異世界転生したと思ったら、地球に転移した。なんでやねん。 作:卍錆色アモン卍
一の扉を潜ったグレイたちの前方には、自然に飲まれた荒廃した都市が広がっている──なんてことはなく、迷宮対策課本部と同様の格納庫然とした拠点内部が広がっていた。どうやら、ここは崩壊都市攻略における前線基地なようだ。
グレイたちは前線基地内部に置かれた、車両の一つへと向かった。そして、大きな荷台のついた小型トラックの前までやってくる。
〔基本はこちらのランクルで移動をします。どうぞ、荷台にお乗りください〕
「ランドクルーザー……! 生きとったんかワレェ⁉」
「ほら、グレイ。乗るわよ」
流石は陸の巡洋艦だぜ!と畏敬の念を抱きながら、グレイはランクルの荷台に飛び乗った。
運転席についた鈴木凪がエンジンを掛けると、ブロロロという排気音が鳴り響く。
「おいおい、まさかガソリンエンジンか?」
〔ええ。もはや古びた技術ですが、兎にも角にも壊れにくく、生産コストが安いですからね〕
「そりゃあ電気自動車と比べたらねぇ?」
グレイが分かってるじゃないと言いたげな表情を浮かべていると、ランクルが開け放たれた大扉に向かって走っていくことに気づいた。やがて、グレイたちは眩い光を放つ大扉を潜ったのだ。
彼らの眼前には豊かな森が広がっていた。木々のさざめきや、小動物たちの囁き。それらが森に木霊し、ここが命溢れた森であることを教えてくれる。
グレイは走行するランクルの荷台より、鈴木凪へ問いかけた。
「鈴木さん、俺たちが向かってる場所は何処だ?」
〔見てもらった方が早いでしょう。こちらをどうぞ〕
リア窓より謎の機械を受け取ったグレイは、手のひらから3Dホログラムが展開したことに驚いた。だが、彼はすぐさま冷静さを取り戻すと、ホログラムを見やる。
そこにはおおよそ円形をしたフィールドが表示されており、前線基地と書かれたマークが南側にあった。加えて、僅かながらに移動しているピンがあり、グレイはこれが現在位置だと察する。
既に崩壊都市の全貌は把握しているようだった。ところどころに粗はあるが、フィールド全体を通して大まかな地形が表示されている。
〔グレイさん、ホログラムを指で掴んで広げると、拡大表示ができます〕
「うお、ほんとだ! スゲー!」
グレイが鈴木凪に教えてもらった通りの操作をすると、ホログラムが形を変えた。グレイは無邪気にもキャッキャッとはしゃぐが、しびれを切らしたシズにホログラム投影機をぶん取られてしまう。
「あー⁉」
「いつまで遊んでるんですか。これは私が預かりますね」
「ウゾダドンコドコドーン‼」
「なんて?」
シズが慣れた手つきで操作をし始めると、数秒と経たずに目標地点が拡大表示され、おまけに生息している魔物や付近の最新情報などが羅列される。グレイはあまりの手際の良さに、お前は未来人かよ!と言いかけるが、彼からすれば、シズは二百年先の日本を生きた未来人であった。
「目標地点は荒廃した集落って感じですね。生息しているのは草食動物系の魔物が大半のようです」
「ま、そうだろうなぁ。ここは生態系が築かれたダンジョンだ。そこまで危険な魔物は存在しないんだろう」
「シズ、私たちの仕事なんなのかしら?」
「どうやら、ドローンで地形を把握しただけのようで、その地域一帯に何があるのかは分かっていないようです。私たちは実際に現場へ出向いて、細かな調査を実施するようですね」
「地味だねぇ。だけど好きだよ、そういうの」
ルークに同意をしたグレイは、彼と拳を打ち合わせた。いわゆるフィスト・バンプである。
やがて、轍のついた森の中を進んでいくと、ランクルが停車をした。鈴木凪曰く、前方に倒木があるようで道を塞いでいるとのことだ。
グレイたちは荷台から飛び降り、周囲を見渡す。緩やかな傾斜のある森の中は見通しがよく、どちらかというと林のような印象だ。
件の倒木へ近寄ったグレイは、これが自然に起こったわけではないことに気づいた。何らかの争いがあったのか、それとも意図的に倒されたのか。彼に真意は分からなかったが、倒木には無残にもへし折られた痕跡があったのだ。
「お、スライムだ。なんだか安心するなぁ」
「まさかスライムを見て、心が落ち着くことがあるなんてね」
倒木の根本には、様々な色をしたスライムたちが群がっていた。彼らは生態系の下位に位置する分解者であり、有機物を無機物に還元する役割がある。無論、菌類や細菌類、ミミズなどの生物も存在するため、スライムは彼らと同じ分解者グループと言えるだろう。
グレイはルークとシズに周囲の警戒を任せて、レアと共に倒木を退かすことにした。グレイは立派に育った倒木を抱え込むと、同じように抱えているレアを確認した後、声を張り上げる。
「レア、丸太は持ったな! 行くぞォ!」
「ええ!」
ぬん!という声と共に、倒木は持ち上がった。そのままグレイは裂帛の声を上げて倒木を振り上げ、林の中へと投げ込む。その結果、倒木は派手に地面と衝突しては、大きな音を立てていた。
「これで、何もかも終わりだ……任務完了……」
「まだ始まってすらないわよ」
グレイたちはランクルの荷台に乗り込むと、目的地を目指して進んだ。
寂れたアスファルトの道が続き、その両脇には荒れ果てた水田が広がっている。
その道の先には日本家屋が乱雑に建っており、どこか昔懐かしい日本の原風景をグレイに想起させた。
人の手が離れて久しい水田を横目に、グレイたちは進んでいく。その時、荒れ果てた水田の中に、魔物が潜んでいることをグレイは察したのだ。
「あれはホーンラビットかな。しっかりと駆除しないと増え続けるぞぉ」
〔グレイさん、ホーンラビットと通常のうさぎはどう違うんですか?〕
「両者の違いか? そうだな……ホーンラビットは縄張り意識が非常に強くて、好戦的なところがある。それに体がデカくて角が生えてる。あとは繁殖力が野うさぎ以上に高くて、生態系や農地に甚大な被害を与えるところとかかな」
〔なるほど。魔物の定義とは人類に仇なす存在だと教えられたんですが、少しは理解が進みました。教えていただき、ありがとうございます〕
「鈴木さんの教わったことは間違いじゃないが、大体の魔物は魔力を何らかの方法で活用してるぞ。ホーンラビットの場合はとにかく力が強い」
やけに初々しい反応をする鈴木凪が気になったので、グレイはそのことを聞いてみた。すると、彼は知識はあるのだが、実際にダンジョンへ潜ったことがなかったんだとか。
「そりゃそうか。ダンジョンなんて今まで無かったもんな」
〔ええ、おかげさまで昨日は戦闘シミュレーション漬けでしたよ〕
「だから昼から居なかったんかい」
リア窓越しに会話をするグレイたちは、やがて乱雑に家屋が建てられた集落の中心へと辿り着いた。
荒れ果てた水田と鬱蒼と茂る雑草に飲まれた、数十棟の家屋たち。それらは瓦屋根が破損をしていたり、窓ガラスが割れていたりと、悲惨な状態であった。
ここはダンジョンであるため、人々がこの廃集落に住んでいた背景などない。だが、かつては住民がいたんじゃないかと思わせるような、どこか物悲しい雰囲気が集落全体に漂っていた。
荷台から降りたグレイは、シズより教えられた調査を実施することにする。内容としては、ランクルに積まれた小型ドローンと共にこの集落を歩き回ることだ。なお、その調査によって得られるのは、この集落の詳細な映像と、高精細な地形情報とのこと。
「パーティーを分けよう。俺とルークと鈴木さん、そしてレアとシズだ」
「了解よ」
小型ドローンはいくつかあるため、グレイたちは二手に分かれて調査を開始した。
先行するグレイの背後には小型ドローンが追従をしており、録画中を示すのか赤い光を放っている。グレイは周囲を警戒しながらも、チラチラと小型ドローンに目線を送った。
「これ、俺映ってんのかな? だとしたら、動画配信者みたいでテンション上がるが!」
〔残念ながら、AI補正によってグレイさんは消されてますね〕
「そんな⁉ 俺のダンジョンストリーマー計画が⁉」
がっくしと肩を落としたグレイは、真面目に調査をすることにした。
しばらくの間、グレイたちはぼんやりと集落内を歩いていた。しかし、一つの廃屋へ近づいた時、彼らの前方にあった朽ちた玄関口から、ホーンラビットが飛び出してきたのだ。
体長七十センチほどの、鋭い角を生やした茶色いうさぎ。おそらく、廃屋を住処としているのだろう。その証拠に、彼奴の後ろからは追加で四羽のホーンラビットが姿を現した。
「計五匹。ちと多いな、振り分けはどうする?」
「僕が二で」
〔私は一羽でお願いします〕
「なら、残りの二匹は俺だな。先手は頼んだぞ」
腕を組んだグレイの両隣で、ルークと鈴木凪が動いた。
ルークが背負っていた矢筒より矢を取り出しては、構えていた弓に番えた。そして、一瞬にして矢を放つ。その動作は流れるようにして繰り返され、計二射が放たれた。
次に、鈴木凪はルークと同時並行をしてホルスターより近未来的な拳銃を取り出すと、かなり慎重に狙いを定めてから撃鉄を落とし、発砲をした。その結果、銃身より音速を超える弾丸が放たれ、ホーンラビットへと襲い掛かる。
三羽のホーンラビットが倒れたのは、ほぼ同時であった。ルークの一射目が先頭にいたホーンラビットを貫き、次に、鈴木凪の放った弾丸がその隣のホーンラビットへ。そして、最後にルークの二射目が飛び跳ねたホーンラビットの先へ予測するかのように飛んでいき、吸い込まれるようにしてそのホーンラビットを貫いた。
「お見事! あとは俺の仕事だな」
残された二羽は、仲間たちが殺された事実に怒ったのか、地面を目にも止まらぬ速さで駆け抜け、グレイ目掛けて頭突きを繰り出してくる。
それは左右から同時に襲い掛かってきており、言うなれば挟撃だ。加えて、狙いがそれぞれ、グレイの太ももと胸であり、どちらか一方でも食らってしまえば、致命傷となりうるだろう。
しかし、グレイは太ももを狙ってきたホーンラビットを蹴り殺すと、胸に飛び掛かってきたホーンラビットの角を掴み、そのまま頚椎をへし折った。そして、彼は慈愛に満ちた表情を浮かべながら、次のように囁いたのだ。
「これが、この世界の『ルール』だ……」
ぱちぱちと音を立てる焚き火。それに薪をくべたグレイは、少し離れた位置にいるルークへ声を掛けた。
「いや〜大量だな。これはなかなか稼げるんじゃないか?」
「そうだねぇ。鞣すのはまた今度にするとして、これだけの数があれば、それなりのお金になると思うよ」
ルークは簡易的に作った物干し竿の前におり、彼はそこでホーンラビットの毛皮を干していた。なお、その数は十を超えており、穴が空いている毛皮もあるが、半数近くが非常に状態の良い毛皮たちだ。
「グレイ、そろそろ完成するわよ」
「おっ、いいねぇ。すごく美味しそうだ」
その時、グレイと同様に焚き火を囲んでいたレアが声を上げた。彼女はシズと協力をして、ホーンラビットの肉をふんだんに使ったスープを作っており、焚き火を囲うように設置された三脚、いわゆるトライポッドに吊るされた鍋をかき混ぜていた。
「鈴木さんも座れよ。調査は終わったことだし、早めの昼食と行こうぜ」
「ええ、構いませんが……。私、怒られないですかね?」
「怒られる要素なんてないだろ。それに、今の鈴木さんは俺たちと同じ冒険者だぞ? 郷に入っては郷に従えだ」
「はは、そうですね」
バイザーを掻き上げていた鈴木凪は苦笑をこぼすと、グレイたちと同様に焚き火を囲った。
午前十時過ぎ。集落の調査を終わらせたグレイたちは、調査区域である廃集落にて早めの昼食をとっていた。彼らが食べているのはホーンラビットのスープであり、味付けは最低限の塩と少量の香辛料のみ。また、グレイたちが保存食として持っていたライ麦パンやチーズが、ホーンラビットのスープのお供として添えられていた。
堅木で作られた木板を膝の上に載せ、その上に、スープをよそったボウルとライ麦パン、そしてチーズが置かれる。
それらを前にして、グレイはパーティーメンバーたちと共に食事を楽しんでいた。
「うん! これは美味い。これは良いホーンラビットだ。実に美味しい。昔食べたものよりずっと美味い……そんな気がする」
「確かに、味がいい気がするわね。スープも濃厚で美味しいわ」
「やけに肉が柔らかいよね。シズ、何かした?」
「いえ、何もしてませんよ。いつも通りのレシピで作ってます」
「ホントに〜? もしかして愛とか込めちゃってるんじゃないの〜?」
「そんなわけないじゃないですかっ‼」
『黄金の剣』の日常風景とも言えるやり取りの最中、鈴木凪が物静かにスープを嗜んでいた。彼は、最初は恐る恐るといった様子であったが、今ではライ麦パンをスープに浸すほど熟れている。
グレイは鈴木凪に、味の感想を聞いてみた。
「鈴木さん。で、味は?」
「味ですか、すごく美味しいですよ。私はジビエ料理を食べたことがなかったんですが、これほどまでに旨味が強いとは思ってもみませんでした。それに、多少のクセはありますが、それがなかなかどうして悪くありません」
「思いの外好感触! 良かったな、シェフレア、シェフシズ!」
「フフ、そう言ってくれて嬉しいわ」
「お褒めいただきありがとうございます」
終始和やかにも食事は進み、やがてグレイたちは完食をした。そして、彼らは後片付けを済ませると、ランクルに乗り込み、次の調査地点へと向かったのだ。