簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors.   作:龍川芥/タツガワアクタ

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魔剣簒奪/Nightmare

 

 

 ――――――飢えていた。

 それは、星すら霞んだ夜のこと。

 悪夢の中を彷徨うように、『彼』は夜道に立っていた。

 視線の先にはひとりの少女(おんな)

 凝視は本人の思考とは無関係に熱を帯び、その集中ときたら、相手を観察する目だけの機械(バケモノ)になってしまったよう。

 吐く息は荒く、獣が涎を垂らすように。

 そうやって彼は、ただ、自分が破綻(コワ)れていることだけを理解した。

 

 

 過去(きおく)()く、

  /なぜ自分がここに居るのか、自分が何者かすらまるで記憶にない。

 

 未来(りせい)()く、

  /これから何が起こるのか、それがどういう意味を生むのか、興味を抱けない。

 

 故に、彼には現在(いま)しか無い。

  /ただ、灼けつくような欲望が、今の自分の全部(すべて)だった。

 

 

「―――魔剣・暗殺紳士」

 

 忘我の中、抜き放つは霧の短刀。略奪した中でも愛用のひと振り。

 認識不能の『夜』を呼ぶ、魔剣。

 

 『夜』が伸びる。

 彼我を呑み込む。

 街の一角は、昏き惨劇の舞台と化す。

 かくして、咎めるような星々からも隠れ。

 真っ赤に染まった視界の先、怯える獲物を凝視で舐めた。

 

「―――」

 

 それは、苦悶にも似て燃える感情(ほんのう)

 血液は溶岩に置き換わり、臓腑は灼けた石として神経を真っ赤に染める。

 骨は焼鏝(やきごて)のように肉を焦がし、心臓は毎秒三度は爆発し続ける臨界(オーバーヒート)寸前のエンジンそのものだ。

 無論、全ては錯覚でしかない。

 以前に狩った畜生(イヌ)とは違い、彼にそんな体温(きのう)はない。

 ただ―――脳が溶け眼窩から溢れてきそうなほどの欲望、その熱量(つよさ)だけが、この星で間違いなく一番の異常値を叩き出していた。

 そう、彼の壊れ方は、他の魔剣発病者などとは桁が違う。

 成層圏からの自由落下めいて抗えぬ渇望。

 核爆発じみて内側から全身を燃やす飢餓。

 決してひとつの人体に収まるものではない、星ひとつと同じ質量を持つ■奪欲求。

 

「―――せ」

 

 その全ての欲は、視線の先に居る少女に―――否、その形をした精霊に向けられている。

 

 ルキフェリア=イマジナティオ。

 その名は彼にとって知る由もなく。故に動機は怨恨ではなく。

 

 それは、通り魔/辻斬りという風評に相応しい災厄。

 被害者個人に問題はなく。

 ただ、彷徨う彼の御眼鏡に適ってしまったという最悪。

 これから起こる悲劇は、交通事故とさして変わらない。被害者には運がなく、何より、加害者には自制の手段がないのだから。

 

「……こせ……」

 

 ―――客観的な事実として。

 少女(せいれい)を標的に定めた彼は、一切の自我を焼失した殺戮機構に他ならなかった。

 

 相手の慄くような気配も。

 どこかで見た気がする美貌も。

 今や全てが忘却の彼方。

 あるのは只、この身を焦がす煉獄のような。

 

「ヨコセ―――」

 

 己の口を衝き動かす、欲望(ダレカ)

 声が頭蓋を貫いて脳を噛み、奇蹟的に生き残っていた最後の理性を音速で焼き切る。

 瞬間―――凍り付いた恐怖の地獄(よる)は、燃え上がるような惨劇の逢瀬(よる)へ。

 つまり、それが合図(スターター)

 愛しい恋人に駆け寄るように、彼は反転した地を蹴った。

 

「寄越せ―――!!」

 

 ごう、と。

 セカイが後ろ向きに融解する。

 夜闇が引き伸ばされ過ぎてスパークする。

 超速の人体発射(スタートダッシュ)

 光芒(やじり)の視界は人智を超えて、怪人は一秒前の夜を奔る。

 

 十メートルを一歩で踏破する、肉体の性能を限界まで燃焼(つか)い切る全力疾走。

 躊躇いや様子見の余地(いみ)はない。

 彼は眼前の獲物が、今までの凡愚共とは違う、掛け値なしの怪物であると理解している。

 勝負は一瞬。勝機は一点。

 最初の一秒、最初の一撃に(すべて)を懸けて、魔剣士(とおりま)は最速の襲撃を駆ける。

 

 そんな怪人(ニンゲン)の疾走に。

 怪物(せいれい)は、人智超越の神速で応じた。

 

「―――ッ、“魔剣解放”……!」

 

 秩序の精霊、魔王種(アニマ・サピエンス)ルキフェリア=イマジナティオ。

 彼女の肉体を凍らせていた感情(モノ)は、戦闘開始の合図で既に融解していた。

 反射にも近い戦意の沸騰。

 それにより、精霊の五体は正確かつ迅速に駆動する。

 

 相手の速度は確かに人体、人智の限界。

 だが人ならざる彼女にとって、人域の限界など遅すぎる。

 魔弾すら撃ち落とす魔王種(せいれい)の反射速度は、亜音速―――発射された魔弾と同程度の速度である突進に対しても、問題なく適応されるが故に。

 いかに先手を奪われようと、それが成立する前に反撃を差し込むことは、彼女にとって造作もない―――!

 

 頼るのは変幻自在、九つの尾が如く奔る多刃。

 王位十三魔剣がひと振り。

 その()を。

 

「―――魔剣・傾国妖妃(けいこくようき)!」

 

 照準の必要がある魔弾より一手早い、十メートルの間合いなど瞬く間に詰める九本一対が、麗しの背より顕現する。

 鳥が翼を広げるような光景。

 だが美鳥の白翼は、刹那の内に鈍色の凶器へと変貌した。

 鋼以上の硬度でありながら流水のようにのたうつ刃は、夜を裂く蛇の群れに似て。

 

 それは思考パルスを模した魔力信号によって自在に操作可能な流体多結晶合金。

 俗に言う『液体金属』の刃。

 それが九つ。

 液体の流動性と固体の物理的破壊力を両立した伸縮自在の刃とは、多頭の大蛇を思わせる無双の魔剣に他ならない。

 

 

 魔剣・傾国妖妃。

 その『特権』、質量保存則を嘲笑う原子の創造を以てすれば、未だ人類の支配下にない物質や剣技さえ実現可能。

 故にこそ、その魔剣は真の変幻自在。

 振るう腕さえ必要なく、刀身自身が触腕のように蠢き敵を裂く妖魔の剣!

 

 

「秘剣、『万里万殺(ばんりばんさつ)』―――!!」

 

 ルキフェリアの背より放たれたのは、魔剣・傾国妖妃における最強最速の技。

 奔った刃の速度とは、亜音速の魔弾さえ凌駕する音斬りの域。

 その剣は標的に届くまで千里であろうと伸び続け、鋼鉄を紙と裂く九つの切っ先は正確にその急所を貫く。

 飛ぶ斬撃、という評価すら生温い。

 それは正しく―――追尾すら備えた剣による、九発同時狙撃。

 

 其は人の域を凌駕した人外の絶技。

 なにせ人間の魔剣病が異常なら、魔王種の魔剣は超常だ。

 偽物と本物。

 発症―――魔剣病の発見から一年と育っていない病巣と、産まれた時から肉体に備わり永い年月成長を重ねた因子では、安定性も出力もモノが違う。

 そのうえ、ルキフェリアの魔剣は『王位』の更に上位に位置するのだ。

 それは世界の法則さえ無視する真の魔剣。

 

 王位の魔剣は基本的に、物質化した時点で破壊不能であり。

 その中でも魔剣・傾国妖妃は、質量保存の法則を無視する真の変幻自在。

 

 無から有を生み出すその魔剣は、無形ゆえに無限の形を持ち。

 無限ゆえにあらゆる迎撃を無意味とする、傾国容易の神剣である。

 

“この速度の攻防で手加減の余裕はない。申し訳ありませんが、自衛のためにはやむを得ません……!”

 

 風よりも(はや)く夜を裂く九つの銀閃。

 正真正銘本気の攻撃。

 絶対の最適解。

 先出しの必殺を迎え撃つ後出しの必勝。

 

 ―――つまり、それが。

 性能(スペック)で圧倒的に勝っている魔人の、決定的な敗着だった。

 

「―――ハ」

 

 そうして、人智超越の魔人は。麗しき魔王種(アニマ・サピエンス)は。

 闇なお黒き魔剣による、割れるような蹂躙の(おと)を聞いた。

 

 

 ―――魔剣/

     /解放―――

 

 

 それで。

 怪人に突き立つハズだった九本の魔剣は、ガラスみたいに砕け散った。

 

 呆然と、精霊の思考が停止する。

 

「―――な、にが」

 

 なんて、間抜けな思考さえ抱くほどの理解不能。

 一秒前の光景は今や、彼女にとって最も再生困難な記憶に置き換わっている。

 いや、再生自体は可能なのだ。

 だってあの黒は、奔った一閃は、目に焼き付いてしまって離れない。

 けれど……彼女の認識は、それについての理解の一切を拒んでいる。

 

 だって、王位の魔剣は『破壊不能』という世界への特権を持ち。

 そして流体金属は、あらゆる干渉を水面の石と果てさせる不定形。

 だから、壊せるハズがない。

 壊せるハズがないというのに。

 

 そんな道理は―――けれど、たった一刀でねじ伏せられた。

 奔った黒き一閃は、それが当然であるかのように、九本に分かれた王位の魔剣をこの世から『消滅』させたのだ。

 まるで縦長のブラックホール。

 九つの刀身を半ばで叩き割る、破壊不能を破壊(うば)う理解不能。

 

「ク―――」

 

 刹那、風と化した怪人は確かに(ワラ)った。

 その喉を震わせたのは、現実が目論見通りになったことへの歓喜。

 

 襲撃者が命を懸けた『最初の一撃』とは、ルキフェリアへ突き立てる為の凶刃ではない。

 彼は今宵の標的が過去最強の獲物であると理解している。

 魔剣の格を除き、通り魔が彼女に勝っている部分など何一つない。

 反撃など百も承知。

 故に、()()()()()()()()()()()()()にこそ、通り魔は全霊を費やしたのだ。

 カウンターのカウンター。

 絶対に飢餓を満たしたいという渇望は、その極限の深さにより一周して、策謀を介す智慧を獣欲の化身へと与えていた。

 

 とはいえ、道理は滅茶苦茶だ。

 なにせ彼の突進は紛れもない最速、全力疾走。

 己の動体視力さえ追い付いていない捨て身の突撃。

 そんな中、反応の勝負を捨てた直感への一点賭け、タイミングを外せば即死しかない博打に身を預けるなど、正気の沙汰であるものか。

 

 否……なれば、それは(まさ)しく狂気の勝利だ。

 即ち、彼は叫ぶ。

 狂おしいほどに甘美な獲物の存在こそ、己にとって最大の勝因であったのだと!

 

「クク、ハハ―――!」

 

 狂笑(こえ)が猛る。

 怪物(かげ)が奔る。

 最早結果は確定している。

 その刹那で、精霊は己の過ちを知る。

 

 嗚呼、彼女は逃げるべきだったのだ。

 咄嗟に反撃するのではなく、全力で後ろに跳躍すれば……最初の一歩で力を使い切った人間に、その体を捉えられる道理はなく。

 こんな絶望を、目の当たりにすることもなかったろうに―――。

 

 

 ―――月を呑む、魔剣。

 威容は(とき)さえ停止させ、ルキフェリアへと敗北(かげ)を刻む。

 

 天を仰ぎ見よ、秩序の魔女。

 地に平伏せよ、凡百の魔剣。

 是なるは人類(ヒト)の獣性の結晶。魔を以て魔を裁く唯一絶対の王。

 「奪う」ことにより星を滅ぼす、善なる悪性の映し鏡。

 

 魔剣・簒奪魔皇(さんだつまおう)

 

 その凶黒(くろ)き威容こそ、世界(オマエ)の全てを食い潰す、絶対の略奪者の姿なるぞ!!

 

 

()()()()()()()()()()――――――!!」

 

 

 勝者(とおりま)の燃えるような勝鬨が、敗者(えもの)から全ての希望を奪い。

 

 そうして―――ぶつり、と。

  /鈍く、重く、全てが断絶するほど致命的な衝撃の蹂躙。

 

 秩序の精霊・ルキフェリア=イマジナティオは、

  /己の左胸(しんぞう)()き貫く、

   /純黒の欲望(つるぎ)感触(おと)を聴いた――――――。

 

 

 

 

 それは、都市(まち)が見てしまった悪夢(ユメ)そのもの。

 真っ赤な惨劇(ドレス)に飾られて、遥か魔天で三日月が嗤う。

 どこからともなく響いた遠吠えは、いかにも月夜の哄笑めいて。

 獣の声は秩序の欺瞞(ヴェール)を絹と引き裂き、その下にあった剥き出しの原初……弱肉強食という絶対法則を、月夜の下に晒していた。

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