簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors. 作:龍川芥/タツガワアクタ
―――時間は少し遡る。
それは、
独り部屋に残された俺は、
「……まあ、そもそも。俺が犯人じゃないってなら、辻斬り事件とかどうでもいい、か」
自分に言い聞かせるように呟く。
俺と事件を繋いでいた不安……俺が通り魔そのひとではないか、という疑念は、既にルキフェリアに否定されている。
故に、俺が事件に関わる理由はない。
だが。
「でも。アイツの事が気にならない、ってのは嘘だろう……!」
そうだ。
ルキフェリアが事件に関わるならば、わずかながら彼女と関わりのある俺がその助けになろうとすることには、きっと一定の道理があるだろう。
そう詭弁を働かせ立ち上がる。
そうして外に出ようとして……伸ばした腕が、足が止まった。
だって、所詮は詭弁だ。
俺はルキフェリアと友人ですらないし、寧ろ彼女の在り方は嫌いだし。
他人と自分―――あるいは自分を心配してくれる家族。
そのどちらを優先すべきかは分かり切っている。
だからこそ、俺の体は動かない。
「……っ、くそ」
それは、鎖に縛り付けられているような感覚。
イメージは御伽噺の悪い竜。
盗みを働く怪物は、住処である洞窟の奥で、鎖で雁字搦めに繋がれている。
其は自らを律す理性の鎖。
過ちを犯さぬよう、己で己に科した外付けの善性。
そうやって培ってきた常識が、俺に愚行を赦さない。
―――己とは無関係の事件に首を突っ込むなんて、きっと間違っている。
そうだ。
高度情報化社会たる現代において、『間違い』は酷くハッキリしている。
犯罪。非行。愚行。逃避。
見えてる間違いを避けるだけの日々はそりゃあタイクツだけど、わざわざ解答欄に大喜利を書けるほど酔狂でもないし、余裕もないし。
後で帳尻を合わせないといけないなら、たいていの悪路は我慢して走るしかない、というハナシ。
そうして『間違い』を排除していって、残った選択肢が『正解』であることを祈りながら、俺たちは生きていくのだろう。
そうするべき、なのだろう。
だから、俺は全てを忘れる為に、布団に逃げ込もうと立ち上がって……。
ふと、気付いた。
「……ちょっと待て」
じゃあ、『正解』って、なんだ?
……立ち止まる。
足を止めて考える……までもなく、すぐに答えは下りてくる。
いつだって自制するのが『正解』か?
例えば俺が今ここで動かなかったことで、あの
ならば、彼女を追って飛び出すのが『正解』か?
俺が何かの役に立つかも分からない、追い付く保証もない、寧ろ足手纏いになるかもしれないし、そうなればコレも間違いではないか?
……答えは出ない。
出るワケがない。
だって、こんなのはただの結果論だ。
正解も間違いも、そんなのは結果に対して後付けされるラベルに過ぎない。
逆に言えば、事が終わるまでその正誤を知る者は誰一人としていない。
いや、誰も知らないんじゃなくて……きっと、そんなモノはどこにもないんだ。
結果が出るまで正解なんて存在しない。
あるいは、たとえ成功したって……点数の出る
あるいは完膚なきまでの百点満点だって同じだろう。もっと短時間の努力で同じ結果を出せたかもしれない、のような『もしも』は、どんな結果にも必ずある。
ああ、本当に下らない。
正に絵に描いた餅だ。
絶対の正解なんて、最初から、誰の手にも掴めないように出来ている。
世に完璧な『正解』はない。
つまり逆説的に、人は『間違い』しか選べない。
その中で比較的よい結果に終わったモノが是とされ、比較的悪い結果に終わったモノが否とされるだけだ。
要するに……選んだ時点では、どんな道もきっと同じ『間違い』。
だから結果が出る前は―――あるいは結果が出た後も―――あらゆる選択は等価なんだ。
今から部屋を飛び出すことも。
このまま部屋に留まることも。
きっと同じ価値。
同じ間違い。
ならば、俺の足が動かない理由はなんだ。
「……どうして、俺は」
右腕を握る。
自分を見つめ、その内面に深く潜るイメージ。
俺が『正しく』あろうとするのは何故だ。
―――拾ってくれた浜矢家に報いたかったから。
つまり、俺がそうしたかったから。
俺が今、ルキフェリアを追わないのは何故だ。
―――それは多分、怖いから。
つまり、俺がそうしたいと恐れたから。
「……ああ、なんだ」
自嘲する。
何が「正しい」だ。
何が「間違えたくない」だ。
俺は、結局……自分の欲望を叶えるためにしか生きていないじゃないか。
いや……人とは、命とは、そもそもがそういうモノなんだ。
どれだけ取り繕おうとも、俺たちは欲望を発露する為の肉の器でしかない。
だから―――理由なんて要らない。
それがどれだけ愚かでも、間違いでも。
それが誰を傷付ける
やりたいなら、やっていい。
世界のあらゆる存在には、そういう自由が担保されている。
そんなハズはない、と人が叫ぶのも、単純に「そうであって欲しい」という欲望のためだ。
そうしたい、と思った個人の欲望。
そうあって欲しい、と願った全体の欲望。
それらは根本的に同じモノだ。
ならば、この欲望を間違いだと誰が言えよう。
「……それをうだうだ悩んでさ。ホント、馬鹿みたいだ」
天啓が鎖を断ち切っていく。
右腕が獣のように低く唸る。
そうして俺は、その手でドアノブを掴んだ。
凍るように冷たい鉄の感触が、一瞬だけ右腕の熱を鎮火して、自分の視点を少しだけ客観的な側に引き戻す。
俺は今からこの家を飛び出して、狂気の夜に身を躍らせる。
何故そうするか、その理由はぐちゃぐちゃでメチャクチャで、自分自身にさえ説明できない。
でも……
その思いが、あらゆる恐怖を上回った。
つまり、それで充分だった。
がちゃん。
扉を開ける音は、まるで千切れた鎖の悲鳴だった。
途端、襲いかかってくる冬の夜。
切り付けるような冷気、底冷えする恐怖に歪んだ闇が、俺に覚悟を問いかける。
でも……こんな夜でも星はあるから。
俺の一歩は迷わず前へ。
嗚呼、これは間違いなのかもしれない。
でも、それでいい。
そもそも正解なんて存在しないモノは選べないし。
それに……過つこと、間違うことは、何も生まないワケじゃない。
―――俺が事故に遭い家族を喪ったからこそ、浜矢家の人々と出逢えたように。
―――俺が不真面目だったからこそ、不良のクロヤマと仲良くなれたように。
―――俺が生活苦だったからこそ、ツキミヤ店長と知り合えたように。
きっと俺の間違いが、誰かを救うこともあるだろう。
「どうせ不真面目の素行不良だし。一度くらい夜遊びしたっていいだろ、転校生」
言い訳みたいにそう言って。
俺は冷たい夜の街へ、特にあてもなく走り出した。
全く、なんて馬鹿なことをしているのだろう。
それでも足は止まらない。
これが若さゆえのってヤツか、なんて自嘲して、それもいいかと星夜を駆ける。
だって、俺を見下ろすあの星々、遥かなる
地球の歴史は50億年で、残った寿命もそれくらい。
国家の寿命は何万年か何千年か。
それに比べて人間は、たった百年ぽっちの寿命しかないんだ。
きっと宇宙からすれば瞬きのような
でも、それも悪くない。
俺たちはそんな瞬きを生きるが故に―――。
若さゆえの過ちなんて、きっと死ぬまで使い放題なんだから。