動物の森を越えた先。そこにある簡易的な野営地で、数日の間、グレイたちは休息をとっていた。食料や日用品といった物資はドローンによって配給をされるため、不自由ではあるが、不便ではない。
野営地には他の人員もおり、大半はサイボーグ兵であったが、中には異人二課のエルウィンとシルヴィ、二人の付き人である田中紫苑がいた。グレイたちは彼らと親睦を深めながらも休日を満喫し、思う存分、心身を癒やした。
翌日、グレイは野営地の外にある開けた場所で、とある武器を片手に立っていた。片手剣よりも長く、両手剣よりも短い全長を誇り、両手持ちができるように柄が長くとられた、両刃の剣。外観は騎士剣に似ているが、アースガルドにおいての騎士剣とは、直剣から派生した、片手で扱う剣である。要するに、地球における〝両手剣〟と、アースガルドにおける〝騎士剣〟は別物なのだ。この点は留意されたし。
それはさておき、グレイは深呼吸を挟み、精神を統一させると、両刃の剣──片手半剣を両手で握り込み、構えをとった。
身体を正眼に向けて、左足を前に出し、右足を下げる。そして、大きく胸を張り、片手半剣の鍔を右胸の前に持ってきては、切先を天に掲げた。
──屋根の構え。
グレイは呼吸を整えると、強烈な袈裟斬り──怒りの攻撃を繰り出した。その際に、腕を伸ばし切らないように注意を払い、柄頭に近い柄を握った左手を、雑巾を絞るように捻る。そうすることで、片手剣並の細やかさで、片手半剣を振れるのだ。
今度は左半身を前に出し、片手半剣の切先を正面に向けて、右頬の横で腕を交差させる構えをとった。鍔は顔面を守るように前に出している。
──雄牛の構え。
グレイは、そこから左から入る高めの水平斬り──斜めの攻撃を繰り出した。相手の頭部を仮想敵とし、右足を踏み出しながら、表刃でもってして勢い良く斬りつける。なお、右から入る場合は裏刃が基本だ。また、突きを繰り出すことも可能で、その場合も利き足を前に出す。
グレイは右からの斜めの攻撃も繰り出し終えると、次も左半身を前にして、片手半剣を正眼に、しかし腕を右腰あたりに添えた構えをとった。
──鋤の構え。
グレイは突きを繰り出す。そして、すぐさま右足を踏み出して左の鋤の構えを構え、間髪を入れずに再び突きを繰り出した。
小さく息を吐いたグレイは、左足を下げた状態のまま切先を地面につけ、左手を柄頭に乗せて、楽な姿勢をとった。一見すると休憩をしているように思われるだろうが、これもまた、構えである。
──愚者の構え。
グレイは右手で握った柄を支点にして、左手で柄頭を押し下げて、作用点である切先をぐんっと上へ持ち上げた。それと並行をして片手半剣を突き出し、仮想敵の下腹を貫く。狙いは臨機応変に変えればよく、下腹だけでなく、鳩尾や喉仏の下などを狙うのも戦術の一つだ。
以上の四つが、サウスクロウ流剣術の基本の構えであるが、あと二つ、補助的な構えが存在する。
グレイは片手半剣の切先を前に出し、剣身が地面と水平になるように構えた。この時、体の前に剣身がくるようにして、刃は天地を向くように、垂直に立てる。
──横木の構え。
右半身が前に出ている状態だったので、グレイは右足を下げて左半身を前にし、片手半剣の切先を真後ろに向けて、相手から刀身が見え辛くなるように構えた。相手からすれば、刀身がグレイの身体で隠れており、間合いが測り辛いことだろう。
──脇守りの構え。
グレイは計六つの構えをとった。しかし、五つある師範攻撃のうち、怒りの攻撃と斜めの攻撃しか繰り出せていない。あと、捻れの攻撃、斜視の攻撃、垂直の攻撃があるが、これらはまた今度で良いか、とグレイは判断を下した。
サウスクロウ流剣術は流れが重要であり、構えから攻撃を繰り出し、また構えから攻撃を繰り出すといった、連続攻撃が大切である。それを踏まえて、グレイは稽古を始めた。
屋根の構えから怒りの攻撃を繰り出し、横木の構えへ。そして裏刃を使って水平斬りを繰り出し、脇守りの構えへ。そこから斬り上げを繰り出し、左の雄牛の構えへ移行し、突きを繰り出す。最後に右の鋤の構えから再び突きを繰り出し、屋根の構えに戻る。
当然ながら、戦場に同じ場面など存在しないため、その都度最適な攻撃と構えを選択する必要がある。だが、それを成すためには気が遠くなるような修練を積む必要があった。グレイも時折練習をしているのだが、未だにサウスクロウ流剣術の使い手とは、口が裂けても名乗れなかったのだ。
「あの騎士崩れのおっさん冒険者、やっぱり強ぇよな……」
ボソリと呟いたグレイは、サウスクロウ流剣術を教えてくれた銅級冒険者──下から数えて二番目の階級──のおっさんに、懐疑心を抱いた。普段から冒険者組合に併設された酒場で飲んだくれてるのだが、剣の腕は良いのだ。しかし、上昇志向がないため、いつまで経っても銀級に上がらない。本人曰く、「もう歳なんだ」とのことだが、グレイはおっさんの体幹の強さや、衰えた様子のない肉体から半信半疑であった。
──何はともあれ、練習あるのみ。
少し休憩を挟んだグレイは、流麗な動きを魅せていたおっさん冒険者を目標に、もう一度片手半剣を振り始めた。
野営地を越えた先は、山と山の間に広がるなだらかな地域、いわゆる山間部が続いていた。そこには青々とした稲の絨毯が何処までも広がっており、古民家が疎らに点在をしている。
目が痛いほどの太陽と、鮮やかな碧空と、真っ白な綿雲。季節は夏真っ盛りであり、青葉を揺らす涼風が、グレイたちの疲労を奪い去るように突き抜けていった。
畦道を歩くグレイたちは、水田のおかげで冷たい風が吹くことに、気分を良くしていた。グレイたちの住むサウスクロウはヒューマン大陸の最南端に位置する国家だが、夏の気温はそこまで高くなく、何よりも湿度が低い。それと比べれば日本の夏は快適とは言い難く、辛いものがある。しかし、情緒溢れる風景や、満ち満ちたる自然のおかげで、グレイたちは多少なりとも日本の夏を楽しんでいた。異国を漫遊する旅人の気分、とでも言えばいいだろうか。
「冒険者ってのは良いモンだ──」グレイは手庇を作りながら、言った。「自由、それに尽きるぜ」
レアが同意を示すように頷く。
「ええ、そうね。こうして旅のように冒険をするのも、悪くないわ」
ルークとシズもまた、二人の会話に入ってきた。
「今までフォレトスで活動してたけど、ここは心機一転をして、街を回ってみるのもいいかも知れないね」
「外国へ行くのもありですし、なんなら大海原を越えて別の大陸へ行くのも面白そうですよ」
大都市フォレトスで、コツコツと功績を挙げてきたグレイたちは、いつからか平凡を望むようになっていた……とは言わないまでも、保守的な考えになっていた。しかし、此度の運命のイタズラによって、様々な体験をしたのだ。好奇心を擽られたり、異世界にしか存在し得ない知識を得たり。
普遍的な世界を望んでいたグレイたちは、異世界転移を通じて、いつしか特別な世界を見てみたくなった。きっと、心の奥底で現状に満足をしていたのだろう。だが、その軛が解かれ、いつの日か忘れてしまった少年心のような、純粋な探求心が湧き上がってきたのだ。
──もっと多くのことを知りたい。もっと外の世界を見てみたい。
そんな飽くなき探求心が、グレイたちの心中にて渦巻き、嵐となっていた。多くの苦労があるだろうが、それ以上の価値がある。グレイたちは、そんな気持ちを抱いていたのだ。
畦道を塞ぐ、一体の魔物。丈の短い着物を身に纏い、頭にどす黒く変色をしたボロ頭巾を被っている。手には櫂にも似た農耕具、鋤を持っており、それは木製であった。
グレイは仲間たちに周囲の警戒を促すと、剣帯から片手半剣を引き抜いた。そして肩に担ぎ、前に出る。
相手の魔物──レッドキャップが、鋤を槍のように構えた。対するグレイは、屋根の構えだ。
真夏の太陽がじりじりと照りつける中、両者は睨み合いを続け、ゆっくりと間合いを詰めていった。やがて、張り詰めていた空気が最高潮に達した瞬間、レッドキャップが猛烈な突きを放ってきたのだ。
グレイは即座に右前方へ飛びながら、片手半剣を右から左へ扇状に翻した。例えるのなら、自動車のワイパーだ。
鋤がグレイの真横を通り過ぎる中、翻った片手半剣の裏刃が鋤を強かに打ち付け、レッドキャップの体勢を僅かに崩した。グレイは捻じれの攻撃が決まったことを喜ぶのも束の間、左足を踏み出し、高めの水平斬り──斜めの攻撃を繰り出す。
しかし、レッドキャップは表刃にボロ頭巾を引っ掛けながらも、見事な体捌きで致命傷を免れたのだ。グレイは驚嘆しながらも右の雄牛の構えをとると、突きを繰り出した。
容赦のない連続攻撃。生半可な相手なら倒れる頃合いだが、レッドキャップは違った。なんと、これさえも前方に、グレイの真横へ跳び、回避をしたのだ。
グレイは一度仕切り直すように向き直り、レッドキャップと間合いを取った。先ほどとは立ち位置が入れ替わり、レッドキャップの背後に、こちらの死合を固唾を呑んで見守るレアたちが見える。グレイは下手に負けられんな、と気合を入れた。
再び屋根の構えをとっていたグレイは、レッドキャップに怒りの攻撃を繰り出そうと考えていた。しかし、相手は上段の構え、ひいては剣術について、ある程度の知識を有していることだろう。さもなければ、サウスクロウ流剣術の連撃に耐え凌ぐことなど、素人には無理からぬことだ。
グレイは決心をすると、右足を強く踏み出し、怒りの攻撃を繰り出した。案の定、レッドキャップは察していたかのように鋤を薙ぎ払い、片手半剣を弾こうとしてくる。
グレイはほくそ笑んだ。それと同時に、片手半剣の軌道を左に曲げて、宙を薙ぎ払ったのだ。鋤が勢い良く空振る。グレイは動揺した様子のレッドキャップを視界に収めながらも、片手半剣を翻し、左上段から裏刃で斬り込んだ。
レッドキャップの右肩から左胸に掛けて深い傷跡が刻まれ、大量の血が吹き出る。だが、グレイは油断することなく刀身をレッドキャップの首に押し当て、引き斬った。
首が空を飛び、残った胴体がぐしゃりと頽れる。グレイは軽く血振りを行うと、金属リングの鞘に片手半剣を納めた。
──斜視の攻撃。フェイントを織り交ぜた攻撃は、流石に知らなかったか。
作戦が上手くいったことに満足をしたグレイは、仲間たちの方へと足を進めた。
古民家まであと僅かとなったところで、十体のレッドキャップが立ちはだかってきた。鋤、鍬、草刈鎌。様々な農耕具で武装をした赤帽子たち。彼らが一斉に駆け出した。
「シズ、いつも通りに」
グレイの期待に答えるように、シズが魔法を唱えた。
「〈火球〉」
宙を滑る火球がレッドキャップたちの中心に飛んでいき、やがて爆炎を撒き散らす。二体のレッドキャップが消し炭となるが、思いの外損害が少ない。というのも、彼らは機動力が半端ではなく、〈火球〉を避ける者たちがいたのだ。しかし、ルークの放った矢によって、次々と倒れていった。その数は四だ。
鈴木凪の援護もあり、最終的には残り二体となった。グレイはレアと共に前進をし、仇討ちをしようと勢いづくレッドキャップたちと相対した。
グレイの相手となったのは、鍬を持ったレッドキャップだ。レッドキャップは鍬を上段に構えながらも突貫をしてきており、下手に受ける行為は不利となるだろう。しかし、グレイは同じく突貫を選択した。
両者は足を緩めることなく激突し、迫り合いとなった。この際に重要なのは、剣身の根本か剣身の刃先か、攻めか守りかだ。最も求められるのは剣身の根本かつ攻めであり、こちらが剣身の刃先であれば剣身の根本に持っていくか、守りの場合は相手の剣をいなすことが求められる。
そして、今回はグレイが剣身の根本かつ攻めであった。これは経験値の差が大きいだろう。
初めは拮抗していた迫り合いも、やがてグレイが優勢となり、グレイが片手半剣を左側に叩きつけたことによって、鍬が大きく弾かれた。
体勢を崩したレッドキャップは瞬時に横っ飛び、グレイの追撃を躱そうと動き出す。しかし、それよりもは疾く、グレイの水平斬りがレッドキャップの頭部を切り裂き、致命傷を与えたのだ。
大地に転がったレッドキャップに、グレイは容赦なく突きを繰り出し、絶命させた。その頃にはレアも勝利を収めており、鎚矛を肩に担いでいた。
此度の勝敗の分かれ目は、装備の質と使い手の技量であろう。もしもレッドキャップが片手半剣や両手剣を握っていれば、ある程度の善戦はできたかも知れない。しかし、それは〝たられば〟の話であり、勝者はグレイである。
小さな努力を積み重ね、失敗から学び、どう勝てるかと思考する。勝者とは常に前進をする者であり、敗北も停滞も糧とする者である。勝者は、敗者とは心の在り方が違う。才能に感けることはせず、ただ誠実であることを尊ぶ。物事に真剣に取り組み、継続と努力を惜しまず、前向きの心を持つ。それが勝者の絶対条件だ。
与えられた力を十全に使いこなせてこそ、真の勝者というもの。物語の主人公とは、常に誠実であらねばならない。何故ならば、常勝無敗の勝者こそが、主人公であるからだ。