簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors.   作:龍川芥/タツガワアクタ

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よるのはじまり/Explanation ①

 

 

 ―――美貌が、夜を裂いている。

 秋の月が降ってきたみたいな黄金の双眸。

 黒髪は夜にあって浮かび上がるほど鮮やかで、混じる金髪は星の光を束ねたと見紛う神秘の色。

 肢体は少女の段階にあって完璧で、三辻高校の制服が高貴なドレスのよう。

 そうして、その顔。

 闇を弾く白い肌は、学校で見た野花の様相よりも明確に強く……例えるならば高潔の騎士、だろうか。

 

 学校で見るのとは明らかに違う、結生(ユウキ)フェリアを名乗る女の姿。

 その姿を見た瞬間、俺は全てを理解した。

 

「―――そうか。アレは、悪夢(ユメ)じゃなかったのか……」

 

 やっぱり、という納得が先に来る。

 

 昨日の悪夢。

 俺が彼女を、結生フェリアを殺してしまう夢。

 あの感覚、あの感触は、とても夢だとは思えなかった。

 だが、あらゆる状況証拠が否定していたから、俺は「ただの夢だ」と言い張っていた。

 今だってそうだ。

 殺したハズの人物が生きていて、だからアレはただの幻だと、そう意識が思い込みたがっている。理屈で否定したがっている。

 

 だが……なら、今ここに立っている俺はなんだ。

 呼び止められるまでまるで意識なく、夜の街に繰り出そうとしていたこの俺は。

 

 ……ああ、認めよう。

 否。本能は既に認めていた。

 ()()()()()

 理屈はまるで分からないが、確かにあの蛮行は在ったのだ。

 それも……きっと昨夜だけじゃなくて。

 俺は半年前から今まで、何度も、何度も。

 

 頭を抱える。

 吐きそうだ。

 ぐらぐらと、立っていられない程の眩暈。

 目を背け続けていた事実がようやく追い付いてきた、その衝撃。

 それでも。

 歯を食いしばって、立つ。

 

「……頼む、償う機会をくれ。何でもする。出頭しろと言われれば従う」

 

 逃げるとか、誤魔化すとか、そういう選択肢は最初からなかった。

 だって俺はあの家で、警察(せいぎ)の一族の下で育てられたのだ。

 だから、自分の非くらい分かる。

 俺の罪は、悪夢が現実のものだと気付けなかったこと。

 その中でもう何人も襲って、奪って、穢したこと。

 いいや、正確に言えば……それがただの悪夢(ユメ)だと信じたくて、積極的に確かめようともしなかったことが、俺の罪。

 

「……それでも赦されるなら、せめて、身辺整理だけはさせてくれ。俺は、浜矢家(そだてのおや)の顔に泥は塗れない」

 

 そうやって、頭を下げた。

 それが何の足しにならないとしても、せめて。

 自首するにしても、要らぬ迷惑はかけられないと……。

 

 だが。

 

「……あの。何か勘違いをしていませんか?」

「え?」

 

 困惑したような少女の声。

 顔を上げれば、そこには予想と異なり、まるで怒りの感情を宿していない結生フェリアの顔があった。

 彼女は語る。

 

「ええ、確かに私は、昨夜『魔剣発症者(だれか)』に殺されました。私だからまだよかったものの、他の者なら人・精霊問わず即死だったでしょう。半身とも言える『魔剣』も、半分以上奪われてしましましたし」

 

 平然と、錯乱したとしか思えないことを言う少女。

 だがこの場において、錯乱しているのは多分俺であり。

 彼女はやはり、何でもないようにこう言うのだ。

 

「けれど、その犯人は貴方ではない、と思います。確かに、あの通り魔の顔は、余りに一瞬のことで認識できませんでしたが……」

 

 結生フェリアが、剥き出しの俺の右腕を取った。

 ちり、と焦げるように熱を持つ指先。

 けれど、それを前にしても彼女は微笑む。

 

「貴方の魔剣病はせいぜいがステージI。そんな状態では、誰も殺せはしませんよ」

 

 余りにも平然と断言されて、俺は指先の熱など忘れ聞き返した。

 

「ステージ、I……?」

「はい。魔剣病には段階があるのです。人を襲えるようになるのは最低でもステージIIから……その場合、人体体表には『魔剣病巣』、及びその痕跡が露出します。

 ですが、あなたの右腕には露出(それ)がない。体内に何らかの『魔法』の気配こそありますが、励起していない魔弾因子にも似て微弱な反応……この状態では、病巣は満足に魔剣化できないでしょう。私を殺害するなどもってのほかです」

 

 言いながら、とん、とルキフェリアが己の肩を撫でる。

 ……覚えている。

 あそこは夢で見た、俺が切り裂いた場所だ。

 

「え……だとしたら、あの夢は……」

 

 そうだ、アレがただの幻だなんて思えない。

 右手には感触が。

 視界には赤色がこびりついている。

 そして仕草から察するに、傷の位置まで一致しているのだ。

 だから、そんな偶然があるものか……。

 

 俺の視線は、たぶん縋るようですらあった。

 それを受け止めた結生は……うーん、なんてちょっぴり気の抜けた声を上げた。

 

「夢ですか……そうですね、恐らくですが、発症した影響で悪夢でも見たのでしょう。あるいは、貴方もあの場所に居合わせていたのかもしれませんね。夜は魔が力を増す時間……歪んだ精神の影響する悪夢、あるいは夢遊病に似た夜間の放浪など、魔剣発症者には珍しくもありませんから」

 

 つまり、こういうことだろうか。

 俺は魔剣病の影響で、夜の街を『徘徊』はしていた。

 だが俺の症状は弱く、『辻斬り』じたいは起こせなかった。

 そして俺は徘徊の途中、結生フェリアが真の『辻斬り犯』に殺されるのを見た……。

 

 ……確かに、それなら筋は通る。

 俺が無意識のうちに外出していたことにも。

 結生の傷の場所を知っていることにも説明はつく。

 だが……本当にそうなのだろうか。

 彼女の心臓を貫いたあの感触は、本当に単なる錯覚だったのだろうか。

 俺は、草薙カイリは、辻斬り事件の犯人ではなかったのか……。

 

 首を横に振る。

 これ以上深く考察するにも、今の俺には余りに情報が足りない。

 

 ぐっ、と右の拳を握る。

 未だに燻る熱の気配。

 そうだ。

 もう、今までのように、「知らない」では済まされないはずだ。

 

 呑み込むように覚悟をひとつ。

 そのまま、俺は謎の少女に詰め寄った。

 

「結生は、『魔剣病』について知ってるんだろ。なら、俺にも教えてくれ。俺だって発症者なんだ……知る権利くらい、あるだろ」

 

 それは、今までの人生で一番真剣な問いだったと思う。

 巷を騒がす『魔剣病』。

 その曖昧な正体を、けれど俺だけは知らなくては。

 

 そんな俺の心情が伝わったのか。

 結生は少し考える素振りを見せて……やがて、小さく頷いた。

 

「……そうですね。確かに、自衛にも最低限知識は必要かもしれません」

 

 言って。

 三日月の夜に咲くように。

 その美しいヒトガタは、胸に手を当てて堂々と。

 

「では、改めて自己紹介を。

 私は人間ならぬ魔の存在、精霊。現象を発生源とする精霊君主(イデアスピリッツ)にして、人間が決めた分類では魔王種(アニマ・サピエンス)とも。

 結生(ユウキ)フェリアは偽りの名―――真の名を、ルキフェリア=イマジナティオ。人の善心が生んだ、かつての魔王の忘れ形見です」

 

 ―――それが。

 俺が三辻坂(ミツジザカ)の夜を知った、燃えるような夜の始まりだった。

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