異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。 作:卍錆色アモン卍
道路を歩き始めて数時間後、グレイは鋭敏な感覚でもってして、後方から何かが迫ってくることに気づいた。
グレイはそのことを直ちに仲間たちへ共有をすると、勢い良くガードレールを乗り越え、林の中に姿を隠す。レアとルークもグレイに続いたが、シズだけは道路の端により、後方を確認し始めたのだ。
「シズ、どうした」
「もう、おっちょこちょいなんだから!」
「シズ、早くこっちに来るんだ……!」
「いや、警戒する必要はないですよ。というか、なんでグレイまで隠れてるんです? 車が来ることは分かってますよね?」
「万が一魔物だった場合を考えるんだ、シズ」
「魔物て、流石にその可能性は低いでしょう」
余裕綽々とした態度のシズにグレイは眉をひそめるが、彼女の言葉も一理ある。そのため、グレイは勢い良くグレートソードを引き抜くと、即座に彼女を守れるように警戒態勢をとった。
「いや何してんのぉ⁉」
シズがそう叫んだ瞬間、後方より四輪の自動車が現れた。
四角いデザインをした車であり、グレイからすると未来的に映る。また、エンジン音が全く聞こえて来ず、その代わりとしてなのか、不可思議な電子音が聞こえてきた。
グレイは理解不能と言わんばかりの表情で車を見送り、レアとルークもまた、険しい表情で車を見送る。
「あれは、なんだ……!」
「馬がいない馬車って何よ。それはもう馬車じゃないじゃない!」
「妙ちきりんだね。僕は夢でも見てるのかな……」
「いやいやいや、レアとルークが驚くのは分かりますが、なんでグレイが驚いてるんですか⁉ おかしいでしょ⁉」
シズに詰め寄られるグレイだったが、彼は逆に不思議であった。なぜなら、推定電気自動車なんてまともに見たことがなかったからだ。
「シズは驚かないのか? あれはおそらく電気自動車だろう。だが、俺の知ってる奴じゃない。一体今は、西暦何年なんだ……」
「あ、ああ。なるほど、そういうことですか。確かに今が西暦何年かは気になりますね。きっと私たちが生きていた時代とは異なるでしょうし」
「シズはやけに落ち着いてるな」
「そりゃあ、電気自動車なんて大衆車ですし」
「……ん?」
ここでグレイは違和感を覚えた。電気自動車が大衆車? お前は何を言っている。大衆車はガソリン車かハイブリッド車だろう。彼はそう思ったのだ。
「一つ聞きたいんだが、シズが生まれた年は何年なんだ……?」
「私ですか? 西暦2200年ですけど」
「馬鹿なああああ⁉」
「ええ⁉ いきなりどうしたんですか⁉」
西暦2200年。グレイはたまげた。なぜなら、彼の生まれ年は西暦2000年だからだ。つまるところ、グレイの生きていた時代から、この世界は最低でも200年先の未来ということになる。彼はもう一度たまげた。
その後、グレイはシズと情報のすり合わせをすると、衝撃的な事実を知らされたのだ。
「あ、ありえない……⁉ 日本が多民族国家になっているだと⁉ 日本は大和民族の国だぞ‼」
「そんなこと言われましても。私はアメリカ系日本人でしたし」
「アメリカ系日本人って何だよ⁉」
「そもそも純日本人なんて半数を切ってましたよ」
「そんな事実、知りたくなかったっ‼」
かつての祖国に誇りを持っていたグレイは、悲しみに打ちひしがれた。そっと、肩に手を乗せてくれたレアに寄り添い、ほろりと涙を流す。
「あんまり、グレイをいじめないで欲しいわ」
「シズ、彼の心が意外と脆いのは知ってるだろう?」
「な、なんかすみません」
グレイの祖国はアースガルドにある。それは代わりようのない事実であり、彼自身その祖国を誇りに思っている。だが、かつての祖国である日本の凋落ぶりに、グレイはやるせない気持ちを抱かざるを得なかった。
気を取り直したグレイは、心機一転して歩き始める。もはやここは彼の知っている国ではないのだ。異世界に存在する、未知の国家と言ってもいい。
グレイはシズより聞かされた、ネオ東京なる首都を観光してやろうという心持ちでいることにした。そうして、しばらく歩き続けていると、ついに建造物を発見したのだ。
巨大な三角錘をした、見慣れない建造物。それは森の中にひっそりと存在し、合わせ目といった段差が見当たらない、つるりとした壁面をしていた。また、その建物の裏には柵と思われる仕切りがあり、建物と同様に真っ白だ。
グレイは仲間たちと顔を見合わせると、即座に陣形をとる。グレイとレアが横に並び、その後ろにルーク、シズと続くのだ。
だが、普段ならば完璧なチームワークを見せる『黄金の剣』であったが、一人だけ異議を唱えるものがいた。それはシズである。
「ノリで陣形をとりましたけど、どこにも危険はないですよ!」
「何言ってるのよ。あれはどう見てもダンジョンじゃない。古代文明の遺跡に違いないわ」
「僕もそう思う。だって見慣れないもん」
「俺もそう思うぞ。だって見慣れないもん」
「グレイまでそっち側に行かれたら困りますって!」
冗談ではなく事実なのだが、グレイはシズに怒られてしまった。仕方なく、グレイはグレートソードから手を離す。だが、警戒自体は解かずに、そろりそろりと建物へと近づいた。
ガラス張りのドアには映像が流れており、昔懐かしい日本語と英語が同時に流れていた。グレイは一度レアとルークに文字を読ませてみるが、当然というべきか彼らは読めない。それもそのはずで、グレイたちはアースガルドで広く普及している共通語を、第一言語にしているのだ。
「こりゃ大変だぞ。俺も日本語を話せるかどうか」
「私がなんとかしますよ」
「変な文字列ね。なんで文体が違うのよ?」
「共通語と古代文字が一緒に流れてるんじゃない?」
「ルーク、間違っても日本語は古代文字じゃないぞ……!」
聞き捨てならない言葉に対して返答をしたグレイは、気を引き締めるとドアへと近寄った。その際に、仲間たちに忠告をするのを忘れない。
「自動でドアが開くだろうが、気を取られるなよ。もしかしたら、魔物が飛び出て来るかも知れないからな……!」
「ええ、分かったわ!」
「気をつけるよ!」
「いやいや、そんなわけないでしょ⁉」
シズの言葉を皮切りに、グレイたちはウィーン!と軽快な音を立てる自動ドアを潜った。
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はあ、今日も暇だなぁ〜。花野アイは、肩肘をつきながらも、そんなことを考えていた。その時、叔母である森崎凛が、アイへ声を掛けてきたのだ。
「アイちゃん、お客さんが来とるよ」
「あっホントだ!」
テーブルに突っ伏していたアイはがばりと体を起こし、モニターに表示された映像を眺める。すると、そこには金属製の武器らしきものを背負い、古めかしい鎧を纏った変質者たちが映っていたのだ。それ故に彼女は大層困惑し、思わずといった様子で呟いた。
「え、何この人たち。コスプレ?」
「どうしたんだい」
「ちょっと叔母さん見てよ、ヘンな人たちがいるよ?」
「……確かにヘンな人たちだねえ。だけど、外国人ならヘンでもおかしくないだろう」
アイの隣へやってきた妙齢の女性は、長く伸びた黒髪を肩に流し、モニターを見つめていた。だが、やがて興味を無くしたように、普段の定位置へと戻ってしまう。
アイは応対の準備だけはしておこうと席を立つと、タイミングよく電子的なドアベル音が鳴り響き、先ほどの彼らが入店をしてきた。
「いらっしゃいませ〜!」
エプロンをはたき、軽快に駆けたアイは彼らに近づく。そして、体を強張らせた。なぜなら、二メートル近い巨躯を誇る鎧姿の男性と、かなり長身な女性。加えて、細身ながらも鋭い目つきをした男性と、影のある黒髪の女性がじっとこちらを見つめてきたからだ。アイは身長が低いこともあり、彼らに尻込みをした。
「あっえっと、なんの用でしょうか……?」
「はじめまして、私はシズと申します。少々お時間を頂いてもよろしいですか?」
話しかけてきた黒髪の女性は、誰もが見惚れるほどの美人であり、こちらを気遣うようににこりと微笑んでいた。しかし、彼女の青く澄んだ瞳には表現のできない不思議な力が満ちており、どこか人ならざる雰囲気を醸し出していたのだ。
「別に構いませんが、なんでしょう……?」
「ありがとうございます。実は、私たちは少々知識不足でして、色々と教えて欲しいんです。どこか座る場所はありませんか? そこでじっくりと話し合いをしましょう」
アイは眼前の、にこにこと微笑む女性が怖かった。また、一言も発さない彼女の連れたちもアイの恐怖を引き立てる。
ここで断ったら、何か良からぬことをされるんじゃないか。アイはそう考えると、決して彼らを刺激しないようにしようと心に誓った。
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シズの巧みな話術により、現地人を一人捕まえることに成功した。グレイは店員と思われる少女の後を追い、やがて案内されたテーブルにつく。そこは休憩所と思われる場所であり、複数のテーブルと椅子が並べられていた。
「グレイ、大変よ……!」
「どうした」
「あの子が話してた内容が分かったのよ!」
「なに? レアは日本語が分かるのか?」
「違うわ、なんだか不思議な感覚ね。発した言葉が共通語に変換されて聞こえてきたわ」
グレイはレアからもたらされた情報に疑問を感じたが、確かによくよく考えてみると、少女が共通語を話していたことを思い出す。彼はなぜ気づけなかったんだと驚き、続けて、いつの間に自分は言語学マスターになったんだと戦慄した。
「俺は、頭が良かったのか……⁉」
「おそらく魔法陣の影響でしょうね。私も意識をすると共通語、英語、日本語と様々な言語に翻訳されて聞こえてきました。また、ここが日本、もしくは平行世界線の日本であることは確定していいでしょう」
「そうだな! ここは日本に違いない!」
「グレイ、誤魔化したって発言は取り消せないものだよ」
ルークに鋭い目線を送ったグレイは、魔法陣について考えた。あれはつまり、世界を超越するだけでなく、対象者に異世界へ順応させる魔法が込められた代物ということになる。そんな大それた魔法陣をグレイは知らず、見聞きしたこともない。そして、それは他の仲間たちも同様なようだ。
「あの魔法陣って何だったのかしら。かつては使われてたってこと?」
「そう考えるのが妥当じゃないかな?」
「ですが、あんなものをどうやって作ったんでしょうか。いくら何でもオーパーツ過ぎます。どこにあるかも分からない星と星を繋げるなんて……」
一同が揃って頭を悩ませていると、お盆にお冷を載せた先ほどの少女がやってきた。そのため、グレイは共通語で彼女に話しかけてみることにする。
「飲み物をありがとう。一つ聞きたいんだが、君はなんという名だ?」
「わわわ私の名前ですか? えっと、花野アイですけど……」
「花野アイ、可愛らしい名前だな。俺はグレイというんだ、よろしく」
「あっどうも、グレイさん」
立ち上がって少女と握手を交わしたグレイだが、彼女が妙に緊張をしていることに気づく。グレイは何か問題があったのかと考えを巡らせたが、その時。レアが小突いてきたのだ。
「あんたは威圧感がすごいのよ。この子はまだ幼いんだから、少しは屈む努力をしなさい」
「ごめん」
グレイはレアに小言を言われ、花野アイが怯えていることに気づいた。しかし、ヒューマン大陸においてグレイは高身長の部類ではあるが、そこまで突出して高いわけではないのだ。その証拠に、レアは身長一八〇センチほどであり、ルークは一九〇センチ、シズは一七五センチほどである。
それに比べると、目の前の少女は一五〇センチあるかないかといったところで、彼女がかなり幼いと断定出来た。
「アイ、とりあえず座ってくれ。俺達と深い話をしよう」
「あっ、はいぃ!」
「埒が明かないので、私が話しますね?」
「……ああ、そうしてくれ」
やけに恐れられている事実にグレイは涙ぐむと、レアに慰められる。なお、ルークはこれは傑作だと言わんばかりに、グレイを見てはニヤついていた。
「まずは自己紹介でもしましょうか。私はシズと申しまして、魔法職についております。こう見えて、結構優秀なんですよ?」
「……俺はグレイ、『黄金の剣』のリーダーだ。得物はグレートソードで、前衛を張ってる」
「私はレアよ、神聖魔法を扱える聖職者でもあるわ。普段はグレイと一緒に前衛を張ってるわね」
「僕はルーク、自然と共に生きる者さ。見ての通り弓がメイン武器でね。基本は中衛で狙撃をしているよ」
「あっ、すぅ〜。私は花野アイと申しまして、ここでバイトをしてる戦士です! 普段はレジに立ってますね!」
グレイは感嘆した。こんな幼い少女が戦士職だからだ。
「ところで、このお店は何を取り扱っているのでしょうか? どうやら、カフェではないようですし」
「ここは乗馬体験ができるお店です。本物の馬と触れ合えるんですよ! でも、そんな興味ないですよね、リアルの馬なんて……」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。仮想現実と現実は違いますから」
「ちょっと待て」
グレイは聞き捨てならない単語を拾った。それは、仮想現実という聞き馴染みのない言葉である。
「お前ら、なんの話をしてるんだ」
「グレイ、ここは黙っときなさいよ」
「そうだよ、横やりほどウザったいものはないよ?」
「ぐぬぬ……!」
レアとルークに窘められたため、グレイは押し黙った。しかし、気になってしまう。仮想現実という、未来の技術が。
「話の腰を折ってしまってすみません。乗馬体験、本当に素敵ですね! 機会があれば、ぜひ体験をしたいものです」
シズが一拍を置いた後、続きを話した。
「それで、まずアイさんに教えて貰いたいことがあるんですが、今は西暦何年でしょうか?」
「西暦ですか? たしか、2300年ですけど……」
「なるほど、2300年ですか」
西暦2300年だとぉ⁉ グレイは驚愕した後、大げさに天を仰いだ。その様子を見ていたルークがこらえ切れずに吹き出したが、グレイは無視を決め込む。
「スマートフォンを借りることはできますか? インターネットで調べものがしたいんです」
「まあ、いいですよ」
シズが花野アイより黒い板を受け取った。グレイはおそらくスマホだろうと当たりをつけ、慣れた手つきで調べものをするシズを見やる。その時、花野アイがおずおずといった様子で、口を開いたのだ。
「あの、皆さんはコスプレをしてるんですか? やけに気合が入った衣装ですけど」
「コスプレ?がよく分からないけれど、私たちのこれは衣装じゃないわよ」
「ほら、この短剣を持ってみなよ」
「お、重い……! これ、銃刀法違反なんじゃ……⁉」
何やら驚いている花野アイだが、グレイはとりあえずコスプレというものをレアとルークに説明をした。端的に言えば、英雄譚に登場する人物を模倣したり、なりきることを指すと彼らに伝えたのだ。
「はあ。でも、私たちが似てる人物なんて居ないでしょう?」
「俺たちの格好が似てるんだろう。そうだよな?」
「そうです。まるで、『アースガルド』の冒険者みたいですね!」
「ちょっと待てぇ⁉」
グレイは今度こそ、聞き捨てならない言葉を言及することにした。