

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