異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。 作:卍錆色アモン卍
午後六時頃。グレイは割り振られた自室にてレアたちと寛いでいた。その時、部屋がノックをされたため、グレイが代表として扉を開ける。
そこには、細身ながらもスタイルの良さが際立つ、一人の女性が立っていた。
「はじめまして。私は迷宮対策異人四課の佐倉ハルコと申します」
「ああ、どうも。『黄金の剣』のリーダーを務めています、グレイです」
「あなたがグレイさんですか。……随分と、素晴らしい肉体をお持ちですね?」
「はは、ありがとうございます」
こちらへ微笑みかける佐倉ハルコは、鈴木凪と同様に眼鏡を掛けていた。しかし、鈴木凪がスクエアフレームに対して、佐倉ハルコはラウンドフレームである。だからなんだという話ではあるが。
「これから夕食ですので、ご一緒にいかがですか?」
「ええ、ぜひともご一緒させてください」
レアたちに声を掛けたグレイは、同じ異人四課である佐倉ハルコと共に、食堂へと向かった。
整然と並べられたテーブルには、多くのサイボーグ兵たちが席についていた。そんな彼らが口にしているのは、金属製のトレーに敷き詰められたペースト状に何かであり、時折灰色をしたどろりとした飲料を口にしている。
グレイは思わず険しい表情を浮かべると、佐倉ハルコへ問いかけた。
「あのディストピア飯はなんだ。もしかして、あれがスタンダードなのか……⁉」
「いえ、違いますよ。あれはサイボーグ兵専用の食事内容です。彼らは通常の食事が取れませんので」
「本当に人間を辞めてた⁉」
「彼らは極限まで効率化を図った肉体をしていますので、それに準じた食事を取らなければ体に問題が生じてしまうんです」
「ええ……」
佐倉ハルコ曰く、ディストピア飯ことサイボーグ飯には様々な化学物質が含まれており、総カロリー量も半端なく高いとのこと。しかし、見た目に反して味は大変素晴らしいようで、一口食べるだけで脳内に大量の快楽物質が分泌されるんだとか。
「つまり、あれは完璧で幸福な食事……ってコト⁉」
「彼らにとってはそうです」
サイボーグ兵たちの知りたくもない一面を知ってしまったグレイは、現実から目を背けて、自身の食べたい物を食べることにした。
夕食を綺麗に平らげたグレイは、満足げにお腹をさすった。
グレイは背もたれに深く凭れかかると、久方ぶりのカツ丼に想いを馳せる。
「佐倉さん、俺たちのカツ丼ってもう決まってるのか?」
「はい?」
「失礼、俺たちの予定ってもう決まってるのか?」
「ああ、予定ですか。明日の午前八時頃から、ダンジョンでの調査をお願いしようと思っています。それでもよろしいですか?」
「ああ、構わない。だが、ダンジョンの詳細を知りたいな」
「分かりました。では、今からブリーフィングでもしましょうか」
「カツ丼」
暇を持て余していたグレイたちは、佐倉ハルコの後を追った。
グレイたちがやってきたのは、いくつかある会議室の一つだ。そこはおおよそ八畳ほどの広さがあり、部屋の中央には十人掛けの会議テーブル、加えて、部屋の最奥には巨大なモニターが設置されていた。
佐倉ハルコを上座にして、グレイたちは席につく。次に、巨大なモニターを使うだろうと思っていたグレイの目前に謎の機械が置かれると、3Dホログラムが展開をした。
「おぉん……」
カーテンが自動で閉まっていき、部屋全体が薄暗くなっていく中、佐倉ハルコが口を開く。
「では、ブリーフィングを始めさせていただきます。担当は私、佐倉ハルコです。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた佐倉ハルコは、時計型の端末を操作し始めた。すると、ホログラムが姿形を変えていき、迷宮と思われる内部構造が映し出される。
どうやら、狭い一本道の先に広い空間が広がっており、そこには四つの扉があるようだ。なお、既に扉が一つ、開け放たれていた。
「こちらがダンジョンの内部構造となっております。ダンジョン形式は箱庭型ですが、特殊なことに四つの箱庭が存在します」
「うわ出た、いわゆる入れ子型だ。これ、入口は狭いくせに中は広いから、出入りが大変なんだよな〜」
「本当にそう! 時間帯が悪いと、冒険者で溢れ返っててまともに動けないのよねぇ」
「冒険者が多ければ多いほどいざこざは起こるし、なかなかね? でも、飽きが来ない点は評価できるよ」
「あの、あんまりマイナスなことは言わない方がいいですって……!」
おっと。そう言いたげな表情で、グレイたちは口元を抑えた。しかし、時既に遅し。彼らは佐倉ハルコの苦笑を視界に捉えてしまったのだ。
「いやっ、入れ子型も好きだけどね? だけど、自然型の方がちょっとだけ好みかな〜?」
「グレイ、その気持ち分かるわ!」
「僕も分かるよ!」
「もう遅いでしょ⁉」
「グレイさん方、無理にフォローをしてくださらなくても結構ですよ。これまでやってきた冒険者の方々も、半数近い方が顔を顰めてましたから」
「おっと」
グレイたちは、それは悪いことを言ったねガハハ!と誤魔化すと、説明の続きを聞くことにした。
「入り口から見て右側に一の扉と二の扉、そして、左側に三の扉と四の扉があります。なお、現在は一の扉、通称崩壊都市の攻略を進めています」
「目標はダンジョンコアの確保か?」
「ええ、そうです。また、二の扉以降の扉は開いておりませんので、一の扉の攻略後に開かれると予想しています」
「間違いなくボスモンスターがいるわね」
「ちょっといいかな、一の扉の広さはもう把握してるのかい?」
「はい。おおよそ、ネオ東京二十三区に匹敵する大きさです」
「なかなかに歯ごたえのあるダンジョンですね……!」
ふむ、と呟いたグレイは思案する。
恐らく、一の扉は道らしい道はなく、自由に探索する形式なのだろう。そして、徐々に実力をつけていき、最終的にボスモンスターへと挑戦する。
そのボスモンスターは最初から存在するのか。それとも、挑戦するには何かしらの条件があるのか。これらの謎を解明しない限りは、一の扉の踏破は不可能と言えるだろう。
「佐倉さん、一の扉の攻略はどの程度進んでる?」
「誠に恥ずかしながら、全体の十パーセントも進んでおりません。というのも事情がありまして、ダンジョンの存在を世間に公表していないため、大規模な動員ができないんです。また、ダンジョンの入り口が狭いこともあり、兵器の運搬に難航をしていまして……」
「ダンジョンは数ヶ月前に発生したんですから、そんなものですよ。それに、今は基盤を整えてる最中なんじゃないですか?」
「ええ、シズさんのおっしゃる通りです。ご理解いただき、誠にありがとうございます……!」
グレイは、ダンジョンと彼らの大まかな事情について把握をしたため、机に両肘をつけると、口元へ両手を持っていった。そして、意味深にも呟く。
「──全ては女神様のシナリオ通りに」
「グレイがまたふざけ始めたわ」
「──構わん。続けろ」
「何をよ」
その後、グレイたちは明日の午前七時半頃から行動する事に決め、解散をした。
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ヒューマン大陸に存在する国家、サウスクロウ。その国のとある都市に、グレイたちの拠点があった。
大きな屋敷を『黄金の剣』の拠点とし、グレイはパーティーメンバーたちと共に、のんびりと休暇を過ごす。そんなある日、彼らに来客が訪れたのだ。
「おお! 鈴木さん、佐倉さん、久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりです。グレイさん」
「どうも、お元気そうでなによりです」
それは、パリッとしたスーツを着こなした鈴木凪と佐倉ハルコである。彼らは以前見た時と同様に火炎放射器を手にしており、今日もまた家を焼いてきたとのことだった。しかし、普段ならばにこやかな笑みを浮かべる二人は、今日に限っては捕食者を思わせる目をしていたのだ。
「どうした? 何かヘンなものでも食べたか?」
「グレイさん……ついに回ってきたんですよ」
「ま、まさかっ⁉」
「次はあなた方の番です‼」
二人に火炎放射器を向けられた瞬間、グレイは灼熱の息吹に晒されていた。彼は「ウワァーー⁉」と絶叫を上げてのたうち回るが、決してゲル化ガソリンが身体から落ちることはなく、全身が瞬く間にチャーシューへと変わっていく。
「そんな、どうしてっ⁉」
「もうあなた方からしか、チャーシューを得られないんですよ」
「我が国の糧となってください。文字通りにね……‼」
グレイは全身からぽろぽろとチャーシューを取りこぼしながらも、後悔の涙を流した。そして、薄れゆく意識の中、彼は叫んだのだ。
「レア、逃げろ……! このままじゃ、俺たちはチャーシューになってしまう‼」
その言葉を最後に、グレイは焼死した。
──起きなさい。
ぼんやりとした意識の中、グレイは身動ぎをした。
──グレイ、起きなさい。
しかし、まだ微睡んでいたかった彼は、囁かれる言葉を無視する。だが、その時。彼の目の前に、神々しい人物が現れたのだ。
床まで伸びた黄金の髪をたなびかせ、幼げな顔立ちについた、慈愛に満ちた緑眼がこちらを射抜く。グレイは気恥ずかしさを覚えて思わず下を向いたが、そこには女性的な魅力に満ち溢れた肢体が、揺らめく薄布に包まれていた。
「グレイ。私の愛しいグレイ。どうか、頼みますよ──」
「は、はえ。俺、こんなきれいな人、知らない」
「フフ、愛しい子──」
ゆったりとした足取りでこちらへやってきた彼女は、グレイを優しく抱き締めてきた。体格の優れたグレイ以上に体の大きな彼女の抱擁は、グレイをすっぽりと包み込み、彼に得も言われぬ快感と安心感を与えてくれる。
「うう、俺にはレアがいるんだ。こんな誘惑に負ける訳には……」
「グレイ、私のことは嫌いですか?──」
「好きですううう‼」
「フフフ。さあ、もっと大きな声で教えてください──」
大きな彼女に微笑まれたグレイは、大きく息を吸った。そして──。
「レアと同じぐらい好きですううう‼」
「うるさっ⁉ 起きてそうそう叫ぶんじゃないわよ⁉」
はっと目を覚ましたグレイは、勢い良く体を起こした。そこは迷宮対策課本部にある自室であり、ベッドの横にいたレアが驚いた表情で固まっている。どうやら、すでに朝を迎えているようだ。
「ほっ、なんだ夢か……」
「どんな夢見てたのよ。──ただグレイ、あなた、私と同じぐらい好きって叫んでたわよね?」
「はえ。俺、知らない」
「誤魔化してんじゃないわよッ! いいから訳を吐きなさいよこのタコォッ‼」
「ウワァーー⁉」
飛び掛かってきたレアに襲われたグレイは、その後、彼女にボコボコにされた。しかし、夢の中で
「助かった……のか?」
「ふん、もし嘘をついてたら万死に値するわよ」
「くわばらくわばら……!」
「へえ、グレイが見惚れるほどに、女神様って美人なんだね。僕も会ってみたいなぁ」
「私としては会って欲しくないですけどね」
やや冷ややかな態度のシズを余所目に、グレイは朝の身支度を整えることにした。
お花摘み、洗顔、お着替え。そして、運良くあった鏡の前で決めポーズ。
一通りをこなしたグレイはうむと頷くと、レアたちと共に食堂へと向かった。
朝食を食べ終え、自室に戻ったグレイたちは、やがて迎えに来た佐倉ハルコと共に廊下を歩いていた。行き先は勿論、ダンジョンである。
「佐倉さん、聞いてくれよ。俺は今日の朝な、初めて女神様と出会ったんだ。いや〜嬉しいこともあるもんだぜ」
「グレイさんは、神と邂逅を果たしたんですか……?」
「そうだぞ。ちなみにアースガルドなら時々聞く話だ。何でも、女神様に気に入られると夢の中で出会えるとか」
「科学で説明できない事象は、確かに存在するのですね……」
グレイたちが楽しく会話をしていると、彼らの前方に広大な空間が広がった。そこには開け放たれた大きな扉と共に、巨大かつ、荘厳さを感じさせる壁画が存在した。
扉を慈しむように抱える、大きな女性。彼女は間違いなく、アースガルドを創造した母なる神、エルデであろう。また、後光を差す彼女の左右には、別々の世界と思われる大自然が描かれており、一方が大海を強調し、もう一方が大地を強調して描かれていた。
「おお、なんと素晴らしき壁画よ。ありがたやありがたや」
「はあ、流石に感服しちゃうわね。これでもう少し、女神様に威厳があったら嬉しいんだけれど」
「レア、女神様に対して失礼だよ」
「いささか我々と近い存在ですよね。でもだからこそ、女神様は多くのアースガルド人に愛されているのかも知れません」
〝母なる神エルデは、生きとし生けるもの全てを愛している。それは皆等しく平等であり、全てにおいて公平である。〟
そのように、アースガルドでは謳われている。だが、彼女が選り好みをしているのは紛れもない事実であった。その証拠に、母なる神エルデと邂逅を果たしたアースガルド人の多くは男性である。
無論、邂逅を果たした女性もいるにはいるのだが、彼女たちの多くは女神を信奉する敬虔な信徒であり、わざわざ幼い男児の夢にまで登場するような労力を、エルデは女性に割いてなどくれない。
そのため、母なる神エルデはかなりの男好きなんじゃないかと、不敬ながらも邪推されていた。しかし、彼女のおかげで女性を重んじる文化が世界中で根付いているため、世の女性たちは嫉妬半分、感謝半分の気持ちを母なる神エルデに対して抱いているのだ。
それはともかくとして、グレイたちは一人の男性がこちらへやってくることに気づいた。
彼はサイボーグ兵と同様の、のっぺりとしたヘルメットを被っており、袖を捲ったカッターシャツの上からは近未来的なガントレットを、そしてスーツパンツの上からはソルレットを身に付けていた。
彼が足を踏み出すたびに床から硬質な音が鳴り響き、彼のキビキビとした動きも相まって、まるでロボットのようだった。
〔佐倉さん、案内ありがとうございます。彼らは私が引き継ぎますので、後の業務はお願いします〕
「了解です。くれぐれもお気を付けください」
グレイたちは佐倉ハルコと別れの言葉を交わすと、眼前の見知らぬ男性と向かい合う。そして、グレイは彼と初対面と感じたため、自己紹介をした。
「はじめまして。俺は『黄金の剣』のリーダーを務めています、グレイです。本日はよろしくお願いしますね」
〔グレイさん、私ですよ〕
「え?」
困惑したグレイの目の前で、彼がバイザーを掻き上げた。すると、そこにはスクエアフレームの眼鏡を掛けた男性の顔があったのだ。
「鈴木さん⁉ あんた、なんでサイボーグ兵のヘルメット被ってんの⁉」
「おや。お気づきではなかったのですか?」
「……ま、まさかっ⁉」
「クックック!──私はサイボーグですよ。レベルワン、ですがね……」
グレイは動揺した。あのバランスのいい鈴木さんがサイボーグだったからだ。しかし、彼は即座に否定する。それはグレイの魂が否定をしていたからではない。彼には否定するに相応しい、れっきとした理由があったのだ。
「嘘だッ‼ だって、鈴木さんは普通に食事を取ってたじゃないか‼」
「レベルワン程度でしたら、専用のサプリメントを常飲するだけで日常生活を送れるんですよ」
「初知り〜!」
グレイは鈴木凪と笑い合うと、仲良くダンジョンへと入っていった。
普通自動車がギリギリ通れそうな広さの通路を歩き続けていると、グレイたちは広い空間へと出た。そこは昨日のブリーフィングで見た、四つの扉がある部屋だ。
鈴木凪の後を追うグレイたちの視線の先には、開け放たれた石造りの扉があり、その周囲には自然に飲まれた都市と思しき絵が壁一面に描かれていた。
彼らは壁画を鑑賞しながらも、鈴木凪へとついていく。その時、彼が声を上げた。
「グレイさん方、準備はよろしいですか?」
そう言葉を掛けられたグレイたちは互いに顔を見合わせると、各々が自信満々に頷く。そして、バイザーを下ろした鈴木凪と共に、一の扉を潜ったのだ。