異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。 作:卍錆色アモン卍
霧深い森の中で、グレイは一体のゴブリンと相対していた。
当世具足を身に纏い、大太刀の切先を天に突き上げるグレイ。対するは、忍者装束を身に纏い、姿勢を低くして小刀を構えるゴブリン。
両者は同時に駆け出した。そして、大太刀の間合いが間近となった瞬間。グレイは己の肉体そのものが武器であると定義し、強かに大地を踏み込んだのだ。
──一の太刀を疑わず、二の太刀は負け。地軸の底まで叩っ斬るッ!
腰を落とし、丹田に力を込め、背中、肩、上腕、前腕、手と、余すことなく力を伝える。そして、腕を伸ばし切った最大打点を意識して、グレイは大太刀を振り下ろした。
「キェェェェェーッッ‼」
刀身の角度ヨシ、全身の
反射的に小刀を構えたゴブリン。だが、大太刀は小刀ごとゴブリンを押し潰し、そのまま目にも止まらぬ速さで一刀両断をしたのだ。
血肉が弾け飛ぶ。かつて、ゴブリンだったそれは、今や大太刀の錆と化していた。
再度、大太刀を大上段に構えていたグレイは一息つくと、流麗な太刀筋で大太刀を振り下ろし、下血振りを行った。しかし、それで全ての血を落とせるわけではないため、持参していた和紙で丁寧に拭き取る。その後、大太刀を鞘に納めた。
「随分と扱えるようになってきたな」グレイは、微かな笑みを浮かべる。「師匠のおかげで、武士道が何たるかが分かってきたぜ」
グレイが師匠と仰ぐ人物とは、和装一式を落としたオークである。オークからすれば何を勝手なという話であるが、グレイの中では、あの死合は鮮烈な思い出として残っているのだ。
己の糧となったオークに感謝を捧げたグレイは、踵を返す。
──流派などなく、我流。だが、己は武芸者である。
また一つ、己の価値を高めたとグレイはニヤつくと、次の
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二の扉。通称、幽玄の森のススキ草原に建てられた、前哨基地。まだ夜明けの来ていない未明の空が天上に広がるそこには、グレイたち異人四課の他に、異人三課と公安機動制圧隊第一分隊の面々が揃っていた。
ここまで戦力が揃っていることは珍しい。だが、揃っているということは、それなりの理由があるということだ。
前哨基地内の会議室にて、グレイたち異人四課は、他の面子と顔合わせをしていた。グレイはランサに軽く手を振ると、ルークと一緒にゾネを視界に収めては、眼福と言わんばかりに表情を崩す。
「では、これより暁の進撃作戦についての会議を始めます」
公安機動制圧隊第一分隊の分隊長、榊が声を上げた。榊は大きなテーブル上に浮かび上がったホログラムを操作し、ススキ草原に築かれた、もはや村の如き巨大なオークの共同体を拡大表示する。
「ここ半月ほどで、異様なほどの速さでオークが纏まりつつあります。かなり危険な兆候であると本部が断定し、我々が殲滅するメンバーとして選定をされました。公安機動制圧隊第一分隊、異人三課、異人四課の構成となっています」
榊は、集まった面々を見回した。
「作戦は単純明快。視界が確保しやすく、相手が油断をしやすい夜明けに奇襲を仕掛け、オークを一網打尽にします」
ホログラムに映し出された、オークの共同体。そこにあった二つの出入り口が、赤く強調表示をされる。
「第一分隊が正面から侵入し、オークを殲滅していきます。異人三課と四課の皆様は裏口で待機をし、撤退するオークを順次駆逐していってください」
榊は言い終わると、「何か質問はありますか?」と声を上げた。そのため、グレイは手を上げ、発言をする。
「オークの総数、武器について。あとは、定位置につく前に見つかった場合の動きについて教えてくれ」
「オークの総数はおおよそ五十です、多少の変動はあるかも知れません。武器種は大太刀、薙刀、槍が大半を占め、少なからず弓兵が存在します。作戦の完遂が不可能だと判断した場合は、即時撤退の命令をそちらに送りますので、その場合は撤退をお願いします」
グレイは仲間たちを伺い、特に疑問もないようなので押し黙った。
やがて、今から三十分後に、前哨基地を出発することと相成ったのだ。
グレイの前方に、篝火の焚かれた裏口が見える。
ようやく空が白み始めた頃、グレイはススキに身を隠して、長いこと待機をしていた。グレイの隣にはレアがおり、背後にはルークとシズ、鈴木凪。少し離れた場所には、異人三課の面々が同じように待機をしている。
その時、断続的な破裂音が聞こえてきた。ついで、鈴木凪より作戦開始の旨が伝えられる。
「突撃ーっ!」グレイは声を張り上げると、仲間たちと共にススキから飛び出し、裏口にて見張りをしていたオークに襲い掛かった。
鼓膜を震わす鐘の音を背景にして、グレイはオークに渾身の一太刀を浴びせる。猛然と走り寄り、大太刀の間合いに入った瞬間、跳躍をしてはオークの頭部へ真向斬りを放ったのだ。
後方に気を取られていたのもあるだろう。見張り役のオークは、武器を引き抜くことなく頭部を縦に両断され、即死した。グレイは隣にやってきたランサを一瞥した後、裏口の前に立ち塞がる。
〔誤射を誘発しないためにも、あまり前に出ないようにお願いします〕鈴木凪が忠告を発した。
〔ランサくん、気合入ってるねー! せっかくだし、異人四課にいいトコ見せちゃって!〕
異人三課のお目付け役──夏目フミコが楽しげに口を開いた。彼女とは軽く自己紹介をし合った仲なため、グレイは名前を知っている。ちなみに、夏目フミコはかなり
彼らはこちらを見やると、覚悟を決めたように武器を構えた。並々ならぬ執念が見て取れる。
──なんと美しい瞳だ。己の未来を
グレイはぶるりと体を震わせると、大太刀を大上段に構え、凄惨な笑みを浮かべた。彼らを打ち倒し、己の糧とする。グレイは、今から為すことに躊躇いなど、迷いなど持ち得ない。
──己の信ずる道を征く。その果てにこそ、答えはある。
グレイの〝魂〟は、もはや揺るぎのないほどに定まっているのだ。
「イオ──」ランサが小柄な少女、イオをちらりと見やる。「『加速』を頼んでいいか?」そして、そう言った。
イオはむすっとした表情を浮かべつつ、言葉を返した。
「効果時間は一分だぞ、その後はすっごい疲れちゃうんだぞ! ランサが弱くなっちゃうからヤダ!」
「そうだけど、その一分間、俺は強くなれるんだ」ランサは懇願するように、弱々しい笑みを浮かべた。「イオ、頼むよ」
イオは「むー!」と不満げに唸っていたが、やがてランサの言葉に屈したのか、魔法を唱えた。
「〈
「ああ──」ランサがグレイを見据えてくる。「もちろんさ。ヒューマン如きに負ける俺じゃないよ」
「──ほう?」
グレイはランサを
「レア、『魔法の武器』を。シズ、『加速』を頼む」
「あんた、大人気なさすぎでしょ。まあ、やるけれど。〈
「仕方ありませんね。〈
大太刀が赤熱し、火を吹き出す。それと同時にグレイの思考は冴え渡り、身体が羽のように軽くなった。
「ランサ、負けねえぞ?」
「俺だって負けるつもりはないね」
グレイはランサと小さく笑い合うと、大地を強く蹴りつけ、目にも止まらぬ速さで駆け出した。相手は四体、どちらがより多くのオークを狩るか、それで勝敗は決まる。
はからずもヒューマン対デミヒューマンという種族間の争いとなったが、彼らにその気はなかった。あるのはただ一つ、〝どちらがより優れているか〟これに尽きる。なお、グレイたちのやり取りを静かに見守っていたゾネは、「仲良くしようよ……」と呟き、眉を八の字にして悲しみを顕にしていた。もしかしたら、彼女は意外と平和主義者なのかも知れない。
普段の二倍近い速度で駆け抜けるグレイの視界は間延びし、景色が置き去りにされていく。だが、グレイが見据えるのは、大太刀を持ったオークだけだ。
「キェェェェェーッッ‼」
はるか手前から跳躍をし、上へ見上げなければならぬほどに高く跳ぶ。そして、自らの体重さえも力へと変えながら、グレイは大太刀を振り下ろした。
神速の一手。魔法の力により、落下速度さえも加速している。それにより、破壊力が何倍にも増幅をされており、生半可な防御では絶対に防げ得ない凶刃へと至る。
対するオークは、裂帛の鳴き声を上げながら、斬り上げ──逆袈裟斬りをグレイに放ってきた。
その結果とは。グレイがオークの大太刀を上から叩き潰し、そのまま脳天をかち割ったのだ。勝敗は一瞬で決し、グレイは再び駆け出した。
屹立としていたオークが、目にも止まらぬ速さで優美な薙刀を振り下ろしてきた。型に則った美しい太刀筋。グレイは微かに感心を抱きながらも、大太刀を巧みに操り、オークの剣筋を反らした。
刀身が滑り合い、火花が散らされる。初撃は終わりを告げた。だが、オークは動揺することなく二の手、神速の突きを放ってきたのだ。
見事なまでの足捌きと、薙刀特有の長いリーチが相まり、まるで刀身が伸びているかのような錯覚さえ覚える。グレイは冷や汗をかくが、冷静にも大太刀を横一線走らせ、薙刀を強く弾いた。そして、突貫する。
だが、薙刀の後端部分、
「キェェェェイッ‼」
大太刀の軌跡が閃けば、薙刀の後端部分が大きく跳ね上がり、オークが姿勢を崩した。グレイはこの好機を見逃さぬようにと大太刀を素早く翻し、殺意をのせて左袈裟斬りを放つ。
血飛沫が舞い上がると──大太刀が、オークの肩深くにまで食い込んでいた。甲冑を引き裂き、鎖骨を粉砕し、胴体の半ばまで斬り込んでいる。
オークは目を見開き、震える手で大太刀を握りしめる。指が斬れることもお構いなしに。だが……やがて、事切れた。グレイは、オークの骸より大太刀を勢い良く引き抜くと、この死合に終止符を打つかのように、炎に彩られた大太刀を振った。
──名も知らぬオークよ。お前のおかげで、俺の価値はまた高まった。感謝するぞ。
グレイは倒れ付したオークを一瞥した後、大太刀を肩に担ぎ、身を翻した。
グレイが二体のオークを斬り終えた時、既にランサは片鎌槍を肩に担いでは、勝ち誇った笑みを浮かべていた。ランサの傍らには、骸となったオークたちが転がっている。それらに大きな外傷はなく、首を斬られた
「わしの負けぜよ……。おまん、ちっくと強過ぎじゃないかえ?」
「口調どうした?」ランサは片眉を上げたが、続けて話した。「まあ、俺はこれでも頑張ってんだ。槍術に関してはプライドがある」
「俺だってプライドあるが? でも、中々に良い経験だったぜ。また競い合おう」
グレイが手を差し伸べると、ランサは少し照れ臭そうにしながらも手を差し出し、握手に答えた。ゴツゴツとした硬い感触。鎧越しであっても、グレイは気づいた。何年も修練を積んできた、武人の手だ。
その時、グレイは凄まじいほどの倦怠感に襲われた。『
グレイはランサと共に、
──〈
グレイは萎びた表情を隠そうともせずに、やっぱりこうなったか、とでも言いたげなレアを見つめ返した。幸いにもオークは新たにやって来ず、ゾネがさり気なく周囲を警戒していてくれたため、グレイは遠慮なくランサと共に、深いため息をついたのだ。
やがて、第一分隊の面々と合流をしたグレイたちは、榊より作戦終了の旨が伝えられた。オークの殲滅は終わり、戦場となった共同体跡には、荒ら屋や見窄らしい見張り櫓、簡素な柵のみが残される。
死したオークたちは、何一つ残らずに霧散したのだ。彼らの生きた証はいずれ風化し、誰からも忘れ去られるだろう。だが、そこに例外はなく、グレイたちもまた同じ運命を辿るのだ。
〝生きる〟とは何だろうか。寿命を持つ高等種族ならば、誰もが一度は考える難題だ。いずれ死ぬのだから好きなように生きる、僅かな時間を誰かのために生きる。様々な答えがあるだろう。だが、それぞれの正解とは、〝生きた〟果てに見つかるのではないだろうか。
グレイは己の価値を高めることこそが至上命題とした。それが正しいかどうかは、グレイの死に際に分かることだろう。
未来のことなど誰にも分からない。だからこそ、暗闇の先の光を求めるように、冒険をするのだ。生まれながらにして冒険者、それが人間である。
──自我を確立したその時から、我々は飽くなき冒険の坩堝に嵌っているのだ。
グレイは、そう信じている。
縦書き表示でも読めます。が、操作性が悪いのは周知の事実。やっぱし怖いスね、縦書き表示は。