バラシオン家長女は転生者である。   作:緑茶山

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第一章-2「冬来たる②」

 休憩を止め、王家の一行は再び出発した。

 母と妹のミアセラ、下の弟のトメンは馬車に乗っているが、私は父やジョフリーと同じように馬に乗っている。

 馬車は板バネ式で、想定よりはマシな乗り心地だが、それより母と同じ空間にいると空気が最悪になるので、私から辞した。馬車は酔うから、と適当に言い訳をした。

 そんな私の馬に轡を並べたのは、母方の叔父・ティリオンだ。前世の世界になぞらえれば小人症と呼ばれるであろう小さな体をしている。私の親戚家族の中では最も打ち解けて話せる相手だ。

「サーセイと何を喋ったんだ? 出発前に話したら、かなり不機嫌だったぞ」

「そうだったのですか? では私と話す時はいつも機嫌が良いようですね。悪い時を見たことがないので」

 ティリオンの問いに、私は皮肉たっぷりに答える。ティリオンは私の返答に片眉を持ち上げた。

「お前は七王国一前向きな女だな」

「それは素敵な肩書きだ。大事にしますよ」

 少なくとも、〝最も王に相応しい〟だなんて肩書きよりは平和的である。

「……もしかして、お前にまつわる噂の件か。王の子で最も王に相応しい子だって? あまりサーセイの不興を買わないようにしろよ。妙な噂のせいで、お前が縛り首になるなんて御免だぞ」

「そうなったら泣いてくださいますか、叔父上?」

「冗談で言っているんじゃあない」

 揶揄うように答えた私を珍しく真剣な顔で嗜める叔父の姿に、私は観念して苦笑を返す。

「善処します。難しいことかもしれませんが」

「叔父さんにはお前が死に急いでるように見えるよ」

 及第点程度の返答に、ティリオンは呆れた顔にため息までおまけしてそう言った。

 死に急いでいる、か。出来る限りは生きようと思っているけれど。

「噂の原因は分かっていますが、だからと言って今更退くことも出来ませんよ。これだけ手広くやってるのに」

「まあそうかもしれないが。……そう言えば、事業の方は平気なのか? ふた月は王都に帰れないだろう」

 思い出したようにティリオンは尋ねる。事業、と言うのは私が王女としてやっている公共事業や商会のことである。

 王都は貧富の差が激しく、王城こそきらびやかだが、その陰には蚤の市場と呼ばれる貧民街がある。私はなるべくその貧民街で人を雇い入れ、公共事業を行っている。

 橋の修復や、砦の修復、王都周辺での農地の開拓、王家直轄地沿岸部での塩田の開発など……まあ力作業が多いが、人の集まるところでは仕事も多岐に渡るものなので、軽作業しか出来ない者でも活躍出来ることは多い。王に相応しいと言う呼び名とともに蚤の救い主と呼ばれているのはそれが所以だ。

 商会はまあ、その名の通り。公共事業の一環で鉱山採掘をさせ、そこから出た鉱石を加工して流通させている。あと、塩を作って売っている。今では王家の貴重な収入源の一つだ。こちらも蚤の市場で拾ってきた人間が多く働いている。

 これらの事業は、そのうち早死にするかもしれないと分かっていても、王族に生まれたからには王族らしく生きようと思ったゆえの結果である。

 自分で自分の首を絞めている気もするが、王族だから仕方ないと言えばまかり通ってしまうのがこの世界の嫌なところだ。

「信頼して任せられる人間がいますから。いざとなれば使い鴉もいますしね」

「お前の父母は娘の働きと謙虚さにもっと敬意と感謝を持つべきだな」

「敬意や感謝が欲しくてやっているわけじゃあありませんよ」

 私が欲しいのは生命の保証。それが無理なら死後の私への称賛である。

 このままドラマ通りに展開すれば、来年にはジョフリーが玉座に就く。

 婚約者を衆目の前で辱め、吟遊詩人の舌を抜く王が生まれる。自身の婚礼で、叔父たちや妻の兄を侮辱する演劇を披露させる王が生まれる。

 ジョフリーが王位に就く時、ジョフリーがサーセイの不義の子であるという噂(事実だが)が流れ、それをかき消すため、王都に住んでいたロバート王の落とし子たちは赤子でさえも殺されることになる。

 その時、私は自分が平穏無事に済むとは到底思えなかった。その思いは両親がロバート王とサーセイであると知ってから、自分自身で対抗できる程度の力を持っても、ずっと心に澱のように漂い続けている。

 ジョフリーが金髪の子として生まれた時、その思いはより強くなった。

 赤子の頃のジョフリーはとても可愛らしかった。それは確かな事実だ。でも、ジョフリーへ必要以上に近寄ることは母に許されなかった私は、彼の残虐性を彼から遠ざけることは出来なかった。

 ……いや、彼の親しい姉になっていたとして、あの残虐性を目覚めさせぬことは出来たのか、私には分からない。

 だから私はより一層、誰よりも王族らしくあろうと考えた。民衆が私を愛せば、私は容易に殺せない人間となる。それだけで生存確率は上がる。

 そして、もしも私がジョフリーに処刑された時、一人でも多くの人間が私の死を嘆き悲しみ、処刑を命じたジョフリー王を恨めばいいとも思う。

 私は人々の心に種をまく。薬にも、毒にもなる美しい花の種を。私の血で咲いた花が剣になり、鹿の皮を被った残虐な獅子を殺せばいい。

 ……父親が違うとは言え弟に、いつかは天使のようだと思った弟に対して、そんな怨嗟を心内で渦巻かせる私もまた、残虐で無慈悲な獣なのだろう。

「エリアナ?」

 ティリオンが私に呼びかける。私は思考の渦から抜け出して笑みを作った。

「いえ。叔父上に言われたら、少し心配になってきました。王都からここまで離れるのは初めてのことですから……」

 誤魔化しと本音が半分ずつの言葉を返すと、ティリオンは笑った。

「お前は南部が似合うよ。北部の原野を馬で駆ける姿も似合うが、南部で忙しく金稼ぎしている方が似合ってる。研究だのなんだのに面白みを見出すのは、あまり理解出来ないけどな」

 ティリオンの言葉に、私は目を瞬く。

「母上は、私は北部が似合うと言ってました」

「ああ、仕方ない。俺と姉上の意見が一致したことは少ないんでな」

 肩を竦める叔父の姿に、私は笑みをこぼした。

「……ところで叔父上、私の研究に面白みがないと言うのは聞き捨てならないですね」

「おっとやぶ蛇だったか……」

「私の最近の研究内容を話しましょう。それを聞けば叔父上も、きっと興味を持たれるはずですよ」

 自分の発言への後悔に顔をしかめるティリオンに、私はニンマリと笑みを浮かべながら話を続けた。農法の改善と農機具技術発展の素晴らしさを聞くがいいさ。

 ……この地獄を生き延びたら、王女の身分なんて捨てて旅をして、どこかで出会ったいい人と結婚して、静かに暮らしたい。貧しくとも、きっと幸せだろう。

 地獄に終わりがあるか、分からないけれど。

 

 ◇

 

 それから半月ほど。ウィンターフェルを目指す旅は、高く堅牢な城壁の、歓迎するように開けられた門を前に終わりを告げようとしていた。

 叔父のティリオンは一行の列をいつの間にか抜け出して、早速娼館へと向かったらしい。赤毛のロスは私も一目会ってみたいところだ。ドラマにも登場した美しい娼婦である。

 私は母たちが乗る馬車の後から、騎乗して城壁の中に入った。広場には城主のエダード・スタークを始め、その家族や家臣たちが並んで、王家一行を出迎えた。

 エダード――ネッド・スターク。ドラマで見たのと同じ、ショ〇ン・ビ〇ンの顔をしている。歩く死亡フラグ。

 父は旧友との再会を喜び、それから彼に墓所への案内を頼んだ。今は亡きリアナ・スタークの眠る墓だ。父の元婚約者で、彼女の死は狂王エイリスを倒すための反乱のきっかけとなった。

 母は「長旅で疲れているから墓参りなんて後にして」と言ったが、父がそれを聞き入れるはずもなく、父とスターク公は城の地下墓所へと向かってしまった。

 私はそのやり取りを聞きながら、スターク家の面々へと目を向けた。

 スターク公の妻・キャトリン。生家であるタリー家らしい赤褐色の髪と緑の瞳の、凛とした女性。

 長男のロブは母親似だ。長女のサンサも同じく。次女のアリアは父親似で、暗めの茶髪に全体的に意志の強そうな顔をしている。次男のブランもどちらかと言えば父親似だろうか。三男のリコンもおそらく。

 そしてロブと同い年の、スターク公の落とし子――つまり婚外子であるジョン・スノウ。黒髪に黒い目。スターク家の血が濃くて良かったね。

 ドラマでは主役の立場に当たる一家が勢揃いしている貴重なシーンを眺めていれば、隣にもう一人の叔父であるジェイミーがやってきた。

「エリアナ、ティリオンが何処に行ったか、知っているか?」

 ジェイミーは尋ねた。その問いにさっき、母がティリオンは何処に行ったのかと、夫からないがしろにされた苛立ちをぶつけるようにジェイミーに尋ねていたのを思い出す。

「ティリオン叔父上なら娼館でしょう」

「そんなことは分かってる。だがスターク公が堅物だからって、ウィンターフェルに娼館が一つなんてことはないだろう」

 鼻で笑うように、ジェイミーは言った。弟のティリオンが何処に向かうかなど、兄である彼にはお見通しらしい。その絞った選択肢から特定が出来ないだけで。

 北部の中心と言うこともあって、ウィンターフェルは思っていたよりも大きい。ここに住む男たちを満足させるには、確かに娼館一つでは足りないだろう。

「ヴァリス公の小鳥の噂では、ロスって娼婦が評判らしいですよ。今頃その人と()()()()()かも」

 私は北部に来る前、ヴァリスに聞いた話を思い出して伝える。ヴァリスは小評議会のメンバーである宦官で、スパイたちを束ねる密告者の長だ。世界中に彼が小鳥と呼ぶスパイがいるらしく、それらは北部も例外ではないらしい。

「礼を言う。お前も来るか? ティリオン捜索隊だ」

「楽しそうだけどやめておきます。一応王女の身ですから」

「ああ、そうだったな。忘れてた」

 ジェイミーの言葉に、私はジトっとした目で睨みながら、彼の腕に軽くパンチをする。丁度関節部分の、金属で覆われていないところに。

「おっと。これは失礼、王女殿下」

 避けず拳を受けたジェイミーは揶揄うように笑って、心のこもってない謝罪を口にする。わざとらしく殴られたところを反対の手でさすっている叔父に、私はいたずらめいた笑みを返した。

「――ジェイミー! 早く弟を探してきて」

 叔父と心温まる交流をしていた私だが、母の声でストップする。

 母の声は抑え気味ではあるが、ウィンターフェルの面々にも聞こえていた。スターク公が外している今、この場を持たせることになっているキャトリンが気まずげにしている。

 ジェイミーは王妃に頭を下げると、踵を返して歩き出した。それを見送るともなしに見てから母を見ると、こっちを睨んでいた。

 母は私の何もかもが気に食わないらしいが、特にジェイミー叔父上と仲良くしているのが気に入らないようだった。

 一度叔父との関係を邪推されたことがあるので、多分嫉妬だ。自分の愛人(モノ)に手を出すなってところなのだろう。心配しなくても、叔父は母と違ってとんでもなく一途な男だってのに。

 そもそも実の娘に嫉妬すんなって話よ。私は叔父のことを叔父としか見てないのだから。迷惑な話である。近親抜きにしても好みのタイプじゃないのだ。

 母に目線でキャトリンへの挨拶を指示された私は、心内でため息を吐きながら歩き出した。やっぱりティリオン捜索隊に加わっていればよかったかもしれない。

 

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