王都キングズ・ランディングの最東に聳え立つ
王都の王城から反対、西側に位置するベイラー大聖堂では、王の手ジョン・アリン公の葬儀がしめやかに執り行われている。
ジョン・アリンは、ウェスタロス大陸を大きく南部と北部に分けた時、南部の中でも北に位置する、アリンの谷間の領主であり、ロバート王の王の手だった。
王の手とは、七王国で王に次ぐ重要な役職であり、君主不在の際は王の代理人となる人物である。
聖堂の真ん中では、ジョン・アリンの遺体が横たわっている。閉じられた目蓋の上には、開かれた目が描かれた、小さな石が置かれていた。七神正教の葬儀特有のものだ。遺体の両目の上に置く。その意味は、〝死を恐れぬため、来世で目を開くため〟だと
ジョン・アリンはロバート王にとっては里親であり、自らの王政を支えた信頼出来る人物。その死は突然のことであり、民衆にも慕われていた忠臣の死に、都は悲しみに包まれていた。
「(ああ、やはりこうなるのか)」
喪服に身を包み、ロバート王――父が棺の前で嘆くさまを見つめながら、私は心内でため息を落とした。聖堂には女の狂ったような泣き声が響いている。亡きアリン公の妻、ライサのものだ。
「(白々しい)」
アリン公に毒を盛ったのはあの女だ。
女は初恋の男に唆された。その初恋の男は、自分を盤上の駒程度にしか思っていないことも知らずに。
葬儀は粛々と進められ、やがて終わりを告げた。
明日か、明後日か、もう少しかかるかは分からないが、きっとすぐに私たち王室の人間は北部へ向かうことに決まるだろう。北部の守護者、スターク家当主、エダード・スタークに会うため。
命名日から十七年。ついに始まってしまったのだ。
◇
勇敢で慈悲深く公正。蚤の救い主。
狂王と呼ばれたエイリス・ターガリエンから玉座を奪ったロバート・バラシオン一世の長女。男でないゆえに王位継承順位は低いが、ロバート王の子の中で最も王に相応しいとまことしやかに囁かれている。
人々に噂されるエリアナ・バラシオンの評価はそんなところである。
現代日本に生き、死因は思い出せないが死んで、エリアナ・バラシオンとして私が目覚めたのは、かれこれ十七年前のことである。
十七年前、私は母・サーセイの胎から生まれ落ち、産声を上げた。その時か、それより前か、後か。まあそのあたりの細かいことは覚えていないのだが、私は生まれながらに、意識と前世の記憶を持っていた。
生まれてすぐには、隣に私と同じ赤子がいた。その頃はまだ目がよく見えなかったが、大人たちの声から聞いて男の子だった。耳はよく聞こえた。私は知らないことだったが、赤子と言うのは、目は見えなくとも耳はよく聞こえているらしい。
七日も経たぬうちに、私と男の赤子は熱病にかかり、私は生きたが男の子は助からなかった。私の双子の弟だった。
母の嘆きを聞いた。父は母を押し留め、赤子を何処かへ連れて行かせた。赤子は二度と、私の隣に戻ってくることはなかった。
それから数日のうちに、私は父からエリアナの名を貰い、数ヶ月経てば目もしっかりと見えるようになっていた。
目が見えるようになって気付いたのは、第一に、自分が生まれ変わったこと。そしてこの世界が前の世界――現代日本とは違う、いわゆる〝中世ヨーロッパ〟的な世界であること。
父の名はロバートで、陛下と呼ばれる、つまり王であること。母はサーセイと言う名であること。その顔がそれぞれ、前世で見た覚えのある顔だということ。――もっとも、父ロバートは前世で見た姿より痩せていたし、父母のどちらも前世で見た姿より若かった。
前世で見覚えあると言っても、直接会ったことがあるわけではない。配信サービスを見ていたPCの画面上で見たのだ。そう、つまり、私が生まれ変わったのは『ゲーム・オブ・スローンズ』という海外ドラマの世界だった。
それを知った私は、生後数ヶ月の身ながら絶望した。
ドラマ自体は勿論好きだった。DVDレンタルが待ちきれずに、このドラマを見るためだけに配信サービスを契約したほどだ。最終章は、賛否があったことは知っているし、その理由も一応理解出来るが、概ね満足の行く結末だった。
しかし、しかしだ。
好きなドラマだったからと言って、その世界に転生したいかと言われれば、それとこれとは話が別だ。
このドラマにおいて言えるのは、よほど重要キャラでない限り善人は死ぬ、というか善人じゃなくても死ぬ、ということ。重要キャラでも最終章で死んだりした。
そこらへんは物語なので、とんでもねー悪をやらかした奴はどっかしらでその代償を払うことになる。代金は命であったり、別の何かであったり様々だが。悪人以外でも、酷い目に遭う者は大勢いた。
具体例を上げるなら、このキャラ好きだな、と思ったらその少し後のシーンで姉の仇に頭蓋骨を握り潰されて殺された男とか。
無知と夢見がちが悪と言うなら確かに悪だろうけど、正直乱世に翻弄されているだけのお嬢さんが、吐き気を催す邪悪に虐待受けたり、無理矢理結婚させられた挙げ句レイプされたり。
牢に閉じ込められていた可愛らしく可哀そうな少女が、カルト宗教にのめり込んだ父親によって火あぶりで殺されたり。その他挙げたらキリがない。
まあつまり、この世界はとんでもなく死亡フラグの立ちやすい世界ということである。民間人然り、権力者然り。
そんな世界で私は王族として生まれた。七王国の王とその王妃の長女。王位継承順位は低いが、黒髪。
髪の色が何だと言いたくなるかもしれないが、バラシオン王家においてこの黒髪は重要なものとなってしまう。というのも、私が生まれて数年後、私には弟が出来た。
その後年を空けたり空けなかったりして、計三人。上から弟・妹・弟が出来た。その三人全員、金髪である。
父ロバートは黒髪。母サーセイは金髪。母親に似たのだろうと誰もが思うが、実はそうではない。バラシオン家は代々黒髪の家系である。
父には弟が二人いるのだが、その二人も黒髪だし、祖父と曽祖父も黒髪らしい。そこはファンタジー世界。黒髪はバラシオン家の血の
何が言いたいかって、つまり、弟妹たちは母の不義の子ということだ。相手は母の双子の弟、ジェイミー・ラニスター。王とその家族を守る
王妃のとんでもない
……この国の法で相続は、〝兄弟姉妹より子優先〟で〝女の相続人は可能な限り男の相続人より後〟とされているので、どちらにせよ私の順位は低いままだが(願ったり叶ったりである。女王なんて御免だ)。
ジョン・アリンが死んだ理由も、この件が原因……とされている。まあ〝されている〟という部分を詳しく話すと長くなるし、脱線するので今は省くが。
ジョン・アリンは死ぬ前、名家の血統に関する書物を読み、そして「種は強い」という言葉を残した。つまり勘付いたのである。弟妹たちがロバート王の血を引いていないことに。
ジョン・アリンの死、そして次の王の手にエダード・スタークが選ばれる。――それが、物語の始まりである。
私は十七年間、この日をずっと恐れていた。
◇
「――、――、エリアナ!」
「! ――はい。お呼びですか、母上」
「お呼びですか、じゃないわ。何度も呼んだのよ」
景色を見ながら考えに耽っていた私は、母の声でやっと現実に戻った。何事もないような素振りで返事をしたが、母の眉間にはシワが寄っていた。
北部はウィンターフェル城に向かい、王の道を北へ。旅程はひと月ほどで、現在王の一行はちょうど半月と少し進んだところにあり、休憩を取っていた。私と母、弟妹三人が集まって座り、周囲には護衛たちがいる。
私が叱られる姿に、上の弟ジョフリーは小馬鹿にしたような含み笑いを浮かべていた。封建社会じゃなかったら殴ってた。
「申し訳ありません。景色に見とれていました」
場所は北部と南部を繋いでいる湿地、
北部の土地は広大で、見渡す限りの草原で、遠く東には海が見える。視界を遮るものと言えば、風と日差しを防ぐ木立がある程度だ。何もないと言えば何もないが、馬に乗って駆けるのは気持ちが良さそうである。
「あなたは北部が似合いそうね。うちで唯一」
母・サーセイは、棘のある言い方で言う。私は口角を持ち上げて微笑んだ。
母はロバートとの間の子であり、熱病で
「そうかもしれません」
「北部の殿方との婚約を考えたら? スターク公の息子はちょうど同い年くらいだったはずよ」
貴族の娘は十七にもなれば適齢期。さっさと出ていって二度と顔を見せるなと言いたいのかもしれないが、あいにくと私の婚約者を決めないのは私の父である。私に当たられても困る。
「私が考えてどうなることでもないでしょう。私は父上に従います」
「あら。あなたのお父様はあなたが結婚したいと言えばすぐにでも用意するんじゃないかしら」
父がそうでも、王の側近で国政に携わる小評議会は別だ。
スターク家の人間と結婚するならばロブ・スタークが相手となるだろうが、
スターク家以外にしても、既に弟妹の実の父親に関して勘付いているであろう彼らは、正真正銘、正統な王の子である私を適当な家には嫁がせないだろう。万一の時に面倒だ。
「……さあ、どうでしょう。王のお気持ちを量ることは私には難しいので」
「そう? 王に最も相応しいだなんて言われているあなたなら、簡単に分かりそうなものだけど」
「私が? 初耳ですね」
眉をひそめて首を傾げる。知っているけれど知らない。
その呼び名は本来継承権一位にあるジョフリーが受けるべき名であり、継承権が父方の叔父たちよりも下にある私が受けて良い名ではないのだ。更に言えば、その名で呼ばれていると知っていて放置して良いものではない。
まあでも、ぶっちゃけサーセイとジョフリーの悔しげな顔を見るのは好きなので、心の中では全力でブギャーをさせて貰うが。
「知っていると思っていたわ。あえてそう言わせているのかとも」
「まさか。しかしそうなると、王都に戻ったらそう言っていた者たちを探さないとですね。真に王位に相応しい者が誰か、教えないと」
「誰なの?」
母は試すように首を傾げる。私はちらりとジョフリーを見やり――母に笑いかけた。
「父上ですよ。ロバート・バラシオン一世。七王国の守護者。まだまだご壮健であらせられるのに、他の人間の話をするなどおかしいでしょう。ましてや女の私だなんて。笑ってしまいますね」
酒池肉林を体現するような生活を送り、それに相応しい体型をしている男を壮健と言うのは正しいかは知らないが。大病を患わず生きている限り、王は壮健だと言うべきだろう。
「誰もがいずれ死ぬわ」
「そうでしょうね。でも今じゃない。その時が来る頃には、ジョフリーこそが次期王に相応しいと、誰もが口を揃えて言うことでしょう。そして私はどこかの城主にでも嫁いで、王都の人間からは忘れ去られ、王の政務など煩わしいものもなく、悠々とワインを掲げているはずです」
私は感情の見えない母の視線ににこりと笑い、ワインの注がれたゴブレットを掲げる。
「父王に乾杯、ロバート王に乾杯」
私の言葉に、母は薄い唇を笑みの形にして、小さくゴブレットを掲げた。その姿を見ながら、私はゴブレットに残っていたワインを一息に飲み干し、立ち上がる。
「何処へ行く気?」
「そこらを散歩してきます。北部の空気は私に合うようですので」
母の問いに、唇に笑みを刷いて返した私は、その場を立ち去る。
母と語らう時間に比べたら、ホワイトウォーカーの寝床だって快適だろう。冬のような女の、氷のような眼差しに比べたら。
これぞまさしく冬来るだ。クソが。