それではどうぞ♪
「んじゃ色々と説明して貰いましょうか♪」
「えぇ…こちらが説明を受けたいぐらいです」
あれから本当に下にあった小さな事務所に入ってソファーに座る和人、唯、そして…
「まず貴方の名前を教えてもらいたいんですが…」
「…そうね…まずは自己紹介といきましょうか♪私は紅天理。この紅民間警備会社の社長を勤めてるわ。よろしく」
自分の事を社長と呼ぶこの少女、和人と同じくらいの年齢だ。
「俺は桐ヶ谷和人です」
「改めて、黒衣唯です」
ここで和人はん?と思ってしまう。
「改めて?この人とは知り合いなの?」
「私は和人さんよりも回復が早かったのでいち早く天理さんとは面識があるんです」
「そう言うこと。それじゃあ早速、説明会といきましょうか」
◇◇◇◇◇
「俺が覚えているのはガストレアに立ち向かって行くとき…仮面を被った燕尾服の男性が乱入するところまでしか…」
あれから和人は自分の経緯を説明した。気になるところは多々あるがそれも向こうが説明してくれるだろう。流石に他の世界から来たということは言っていない。この秘密を知っているのは唯だけである。
「教えてくれ!!あの後どうなったんだ?」
天理はふぅ~と息を吐くと唯の方に目を向けた。
「その事は私よりも唯ちゃんが知ってるわ。その後のことは私が説明するけど」
お願いね、と天理は唯に言った。唯は和人の方を向くと、ポツリポツリ話始めた。
時間は和人がガストレアに立ち向かって行く所まで遡る。
◇◇◇◇◇
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
片手に刀。もう片方には唯から貰った拳銃。実際これだけで勝とうだなんて思わない。只、負けたくない。奪われたくない。その感情だけが和人を動かしていた。拳銃をガストレアに向け引き金を引こうとしたとき、上から声が聞こえた。
「少々失礼させてもらうよ」
「ッ!?」
和人が上を見たとき一人の男性と小太刀を二つ持った少女が飛び降りてきた。その時和人の前に群がっていたガストレアが瞬時に吹き飛んだ。
「な…!?」
あの数を?どうやって…。和人は吹き飛んだガストレアを見て驚いていた。今何をしたんだ?と。
「小比奈斬っていいぞ」
「はーいパパ♪」
ガストレアに単身立ち向かって行く少女。少女もイニシエーターの一人だろう。手慣れた手付きでどんどんガストレアを斬っていく少女。ガストレア共は数秒もたたない内に肉塊に変わっていく。
その様子に和人も唯も黙って見ているしかなかった。
こちらに近づいてくる燕尾服の男性。和人は警戒しながら後ろへ下がる。
「あんた達…何者なんだ?助けに来てくれたのか?」
「助けに来た…というのは偶然だよ。私達は君達がこんな場所にいたなんてついさっきまで知らなかったからね」
「じゃあ…わざわざこんな場所へ何の用だ?」
「…ちょっと野暮用だよ」
「野暮用?」
それ以上は何も言わないで和人に背を向ける燕尾服の男性。すると突然、こちらを振り向き…
和人の左目を抉り取った。
ジュク…。
最初は何が何だか分からなかった。いきなり左側の視界が消えたのだ。左側の視界の視界が消えたと同時に急激に激痛が和人を襲った。
「が…ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
その場に倒れ込みうずき回る和人。あまりの激痛で頭がおかしくなりそうだ。男性は和人の左目を造作もなく潰す。その光景を見ていた唯は、まだ完治はしていない足を無理に動かし、燕尾服の男性に飛び掛かっていった。
「和人さん!!!!!!!!」
銃口を燕尾服の男性へと向け引き金を躊躇なく引くが男性の目の前で止まってしまう。
「なっ!?」
「フム、驚かせてすまないな。だがもうじき終わる、後にしてくれたまえ」
そう言うと目の前に止まっている弾丸が一斉にこちらへ返ってくる。
「ッ!?」
唯はそれらを避けたが、数発身体に命中した。
「クッ!!」
幸い急所ではないので致命傷にはなっていない。だが身体に命中したため回復に時間が掛かるし、痛みもある。一時は動けまい。
「すまない。これがちょっとした野暮用だよ…」
「ああああああああああああ…ハァ、ハァ、ハァ…」
和人は荒く息を吐きながら左目の方を強く押さえつけた。止まることない血。止むことのない痛み。和人はこのまま意識が飛びそうになったのだが、
「意識が飛ぶのはこの後にしてくれ。小比奈!!」
「はーい♪」
小比奈と呼ばれた少女。その少女は最後の一体を斬り終えると木の上に立て掛けてあったアタッシュケースを男性に放り投げる。男性はアタッシュケースを取ると中から何か液体の入った箱を取り出した。その箱を手の上で逆さにしドバドバドバと液体を流していく。そして最後にポトッと何かが落ちてきた。
眼球だ。しかも真っ赤に染まった眼球だった。
それを男性は和人の左目の方に押し込んだ。
「あぁ…あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
痛みは先の比ではない。和人は必死に左目を押さえるが、左目が勝手に動き回っているようで今にもはち切れそうだった。
「さて…君は成功か?それとも失敗かな?」
男性は仮面で分からないが笑みを含んでいたのは確かだ。和人はあまりの痛みに耐えきれなかったのかプツンと人形の糸が切れたかのように動かなくなってしまった。それを見ていた男性は少々残念そうに、唯は目を大きく見開き和人の名前をポツポツ呟いていた。
「か…か、ずと…さん……?」
やっと見つけた自分が信頼できる人物。会って短いが、好きになれた人物。これからずっと一緒に居たいと思える人物。
その人が…
目の前で…
死んだ…。
「い、や…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
唯は悲鳴を上げ涙を流す。そしてその目には赤色とは生ぬるいと言っていいくらいの真紅の色が広がっていた。唯自身もここまでの怒りを覚えたのは初めてであった。
許さない許さない許さない許さない…。
その感情だけが唯の頭の中にあった。
仮面の男性は興味失ったかのように和人に見向きもせず小太刀の少女と立ち去ろうとしたとき、
『ソレ』は来た。
「ッッ!!!!!?」
仮面の男性は経験上殺気や怒気を向けられるのは多々あったが、ここまでの殺気は初めてだった。経験の差で勝ったと言うべきか、男性はそれを…避けた。
通り過ぎたのは一人の少女だが、男性にはこの上にはない『化け物』に見えた。
「 殺 す 」
「…は…はは、はははははははははははははははは!!!!」
男性は恐怖と共に歓喜を覚えた。まさかこんな掘り出し物があったとは。男性と少女は構えを取り、唯も構える。そして―
「…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」
三人の意識はそちらへと向く。そこには息を切らしながらも死んだと思われた和人が立っていた。
「和人さぁん!!!!」
唯は急いで和人の元へ走る。それと比べて男性の方は驚きを隠せずにいた。
「……適合……したと言うのか?あの状況で?」
そして同時に喜びを感じた。
「フハハハハ…ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
男性は顔を空へ向け大声で笑いだす。
見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた。やっと見つけたのだ。自分が今まで探し求めていた人物を。ここに来る途中何人かとすれ違ったが、そいつらはまったくのハズレだった。
「最ッ高だよ。君は、いや君たちは…。今すぐにでも遊んでやりたいのだが…時間切れのようだ」
男性は森の方を向く。そこには沢山のガストレア達が迫って来ていた。
「是非とも『今の君』の実力が見てみたいものでね…。後は頑張ってくれたまえ。行くぞ小比奈」
「えー…あいつと戦っちゃ駄目なの?」
「また今度だ」
「うー……」
少女は構えを解くとしょんぼりした顔になり小太刀を鞘へと納める。
「ねぇ、名前。名前は?」
少女は唯に向かって言っているのだろうか、名前を聞いてきた。
「…黒衣唯…」
「黒衣唯…唯かぁ……私は蛭子小比奈。今度会ったら戦おうね」
まるでまた遊ぼうね。と言っているようだった。いや、少女にとっては命をかけた戦いでも遊び同然なのだろう。狂気染みた、そんな笑顔を少女はしていた。
「それじゃあここで失礼させてもらうよ。いつか…また」
「…ク、ソ…待、て……グゥゥ…」
和人は未だに頭がぼんやりしているのか、上手く言葉に出来ない。だが、男性は気にもせずその場から立ち去った。
唯は和人を支えているので動けないが、今は追うのは得策ではないと考えた。それよりも、今からやって来るガストレア達だ。それをどうにかしなければ…。
「和人さん、大丈夫ですか?動けますか?」
「…ハァ…ハァ…ハァ…」
息が荒い。早く休ませて上げないと…。唯はそう思い和人を運ぼうとしたとき、和人はそれを遮った。
「………え…?和人…さん?」
唯は和人を見ると、違和感に気づいた。先程までは息を切らしていたのに今はまったくそれがない。それに表情も……辛そうな感じでもなく、かといっていつもの優しい感じでもない…冷たい、どこまでも冷えきった…そんな表情をしていた。
「唯…下がってて…後は俺が…」
―殺すから―
「……ぁ……」
それと同時にガストレア達はやって来た。和人は最初の一匹を、普段の和人では想像もつかない脚力で蹴り飛ばす。それ以降は只ひたすら刀を振り、ガストレア達を斬り殺していた。和人も決して無傷だったわけではない。勿論ガストレアからの攻撃も沢山喰らってはいたが、気にせず、来るガストレアをひたすらひたすら…斬っていった。
「…あの目……『私達』と同じ…?…でも…どうして……?なん、で……」
唯は和人の左目を見て驚いていた。先程あの仮面の男性が無理矢理押し込んだあの目。あのときはよく分からなかったが、今はよく分かる。
あの目は…
『私達』…いや…ガストレアと同じ赤い目だった。
そして更に数十分後、この戦いは攻めてきたガストレアの全滅で幕を下ろした。
◇◇◇◇◇
「…そ、そうだった…のか…」
和人は唯から話を聞き終わり放心状態だった。そんなことがあったなんて、自分でやっていながら覚えていない。和人は近くにある鏡で自分の左目を見る。
「和人さん」
唯が心配そうに見てくる。当たり前だ。こうなってしまったら普通の生活には戻れない。それは唯自身が一番分かっていることだ。
「大丈夫だよ。唯」
和人は唯の頭にポンと手を乗せる。
「力が手に入ったんだ。文句は無いさ。もっとこの力のとこを理解して、自分の物にする。それにこれで唯を守れる。それでいいんじゃないかな」
和人は唯の頭を撫でてやり、唯はそれが気持ち良いのか和人に寄りかかりそのまま寝てしまった。
「…唯?」
「ずっと貴方の看病をしていたからね。疲れと安心でそのまま寝てしまったんでしょう」
「…ありがとう。唯」
和人はもう一度頭を撫でると、唯は更に安心した顔になり穏やかな寝息をたてながら和人の隣で眠るのだった。
「…1ついいですか?」
「何?」
「その…天理…さんは…「天理でいいわよ」…天理はどうやって、俺達を…」
「ああ、その事?それは偶然ね」
「偶然?」
「ええ。あの戦いの後、生存者が居ないかヘリで空から探索したの。その時私達があなた達を見つけたってわけ。まぁ、貴方のその目がちょっと厄介だったから私が信頼できる唯一の医者に診てもらって、その後こっちに運んでもらったの」
「…そう…でしたか…ありがとう、ござい…」
和人も全部を言い切る前にその場で寝てしまった。
「……このタイミングで寝る?普通…。まぁ今日まではいいかな」
天理は側にあった毛布を二人にかけて上げると、
「天理社長ー!今帰りましたよー」
下から声が聞こえてきた。他にも声が聞こえるので、全員帰ってきたのだろう。
「みんなお帰り~。今日は上で食べようか?夕食」
「…?どうしてですかー?」
「うーん、ちょっとね」
天理は和人と唯が寝ている部屋を出る。今はこのままにしておこう。天理なりの気づかいだった。
「それと…明日からよろしく。桐ヶ谷和人君、黒衣唯ちゃん」
天理はそれだけ言うと部屋の明かりを消したのだった。