異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。   作:卍錆色アモン卍

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24迷える竹林

 

 数週間ほど山間部で活動をしたグレイたちは、その先へと進んでいた。長閑とは言えないが、それなりに平穏であった水田地帯。そこを越えた先には広大な竹林が広がっており、細い道が迷路のように入り組んでいた。あえて道から外れることもできるが、天を突くように自生する竹の密集具合は半端ではなく、鼠や蛇といった小動物も潜んでいるため、どんな危険があるかも分からない。そのため、現状は道に沿って進むのが安牌であった。

 

 頂点から差し込む陽光が、遥か頭上にある笹の葉を通じて、青々とした竹に囲まれた小道に木漏れ日を届けていた。まだら模様に照らされた小道は青く輝いているかのように生命力に満ち溢れ、日陰が多いおかげなのか、それとも近くに水源や洞窟があるおかげなのか、冷たくも心地の良い微風(そよかぜ)が吹いていた。

 

 小道に沿って進むグレイは、竹林を鑑賞しながら歩く。枯れた笹の葉が絨毯のように敷き詰められた大地は足音を殺し、自然の音がより鮮明に耳に入ってくる。微風が竹を叩き、笹の葉が会話をするように擦れ合う。明鏡止水や座禅といった単語が浮かんでくるような、静謐とした空間が何処までも、何時までも続いていた。

 

「レアは神道って知ってるか?」グレイは隣に並ぶレアへ目線をやり、そう質問をした。

「いいえ、知らないわ」と、レアは首を振る。グレイは腹が立つようなしたり顔を浮かべると、滔々と語りだした。

「神道ってのは日本の古来から存在する民族信仰、土着信仰なんだ。神と自然は一体とされていて、神と人間を結ぶ具体的な作法を祭祀(さいし)と呼ぶ。そして、祭祀を行う場所が神社であり、そこは聖域とされてるんだ」

「神社といえば、一の扉に廃神社があったわよね」

 レアが記憶を引っ張り出すように、虚空を眺める。グレイは「ああ、廃されてたが、あれが神社だ」と肯定をした。

「それで、神道においての神とは自然そのもの。つまりは、森羅万象あらゆる物に神が宿るという思想が、神道の根底にはあるんだ。だから、神は一柱ではなく数多くいる。その神々のことをまとめて、〝八百万の神〟と呼ぶんだ」

「面白い考え方ね」と、レアが関心を示すように言った。

「そうだろ? 他にも神道には面白いところがあって、他宗教に寛容なところがある。仏教や儒教といった他宗教と混淆(こんこう)し、合一しながらも、独自性が維持されてきた歴史があるんだ。それだけ、神道ってのは日本人に根付いた文化なんだな」

 グレイは一つ区切りをつけるように間を置くと、続きを話した。

「近世期に入ると、治安や交通が改善されて、庶民の中で神社参詣(さんけい)というのが流行るんだ。各村では代表者を取り立てて参詣させ、村人たちへのお礼を受け取って帰るといった、代参講というのが流行った。少し有名な話だと、数百万人が短期間で伊勢神宮に参詣したとされる、〝お蔭参り〟がある。これらの参詣の影響ってのは大きくて、輸送組織の発達や、数多くの宿泊、遊楽施設の充実に貢献したんだ。それは俺がいた近代まで色濃く受け継がれていて、旅行先に神社を選んだり、寄ったりすることが広く一般的になってたって訳よ」

 

 誇らしげに語ったグレイは、自慢をするように大きく胸を張った。しかし、眉を顰めて表情を曇らせると、憤慨をしたのだ。

 

「だが! そんな日本人の拠り所である神社仏閣が放火されるっていう事件が、俺がいた時代に起こったんだ。歴史ある建物が、価値さえ分からん度し難いカス連中に破壊されまくった。今思い出しても腹が立つぜ……!」

「何よそれ。宗教に喧嘩を売ったってこと? そんなの、宗教戦争以外にありえないじゃない」

 一応と付けるのは失礼だが、レアも聖職者なため、グレイと同様に眉を顰めていた。

「ああ、そうだ。戦争だよ。でも、当時の日本は碌な国じゃなかったからな。今現在の日本だったら、犯罪者は一瞬で豚箱行きなんだが……」

 

 グレイはため息をつき、他の事を考えようとする。しかし、やはりムカつくもんはムカつくので、それ関連の話となった。

 

「日本にはかつて戦国時代と呼ばれる時代があったんだが、その当時、浄土真宗という宗教があって、かなり信仰が(あつ)かったんだ。だけど、当時の支配者である守護大名や戦国大名と、浄土真宗の教義があまり合わなかった。勿論、年貢の減免を求めたといった理由もある。そしてその結果、浄土真宗を信仰する僧侶、武士、農民なんかが武装蜂起をした。これを一向一揆って言うんだ」

 グレイは楽しそうに続けた。

「これがまた凄いもんで、日本人なら誰でも知ってる織田信長と、浄土真宗は十年間も対立してたんだ。最終的には織田信長有利の和睦になる訳なんだが、戦国時代を代表する三英傑、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と、正面切って争ってる。よっぽどの胆力と覚悟がなきゃ、この時代を象徴する天下人たちとは争えねえぜ」

 

 グレイの話した内容は、レアには半分程度しか理解できなかったことだろう。しかし、グレイの楽しげな様子に釣られてか、レアも楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「ヒューマン大陸も、数百年前までは戦乱期だったわね。それはもう凄い戦場だったらしいじゃない」

「ああ、合戦(かっせん)が大陸全土で巻き起こってたと言われてるな。勇猛な騎士が正面切って突撃し、多くの首を打ち取り、偉大な魔法使いが大魔法一つ唱えるだけで、戦況を一気に覆す。くぅ〜! 俺も参加したかったぜ!」

「私は勘弁願いたいわね。あの時代は超人が多過ぎるもの」

 

 ちょっとした歴史についてレアと話し合ったグレイは、沈んでいた気分など吹っ飛び、上機嫌となった。先ほどとは打って変わって、軽い足取りで小道を進んでいく。今ならどんな相手だろうと斬り伏せられる。グレイはそんな気持ちを抱きながらも、足を動かし続けた。

 

 

 

 木漏れ日の差す小道の先に、一人の女性が佇んでいた。こちらに背を向ける女性は艶やかな黒髪を総髪(そうがみ)にしており、垂らした後ろ髪が、風に吹かれて揺らめいている。身に着けているのは武者袴であり、腰には黒鞘(くろざや)の刀と脇差(わきざし)を差していた。

 

 グレイは片眉を上げ、警戒をするように足を止める。ダンジョン内に、こんな格好をした人間はいない。十中八九魔物であろう。しかし、あまりにも人間臭い身形(みなり)をしていたため、グレイは思わず声を掛けた。

 

「そこのお嬢さん、こっちを向いておくれよ」

 

 小柄な女性が草履でざりっと音を立てながら、体の向きを変えた。そしてこちらへ振り向くと、女性の顔には目も鼻も口も無かったのだ。全てがまっさらで、まるでのっぺりとしたマネキンのようだった。

 

〔あれはのっぺらぼうと呼称をされている魔物です〕鈴木凪が口を開いた。〔個体差が激しく、戦闘方法も個体ごとに変わりますので、十二分にお気をつけください〕

「了解だ」グレイはルークとシズに周囲の警戒を任せると、レアと共に前進をする。その時、のっぺらぼうがガタガタと震え出し、体を抱え込むように縮こまった。グレイは「なんだ?」と呟き、警戒をしていると、口など無かったはずののっぺらぼうが絶叫を上げたのだ。

 

 竹林を震わす絶叫は遥か遠くまで響き渡り、グレイは耳を劈く甲高い声に顔を顰める。それと同時に、眼前の敵の警戒度を一気に引き上げた。

 口元を大きく裂き、真っ黒に塗られた歯──お歯黒を曝け出した、のっぺらぼう。もはやのっぺらではない訳だが、これは一体どういうことなのか。グレイが鈴木凪に問いかけようとした時、それよりも早く、鈴木凪が口を開いた。

 

〔事前情報と違います……! あれでは、のっぺらぼうは不適切です!〕

「せやな!」

 鈴木凪はすぐさま無線回線を繋げると、本部に連絡をした。

〔くれぐれも気をつけてください。相手は未知の存在です。ですが、無理のない範囲でデータ収集を行いましょう〕

「任せとけ。こういった臨機応変の対応は、冒険者の得意とするところだ」

 

 レアと目配せをしたグレイは、剣帯(ソードベルト)から二振りの剣を引き抜いた。左手に握るのは大きな護拳(ナックルガード)が特徴的な、短めの直剣──左手用短剣(マンゴーシュ)であり、右手に握るのは炎のように揺らめく刀身を持ち、曲線を描く複雑な鍔をした柄、スウェプト・ヒルトを拵えた、細身の片手剣──波打つ細剣(フランベルク)だ。グレイは気合を入れるように首を回すと、レアと共に仮称のっぺらぼうと相対した。

 

 のっぺらぼうは腰に差していた刀に左手を添え、右手はいつでも柄を握れるように、虚空に添えていた。紛うことなき、居合斬りの構えである。

 両者の間合いはまだ広く、グレイとレアは警戒はしつつも自然体であった。その時、一陣の風が吹く。小道に積もっていた笹の葉が舞い踊り、双方の髪をそよがせた。刹那、のっぺらぼうが〝起こり〟を期せずして、猛烈な(はや)さで大地を駆けたのだ。

 

 姿勢を低くし、独特の走法で突貫してくる。まるで、大地が縮んでいるかのようだ。だが、勇猛なレアが丸盾(ラウンドシールド)を掲げ、真正面からぶつかろうと構えていた。グレイはレアの左後ろで待機をし、いつでも駆け出せるようにと地面の具合を確かめた。

 

 両者が激突するまであと僅かとなったところで、のっぺらぼうが軸足たる左足で大地を強かに踏みしめ、右足を前に踏み出すと同時に鯉口を切り、右手で柄を握った。そして、目にも止まらぬ速さで抜刀し、さながら弾かれたように凶刃を繰り出した。

 

 木漏れ日に照らされて煌めく刀身が、ゆっくりとレアに襲い掛かる。グレイは奇妙な感覚に襲われていた。だが、この寒気さえ覚える感覚を、グレイは知っていた。

 ──死に至る感覚だ。

 極限まで間延びした空間の中、グレイは刀の切先が丸盾(ラウンドシールド)(ふち)をやすやすと斬り裂くのを見ていた。そこは鋼で補強されていたにも関わらず紙を裂くように切断され、そのまま本体である木材さえも貫き、盾芯にまで迫る。だが、その頃にはレアも驚異的な一撃に気付いており、丸盾(ラウンドシールド)を下側に思いっきり叩きつけようと動き出していた。レアがそうする理由とは、刀の軌跡を狂わすことによって威力を下げること、横方向に力を加えることで刀を盾に食い込ませることや、刀を曲げることなどが挙げられるだろう。

 

 間延びした空間から現実に戻った瞬間、レアが丸盾(ラウンドシールド)を大地に打ちつけては、のっぺらぼうが刀を引き抜き、二の太刀──斬り下ろしを放っていた。

 なんと素早い一太刀か。既に駆け出していたグレイは驚嘆しながらも、のっぺらぼうの腕を蹴り飛ばし、波打つ細剣(フランベルク)を突き出す。しかし、のっぺらぼうは全身が汚れるのも厭わずに地面を転がり、回避をした。そして、再び居合斬りを放つかのように納刀し、構えをとったのだ。

 

「大丈夫か?」

 グレイの気遣いの言葉に対して、レアは一つ息を挟んでから、返してきた。

「油断したわ。でも、もう大丈夫。次はあの武器をへし折ってやるわよ」

「はは、頼もしい限りだ」グレイは朗らかに笑った。「よし、挟撃といこう。俺が左側、レアが右側から攻めるぞ」

「了解よ」

 

 グレイはレアと共に駆け出した。本来なら待ちの態勢の方がいいのだが、気がかりなことがある。そのため、攻めに転じたのだ。

 のっぺらぼうが、グレイ目掛けて居合斬りを放つ。しかし、既に見切っていたグレイは波打つ細剣(フランベルク)左手用短剣(マンゴーシュ)の合わせ技で凶刃を受け止めた。さながら十字を描くように剣を構えるグレイを他所に、レアが鎚矛(メイス)を低く薙ぎ払い、のっぺらぼうの膝を砕こうと動く。

 のっぺらぼうには見えていないはずなのだが、その場で跳躍をされて回避され、グレイたちから距離をとられた。それは警戒故なのか、(はかりごと)故なのか。

 ルークとシズに片付けてもらおうか、とグレイが思考を巡らせた時、竹林の中から無数の足音が聞こえてきた。それはほんの僅かな物音ではあったが、間違いなくのっぺらぼう側の増援であった。

 

「ルーク、シズ! 出し惜しみは無しだ! 思う存分暴れろ!」

 

 グレイがそう叫んだ時には、既に十を超えるのっぺらぼうたちが、グレイたちを囲むように竹林から姿を現していた。男も女もおり、全員が武者袴を身に着け、手には様々な武器が握られている。刀、大太刀、槍、薙刀。どれもこれもが刀身をギラつかせており、グレイたちの命を奪おうと(はや)っていた。

 

 僅かな静寂が訪れた後、のっぺらぼうたちが一斉に駆け出した。さしものグレイであっても、ほんの些細なミスがパーティーの全滅に繋がるため、冷静沈着に、しかし熱く滾る心を奮い立たせた。だが、その時。竹林に、よく通る男性の声が木霊したのだ。

 

 ──〈電撃(ライトニング・ボルト)〉。

 

 視界を遮る白光(はっこう)が三体もののっぺらぼうを貫き、一瞬にして彼らの命を奪った。大地を直線状に焼き尽くし、通り道にある竹の表面さえも焼き焦がした稲妻は刹那で消えるが、大気を劈く爆音が風と共に突き抜け、笹の葉を散らす。

 

ヤンマー二(いいね)、実に良いタイミングじゃないか。そうは思わないかい、グレイ君?」

 

 竹林から姿を現した人物に、グレイは笑みを浮かべた。まさか、こんなところで出会えるとは。だが、頼もしい限りだ。グレイは思わぬ援軍に感謝をして、声を張り上げた。

 

「おいおい、助かったぜ。──エルウィン!」

 

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