簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors. 作:龍川芥/タツガワアクタ
そうして。
少年は、その惨劇に辿り着いた。
燃えるようなアカイロの夜。
毎晩魘される悪夢に似た眼前の光景。
異形の魔剣を携えた怪人と、その横で蹲った憐れな被害者。
冬の夜とは思えない、燃えるような命の赤。
右腕と右脚を失ったルキフェリアと、現れた少年の目が合う。
「
それは質問であり糾弾の叫び。
悲鳴に近い声を投げかけられ、けれど少年は問い返す。
「……おい。精霊っていうのは、簡単に腕が外れたり付いたりするもんなのか?」
「そ、それは……とにかく、逃げてください……っ」
一見して静かな声に、ルキフェリアは気勢を削がれた。
右腕・右脚を共に失った今の彼女は死に体だ。
これから誰が何をしようとも、彼女にそれを止めることは出来ない。
故に……ここからは彼ら二人の時間。
高校生・草薙カイリと、
殺人鬼・
一瞬で片が付く
小学生の童女にしか見えぬ怪人・戸羽鳥マサキは動かない。
ソレはその手から生えた異形の魔剣による余裕か。
あるいは正体不明の乱入者への何らかの感情ゆえか。
だから……必然、先に動いたのはカイリだった。
彼は美しい肢体を台無しにされた同級生を見て、傍らに立つ異形を睨む。
「……それさ。オマエが、犯人か?」
「っ……だったらなんだって言うんですか? ホント、脅かさないでくださいよ。誰かと思ったら、アナタ、ただの高校生じゃないですか。こんな時間に出歩いて、親御さんに怒られても知りませんよ?」
カイリの問いは、結果的には悪手だった。
言葉が通じる、意思疎通が出来るという安心が、マサキの少年への警戒を著しく下げてしまったのだから。
妄執の老人を思わせる、裂けるような童女の笑み。
それにも怯まず、どう見たってオマエのが年下だろう、なんて言いかけて……カイリはハッと口を閉ざした。
思い出すのは昼の屋上、悪友から聞いたとある都市伝説。
「……なあ。オマエ、『マサキ』って名前だったりしないよな」
「あれ。お兄さんも知ってるんですか、私の名前。そうですよ? 私が噂の怪人、変幻自在の魔剣使い……不滅不死身の『マサキさん』そのひとです! なんて」
怪人の側に真実を隠す理由はない。
というより駆け引きの為の理性が亡い。
狂気とドロドロに溶け合った自我、そこから零れるだけの言葉の濁流。
それを受けて、カイリは『魔剣病』という名と、かの悪友の言葉を強く意識させられる。
『「マサキ」に会っちまった人間は、体を
黒山ムシロが言っていた、他人の体を奪う、という噂。
幼い外見に似つかわしくない、悪辣な表情に言葉遣い。
そして、その手から生えた禍々しき『魔剣』―――。
つまり、それが意味するところは。
「オマエ、まさか……『子供の体を奪った』のか……!」
「……」
カイリの表情が険しくなったのもどこ吹く風。
答える義務はない、とばかりに、血濡れの怪人は黙り込む。
その無言を肯定と捉え、カイリは一歩踏み出した。
「……『マサキ』。どうして、オマエは他人の体を奪う。それはオマエ自身が『魔剣』とやらに望んだことか?」
距離二十メートル。
魔剣使いの脚力を以てしても、まだ獲物は間合いの外。
一歩、一息で仕留められる必殺の範囲を知る怪人は……誘うように、煽るように、童女の顔で甘く嗤う。
「別に、やりたくてやってるワケじゃないんですよ? 本当は、死んだら自動的に他人に憑依できる力がよかったんですけど……まあ、それは高望みですよね。今でも充分、寿命や病気は克服できてるんだし。魂なんて信じてないし?」
軽い、他人事めいた口調。
そこに蛮行への罪悪感はまるでない。
甘く腐った花の蜜。
蜘蛛の巣にも気付かずに、ざり、と獲物の足がまた一歩進む。
「……寿命や病気の克服。その為に、他人の命や尊厳を踏み躙って満足か?」
距離十五メートル。
もう少しで交わる
じりじりと喉が焼けるようだ。
脳味噌が、とろり、口から言葉と零れていく。
「? 当たり前じゃないですか、やっと不死身になれたんだから。でも、そんな悪し様に言わないで欲しいなあ。ちょっと体が古くなったり、ガタが来たりしたら、新しいのに
それは、裂けるような。
狂気に呑まれたその
童女の可愛らしさなど微塵も残っていない狂笑に、カイリは諦めたみたいに足を止める。
「……そうか。よく分かった。きっとオマエは―――」
だが……マサキは聞く耳など持たない。
なにせ立ち止まるのが遅すぎる。
距離、十メートル。
丁度一息、一歩でその肉に喰らいつける絶好の間合いだ。
「はぁ、そっちは状況が分かってないみたいですね、お兄さん。私がこのお姉さんとして生きていくために、それを知る人は生きてちゃ駄目、なんですよ?」
他人の口調でそう言って。
戸羽鳥マサキの血走った目から、僅かに残っていた最後の理性が失せていく。
この会話は最初から、狂った怪人の気分次第。
そしてたった今、草薙カイリの運は尽きた。
ぺろり、童女の顔が舌なめずり。
「男子高校生もいいけれど、今は凡人の体なんて要らないし。勿体ないけど殺しますね。ホラ、斬り捨て御免ってヤツ、最近流行りじゃないですか―――」
罅割れるように哂う、嗤う。
そうだ、丁度よく『連続辻斬り事件』があるのだ。
ひとつふたつ死体を残したところで構わないだろう。
さあ、さっさと邪魔者を排除して、横に転がった不死身の体を奪い取ろう―――。
「切って繋いで奪ってあげます! さあ、出番だよ
ビキビキと、惨劇の気配に魔剣が唸る。
黒い刀身に走った血管が激しく脈打つ。
血液が逆流するみたいだ。
病巣が全身に枝を伸ばして、その力が肉体機能を異常活性させていく。
瞬間―――どう、と。
怪人・戸羽鳥マサキは地を蹴った。
その視界が深海の夜を追い越す。
奪った右脚の力が生む、生涯最高の
砲弾と化した怪人は、刹那に在って正確に両腕の刃を閃かせる。
かつて、幼い少女の生き血を浴びて若返ろうとした魔女が居た。
其はかの
他者の若さを肉ごと奪い、不死を実現する人喰いの魔剣。
その両手。
そうして、
「
勝ち誇るように、怪人は魔剣の
◆
―――そうして。
俺は、その惨劇に迷い込んだ。
それは月すら凍った夜のこと。
童女の姿をした怪人が繰り広げる、スプラッタめいた
ルキフェリアの四肢は半分が亡い。
それを奪ったのだろう禍々しい『魔剣』が、問うまでもなく下手人を教えていた。
―――『マサキ』。
不死身の妄執に憑かれた都市伝説の怪人は、亀裂のように醜く嗤う。
「そんな悪し様に言わないで欲しいなあ。ちょっと体が古くなったり、ガタが来たりしたら、新しいのに
ゆらり、魔剣使いが両腕を広げる。
肉を突き破って生えたその魔剣。
巨大な鋏を思わせる異形の双刃は、どこか蝶の翅に似ている。
けれど、それは断じて自由に飛ぶためのモノに非ず。
寧ろ逆。
蝶を捕らえて貪り喰らう、冷酷無比な捕食者の武器だ。
例えるならばそう、東京の夜に降臨した、人を喰らう巨大な
その異形、燃えるような狂気を前に、俺の心は冷えていく。
「……そうか。よく分かった」
呟く声には熱が亡い。
たぶん俺の体は、既に生存を諦めている。
死の気配に寒気がする。
がちがちという音が骨に響く。
非道く冷たい月の下。
俺は……諦めたように、
「―――
そうだ。
『殺してでも死にたくない』―――その殺意、その欲望は理解できる。
自分の都合で他者を侵害する、なんて……そんなの全人類どころか、全ての生物が行っている
たとえ俺自身の都合がどうであれ、そういうモノだという根底の諦念は揺るがない。
「どれだけ取り繕ってみても、結局、弱肉強食が世の倣い。何をどれだけ奪おうが、それを罰する神様なんて居ない。我欲によって生み出された罪を裁くのも、また、同じ人間の欲だけだ」
がちがちと、体が揺れる。
体が
相手が放つ、火傷するような狂気とは真逆。
冷静を超えて氷結する意識。
凍り付いた冬の夜、その一部になったみたいだ。
だから―――燃えるように熱い右腕だけが、きっと、俺とは別の
手袋を外す。
月光に照らされる醜悪。
黒く歪んだ右腕は、こんな時でも相変わらず無様で、御伽噺の邪悪な竜を思わせた。
「奪うことは悪じゃない。
求めることは罪じゃない。
手に入れることは、きっと、赦されるべき行いだ」
がちがちと、
右腕の鎖が鳴っている。
がちがちと悲鳴を上げている。
鋼の理性は、今、歯を立てた欲望に罅割れて。
「―――切って繋いで奪ってあげます! さあ、出番だよ
狂乱に叫び―――影、迫る。
其は黒い蝶にも似た人喰いの魔。
不死身を謳う
ソレが一歩で十メートルを踏破して、俺の体に欲望の牙を突き立てるまで、もはや刹那の猶予さえ無い。
嗚呼―――ホントウに、サイアクだ。
そのまま逃げてくれれば、まだ、ギリギリで抑えが効いたのに―――。
「だから―――俺も奪うよ。その『
―――がちん、と。
そうやって、
―――瞬間、心臓が爆発する。
刹那、あらゆる肉は燃え尽きて。
全ての骨は灰と化した。
血管は導火線として爆ぜ、神経は絶頂に焼き切れる。
俺という自我は内側から残らず弾け飛んで―――俺ならぬ異物の
脳に逆流する運動信号。
燃えるようなフラッシュバック。
右腕が、己の生まれた日を走馬灯めいて再生する。
いいかい、カイリ。
/それは、さかさまのセカイ。
何かを好きになるという事は。
/もえてながれてあかいシカイ。
それを『奪う』という事だ。
/つぶれたとうさんのさいごのネガイ。
これからは、おまえが
/つかんだみぎてが、いたい、イタイ―――。
そうだ。
右腕に埋まった『コレ』こそが、俺が受け取った不治の呪い。
星さえ枯らす禁忌衝動。
通り魔が現れた半年前ではなく、事故に遭った十年前から見続けた、人を殺す悪夢の源泉。
俺が
「“
骨の髄より抜き放つは、黒く濁りし我が欲望。
あらゆる好意と直結した略奪衝動。
単純な話。
俺は『魔剣病』が蔓延るずっと前から。
価値あるモノを
自覚/再認と同時、右腕に埋まった因子が臨界する。
黒く変色した骨が伸び、皮膚を突き破って内から飛び出す。
血管を裂く破瓜の痛み。
神経をズタズタに
その先で、脈打つ漆黒が組み上がる。
肉体の変貌。
正体の露出。
右腕が握った柄の先、罅割れた魔剣が月を呑む。
さあ、平伏せよ凡百の魔剣。
是こそは未だ潰えぬ呪い、魔剣病ならぬ真の魔剣。
俺があの日継承した
遥か魔王が生み出した、人類の罪業の結晶である―――!
「――――――
月夜に振るうは純黒の一閃。
そうして、俺は。
さあ、改めて自己紹介を。
今の俺は
死なねばならぬ、生まれてはならなかった洞窟の魔。
名を、
いずれ星さえ喰らい尽くす、禁忌衝動の魔剣使いだ―――。