異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。   作:卍錆色アモン卍

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20鹿

 

 ススキ草原を越えた先には、再び森が広がっていた。しかし、深い霧に包まれているなんてことはなく、情緒溢れる自然に満ちていたのだ。ブナやナラといった広葉樹が広がり、凸凹とした足場の悪い地形が続く。霧の森が人工林だとするならば、こちらの森──動物の森は、原生林という表現が合っているのかも知れなかった。

 

 苔生した岩を乗り越え、グレイは僅かにある、落ち葉の積もった道なき道を進んでいた。その後ろには、レアたちが続いている。

 足場の悪い地形は否が応でも体力と気力を消耗し、戦闘をこなしていないにも関わらず、疲労が蓄積していく。やってらんねえぜ、と愚痴をこぼしたくなるほどには、自然に溢れた森であった。

 

「こい、大自然〜っ‼」グレイは堪らず叫んだ。

「何馬鹿なこと言ってんのよ、さっさと進みなさい」

 しかし、少し苛立った様子のレアに、言葉の鞭を振るわれてしまった。どうやら、普段イジメることのない筋肉が悲鳴を上げているようで、レアはかなり疲れているようだ。

 レアの後ろに続くルークは、まだまだ元気が有り余っていそうだった。なんなら、楽しそうな雰囲気さえある。しかし、ルークは気がかりな事があるように、何度も後ろへ目線を向けていたのだ。

 シズが無言である。口が固く結ばれては、目が雄弁にも「早く休みたい」とありありと語っている。

 これはまずいな、とグレイは思った。精神状態が不安定な時ほど、ミスを誘発しやすいものだ。このパーティー状態で戦闘をしようものなら、問題が起こりやすく、対処も碌にできない可能性が高い。グレイは、早急に休息を取る必要があるだろう、と思い至った。

 

 

 

 冷たくて湿り気のある風と、微かな水の流れる音を頼りに、グレイたちは深い森の中に存在する小川へとやってきていた。

 一抱えほどもある石がごろごろと転がり、頭の先に苔を被っている。そして、それらを避けるように、澄んだ水が下流へと流れてゆく。森の中を通る自然の道は曲がりくねりながらも、何処までも続いていた。

 ざあざあと音を奏でる水の音と、木々のざわめきが鼓膜を震わす素晴らしい空間は、木漏れ日の差す美しい景色も相まって、まるで一つの絵画のようだった。大自然の織りなす情景に心打たれたグレイは、この場所で休息を取ることにしたのだ。

 

「ここをキャンプ地とする!」

 そう声を上げたグレイは、率先して休息に必要な道具を取り出し始めた。

 レアより受け取った魔法のリュックより、折りたたみ椅子(チェア)や小さな(テーブル)を取り出し、設置。(テーブル)の上には、干し肉や革製水筒(レザーボトル)を置いた。続けて、タオルを小川に浸して絞ると、レアとシズを最優先にして、ルークと鈴木凪にも配った。これで顔を拭くなり体に当てるなりすれば、かなり疲れが取れることだろう。

 

「あら、気が利くわね」レアが嬉しそうに言った。

「グレイ、ありがとうございます」笑顔を浮かべたシズが、続けて言った。

 グレイはバチコーンとウィンクを飛ばしながら、「お安い御用だぜ☆」と二人に声を掛けると、干し肉を齧りつつ、周囲を警戒し始めた。

 

 しばらくの間、グレイたちは穏やかな時間を過ごしていた。森林による新鮮な空気が肺いっぱいに満たされては、小鳥たちの鳴き声やせせらぎが穏やかな心持ちにさせ、自然との調和が齎される。

 はからずも自然セラピーを受けていたグレイたちは、期待以上に疲労が回復し、先ほどの沈んだ気分など無かったかのように、晴れやかであった。

 

「自然ってのはいいもんだな──」腕を組んだグレイは、独りごちる。「あるがままの姿だというのに、そこに醜いものが一つも無い。全てが論理的に、合理的に成り立っている。だから、俺は自然が好きなんだ」

 グレイは、自然を愛する種族たるエルフに共感を覚えていた。これほどまでの生命(いのち)の輝きなど、自然界にしか存在し得ない。そして、緩やかながらも進歩をしているのだ。はるか永い時を掛けて。

 なんと素晴らしき世界か。多種多様な生物に富んだ自然界こそが、理想郷なのかも知れない。だが、高度に発達した頭脳を持つ人間には、満足し得ない世界なのだろう。だからこそ、文明を発展させては、新たな世界を創造し、より高みへと昇っていく。その過程で切り捨てられる物も多いだろうが、全ては進歩と天秤にかけた結果だと言える。その果てに至ることこそが、人間の至上命題だろう、とグレイは思うのだ。

 ──大いなる力には、大いなる責任が伴う。全ては因果で繋がっている。連綿と続いた軌跡を次世代に継がせることが、一人間としてできることだろうか。

 奇しくも自然界と同じ法則だ。人間もまた自然の一部であり、時の流れは違えど、目指すべき場所は一緒ということだろうか。

 グレイは、新たな問いを手にしていた。

 

 

 

 休息を終え、再び森の中を進んでいたグレイたちは、比較的木々の間隔が広く、歩きやすい地形に恵まれていた。まだ若いブナの林、そんな情景がなされていたのだ。

 その時、グレイの視界の端で何かが動いた。グレイは即座にハンドサインを上げ、その場で立ち止まり、周囲を警戒する。

 

 乱立するブナの若木の中に、こちらをじっと見つめる者がいた。赤みが強く、丸みを帯びた角──袋角(ふくろづの)を頭部から生やした、手足の長い不気味な人型生物。全身が薄い体毛に包まれ、前方に折れるように伸びた首の先には鹿の頭部があり、そこには鋭い牙が生え揃っていた。貪欲と相食(あいは)みの怪物、ウェンディゴ。それが、かの魔物の正体だ。

 

 腰蓑に二環吊りにされた(こしらえ)──鞘、(つか)、鍔の総称──には金の装飾が施されており、納刀されているサーベルの柄には枠状の鍔──護拳が見て取れる。

 サーベル(ごしら)え。そのような優美な軍刀を持ったウェンディゴは、随分と滑稽に映る。知性の欠片など持たない怪物が、腰に金細工の煌めく刀剣を佩いているのだ。グレイは偏見ながらも、宝の持ち腐れだな、と思わざるを得なかった。

 

 ──ゲッゲッゲッゲ。

 不気味な笑い声のような威嚇音を発したウェンディゴが、鞘からサーベルを引き抜いた。木漏れ日に照らされた刀身は、日本刀だ。

 

「相手は一体。ここは温存して戦おう」

 グレイはシズに目配せをすると、言外に仕事無しと告げた。シズが不満そうに頬を膨らませる。

「僕がやろうか?」

 ルークがそう言いながら、弓に手を掛けた。グレイは肯定するように「ああ」と声を上げ、ルークに一任をしたのだ。

 

 構えた弓に矢を番え、背中と肩の筋肉を十全に使い、大きく胸を張るように弦を引く。その際のルークの下半身は、大地と一体になっているかのように不動である。

 引き手を頬に固定(アンカー)したルークは、一瞬で狙いを定めて、矢を解放(リリース)した。

 刹那、ほんの僅かな風切り音と共に、解き放たれた矢が(あま)を翔ける。綺麗な放物線を描く矢は、ウェンディゴ目掛けて飛んでいき、やがて怪物の左胸を貫いた。

 胴体を貫通し、ちょうど半ばまで矢が埋まったウェンディゴは、何が起こったか分からない様子だった。しかし、一歩二歩と足を進めるうちに事切れたのか、悲鳴を上げることもなく頽れたのだ。

 

「流石はルーク。略して〝さすルー〟だな」

 そうグレイが(おど)けて言えば、シズが先ほどの恨みと言わんばかりに反論をしてきた。

「ルークにヘンな略称をつけないでください! ここはカッコよく、〝銀影のイケメン射手〟とでも呼んでくださいよ!」

 ルークがすかさず口を挟む。

「いやっ、それは止めて欲しいかな! 普通でいいよ普通で!」

 かなり慌てて訂正をするルークは、随分と恥ずかしそうだ。その証拠に、ほんのりと顔が赤い。しかし、シズはそれを謙遜と受け取ったのか、「ルークはもっと自信を持っていいんですよ」と指摘をするように告げた。

 

 困ったように笑うルークと、ルークこそが一番だと思っているシズ。二人は随分とお似合いだ。だが、ダンジョンの中で毎度イチャつかれるのも困ったものだ、とグレイは思った。その思いはレアにも届いているようで、グレイはレアと見つめ合うと、小さく笑い合ったのだ。

 

 なんの気無しに先へ進もうとしたグレイは、ウェンディゴの死体が霧散した場所に、煌めく何かが落ちていることに気づいた。近寄って確かめてみたグレイは仰天する。なんと、ウェンディゴがサーベル拵えを落と(ドロップ)していたのだ。

 前方にダイブするように飛び込み、グレイはサーベル拵えを抱き寄せた。間違いなく本物だ。グレイは「おほーっ!」と歓喜の声を上げると、早速柄を握り、刀身を引き抜いた。刃こぼれ一つない刀身が姿を現し、日本の魂とも言える日本刀が煌めきを放つ。

 ──そは刀 護国の誇り 敷島の 曇りなき上身(かみ) 美しきかな

 思わず短歌を口ずさんだグレイは、サーベルを握った右手と右半身を前に出し、腰後ろに添えた左手と左半身を後ろに下げた。そして、虚空を斬り払う。剣閃がひた走り、舞い散る落ち葉が二つに分かたれた。

 

「馴染む、馴染むぞぉ!」

「いや、何ちゃっかり使いこなしてんのよ」

 隣にやってきたレアが、呆れたように言った。グレイはすかさず口を挟んだ。

「サーベル術は冒険者ギルドで習っただろ?」

「あれは触りだけじゃない。使いこなせる人なんていなかったわよ。いや──」レアが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。「あんたは普通に使いこなしてたわね……」

 

 グレイはドヤ顔をしながらサーベルを巧みに操ると、胸の前で構えをとった。左胸に護拳を当てて、切先を天に掲げたのだ。

 

「次はこいつでも使おうかな?」

「別にいいけれど、ヘマしたら許さないわよ」

 使用許可が下りたことに歓喜の声を上げ、グレイは喜び勇んで森の奥深くへと進んでいった。

 ──斬らせろ……! 早く斬らせろぉ……‼

 グレイの目は、これでもかと血走っていた。

 

 

 

 振り下ろされたサーベルを後退(バックステップ)で回避し、反撃として大きく一歩を踏み出しながら、グレイは突きを放った。

 ウェンディゴの左胸に深く突き刺さったサーベルは止まらず、そのまま二度三度と閃き、計三度(みたび)もの神速の突きが繰り出される。そして、最後に大きく十字を描くように瞬いた。

 

 グレイは後ろへ下がりながらもサーベルの血振りを行い、ウェンディゴを見据えた。件のウェンディゴはよろめいた後、後ろへどうっと倒れ、そのまま息絶えたのだ。

 ──造作もない。技を持ち得ぬ(けだもの)など、恐るるに足らず。

 若干の物足りなさを覚えたグレイは、これじゃコボルトとさして変わらず、なんなら数の勝るコボルトの方が価値が高いな、と不満を漏らした。レアから、「いや、あんたが強過ぎんのよ」とツッコミを入れられるが、グレイは現実など見て見ぬフリをする。

 

「うん、腹減ったし昼食にしよーぜ!」

 グレイは諸々を諦めた。できれば、ゴブリンやオークほど知能が高ければ満足ができるのだが、些かウェンディゴには酷なことだった。仕方なく、新たなキャンプ地を探し始めることにしたのだ。

 

 

 

 小川のほとりにて、グレイたちは休息をとっていた。心が休まるせせらぎの音を背景にして、ジュージューと肉の焼ける音と、パチパチと油の跳ねる音が木霊する。

 

 適当な石と薪で作った、即席の焜炉(コンロ)にフライパンを置き、その上にありったけのバターとハーブ、そして主役である新鹿(しんろく)の肩ロース肉がどかんと乗せられていた。レアが携帯ナイフでロース肉を転がしながらも、肉全体にバターを浸していく。

 その隣では、シズが組み立てたトライポッドに吊るされた鍋をかき混ぜていた。その中には、ホーンラビットの肉とマンドラゴラが沈んでおり、これでもかと濃厚な香りを漂わせていた。

 

 どちらも非常に美味しそうなため、先ほどからグレイの腹の虫が治まらない。周囲を警戒するために歩き回るグレイだったが、それは警戒するためというよりも、空腹を誤魔化す意味合いの方が強かった。

 ──かれこれ調理が始まって、三十分ほど。もうそろそろ完成するだろう。

 グレイは溢れんばかりの食欲をどうにかして抑えようと、サーベルを振り始めた。

 大きく前に踏み出しながら、斬り下ろす。刀身の角度に気をつけながら、全身をバネにして突きを放つ。後ろへステップを踏みながら、素早く横に薙ぎ払う。

 ──何ということだ。余計に腹が減ってきた。

 グレイは後悔した。

 

 しばらくして、レアより料理が完成した旨が伝えられたので、グレイは足早に向かった。

 木板に載せられているのは、薄くスライスされたロース肉を挟んだ黒パンのサンドイッチ、ホーンラビットとマンドラゴラのスープ、そして、アルラウネの果実──パッションフルーツに似ている──とヨーグルトを掛け合わせたフルーツヨーグルトだ。

 

 グレイはひとまず革製水筒(レザーボトル)で水分補給を済ませると、サンドイッチを掴み、むしゃむしゃと食べ始めた。溢れ出た肉汁とバターが黒パンに染み込んでおり、まさしく旨味の暴力だ。グレイの手は止まらなかった。

 頬をパンパンに膨らませるほどに頬張ったグレイは、ホーンラビットとマンドラゴラのスープを一口啜り、口の中でサンドイッチとマリアージュさせた。スープもまた濃厚な旨味に満ちており、僅かに利いた塩味が良いアクセントになっている。

 

 ほんの数分でサンドイッチとスープを完食したグレイは、食後のデザートとしてフルーツヨーグルトに手を付けた。

 木製のボウルに乗せられたフルーツヨーグルトを、これまた木製のスプーンで掬い上げ、口の中へと運ぶ。

 何度か咀嚼をしたグレイは、アルラウネフルーツの爽やかな甘酸っぱさと、ヨーグルトの酸味が絶妙にマッチしていることに気づいた。そこへ、レアが蜂蜜を垂らしては、味変をしてくれる。

 ──ありがとう……それしかいう言葉が見つからない……。

 グレイは天を仰ぎ、今生きていることに対して感謝を捧げた。そして、この料理を作ってくれたレアとシズにも感謝を告げ、再び周囲の警戒へと戻る。

 

 もはやグレイの気力はこれでもかと高まっており、例えウェンディゴが大量に押し寄せようとも、負けない自信があった。

 やがて、森の中からざわめきが立つと、グレイは勢い良くサーベルを引き抜き、強く大地を踏みつけては、大きく一歩を踏み出したのだ。

 

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