簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors. 作:龍川芥/タツガワアクタ
俺が一人暮らしを営む、
『コーポわきざし』の一室にて。
深夜。
普段
彼女と机を挟んで向き合いながら、俺は並べたコップに麦茶などを注ぐ。
“……よく考えなくても。シロネ以外を
来客用のコップなど無いので、ルキフェリアの前にはシロネ用のコップ。
茶を入れたそれを出しながら、俺は彼女の様子を盗み見る。
それ自体が芸術のような……学校で見た時とは違う、金色が混じった淡い黒髪。
琥珀というよりは黄金そのものの、強い光を帯びた瞳。
美貌は今や輝かんばかりで、彼女が居るだけでボロアパートが何倍もランクアップしたようだ。
それは、夜闇すら跳ね返す花のような。
見慣れた女子の制服姿さえ、自分の部屋に居るとなんだか落ち着かない。
……とはいえ、別に甘酸っぱいスメルは感じない。
外見はともかく、俺は彼女の在り方に吐き気を覚える程の嫌悪を抱いているし……そもそもその正体は、人ですらない『精霊』だと言う。
ズズ、と出された麦茶を飲む―――どうやら飲み食いはできるらしい―――精霊を前に、俺は半信半疑ながらも切り出した。
「で、転校生。あんたの名前は本当はルキフェリアで、人間じゃなくて精霊だって話だけど」
「はい」
とはいえ、だ。
まず……精霊って、ナニ?
「『精霊』っていうと……アレだよな。泉に落としたボロい斧を金銀財宝に代えてくれるやつ。いや、アレって女神だったっけ?」
「ええと、色々混ざっていませんか、それ……?
とはいえ、あながち間違いというわけでもないかもしれませんね。
「ああ、ゲームとかでよく出てくる気がする。つまり、ああいう解釈でいいのか? ただ、あんたは透けても浮いてもないし、魔法とかが使えるようにも見えないが……茶も飲めてるし」
「そうですね、
「? アニメ?」
「……いいでしょう。ここはストレートに語りましょう」
ごめんなさいね学が無くて。
そんな俺に若干呆れつつも、ルキフェリアはぴっと人差し指を立てた。
実物を見たことはないが、何となく厳しめの家庭教師っぽい仕草で彼女は言う。
「私は
……いや。
そう言われても、イマイチ分からないというか。
「ええと、そうですね……無から生命が発生する確率は、海に投げた部品が波の力だけで組み上がり時計となるの確率と同じ、という例え話を聞いた事は?」
「……うん、それは聞いた事ある気がする」
「要するに、精霊は
……ふむ。
朧気ながら、何となく輪郭は見えてきたぞ。
「……現象から発生する、精霊……例えば、その辺で『火事』って現象が起きたとする。それに影響された魔力ってヤツが動いて、たまたまメチャクチャ運がよければ、おまえら精霊は生まれる……って解釈でいいのか?」
「はい。概ねその通りです」
「そうか……ん? つまり精霊ってのは、人間と全く別の生き物ってことか? なら、なんであんたは人型なんだ?」
「はい。簡単に言えば……私の
言って、ルキフェリアは制服の胸に手を当てた。
そのままどこか誇らし気に背筋を伸ばし、黄金の瞳を輝かせる。
「私は『善』―――『人間の想像力』から発生した精霊です。
他者を思いやり、秩序を維持するための機能……それに反応した魔力の集合体にして集積地点、と言ってもいいでしょう。
そして
そう、淀みなく言い切る精霊さん。
また随分と情報が増えたが、一番大事、というか確認するべきなのは……。
「……要するに、あんたは『いい精霊』、って解釈でいいのか?」
「はい。私は確かに『善』の精霊です。ですが、精霊全てが人間にとって友好的ではありません。例えば私の反対、人間の『悪』しき創造力より
それは……何というか、壮大な話だ。
壮大過ぎてちっともイメージできない。
とはいえ、そういう奴が居る、というのは一旦信じるとしてもだ。
「で。その精霊サマが、こんな街に何の用なんだ? 名前からして日本生まれにも見えねえし。観光なら都心でも地方でも、もっと良いところがあったろうに」
「……ええと。今語ったように、私たち精霊は
察し悪いなーコイツみたいな顔しないでくださる? 傷付くからね。
とはいえ、ようやく合点がいった。
つまり……ルキフェリアは、『人間社会の秩序を維持』しなければ生きていけない、ということか。
その為に碌な観光名所もないこの街を訪れ……アレ? ちょっと待った、やっぱり合点がいかないぞ。
「お、おう。でも、それならやっぱり腑に落ちないぞ。そりゃ、最近はこの街も辻斬り事件とかで騒がしいけどさ……日本はそれこそ世界屈指に平和だし。紛争地帯とかのほうがよっぽど秩序が乱れてるんじゃないのか、それ」
「ええ、その通りです。ですが私が出向くのは、基本的に……『魔法』によって混沌が齎されている
魔法。
ファンタジーな響きに面食らうが、それも一瞬の事で。
なにせ、俺は知っている。
いかにもそんなオカルトが関わっていそうな、
「……まさか」
顔を青くした俺の視線を受け、ルキフェリアは確かに頷き。
「はい。この街で流行している謎の精神疾患―――『魔剣病』。私は、その平定のためにこの街を訪れた精霊です」
そうやって、遂に確信を切り出した。
◆
『魔剣病』。
狂気に堕ちた人間に凶器を授ける、と噂の病魔。
体から刃が生えてくる、なんて、俺は信じて居なかったけれど……。
「……要するに。『魔剣病』、というより『魔剣』は実在するってことでいいんだな」
確認すれば、謎の精霊少女は実にアッサリと頷いた。
「はい。確かに魔剣は存在します。人間で言う『魔法』、科学に依らぬ力の一種ですね」
「……あのさ。それ、今実物を見れたりするか?」
流石に言葉だけじゃ信じられない。
というか、未だ半信半疑というか。
正直、「今はマジカルパワーが足りなくて見せられません」、みたいな、インチキ霊能者みたいな返事が返ってくると思っていたりしたのだが……。
眼前の少女は、そういう勿体ぶるようなことを一切言わず、
「はい。これが『魔剣』で、」
にゅる、と左手の指先から蛇のようにうねる刃を生やし。
りぃん、と右手の指先から
「こちらが『魔弾』です。本来人類が扱える魔法はこの『魔弾』のみで、『魔剣』を使える人間は、魔剣発症者以外には居ないと思われます。例外の一族も、既に
……マジかよ、コレ。
もう引っ込んだが、明らかにトリックの類ではないと分かる。
映画のCGなんかよりずっとリアルだし。
何というか、そこにあるのが当然、といった具合の存在感というか。
ずくん、と痛みのように熱を持つ指先。
本当にこんなモノが、俺の右手にも……?
「……肉体から生えてくる刃に、指先から出る光の弾……いったいどういう理屈なんだ、ソレ。癌細胞みたいなモンなのか? というか魔剣が使えるってことは、ルキフェリア、あんたは『魔剣病』なのか?」
というか魔弾ってなんだよ。魔剣以外にもそんなのがあるのか?
思わず尋ねれば……精霊は明らかに不満顔になって、「違います」と俺の言葉を否定した。
「あのですね。そもそも『魔剣』も『魔弾』も、もとは私たち精霊の
「……かつての、魔王?」
「百年と少し前、第一次世界大戦の裏で人類と戦争を繰り広げた
「いや、そっちもだいぶ気になるんだが……まあいいか」
ともかく、『魔剣』と『精霊』が現実のものであることは認めよう。
その上でここまでの話を整理すると……。
ルキフェリアは精霊であり、同時に『魔法』に関係する事件を解決する存在。
彼女の目的はこの街で流行している『魔剣病』の平定。
そして、その口ぶりからして、彼女のほかにも『精霊』が居るらしい。
「……もしかして」
思わず声が低くなる。
だって、それでは。
「それはこの街で起こってる『魔剣病』の事件に、
鶴木の事件の裏には、精霊という超自然的な存在が潜んでいる。
そんな疑念を、ルキフェリアはあっさりと肯定した。
「はい、恐らくは。尤も、『悪』―――『
くすり、と黄金の瞳が笑う。
……駄目だ。
聞けば聞くほど知らないこと、聞きたいことが増えていく。
とてもじゃないが、俺の頭ではついていけない。
というかそもそも、俺が知りたいのは精霊についてのオカルトとか、魔弾とかいう意味不明の新ネタじゃない。
俺が訊きたかったのは、最初から『魔剣病』のこと……鶴木市で流行し、そして俺も発症したらしい謎の精神病についてだ。
「そうだ、ルキフェリア。さっきあんたが言ってた、ステージ、ってのは何なんだ。魔剣病に纏わることなのか?」
「はい。こちらは『魔弾の射手隊』……ええと、警察が決めた魔剣病の進行度を示す用語です。そうですね……このノートとペンをお借りしても?」
「お、おう。いいけど」
ルキフェリアが机の端に寄せていた俺のノート(数学用)と、愛用シャーペンを手に取る。
そうして許可を出せば、彼女はさらさらと流れるような手つきでノートに文字―――当然日本語―――を書き出した。
そうして一分ほどで完成したのは、こういう表だった。
〈魔剣病の進行度について〉
・ステージ0
初期段階。魔剣病巣はあるが変異を始めていない。精神への影響はほぼゼロ。
(見た目で判別不能)
・ステージI
魔剣病巣が魔剣化を始めている。若干の精神汚染、幻覚や夢遊病などの軽い症状。
(外見には殆ど現れない)
・ステージII
魔剣病巣が魔剣化を完了させた状態。上記に加え、加害性が増加し始める。
(病巣が外からも見え始める段階)
・ステージIII
魔剣病巣が更なる成長を求めて宿主の思考に影響。加害性が大きく増加。
(病巣が患部体表に露出する)
・ステージIV
ほとんど正気を喪失。欲望または独自の
(病巣が患部以外にも転移しているのが肉眼で確認できる)
・ステージV
完全な暴走状態。無差別大量虐殺、及びその兆候がある。
(魔剣を収納できない。全身が病巣に侵され、やがて死に至る)
「草薙さんの魔剣病は病巣が体表に露出していない……つまりこの表で言う『ステージ0』か『ステージI』に該当します。それならまだ、健康への被害も殆どない……気の持ちよう次第では完治も可能なハズです」
そっか、それはよかった……とはならないが、普通に。
だってこれ、加害性が増加? 無差別大量虐殺?
これがもし本当なら、そんな病気、この世にあっちゃ駄目じゃないか……?
「なあ。この、『ステージV』とかって、マジなのか……?」
「ええ。私もまだ見たことはありませんが、最終的にはそのような段階に至るようですね。それが魔剣病という病の恐ろしさ……『魔剣病巣』は発症者の狂気を餌に膨張し続け、やがて正常な生命活動をも阻害する。発症者は人間離れした能力を得られるとはいえ、肉体も精神も崩壊するまで蝕まれる……本当に、碌なものではありません」
……正気を失い、誰彼構わず『魔剣』を振り回す魔人。
なんというか、巷を騒がす通り魔の正体としてはピッタリだ。
そんな、漠然と猟奇的なイメージを頭に浮かべ……俺は思わず眉を顰めた。
「……なんかこれ、普通に病院とか警察とか、行政の出張る案件じゃないか? なんでわざわざ、あんたが解決に出張るんだ?」
尋ねれば、答えはまるで淀みなく。
「私がそういう生態だから、ですね。とはいえ、そもそも『魔法』が絡む事件は人間だけで解決することが難しい、というのもあります。魔剣発症者が危険であるというのもそうですが、そもそも事件の立証が不可能に近かったり、事件が起こってからでは遅い、という件が数多く……要するに、適材適所です。
いや、それはそうかもしれないが……解決って、つまり正気を失って『魔剣』とやらを振り回す奴を取り押さえる、ってことじゃないのか?
そんな荒事を、一人で?
「はい。ですが安心してください、私、こう見えても強いのですよ? それに、
「……また知らないワードが出てきたな。『位階』ってなんだ?」
「魔の武装の強さの段階の事です。基本的に、全ての魔剣・魔弾の名前には、この位階を示す言葉が入っています。私であれば『魔弾・鏡界
言いながら、ルキフェリアは再びノートにシャーペンを走らせる。
程なくして書き上がったのは、先のにも似た五段階の『位階』解説表。
〈魔法の位階について〉
・王
界律逸脱の階級。この世の法則を無視した『特権』を行使できる。
因果によって王座の数は十三が上限と決まっている。
・領主
強力な『権能』や他とは一線を隔す威力が条件。実質的な上限。戦闘能力だけなら王位に届き得るものも多い。
・騎士
通常ではありえない固有の魔法能力『権能』を持ち、魔剣本体も強力。
・獣
攻撃性と『権能』の両方を有するが、どちらかが微弱か、未発達。
・無冠
攻撃力か『権能』のどちらかが皆無。
そのまま、二本の細い指が『王』と『領主』の項目を示す。
「昨日私が出会ったのは、攻撃を介して力を『奪う』魔剣発症者。ステージIIIの危険な状態です……それも、恐らく位階は『領主』以上の難敵」
権能だの領主だの、正直まるでピンと来ないが……。
つまり―――ルキフェリアが言うソイツが、噂の通り魔なの、か?
ソイツはステージIII……俺より進行した『魔剣病』で、ルキフェリアは昨日そいつに会っているらしくて、ソイツは『奪う』魔剣を持っているらしい。
なら、やはり……俺は犯人ではない、のか。
答える声はない。
ただ、精霊はよく分からない解説を続けるだけ。
「ステージIIIは予断を許さぬ状況。放置すれば今夜にも死人が出るかもしれない。
よって、私はこれに対処しなければなりません。申し訳ありませんが、ここまでの説明で、貴方を疑った贖罪は充分に果たした、と判断させて頂きます」
そこで言葉を止めて――――すっく、とルキフェリアがおもむろに立ち上がる。
そうしてその足は、迷いなくアパートの扉を目指して動き出した。
余りにも急に告げられた
去り行く背中に、目の前で揺れる黒と金の髪。
まるで、それに誘われるように。
「―――なッ、なら。俺も、あんたに着いて行く」
がたん、と。
思わず、机に脚をぶつけながらも立ち上がった。
少女らしい華奢な背が止まる。
人外の美貌がこちらを振り向く。
「……それは、何故?」
「いや、だって、あんた一人じゃ危ないだろ。よく分かんねえけど、昨日死にかけたのはマジなんだろうし。それに……俺も魔剣病の発症者なら、この『魔剣』でちょっとは戦力になれる……かもしれないじゃないか」
手袋を外して右手を翳す。
自分から傷を見せびらかすなんて、そんなの今までやったこともないのに、だ。
ああ。
自分でも、何故こんなことを言っているのか分からない。
まるで出ていく女に縋る男のようだと、他人事めいて頭の片隅が思う。
だって、俺は何となく、相手が頷くハズがないと確信してしまっているのに……。
そうして。
やはり、ルキフェリアは首を横に振った。
「―――いいえ。ステージIの魔剣発症者では、ステージIIIとの戦闘は不可能です。あえて、足手纏い、と言わせて頂きますが。あなたの右手にあるのは『魔剣』ではなく、ただの未発達な『病巣』です」
ずばり、と。
淡々とした言葉は、それこそ刃のように、俺の提案を切り棄てた。
厳しさにも見える公平さ。
その強さの隙間から、博愛の優しさを覗かせて、美しい少女の顔は言う。
「そもそも、魔剣病は制御できるものではありません。魔剣を意の儘に使いこなせる、というのは、精神が破綻していることと同義ですから。要するに、あなたが戦うということは、私の敵が増えるということです。
どうか、芽生えた力に負けぬように。人と関わり、自分と向き合い、病巣の成長を遅らせてください。魔剣病巣が根付いたということは、あなたにも歪みはあるのでしょうが……どうか、負けないで下さい。また、話を聞きに来ますから」
がちゃん、と。
そんな説教を残して、ルキフェリアは俺の部屋から姿を消した。
思わずドアノブに飛びついて、追い縋るように扉を開ける……けれどそこには無人の夜があるだけで、あの美しくて悍ましい精霊の姿など、既にどこにもありはしなかった。
―――そうして、
まるで、全てが夢だったかのような。
部屋に残されたのはふたつのコップと、綺麗な字が刻まれたノートと……そして、呆然と立ち尽くす間抜けな俺だけ。
「……まあ、そもそも。俺が犯人じゃないってなら、辻斬り事件とかどうでもいい、か」
呟く。
そうだ。俺がかの事件を気にしていたのは、妙に符合する悪夢によって「自分が犯人なのではないか」と内心怯えていたからだ。
その不安だけが、俺と謎の通り魔を繋いでいたモノ。
それがルキフェリアの言葉によって断ち切られた以上、俺は完全に事件から解放されたと言える。
つまり、俺が何かをする必要など、もうどこにも存在しない。
―――己とは無関係の事件に首を突っ込むなんて、きっと間違っている。
俺はクロヤマのように日常に退屈してはいない。
むしろ期末試験を控えた今、夜更かしとか怪我とかしてたまるものか。
人を守るとかそういうのは、一人前の奴がする仕事。
未熟で責任能力もない学生である以上、危険は避け、自己研鑽に励まなくては……。
そんな理屈で自分を納得させて、星夜から目を背けるように、俺は安アパートの扉を閉めた。
しん、という冬の静寂が、何故だか妙に冷たかった。