簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors.   作:龍川芥/タツガワアクタ

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その精霊/night

 

 

 おーーーーーん。

 十二月。

 欠けた月に放たれた遠吠えが、遠雷めいて夜の街を震わせる。

 慟哭(こえ)は遠く掠れ切って、けれど街は押し殺すように沈黙して。

 ああ、(カレ)に悲嘆されるまでもなく。

 三辻坂(ミツジザカ)の夜は相変わらず、凍り付いたように(しず)かだった。

 

 片付け忘れたおもちゃ箱が如く。

 都心を外れているとはいえ仮にも東京、所狭しと乱立する建物は、闇夜にあって鉄の怪獣を思わせる。

 ぽつぽつと点在する文明の灯。

 ときおり響く車のエンジン音。

 闇に負けじと輪郭を主張する四角い建物たちと、どこか白々しい夜道の冷風。

 深夜でも死に切らない現代の都市は、機械に繋がれた患者のようだ。それが延命中の死病患者か、夜明けを待つ退院待ちの健康体かまでは不明瞭だけれど。

 九割九分の静謐と、九割五分くらいの暗黒世界。

 そんな、不純なる夜を裂くように、ひとりの少女(ヒトガタ)が歩いていた。

 

「―――」

 

 颯爽と、夜を往く。

 (ひるがえ)るは汚れた闇に溶け合わぬ、金の混じった鮮やかな黒髪。

 瞳は星夜を弾く高貴の黄金。

 かつかつと規則的な足音は、モデルウォークの優雅さではなく、決闘に赴く騎士の高潔さを現代の街に響かせる。

 

 より暗い影へ、より深い闇へと歩を進めるその姿は、未明の海原に漕ぎ出す舟のように頼りなく。けれど、どこか幻想(ユメ)のように美しい。

 足取りは儀式めいて厳格に。

 顔つきは無表情と云うには少し強く。

 ぴんと背を立て夜道を往く人影に迷いはない。

 人気の失せた街路を進むことへの恐れもない。

 あるいは―――()()()さえ、少女の足取りを弱めることは出来はしない。

 何故ならば。

 彼女は夜という獣の領域に迷い込んだ憐れな兎ではなく……獣の縄張りと分かった上で都市の夜景に侵入した、異邦の狩人なのだから。

 

 それは、人ならざるモノ。

 魔剣と魔弾が世に在るならば、必ず存在する原点/原典。

 魔で武装した人ではなく、生まれながらに魔そのものである種族―――即ち、俗に『精霊』と呼ばれる人型(モノ)

 

 精霊の個体名はルキフェリア。

 ―――「三辻坂(ミツジザカ)の夜は通り魔が出る」。

 今や寒さよりも深く街に染み込んだ噂話に、彼女は少しだけ顔を顰めた。

 

 

 

 

 『魔剣病』。

 悍ましき人体変容の精神疾患。

 異常なる精神が、肉体に異常の『魔剣』を生む病。

 そんな謎の流行り病を追い、そして解決するのが、精霊・ルキフェリアがこの街にやってきた目的であった。

 

 半年前から東京郊外で囁かれ始めた『魔剣病』の噂を聞き付けるまでに四か月。

 調査を始めると決意し、東京に到着するまでに一か月。

 そうして現代の都市に溶け込みながら、どうも「通り魔が出る」と言われる三辻坂(ミツジザカ)が怪しいと当たりを付け、この街を訪れるまで更に一か月。

 

 鶴木(ツルギ)市の駅前から三辻坂まで夜を歩いて。

 その時点で、ルキフェリアは確信した。

 

「……間違いない。やはり、この街が中心ですね」

 

 遥かな太古より。

 この星の大気には、魔力という不可視の力が偏在している。

 それはあらゆる現象に反応する、滞留する波のようなモノ。

 人間社会の中をひっきりなしに飛び回る魔力波。

 そんな誰にも見えない、通常の手段では観測できない力の波は、けれど精霊にとっては肌で感じ取れる空気の質に過ぎない。

 その魔力が、肌感が告げていた。

 骨まで軋む不吉な魔力の乱れ……この街にこそ『魔剣病』の真実はあると、強く。

 

「……もうしばらく、三辻高校に通うことができそうです。全く、喜ばしいやら嘆かわしいやら……いえ、嘆くべきこと、なのでしょうけど」

 

 苦笑は緊張からか、あるいは余裕から来るものか。

 ともかく、少女は昼間の学校生活を思い出して、都市の夜に微笑を滲ませた。

 

 ルキフェリアという精霊が身に宿した魔剣の偽装能力を用い、『結生(ゆうき)フェリア』として都立トウゲン東高校に編入したのは、目的とは殆ど無関係の余分。

 いうなれば、ただの趣味である。

 

 その精霊―――ルキフェリアは人を好む。

 人そのもの、だけでなく。

 人の善、秩序、社会に親愛を抱いている。

 それこそが彼女の発生源(ルーツ)、言わば自分を産んだ母体(おや)だからだ。

 親を愛さない子供がいないように、その精霊は人を無条件に愛する。

 そんなルキフェリアにとって、乱れた秩序を戻す傍ら、その社会に少しだけ参加することは、唯一と言っていい趣味であった。

 

「学校は社会の縮図と言いますが、中々どうして秩序立った空間ですね。特に三辻高校は学内暴力などの混沌もなく、実に穏やかに時を過ごせますし」

 

 秩序とはルール。そしてその中で生活する「人」。

 そういう意味では、学校は秩序に満ちている。

 何百人という若者が教室を同じくし、たった一人の教師の言葉に耳を傾ける。

 細かく決められたスケジュールもさることながら、それに従う生徒たちの意識の高さたるや素晴らしい。

 それに……。

 

「学校なら、いつ街を去ることになっても大丈夫ですしね」

 

 この国の企業にも興味はあるが、仕事を扱うというのはよろしくない。

 なにせ精霊は社会にとっての異物、いつ排斥されるとも分からない。

 重要な仕事を任された直後に高飛びすることになっては、かける迷惑の量は想像もつかない。

 対し、学校に生徒として紛れ込む分には問題はない。

 なにせ生徒に仕事はない。いつ彼女が消えても誰も困らない。

 だからこそ、ルキフェリアは自分が三辻高校へ『転入』することを赦したのだ。

 普段は根無し草として放浪生活なのだし、街の秩序を守るときくらいなら、その街からささやかな報酬(せいかつ)を受け取ってもいいだろう、と。

 

 そうやって三辻高校での初日を終えて。

 好み、という概念は彼女には無いが、今回の転入で特に印象に残ったのは三人か。

 自分にストレートに言い寄って来た黒髪の男子生徒。

 魔剣ではなく魔弾の因子を忍ばせた銀髪の女子生徒。

 そして、最も印象的だったのは―――。

 

「……とはいえ、嘔吐されたのは驚きましたが」

 

 くすり、と困ったように苦笑を溢す。

 

 確実に初対面でありながら、信じられない、という目でこちらを見て胃の中を戻した、隣の席の男子生徒―――草薙カイリ。

 とはいえ、ルキフェリアが彼に悪感情を持つことはない。

 少なくとも嘔吐(その)程度では。

 尤も……草薙さんには悪い事をしてしまいましたね、などと思ってしまう時点で、彼とは分かり合えないのかもしれないが。

 それでも。

 嫌悪されても決して分かり合えないと理解しても、その女精霊が気を悪くすることはない。

 だって、彼にも事情があるのだから。

 ―――相手の事情を理解し、尊重する。

 それは人間のみが持つ善性であるが故に……想像力という名の特権を、彼女は人間以上に愛していた。

 さかしまに、人間から嫌悪されるほどに。

 

 

 『善』こそがルキフェリアの存在原則(レゾンデートル)。現象を発生源(ルーツ)とする精霊は、それに従うことを絶対の指針(オーダー)とする。

 

 

 故に彼女が敵視するとすれば、それは―――著しく秩序を乱す者。

 即ち、『魔剣病』。

 その病魔の発症者は、ルキフェリアにとって敵に等しい―――。

 

「―――見つけました」

 

 少女が呟く。

 麗しの声には鋼の響き。

 その場で足を止め、かつん、と脚を肩幅に開いて。

 猛禽のように彼方を睨みながら、美しい唇が夜に唄う。

 

「“(かがみ)(かがみ)”―――」

 

 りぃん―――と、鈴の鳴るような音を聞く。

 次いで、夜に変化が生じた。

 ルキフェリアの右腕、それが内側より発光し、纏わりつく夜闇を僅かに、けれど確かに圧し返したのだ。

 きぃん、きぃんと甲高い音。

 発光に軋む魔の腕、その人差し指をぴんと立てれば銃身(バレル)は完成。

 照準をしなやかに地面に向けて、金眼の魔女は『魔弾』を謳う。

 

「“ゆめをうつつへ、表を裏へ、ワタシとアナタを白黒遊戯(ゲームボード)へ。

 回る錠前、(さか)さに(うた)え。ポーンと()んで夕火(あぶり)の宴。

 鏡よ鏡、この世を()んで。マジック・ミラーで飲み干して―――”」

 

 『魔弾』。

 人類が初めて体系化した魔法。

 因子を肉体に取り込むことで、魔力の弾丸を発射する技術。

 指先ひとつで命を奪う、生まれた時から科学に駆逐されていた武装―――。

 

 ―――否である。

 少なくとも精霊にとって、ソレはただの弾丸ではない。

 自身と同じ年月を重ねた魔の武装は、ときに現代科学を凌駕する世界改変を発生させる、御伽噺の具現である―――。

 

「――――――魔弾(まだん)鏡界女帝(きょうかいじょてい)

 

 着弾は、落ちた雫が波紋を広げる光景そのものだった。

 七色(プリズム)瞬く銀光が、地面を通して円形に波及し、半径一キロ四方を十秒足らずで呑み込んでいく。

 そして。

 光の波頭に呑まれた街は、まるで中心点(ルキフェリア)を介して向かい合った建物(あいて)と入れ替わるように―――瞬く間にその左右(ふうけい)を『反転』させた。

 それは、街が鏡の世界(なか)に堕ちたのか。

 それとも鏡の中にあった世界(モノ)が現実に浮上してきたのか。

 どちらにせよ確かなことは……これより四方一町は、色褪せた鏡の世界に上書きされるということ。

 

 魔弾の応用にして高等技術、『魔導結界』。

 顕れた鏡の街に生命は無く。

 標的と自分だけを閉じ込めた裏世界で、常識知らずの精霊は凛と誅罰を宣言する。

 

「さあ、ミラー・マッチです。陽が昇る前に白黒付けましょう、『魔剣使い』」

 

 金の瞳が睨むのは、暴力衝動に呑まれ夜道を彷徨っていた魔剣発症者。

 当然、彼等にも事情はある。

 寧ろ被害者でさえあるだろう。

 自分でもどうすることもできない精神の異常が、そのまま肉体の異常にまで発展してしまったのだ……常人ならばそこに情状酌量の余地を感じ、憐れみから追走の手を弱めたかもしれない。

 だが、ルキフェリアに躊躇(それ)はない。

 

 万人を平等に愛するその精霊(おんな)は。

 万人を平等に愛するが故に、集団に不幸を齎す者に容赦がない。

 単純な算数だ。

 多数の幸福を守るためなら、それを破壊しようとする少数の側を排除することが最適解。

 そも人の言う正義とは、悪を討つことと同義が故に。

 

 同情し、理解し、親愛しながら……それでも迷わず切り捨てる。

 人ならざるその女は、ともすれば、最も理想的な『正義の味方』であるのかもしれなかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 戦闘は一方的だった。

 

 魔剣発症者とは、人の領域を逸脱した魔物である。

 精神が破綻し、肉体が変容し、その全てが他者を傷付ける異形(カタチ)に歪んだ人型の獣。

 こと暴力を忘れた現代において、コンクリートジャングルに潜んだ人喰いの猛獣とは、「出会えば死ぬ」類の脅威に他ならない。

 だが、精霊は―――特にルキフェリアは、存在の規格からして桁が違う。

 矮小な人間がどれだけ後天的異常を誇ろうと、最初から超越者として生まれた存在(モノ)には及ばない。

 

 とどのつまり。

 狩りの開始から五分と経たず、ルキフェリアは発症者(てき)の喉元に刃を突き付けたのだった。

 

 

「―――勝負あり、です。抵抗すれば斬り捨てますが、試しますか?」

 

 死にたくない、と魔剣士(にんげん)は哭く。

 

「結構。では取引です。あなたの知っている事を、知っている限り教えて頂きます」

 

 ならば動くな、と正義(せいれい)が凄む。

 

「まず、『魔剣病』という病について。そして、あなたがこれまでに何人を殺害したのかも。ああ、『通り魔』の正体があなたであれば白状を……いえ、答えなくとも結構ですよ。ちょっと、()()()()()()()()()()()()()()()―――」

 

 刃を突き付けたのと逆の手、その指先で『魔弾』が励起する。

 夜の中で光る指先。

 その光が粒となって指先から飛び出し、真横に落ちる雪のようにして発症者の胸に沈み込む。

 着弾は優しく、やはり波紋が広がるように静かに。

 そうして揺れる水面から、ルキフェリアは相手の心の内を覗き込む―――。

 

 ―――それを赦さぬと、血色(あか)が吼えた。

 

「■■―――!」

 

 奔ったのは獣の牙。

 骨の一本、歯のひと欠片まで赤い猛獣の襲撃(ふいうち)

 籠められしは気迫か飢餓か、夜を裂いた人ならざる叫声は、そのまま乱入者の正体を示している。

 

 ―――『狼』。

 イヌ科最大の肉食獣。

 決して大都会の中に居るハズの無い野生の獣は、いっそう不自然な赤一色の体躯を躍動させ、精霊の首筋に原始の暴力を再現する―――。

 その、背後から飛び掛かってきた、ずらりと並んだ肉食の牙の咬合を。

 

「―――おっと」

 

 超反応、後、即反撃。

 斬、と。

 ルキフェリアの振るった『魔剣』が、一刀の下に斬り伏せた。

 

 そも魔剣とは魔弾と同じく、彼女ら精霊―――即ち魔の存在が有するモノ。

 人間はその技術を盗み出した簒奪者に過ぎない。

 故に……目にも留まらぬ一閃が、回避よりも先に獣を上下に両断したのにも何ら不思議はない。

 

 無念にも、開かれた上顎と下顎は永遠に噛み合わず。

 どちゃり、ふたつの肉がアスファルトに墜ちる。

 そうして死んだ赤い肉塊は……土に還るのを待つまでもなく、空気に溶けるみたいに消滅した。

 死後に肉体が残らないのは、魔力で構成された生物の特徴。

 そんな、死してなお物理法則を嘲笑う狼に、ルキフェリアは形のいい眉を顰める。

 

()()この『赤い獣』ですか……あの発症者の能力、のようには見えませんでしたが。やはり、鶴木市には複数の魔剣発症者が居ると見て間違いなさそうですね。それもお互いを庇い合っている?」

 

 『魔剣』には『魔弾』同様、魔の力を用いた特殊な能力が宿る。

 先の狼は……そしてこれまでの調査の間、たびたび彼女を襲ってきたこの『赤い獣』は、そういう異能にて生成された使い魔(モノ)とみて間違いない。

 遠隔で攻撃できる能力。

 使い方や特性によってはかなり厄介だ。

 

「とはいえ、結界内に居る人間は今のところ私とひとりだけ。また同じことの繰り返しですよ、■■■■■さん……」

 

 魔眼にて見抜いた標的の名を諳んじる声は、そのまま獲物を逃がさぬ呪縛の響きを帯びていた。

 ルキフェリアと標的(ニンゲン)のスペック差は瞭然。

 とはいえ見抜いた『魔剣』の能力は少々厄介……特に、アレは時間を与える程に強くなるタイプ。

 故に、この発症者とは今夜で決着を着ける。

 そう意気込み、ルキフェリアが追撃の一歩を踏み出そうとしたときだった。

 

 

 パキィン―――!! と。

 世界を割る快音が、鏡の夜に響き渡ったのは。

 

 

「! 白黒鏡界(ミラーワールド)が砕かれた……この感覚は、『魔弾』!」

 

 色褪せた夜の崩壊に、精霊は驚愕を露わにする。

 とはいえ瞠目の暇はない。

 既に多数の気配が自分を取り囲んでいると、魔力の波が叫んでいる。

 

 其は超常を狩る夜の番人(ナイトウォッチ)。首輪を誇る国家の猟犬(フォーマルハンター)

 あるいは、魔を以て魔を裁く魔法警察(マジックシューター)とも。

 

「ご到着ですか。この国における魔導組織。

 警視庁公安部・退魔一課―――『魔弾の射手隊』!!」

 

 精霊の声に応えるように、魔力の閃光が夜闇を裂く。

 

 『魔弾の射手隊』。

 指先ひとつで敵を殺傷する『魔弾』で武装した、現代における魔法使い。

 

 ぼうッ、と先の狼にも似た咆哮(おと)を伴って、ルキフェリアへと魔弾が迫る。

 野球ボールにも似た白い光の弾は、射手の魔力で構成された、亜音速で標的を貫く弾丸だ。

 

 

 魔弾・(ひかり)猟犬(りょうけん)

 それはこの国で最もスタンダードな魔弾。有する『権能』は微弱だが、亜音速の弾速と鉄板を貫く威力を武器とする、対人特化の魔法である。

 

 

 風を裂き奔る猟犬たちの威力は威嚇に抑えられたゴム弾程度。

 とはいえ黙って受ける訳にはいかない。

 ルキフェリアは咄嗟に、迫る『魔弾』を肉体より生やした『魔剣』で叩き落とす。

 

 拳銃の銃弾と同じ速度の魔弾を迎撃する神業。

 現れた魔弾使いたちにとって、それは想定外であり、想定内でもあった。

 なにせ……弾丸斬り程度、重度の魔剣発症者なら不可能ではないのだから。

 

 即ち……彼等は戦意を失うどころか、むしろ使命に色めき立った。

 

「ま、魔剣使用を目視で確認! 発症者です!」

「こちらC班、発症者発見! 周囲の部隊へ応援求む!」

 

 しまった、とルキフェリアが後悔するももう遅い。

 魔弾の射手たちは次々に夜の中から現れ、その利き腕(バレル)を『魔剣発症者』へと突き付けてくる。

 

「動くな!」

「両手を上げろ! 早くするんだ!」

 

 瞬く間に自分を取り囲んだ十人程度の射手たち―――魔弾ではなく拳銃を構えた警官も混ざっている―――を前に、ルキフェリアは己の失態を悟った。

 

“……なんて軽率。『魔剣』で受けたのは悪手でしたね”

 

 彼女の魔弾は『防御』ではなく『反撃』に特化している。

 故に射手隊―――無辜の人間を傷付けることを嫌って魔剣を抜いたのだが、今回はそれが裏目(アダ)となった。

 なにせ……精霊と魔剣発症者(にんげん)は、外見では殆ど区別がつかないからだ。

 

“『魔剣発症者』と見做された以上、もはや私の言葉は説得力を持たないでしょう。『魔弾』を見せれば誤解は解けるでしょうか……いいえ、一世紀前の『魔王』のせいで、人間の精霊への心象は非常に悪い。特に魔法に関わる者にとって、我々は人類の敵でしかない。和解や協力は諦め、今は逃走に注力しましょう”

 

 ルキフェリアにとって、発症者意外と戦う理由はない。

 故に狙いは逃走……だが、問題がひとつ。

 

 周囲を取り囲む射手たちが構える魔弾の中に、『騎士』の位階に届くものはない。

 全て『獣』か『無冠』の低位階。

 『権能』が微弱なそれらの魔弾では、ルキフェリアの鏡界女帝(まだん)によって展開した結界を破ることはできない。どころか知覚さえ不可能だろう。

 

 つまり―――本命は別に居る。

 王位の魔弾さえ打ち破った、天賦の才と強大な異能とを有する稀代の射手(ガンナー)が、この夜のどこかに。

 

“……包囲網を抜けるにしても、初弾は凌ぐ必要があると見ました”

 

 ルキフェリアをして、未だその射手の位置は掴めていない。

 他の一般隊員たちは問題にならないとしても、無理に脱出しようと隙を見せた背を、未知の能力を宿した魔弾で貫かれるのだけは避けたい。

 故に。

 かの射手(ほんめい)の初弾を誘い……位置・能力を特定し、しかる後に脱出する。

 

「“鏡よ鏡”―――」

 

 りぃん、りぃんと右腕が鳴る。

 

 既に場の空気が西部劇の決闘と同質であることを、超級の射手(ガンマン)どうしだけが察していた。

 初弾が命運を分ける早撃ち勝負。

 ルキフェリアを包囲する複数の指先(バレル)も、両者にとっては既に観客(ギャラリー)人垣(オリ)と同じ。

 

 果たして。

 夜景より孤立した精霊は、弾かれたように(うえ)を見た。

 

「上―――!」

 

 バラバラと。

 ルキフェリアからは半透明に透けて見える、都市上空を飛ぶ鉄の鳥。

 地上三百メートルでプロペラを回す軍用ヘリコプター、その開腹した横腹から、ひとりの射手がこちらを見ている。

 地上の標的に向けられた左腕(バレル)は、片腕のみで「前倣え」をしているようにも見えた。

 人差し指の指先で狙いを付ける一般的なピストル形式の構えではなく……肩から指先までを真っ直ぐに伸ばし、揃えた五指全てを相手に向け、もう片腕を肘上に添えて反動を制御するライフル形式。

 そんな構えを取りながら、バラバラと羽搏くプロペラ音にも負けぬ美声が都市の夜空に響き渡る。

 

「―――標的確認、照準固定。魔弾装填完了、撃鉄上げます。弓原さん、予測軌道よりサイズ〇.〇三(ゼロドットゼロサン)で結界開いて」

「アイサー、了解っス浜矢隊長。隠遁結界、五秒開放! カウント三、二……」

 

 檄を飛ばしながら微塵も揺るがぬその半身(はんみ)は、大出力と照準を両立した構え―――疑う余地もない、()()姿()()

 因子の力で強化された超視力が、天地を隔てて交錯する。

 

 刹那、稲妻めいて背を昇る確信―――上空を飛ぶうら若き白銀の射手は/地上に見える麗しき黒金の容疑者は、間違いなく一秒後、標的に魔弾を命中させる。

 

「「―――!」」

 

 決闘の合図が、認識不能の落雷として鳴り響き。

 早撃ち(クイックドロウ)は、それこそ弾かれたようだった。

 既に三百メートル上空で照準を合わせていた射手の腕先に追いつくは、発条仕掛けめいて跳ね上がった精霊の右腕。

 しなやかな女の腕、発光する白魚の指先は、人間に知覚できる限界を凌駕する超速で照準を確定させ。

 

 瞬間。

 ふたりの魔弾の射手(マジックガンナー)は、疑いようもなく同時に、三百メートル先の発射音(こえ)を聴いた。

 

「―――“鏡面加工・絶対反射”!」

「“悪夢(よる)を穿て、破魔の聖銀”―――!」

 

 刹那。

 先んじたのは精霊の魔弾。

 虹光(プリズム)を纏う魔の鏡は、敵を貫く八面体の砲弾となって、地上より流星のように天へと駆ける―――!

 

 

 魔弾・鏡界女帝(きょうかいじょてい)

 其は、とこしえを生きる精霊の特権にして世界への越権。

 王位十三魔弾の中でも突出した応用力を持つ『真の魔弾』。

 

 

 高位の魔剣や魔弾には、既存の科学では到達できない特殊な力が宿る。

 云わば固有の異能。

 世界に対して振り翳すことを赦された独自の権力。

 魔の用語では是を『権能』と呼ぶが……王位の魔弾/魔剣においてのみ、権能は『特権』と呼称される。

 其即ち、既存の法則に縛られぬ超越の異能。

 王とは法に従う存在(もの)ではなく、ソレを創る支配者(モノ)なれば。

 

“『反射』が斜めに働くよう調整しました。相当に運が悪くない限り、命を落とすことはないでしょう―――”

 

 その魔弾はあらゆる魔弾を『反射』する。

 いわば防御にして攻撃。

 万能にして無謬の鏡面加工弾。

 

 虹纏う魔弾が、一息の半分で二百メートルを喰い破る。

 そのタイミングで漸く、人間の魔弾が地上の標的(せいれい)目掛けて発射された。

 

 射手の狙撃姿勢より放たれたのは、あらゆる不浄を赦さぬ銀の光。

 鏃めいて地上を目指す魔弾の鋭さ、その狙いの正確さは、ルキフェリアと比べても甲乙付け難く。

 そういう意味では、互いの技量は拮抗している。

 つまり……必然、ふたつの魔弾の軌道は重なっていた。

 

 空中にて魔弾が激突する。

 嗚呼、それこそがルキフェリアの狙い。

 自分の魔弾を撃ち落とせると過信した人間へのカウンター。

 絶対反射の鏡の魔弾が、銀の鏃を彼方へと消し飛ばす―――。

 

 否。

 この状況を狙ったのは、寧ろ人間の側である。

 なにせ彼女が放った魔弾とは、あらゆる魔に対するカウンター。

 夜を裂く、古来より数多の怪物を屠ってきた銀の弾丸(シルバーバレット)そのもの。

 

 ―――王位の魔弾が、世界への越権を可能にすると云うならば。

 その越権を咎める事こそ、かの銀弾の『権能』である―――!

 

 ばちいッ!!

 響いた音は青天ならぬ晴夜の霹靂として、刹那のみ世界に昼を齎す。

 魔弾の衝突。

 『特権』と『権能』の相克。

 光景は鍔迫り合いにも似て。

 ただし―――拮抗は一瞬。

 

 それこそが当然だと吼えんばかりに。

 虹纏う鏡の八面体を、銀の鏃が貫いた。

 砕かれ四散する七色(かがみ)の魔弾と、そのまま直進する破魔(ぎん)の魔弾。

 

「な―――!」

 

 ルキフェリアが偽りのない驚愕に喘ぐ。

 銀の鏃が冬の夜空(ウィニングラン)を駆け降りる。

 

 

 魔弾・銀大公(しろがねたいこう)

 其は、人間の果てなき研鑽が到達せし血の結晶。

 領主の位階の最上位にして、王の魔弾すら喰い破る破魔の聖銀である―――!

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ……時間が止まったようだった。

 『魔剣発症者』を取り囲む、歴戦の射手たちも呼吸を忘れた。

 地上と上空、三百メートルを隔てた魔弾の決闘。

 その結果として、人の魔弾は精霊のソレを破り、確かに地上に着弾して……。

 

 精霊・ルキフェリアの足元より数センチ横。

 そこへ、銀の鏃は着弾していた。

 

 僅か数センチの着弾地点のズレ。

 決着を先延ばしにする魔弾の空振り。

 だがそれは射手の失策ではなく、魔弾の衝突による偶然の事象である。

 

「、見事。こうも易く十三の王位を破りますか、人の極限よ……!」

 

 その結果は、地上のルキフェリアにとっては衝撃で。

 

「く、銀大公の軌道が逸れるなんて、どういう対界権力の密度なの……!?」

 

 天空の射手にとっては、人生初の経験だった。

 

 あらゆる魔の力を無効化するのが魔弾・銀大公の『特権』。

 だが王位の魔弾の持つ対界権力は強大で、破魔の特権を以てしても一息で消滅させることは出来ない。

 そうして激突時に生まれた僅かなズレが、絶対の銀弾(シルバーバレット)の軌道を歪め、獲物への直撃を逃したのだ。

 

 相性では魔弾・銀大公が有利。

 だが素の出力では魔弾・鏡界女帝が勝っている。

 

 かくして早撃ち勝負(クイックドロウ)は相討ちに終わり。

 状況はしばらくの膠着を見せる……かに思われた。

 

 そう、有利なのは魔弾の射手隊だ。

 彼等は単独(ひとり)ではなく、故に彼等の隊長を援護することで互角の天秤を傾けることが出来る。

 その場の誰もがそう思った……ただ独り、百年に及ぶ研鑽を重ねた魔弾を破られてなお、静かに佇むその精霊以外は。

 彼女、ルキフェリアは諦めたように小さく嘆息し……言った。

 

「斯様な魔弾が相手であれば、仕方ありません。

 いいでしょう―――人よ、此処に今一度教えましょう。貴方たちの正しき居場所を。今一度示しましょう。古来より、夜が誰の所有物(モノ)であったのかを」

 

 宣言は静かに。

 瞬間―――轟、と突風を伴って魔力が渦巻く。

 バチバチと明滅する周囲の照明は、原初の夜の回帰を祝福するようで。

 その中心に在って、黄金のヒトガタは威を示す。

 

 嗚呼、今代の霊長よ見るがいい。

 彼女こそは人間種(ホモ・サピエンス)ならざる知性体、麗しき魔王種(アニマ・サピエンス)

 かつての魔王と血を同じくする、世界の足跡より生まれし自然霊―――無形目・霊体科・精霊属唯一の現存種、尊き魔の末裔。

 名を、ルキフェリア=イマジナティオ。

 真の魔弾と魔剣とを有する、公より秘されし希少種が一柱(ひとり)である……!!

 

「“()()()()”」

 

 そんな精霊の背より生じるは、大翼の如き異相の多刃。

 変幻自在、意の儘にうねり千里を伸びる、病巣ならぬ真の魔剣。

 

 

 王位十三魔剣が序列四位、魔剣・傾国妖妃(けいこくようき)

 一国を堕とした九本一対が、今、夜の戦場に花開く――――――。

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