異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。   作:卍錆色アモン卍

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22狼

 

 動物の森の最深部は、杉や(ひのき)といった針葉樹に包まれていた。燦々と降り注ぐ太陽が、木の葉を透かして大地に陽光を届け、(くるぶし)にも満たない高さの草木を照らす。落ち葉を覆うように繁茂するそれらは青々としており、木々の根元や、倒木の陰で生を謳歌していた。

 

 大地を踏みしめ、グレイは進む。ここを越えれば、開けた山間部に出れるというのだ。しかし、この動物の森の最深部には、恐ろしい獣が住んでいると教えられていた。群れをなし、数で圧倒し、縄張りへの侵入者を決して許さない。そんな獣だ。

 

 当世具足が音を鳴らすが、それとはまた別の音が鳴っていた。グレイの左腰、そこにはサーベル拵え──ではなく、直径二十五センチほどの小盾(バックラー)が吊り下がっていた。年季の入った小盾(バックラー)の表面には、緻密な彫金(エングレービング)が見て取れる。酷使されて所々が擦り減っているが、草花の模様は、決して気品を失っていない様子であった。

 小盾(バックラー)の裏には、冒険者に愛用をされている金属リングの鞘に、片手剣(ブロードソード)が納まっていた。(ヒルト)には、籠にも似た網目模様の護拳(ナックルガード)があり、金属リングのために突き出た刀身(ブレード)は、曇り一つなく磨き上げられている。レイピアに比してやや分厚い刀身であり、突きよりも斬ることに重きを置いていることが伺えた。

 

「待て」グレイが手を上げる。「前方に敵影を発見した」

 

 グレイの前方。そこには、灰色の毛色をした人型生物が身を潜ませ、こちらを観察していた。長く尖った鼻先、三角形をした耳、鋭い目付き。そして、全身を包み込む体毛と、逞しい体付き。その正体とは、人食い獣人、ウェアウルフと呼ばれる魔物であった。

 ウェアウルフは一体だけのようだが、おそらく監視のために配置をされていたのだろう。そして、無事に仕事を全うしたというわけだ。

 

 雄々しい遠吠えが森中に響き渡り、一瞬にして世界は静寂に包まれる。小鳥たちの囀りや、木々のさざめきが鳴りを潜め、森の王たるウェアウルフに平伏をするかのように存在を消した。

 グレイたちが陣形を取り、警戒をする中、森の奥より疾風の如き影がやってきた。草木を踏みつけ、倒木を飛び越えてやってくるのは、十を超えるウェアウルフたちだ。皆等しく戦意を滾らせており、こちらを害さんとばかりに唸り声を上げている。

 

「はてさて、どう攻略したもんか」

 グレイの呟きに対して、シズが返答をした。

「毎度ながら、私が分断いたしましょう。『精神混乱』でよろしいですか?」

 人の良さそうな笑みを浮かべるシズは、まるで演劇を演じているかのように恭しい態度だ。魔法を使いたいがために、わざわざ下手に出ているのだろう。

 グレイはシズの意思を汲み取り、大きく胸を張って、鷹揚に頷いた。

「うむ、任せたぞ。シズたそ!」

「ええ、このシズたそにお任せください!」

 

 普段ならばツッコミを入れられるところだが、シズは特に反応を示すことなく、魔法を唱えた。

 

「〈精神混乱(コンフュージョン)〉!」

 

 散開をしようとしたウェアウルフたちに、シズの魔法が降り掛かる。一瞬にして彼らを包み込んだ青い霧はすぐに霧散をしたが、怪物たちの半数近くが、抵抗虚しく魔法に掛かっていた。呆然とする者、フラフラと歩き出す者、味方を攻撃し始める者。まさしく、精神に混乱を(きた)した者たちだ。

 グレイたちがこの隙を逃すはずもなく、容赦なく追撃を始めた。ルークの強弓より矢が放たれ、魔法の抵抗に成功した素面(しらふ)のウェアウルフたちを次々と屠っていく。並行して、シズが普段見せることのない高速詠唱を挟み、〈火球(ファイア・ボール)〉でもってして怪物たちを消し炭へと変えていく。その間に、グレイとレアは前線を押し上げた。

 

 戦列の乱れたウェアウルフたちは、各々が自由に動き出していた。素面の怪物たちが、真っ先にグレイとレアに襲い掛かってくる。

 グレイは吊り下げていた小盾(バックラー)の柄を握り込むと、こちらに薙ぎ払ってきた鉤爪状の武器──手甲鉤(てっこうかぎ)を思いっきり叩き、弾いた。

 激しい金属音が鳴り響く。グレイは間を置かずに、片手剣(ブロードソード)を引き抜いた。金属リングを滑りながら刀身が飛び出す。その勢いを殺さずに、グレイは柄頭(パメル)でもってして、姿勢を崩していた怪物の顎を強かに打ち付けたのだ。

 瞬時に片手剣(ブロードソード)を手元に引き寄せ、グレイは左一文字斬りを放つ。怪物の喉を通り過ぎた片手剣(ブロードソード)は容赦なく首を掻っ斬り、噴水の如く血を吹き出させていた。

 

 もがき苦しむ怪物を蹴り飛ばし、次から次へとやってくるウェアウルフたちを相手に、グレイは大立ち回りをする。片手剣(ブロードソード)小盾(バックラー)を自在に操り、二刀流を思わせる手数の多さで、怪物たちの荒波を乗り越えていく。

 決して派手さはない。しかし、堅実に。

 細やかな体捌きで次々と怪物の骸を量産し、息つく暇もなくやってくるウェアウルフたちをグレイは屠り続けた。やがて、荒波は落ち着きを見せ、いつの間にやら凪いでいたのだ。

 森の中に、再び活気のある声が渡り始めた。涼やかな風が吹き、小鳥たちの囀りが、木々のさざめきが鼓膜を震わし始める。しかし、鼻を犯す血生臭い香りだけは、消えなかった。

 

 死屍累々となった森の中で、グレイは一息ついた。全身に浴びた鮮血や、武具の汚れを落としたい欲が湧き上がる。だが、それは後にして、仲間たちの様子を伺い、問題がないかの確認を始めた。

 

「レア、無事か」グレイの問いに対し、レアは「問題ないわ」と答えた。

「ルークはどうだ」続けてルークに問うと、「無問題だね」と、肩をすくめながら返された。

「シズは?」次にシズに問えば、「支障はありません」と、余裕そうな態度で言われた。

 最後に鈴木凪に問うたグレイは、「ええ、ご心配には及びませんよ」と、頼もしい言葉を貰ったのだ。

 

「よし、ならば小休憩を挟んだ後に、移動しよう」

 ウェアウルフたちの死体と、辺りに飛び散っていた鮮血が真っ黒に染まりながらも、霧散する。それを横目に、グレイは慣れた手付きで片手剣(ブロードソード)を納刀した。

 

 

 

 拳を突き出すように小盾(バックラー)を構え、盾の影を大きく取る。そうすることで、相手から見て自身の行動が見え辛くなる。無論、自身から見ても相手の影が大きく見えるため、その点は注意が必要だ。

 眼前のウェアウルフが痺れを切らしたのか、小盾(バックラー)を上から剥ぎ取るように手甲鉤を振り下ろしてきた。グレイは伸ばしていた腕を引っ込めて余裕綽々と躱し、一歩を踏み込んでは、小盾(バックラー)で怪物の鼻っ柱をぶん殴った。

 悲鳴を上げたウェアウルフが嫌がるように顔を引くが、既にグレイは片手剣(ブロードソード)を袈裟懸けに振り下ろしていた。それに気づいたウェアウルフが、相打ち覚悟で手甲鉤を下から振り上げてくる。

 順当に行けば、グレイの右手が無事では済まないだろう。いくら護拳(ナックルガード)があるとはいっても、手首に伝わる衝撃を逃がすことはできない。しかし、グレイは焦ることなどなかった。何故なら、小盾(バックラー)を持った左手を、片手剣(ブロードソード)柄頭(パメル)に添えていたからだ。

 手甲鉤は小盾(バックラー)によって防がれ、なんなら大きく弾かれ、そのままウェアウルフの胴体は袈裟懸けに斬り裂かれた。翻った片手剣(ブロードソード)が呆然とするウェアウルフの首を落とし、その命を断つ。此度の死合もまた、グレイが勝利を収めたのだ。

 

 グレイの周囲には、数体の骸が転がっている。どれもこれもが致命傷を負い、倒れていた。しかし、グレイは無傷だ。

 ──この程度じゃ満足できないな。もっと強い奴が欲しい。

 己の価値を高めるためには、ウェアウルフでは役者不足。グレイは己の糧となったウェアウルフたちに感謝を捧げながらも、多少の不満を抱いた。やはり、相手には理性がなければ、とグレイは思ったのだ。

 

 オークやリザードマンに思いを馳せていたグレイの隣に、レアがやってきた。丸盾(ラウンドシールド)を背負い、肩には鎚矛(メイス)を担いでいる。

「どうしたのよ?」目敏いレアがグレイの不満に気づき、理由を尋ねてきた。

 グレイは片手剣(ブロードソード)を納刀し、小盾(バックラー)帯革(ベルト)に吊り下げる。そして、神妙な面持ちで答えた。

 

「俺は……強過ぎる」

「何イキってんのよ」

「敗北を知りたい」

「何イキってんのよ」

 

 盛大にため息をついたレアが、額に籠手(ガントレット)を纏った手を添えた。苛立たしげに、鎚矛(メイス)が肩をトントンと叩いている。グレイは察した。これは説教が始まる奴だと。何度も目を瞬かせたグレイは、焦燥をするようにちらちらとレアを見やった。

 

「あんたは確かに強いわ。だけれど、私たちは剣術家でもなければ剣客(けんかく)でもない、冒険者なのよ。強さを求めるのではなく、生きることを第一に考えて欲しいわね」

(しか)り」

「私は神聖魔法を唱えられる。四肢欠損だろうと治せるし、死んでも生き返らせられるわ。でも、戦場でそんなことをしていたら共倒れよ。一人で死ぬ分にはいいけれど、他者を巻き込むのは勘弁願いたいわね」

「は、はい」

「冒険者パーティーは一蓮托生なの。あんたのわがままに付き合って死ぬほど、私もルークもシズも馬鹿じゃないわ。もしあんたが馬鹿をやって死んだら誰も助けないわよ」

「……はい」

「〝馬鹿は死ななきゃ治らない〟しっかりと肝に銘じておきなさい」

「はいぃぃぃ‼」

 

 レアの正論パンチにボコボコにされ、グレイは撃沈した。

 ──俺は調子に乗っていたようだ。やはり、持つべきものはレアだな。

 グレイはしおしおに干からびながらも、そう思った。

 

 

 

 あれから何度か戦闘をこなしたグレイたちは、動物の森を越えるまであと少しとなった。しかし、またもやウェアウルフたちが襲い掛かってきたのだ。

 雑木林に潜む影は十を超えている。怪物たちの影は一際大きく、これまでの個体よりも強大なことが、ひしひしと感じ取れた。

 グレイは小盾(バックラー)を握り、片手剣(ブロードソード)を肩に担ぐ。相手が何だろうと切り拓くのみ。心機一転をしたグレイは、闘志を燃やしつつも理性を働かせ、冷たく燃ゆる炎となった。

 

「〈精神混乱(コンフュージョン)〉」

 

 シズの魔法がウェアウルフたちに降り掛かる。これまで通りならば、半数以上の怪物たちが魔法に掛かるはずだ。しかし、今回ばかりは半数にも満たなかった。このことから察せられるのは、怪物たちがこれまでの相手よりも格上ということだ。

 

 ルークとシズが次々と首級(しゅきゅう)を上げる中、グレイとレアも負けじと駆け出した。それは相手も同じであり、素面の怪物たちが我先にと迫ってくる。

 強弓より放たれる矢、宙を滑る火球、耳を劈く破裂音と共に射出される鉛玉。それらが混乱した様子の怪物たちを屠り去っていき、瞬く間に森が拓けていく。

 ──相変わらず、いい働きをする。

 グレイは頼もしい仲間たちに小さく笑みを浮かべると、猛然と走り寄ってきたウェアウルフと激しくぶつかり合った。

 

 大きく薙ぎ払われた剛腕が、グレイへと迫る。まともに食らおうものなら、頭など軽く千切れ飛ぶことだろう。

 グレイは冷静にも後ろへ足を刻み、ほんの僅かな動作で致命的な一打を躱した。そして、小盾(バックラー)を怪物の顔に(かざ)して視界を奪ったところで、片手剣(ブロードソード)を忍び寄る毒蛇の如く、怪物の脇腹に突き立てる。

 肋骨の隙間を縫い、臓器系に多大なる外傷を与えた。グレイは情け容赦なく片手剣(ブロードソード)を捻り、引き斬る。溢れ出た鮮血が、大地を赤く染め上げていく。

 たったの一撃。されど、致命の一撃。ウェアウルフは、その命を散らした。

 

 骸を飛び越えて、新たなウェアウルフが襲い掛かってきた。両腕を広げ、こちらを抱き殺さんとしてきている。

 グレイもまた小盾(バックラー)片手剣(ブロードソード)を持った両腕を広げて、怪物に応戦をした。

 ウェアウルフは只者ではなく、指を潰してやろうと考えていたグレイの考えを読んだかのように、一瞬で両腕を引き、頭突きを繰り出してきた。グレイは堪らず衝撃に耐えるように踏ん張るが、ウェアウルフの頭突きに耐えられず、大きく吹き飛ばされてしまった。

 大地に強く背を打ち付ける。グレイは一瞬顔を歪めるが、その瞳は決して怪物から離さなかった。

 ウェアウルフが飛び掛かってきた。状況としては最悪だ。何としてでも体を起こさなければ、嬲り殺しにされるのがオチだろう。

 グレイはウェアウルフの顎を両足で蹴り飛ばすと、持ち前の筋肉を活かして跳ね起きた。当世具足を纏っているにも関わらずだ。しかし、さしものグレイであっても無理強いをしたため、「ちと痛ぇな……」と独りごちた。

 仕切り直しとばかりに睨み合いを始めたグレイだったが、相手は一体だけではないのだ。即断即決、グレイは姿勢を低くしながら突貫をした。

 怪物が手甲鉤を突き出してくる。しかし、小盾(バックラー)で弾いた。

 怪物が反対側の手甲鉤を振り下ろしてくる。しかし、片手剣(ブロードソード)で手首を斬り落とした。

 怪物がこちらを噛み砕かんと(あぎと)を振りかざしてくる。しかし、的確にも小盾(バックラー)で怪物の動きを制限し、顎下から脳天目掛けて片手剣(ブロードソード)を突き上げた。

 

 (ヒルト)を伝う血に、グレイは人肌の温もりを覚える。だが、すぐに意識を切り替えると、だらりと伸びた骸を横へ投げ捨て、一呼吸を入れた。そして、こちらへ迫ってくるウェアウルフを見据えた瞬間──レアの鎚矛(メイス)が怪物の膝に叩き込まれ、粉砕されたのだ。転倒をした怪物は丸盾(ラウンドシールド)(ふち)で腕をへし折られ、そのまま頭部に鎚矛(メイス)を振り下ろされては、脳髄を飛び散らせる。レアのサーコートには血が(まみ)れており、これまでの戦績を物語っていた。

 

「レア、『傷治療』を」

「〈傷治療(キュア・ウーンズ)〉」

 体力が回復し、グレイは顔を綻ばせる。レアに「助かった」と、手短に感謝を述べた。

「あとはシズたちに任せましょう」

「ああ、そうだな」

 

 怪物たちの数は瞬く間に減っていき、やがて全滅をした。死体が霧散するのを見守る中、グレイは当世具足についていた土汚れを払い落とし、肩を回す。戦闘の最中に無理に跳ね起きたせいで体を痛めたが、レアのおかげで完治をしているようだった。グレイは改めてレアに感謝を告げると、大活躍をした仲間たちを労った。

 

 再び森の中を進み始めたグレイたちは、多少の疲労はあるが、まだまだ戦意に満ち溢れていた。己の力で道を切り拓き、開拓をする。自身の行動がそのまま成果へと繋がる。冒険者の醍醐味である、〝壁を乗り越える〟実感を得られれば、自ずとやる気が出るというものだ。

 冒険者たるグレイたちは、自らの道を探し求めるように、地に足をつけて進んでいった。

 




 ブロードソードとバックラー。これは渋い。冴えないおっさん冒険者(有能)に使って欲しいところ。
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