簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors.   作:龍川芥/タツガワアクタ

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そして、最悪の出逢い/Encount

 

 三辻坂(ミツジザカ)の路地裏にて。

 

「……ふぅ。何とか逃げ切れましたか」

 

 ルキフェリアは周囲を確認し、安堵の溜息をひとつ溢した。

 魔弾の射手隊との戦闘から三十分ほど。

 未だ警戒態勢は続いているが、どうやらこちらを見失ってくれたらしい。

 

(あちらの魔弾に追跡能力があろうとも、王位の魔弾による隠蔽を見破るのは相当の至難。特に今回は白黒鏡界(ミラーワールド)のような大規模結界は展開していないので、そう簡単には追えぬでしょう……)

 

 内心で呟き、ルキフェリアはなるべく人気のない方向へ歩を進める。

 

 彼女は人ならざる魔人でありながら、人間社会の秩序こそを目的とする知性体だ。本来、警官や射手隊と争う理由はない。

 正面戦闘でも勝利できた可能性は高いが、それでは射手隊(あちら)に被害が出過ぎる。故に最低限の牽制に留め、隙を見て遁走した。

 死者どころか擦り傷以上の怪我人は出ていないハズだ……尤も、真っ向から戦うのと同程度の難易度を誇る、気を遣う繊細な作業だったが。

 

「……しかし、少し意外でしたね。魔剣発症者が長く野放しになっているので、治安部隊の力が弱いのかと思いましたが……彼等『魔弾の射手隊』は、発症者を発見・鎮圧するに十分な実力(ちから)を持っていました。アレならば、こんなにも鶴木(まち)が怯えてしまう前に、事件に対処できたと思うのですが……」

 

 少なくとも、この街に詰めた射手隊の総戦力はルキフェリア単騎と同程度くらいはあるだろう。流石は先進国の首都といったところか。

 あれなら魔剣発症者の対処をするには充分だ。

 人類が唯一体系化した魔法―――百年の改良を続けられた『魔弾』の軍隊は、ぽっと出の魔剣ひと振りで対抗できるほど生温い戦力ではない。

 特に、あの美しき銀髪の射手。

 魔弾・銀大公(しろがねたいこう)の威力とは、魔王の末裔たるルキフェリアをして「恐るべき」と評するに値する至宝だ。

 

 だが……にも拘らず、鶴木では魔剣病が殆ど野放しになっている。

 人間だけでの自浄が追い付かず、ルキフェリアが出張ることになるほどに。

 そこに違和感を覚え……精霊はかぶりを振った。

 

「……いえ、断定はいけませんね。ともすれば『魔剣病』とは、想定よりずっと根が深い問題なのかもしれません。差し当たっては警戒が解けるのを待って、今日取り逃がしてしまったステージIII(スリー)の発症者を追わないと……」

 

 あの発症者の身元については、ルキフェリアの『魔弾』によって特定済みだ。

 顔も名前も分かっているのだから追跡は容易いが……あの病状からして、あまり時間はかけられない。

 ()()は時間を与えれば与えるほど凶悪強大になるタイプの病状(かいぶつ)だ。

 先の戦いはまごう事なきルキフェリアの圧勝だったが、アレが条件を整えれば、ともすると天秤はひっくり返るかもしれない……そうなればこの街は、とてつもない重病を抱えることとなる。

 とはいえ、力の差を見せつけたのだ、今日のところは大人しく逃げ帰るだろう。

 あるいは彷徨っている所を未だ厳戒態勢の射手隊が捕まえるか。

 どちらにせよ、今夜の狩りは終わった。

 そう判断し、ルキフェリアは帰路に着く。

 

“……そのはずなのに。変ですね。ああ、何かを忘れている、ような―――”

 

 ふいに、漠然とした不安が胸を覆った。

 とはいえ身に覚えはない。

 頭を捻るも原因には思い至らない。

 そんなことより、もう三時を回った時刻の方が、彼女にとっては問題だ。

 そうだ。

 明日も学校があるのだから、早く家に帰らないと―――。

 

「―――?」

 

 ふと、悪寒がして夜道で立ち止まる。

 その源泉は、視界に現れた僅かな違和感。

 

 ……街灯が、ひとつだけ点いている。

 

 日付も変わった深夜において、街灯は基本的に消灯する。電力(エネルギー)もそれを使う為の公金も無限ではないのだから、そんなのは当然の節約だ。

 そうやって人間の指示通り、規則的に整列しているだけの鉄の枯れ木と化した街灯の中に……ぽつんと仲間外れがひとり。

 センサーやケーブルが壊れているのか。

 それとも仕様通りなのか。

 ずらりと並んだ枯れ木の中、その中のたった一本だけが目を覚まし、ジジジと命を燃やしていた。

 だから―――当然のように、彼女はその(スポットライト)を見て。

 

 ―――(らん)と燃える、血のようにアカイ視線を感じた。

 

「……、ぇ?」

 

 声は、認識よりも早く。

 妙にスローモーションになった思考が、意志と無関係に見開かれた目が、生存の為に生涯最高の駆動を見せる。

 ああ、真実は探すまでもなく。

 視神経と脳神経が接続した瞬間、ルキフェリアはようやく悪寒の正体を理解した。

 

 

 闇という海中に沈んだ(セカイ)

 その中に取り残された蛍光(しろ)い孤島。

 そんな舞台に、その人影は。

 

 ぽつんと/海原へ孤独に浮かぶ小舟のように、風景から乖離して。

 地面から剥がれた影みたいに、街灯(ひかり)の下に/立っていた。

 

「――――――」

 

 精霊の少女は息を呑む。

 人影が『魔剣使い』であると―――無害な通行人の類ではないと一目で理解しながら、誰何の声を飛ばせなかった……その理由は、彼女自身にさえ分からない。

 分かることはたったひとつだけ。

 その人影が/飢えた猛獣のように/こちらを見て/凝視しているということだけ。

 あとは、何も分からない。

 逆光と夜闇とで見えない相手の背格好も。

 相手が何の目的でそこに立っているのかも。

 自分が魔剣を構えない理由も、魔弾で威嚇しない意図も、足が動かない道理も、呼吸が乱れている原因も、何一つとしてワカラナイ。

 だって、分かってしまえば取り返しがつかなくなると、そう薄々察しているから、思考は「分からない」というエラーを吐き続けるしかない。

 

 体が、凍り付いたように(しず)かな街の一部になってしまったかのよう。

 もしくは茫洋と舞台を眺める観客だ。

 あまりの  に、危機的状況であるにも関わらず当事者意識が消失する矛盾を、彼女は生まれて初めて味わっている。

 

 あるいは、相手が襲い掛かって来たならば。

 歴戦の彼女の肉体は、思考を介さずとも最適な反応を行っただろう。

 だから、さかしまに。

 人影が行動しない限り、彼女は時間の凍結したホラーショウの当事者(かんきゃく)であり続ける。

 

 

 ジジ、ジジジ。

 人影を照らす街灯が、臨死を訴えるように明滅する。

 びゅう、びゅうう。

 街を浚う一陣の夜風は、亡霊がすすり泣く声のよう。

 ばたばた、ばた。

 凍るような風に揺れる人影は、闇から切り出された円形の舞台で、今、待ちわびた最初の台詞を口にする―――。

 

「―――魔剣・暗殺紳士」

 

 抜き放つは霧の短刀、()()した中でも愛用のひと振り。

 認識不能の『夜』を呼ぶ、魔剣。

 

 

 途端、人影の輪郭が膨張するが如く闇が伸びる。

 暗幕(カーテン)が降りるように一息に、背景が塗り替わるように丁寧に。都会の夜闇など明るく見える真の純黒(よる)が、彼我の視界を覆っていく。

 大口を開けた悪夢が、現実を呑み込んでしまうみたいに。

 ばくん、と闇が閉ざされて。世界の全ては黒色に。

 嗚呼。さっきまでが海中なら、(ここ)はそれより暗い深海だ。

 黒より沈んだ(くら)い闇。

 夜の街より更に孤立した、誰も知覚しない惨劇の舞台(マーダー・オン・ステージ)

 

 精霊(えもの)は何も発せない。

 酷い冗談か、いっそ悪夢(ユメ)のような急展開に、思考がまるで追い付いていない。

 怪人(けもの)は何も発しない。

 一切の意思表示を行わぬ沈黙は、けれど事態の深刻さだけは、何よりも雄弁に物語っている。

 

 (らん)、と。

 深海に沈んだ闇の中、アカイロの凶眼が獲物を舐める。

 

 ―――今更に思い出す『通り魔』の噂。

 

 それは余りにも遅い警告として、少女の背骨を下から上まで氷結させた。

 

 

 あるいは―――その日彼女が出遭った中で、最も恐ろしい怪物がソコに居た。

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