簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors. 作:龍川芥/タツガワアクタ
「魔剣・
童女の姿をした怪人・
それは横向きに墜ちる
両腕の先より魔剣を伸ばし、人体を容易く引き裂く人間砲弾。
奪った精霊の右脚、その脚力を十全に発揮しての踏み込みは、正に大砲の発射に等しい勢いで五体を飛ばす。
飛び掛かるは人型の怪物。
蝶を思わせた
その光景を。
右腕と右脚を奪われ、その場から動けずにいた精霊・ルキフェリアは呆然と見ていた。
否。彼女は金の目を痛いくらいに見開いていた。
それは、怪人の至った恐るべき
また言葉を交わした学友が容赦なく殺されることへの悲嘆でもない。
それは、純然たる恐怖。
なにせ人智及ばぬ刹那の中で、ルキフェリアは確かに見たのだ。
草薙カイリの右腕。
黒く変色したその腕から、純黒の魔剣が生えるさまを。
「―――まさか」
眼前の光景を―――身震いするほどの魔剣の威容を、ルキフェリアは強く否定する。
そうだ、そんなことは有り得ない。
何故なら草薙カイリの病状は、病巣の露出していないステージI以下のハズ。
ならば魔剣を顕現させるなどありえない。
―――病状が急激に進行した?
否。それならば別れる前に何らかの予兆を感じたハズだ。
―――病状を読み違えた?
否。火傷痕で分かり難かったが、確かに病巣は露出していなかった。
―――ならば何故。
分からない。なにせ魔剣病巣は魔弾因子と違い、収納が不可能なハズなのに……。
―――刹那、ルキフェリアの脳裏に閃く電光。
「まさか―――!」
弾かれたように、月を呑む純黒の魔剣を見上げる。
アレは、まさか。
―――最初から、
呆然と放たれた呟きは、確かに真実を言い当てていた。
彼の右腕に埋まるのは、魔剣
彼は半年前から流行しだした新種の病魔の発症者ではなく……。
十年前からの魔剣使い。
百年前に盗み出された、魔王の魔剣の継承者。
即ち―――。
其は、
怪人のソレより遥かに遅い、けれど的確に軌道を合わせた、絶対簒奪の一撃が振るわれる。
其は速度を追い越す技量。
性能差を覆す圧倒的な欲望と飢え。
アカイロの凶眼を滾らせた少年が、遂に、己の
「――――――魔剣・
そうして、三者は皆一様に。
◆
「はっ、はっ―――」
逃げていた。
迫り来る「死」から、息を切らして逃げていた。
夜道を走る。
時間さえ狂った夜を逃げる。
誰もが寝静まった街の中。
自分とあのバケモノだけが起きている。
凍った夜、冷たい月が見下ろす中、ここだけ火事みたいに熱い。
街を抱く、燃えるような狂気の
今やこの夜は、完全に自分の敵だった。
「はっ、はっ、はっ……!」
呼吸は荒く。
目に焼き付いた、純黒の一閃を思い出す。
魔剣が砕かれる感触を。
全てを奪ってやるぞと滾る、禍々しきアカイロの凶眼を。
「……っ、ぅ!」
思い出すだけで怖気が走る。
それは余りにも呆気ない決着。
生涯最高の確信と共に放った一撃は、それよりも遥かに遅い謎の魔剣に迎え打たれて。
鍔迫り合いさえ許されず、その存在を
奪うのはいつだって自分の側だったハズなのに。
あの赤い目をした男の魔剣は、そんな思い上がりこそを奪い取った。
そうして、自分は逃げ出した。
魔剣を奪われた以上、自分はもう
寧ろそう、今の自分は、怪人に殺される被害者A―――。
「、あっ!」
がしゃん、と音を立てて転ぶ。
道脇に置かれていた、空き瓶の入った
耳障りな音を立てて四散する空の瓶。
ああ、騒音に悲鳴を上げそうになる。
だってそれじゃあ、折角狭い路地を選んだのに、自分が居る場所を教えているようなものじゃないか……!
ざり、ざり。
高い騒音を聞きつけたのか。
自分が走ってきた方から、近付いて来る男の足音。
「ひ、ぁ……!」
悲鳴を押し殺して立ち上がり、走る。
道なんて知らない。考える余裕もない。
知らない細い路地を、ただ無我夢中で走り続ける。
体が重い。真っ直ぐ走れない。
因子は機能不全を起こしている。
借り物の部位は全て操作不能に陥った。
右の腕と脚が酷く重くて、重心のバランスが崩れている。
きっと自分本来の速度さえ出せていないだろう。
それでも、走る。
走るしかない。
無様に転んで、擦りむいて。
何かにぶつかって、また転んで。
それでも走る。
立ち上がり、痛みを堪えながら走る。
―――何の為に?
決まっている。
逃げる為だ。
あのバケモノから逃げる為に、どれだけ苦しくても走るのだ。
「はっ、はっ、はっ……っぐ、はっ……!」
息が苦しい。
お腹がイタイ。
肉体の機能低下が著しい。
あれだけ強かった人外の肉体が、今や全く言うことを利かない。
これでは重りを付けて走っているようなモノだ。
逃げ切れない、と冷静な部分が諦めている。
それを無理矢理無視して走る。
だって諦めたら一貫の終わり。
追い付かれて殺されて一生の終わり。
だから走るしかない。
走るしかない、けれど―――。
このまま逃げ切ってどうなるのか。
既に魔剣は殆どが失われ、残ったのはマトモに動かない残骸だけ。
コレが元に戻るとはとても思えない。
元通りになるのは、きっと、無力に怯える自分自身だ。
永遠の命は既に亡く。
あるのは質量を増した定命の絶望。
逃げ込んだ部屋で、再び死を待つだけの日々が始まるというのなら。
それは果たして、死んでいるのと何が違うと言うのだろう―――。
「はっ、あっ……!」
ふっと足から力が抜ける。
思いっきりその場に転倒する。
立ち上がろうとしたけれど、痛くて力が入らなくて、どうにも上手く行かなくて。
這いずるように藻掻き、足掻く。
呼吸が苦しい。
体が重い。
まるで地面の上で溺れてるみたい。
そうだ、自分にとって。
この脆い世界は、余りにも息がしづらかった。
怖い、怖い。
/迷い込んだ路地裏の行き止まり。
怖い怖い怖い。
/あの足音が近づいてくる。
怖い怖い怖い怖い怖い。
/ああ、今にもあの角の奥から。
いやだ、いやだいやだいやだいやだ……!
/赤い目をした死神が来る―――。
ざり、と。
ついに自分は、その死神に追いつかれた。
その右腕、爬虫類みたいに黒く歪んだ指が握るのは、縦に罅割れた恐るべき『魔剣』。
それはどんな御伽噺の怪物よりも恐ろしくて。
自分はただ、頭を抱えてか細く哭いた。
「ゃ、めて」
「……」
「や、めて、ください。ゆるし、ゆるしてくださいっ。おねがいします、おねがいします、おねがい、だから……っ」
何に謝っているのかもよく分からない。
ただ怖いから、必死になって言葉を連ねた。
もうそれしか使えるモノは残っていないから。
ただこの場を生き残りたくて、自分は恐怖にがちがちと歯を打ち鳴らしながら、地に這いつくばって赦しを乞う。
「しにたくない、しにたくない、しにたくない……っ。やめ、やめてください、しにたくないです……し、しぬのは、しぬのはこわい。しぬのはいやだ……!」
自分が何を言っているのかもよく分からない。
たぶん命乞いにすらなっていない。
頭の中が洗濯機だ。
ぐるぐるのぐちゃぐちゃで、確かなのは全身を引き裂く恐怖だけ。
そんな自分を見下ろして、学生服の死神は軽蔑するように眉を顰めた。
「それは無いだろう
―――その口元が
―――赤い目の通り魔が魔剣を掲げる。
―――純黒の剣が月を呑む。
「ひ……!」
全身が恐怖で凍り付く。
喉が引き攣り、舌が凍り、命乞いさえ出来なくなる。
怖い、怖い、怖い、怖い。
死ぬのが怖い。痛いのが怖い。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない―――。
“あれ、でも”
―――ふと。
走馬灯めいて止まった時間、際限なしに加速した思考の螺旋で、自分はその真理に行き当たった。
“いったい、いつまで……?”
そうだ。
死ぬのが怖い。助かりたい。
死にたく、ない。
でも……この場を運よく助かったところで、別に自分が死ぬ運命が無くなるワケじゃない。
それはきっと、魔剣が元通りになったって同じこと。
たとえ寿命を克服したって……50億年後、太陽が爆発して地球が粉々になってしまえば、自分はそこで終わるしかない。
生命は結局、死から逃れることはできなくて。
だからここを逃げ延びても、きっと、ずっと死ぬのは怖いまま。
“いつまで、苦しめばいいんだろう……”
無論、答えは決まっている。
死にたくない―――そんな恐怖から完全に解放されるのは、きっと死んだあとだけだから。
“ああ、それなら、いっそ……”
――――――死に、たい。
そう。
加速した時間の中、自分は偽りなく思った。
だって、逃げきるにはそれしかない。
死ぬのはこんなに怖いけれど。
こんなに怖いのがこれからもずっと、死ぬまで続くと言うのなら……いっそ、今すぐにこの拷問を終わらせて欲しい。
そうだ、最初から答えは出ていたのだ。
自分はきっと、生まれてきたのが間違いだった。
だから、それを正して欲しい。
いくらでも謝るから。
この拷問めいた苦しみを、早くその手で終わらせて欲しい。
「……ころ、して……」
ぽつり、そう懇願する。
月を吞む恐怖の象徴は、今、待ちわびた救いの神様に。
果たして、願いを聞き届けてくれたのか。
―――漆黒の魔剣が振り下ろされる。
そうして、
◆
ついに抜いた相伝の魔剣にて、かの魔剣病を迎え撃ち。
その刃を砕いて病巣の半分以上を
それで呆気なく勝負は着いた。
後は、傷を負い逃げる
右腕に魔剣を携えて、俺は弱り切った背中を追う。
追跡は簡単だった。
相手に速度は無く、そのうえ末期の病人めいて頻繁に転んでいたので、殆ど歩きながらで追い付けた。
そうして辿り着いた路地裏の行き止まり。
小さな影は啜り泣くように頭を抱え。
「ゃ、めて」
「……」
「や、めて、ください。ゆるし、ゆるしてくださいっ。おねがいします、おねがいします、おねがい、だから……っ」
思わず閉口する。
不死身を謳った
なにせ主役の怪人がその様では、クロヤマみたいな連中には、すぐに飽きられてしまうだろうし。
本当に―――甘美なほど、憐れだ。
蹲った無力な小動物の様相。
擦りむいた傷痕から届く血の芳香。
零れる涙、頭を抱えての命乞いが、蜜のように嗜虐を誘う。
「……それは無いだろう
思わずそんな言葉が漏れる。
相手を甚振るためだけの断罪。
怯える獲物は、もはや逃げるだけの力もない。
それを前に、俺は。
欲望の儘に牙を剥く飢えた野犬のように、右腕から生えた魔剣を掲げた。
否……俺が、じゃない。
今の俺は右腕の付属品。
この魔剣、この欲望こそ我が正体。
嗚呼、正に『魔剣』だ。
それに魅入られた人間は、正気を喪失し狂気に呑まれる。
「ひ……!」
がちがちと。
蹲った獲物が震える音で、右腕が
「……っ」
けれど、鎖を断つ呪文もまた、俺はもう憶えてしまっていて。
奪うことは悪じゃない。
求めることは罪じゃない。
手に入れることは、きっと、赦されるべき行いだ。
「―――そうだな」
欲望で体が燃えている。
どくん、どくんと
極度の飢餓は、体の中心に巨大な空洞ができたみたいだ。
それを埋める御馳走は目の前に。
ホラーショウは絶頂の瞬間を待ちわびている。
嗚呼、クライマックスに血潮が騒ぐ。
弱肉強食という名の招かれざる客は、今、獲物の命乞いすら引き裂いて―――。
そうして。
―――ざくん、と。
刃が肉に沈む音。
手に伝わる生の感触。
みずみずしい命が錆びていく匂いと、
甘い甘いアカイロに、俺の鼓動は沸き立って……。
「……っ、と」
……危ない、危うく我を失う所だった。
慌てて手を止めて手元を確認。
俺が突き刺したのは……童女の腕、魔剣因子が埋まったその手の平。
つまり、奪うのはその『魔剣』だけ。
肉体を極力傷つけぬよう浅く刺した剣、その切っ先をすぐに引き抜く。
確かに、命を奪うのは容易だった。
それを望んでいる自分も居た。
やりたいならやればいい―――と、既に鎖は千切れていた。
けれど。
「だけど―――それはきっと、奪いたくない、というのも同じだ。奪って欲しくない、という
どれだけ取り繕おうとも、人は欲望を発露する為の肉の器でしかなく。
されど、人は獣の中で唯一、『平和』という
こうして奪うことが、その奇跡を路傍に棄てることと同義だと言うのなら―――。
俺は要らない。
例え誰に許されようと、俺が俺を赦さない。
やりたいならやればいいのと同じように……。
それもまた、真逆に見えて全く同じ、単純明快な真理なんだ。
だから、俺は奪わない。
『奪わない』という結末こそを手に入れる。
「どう、して……?」
呆然と。
自分がまだ死んでいないことに気付いた
「別にどうもこうもないよ。外道の命に奪う価値なんてあるもんか。『殺さずに解決する』……それが俺の欲望だったって、それだけのハナシ」
そう切り棄てれば……けれど、マサキは意外にも絶望したような顔になった。
「そ、んな……おねがい、ころして、よ……」
「はぁ? 死にたいのかそうじゃないのか、一体どっちなんだおまえ。ともかく、俺は御免だ。俺はおまえのこと嫌いだし、そんな奴の言うことを聞く気はないね」
「き、きらい、きらいなら……こ、ころせば、いいじゃん……っ」
「……馬鹿かおまえ。そんなのが
なんて返せば、童女の顔はいっそう歪んで泣き出しそうになる。
その涙を止めるべきか、止めるとして何を言えばいいのか……。
うだうだと悩んでいた俺の頭に、ふいに鋭い声が突き刺さった。
「―――
振り向く。
そこに居たのは、月光を跳ね返す黄金の精霊。
今なお鮮烈な人外の美貌が、そこに、二本の足で立っていた―――。
「……ルキフェリア? おまえ、腕と脚がやられてなかったか……?」
そうだ、最後に見たルキフェリアは四肢の半分を失い滂沱と血を流していたハズ。
だが今は、両脚どころか両腕もある。
どう見ても五体満足―――どころか無傷の精霊サマへ尋ねれば、彼女はアッサリと頷いた。
「
……なんていうか、コイツが一番メチャクチャだ。
心配して損した、というか。
俺、あの惨状を見た瞬間、割と頭に血が昇ってたりしたんだけどな……。
そんなルキフェリアは、俺の足元……まだ息があるマサキの姿を見て、分かり易く安堵の溜息を吐いた。
「それと、早とちりの謝罪を。どうやら貴方は、踏み止まってくれたようですね」
「……ああ。魔剣はともかく、命まで奪いたくはなかったからさ」
まあ、だいぶギリギリだったのは認める。
それこそ分かり易く安堵されても言い返せない程に。
それでも結果として、俺は何とか殺傷を踏み止まり、その『魔剣』のみを奪ったワケだが―――というより今更どういう原理なんだろうコレ、なんて気になったりもするワケだが……。
「……とはいえ、これからどうすればいいんだ? コイツが奪った肉体を奪い返して、本人に返したりとかはできるのか?」
「……恐らく、それは不可能でしょうね」
「そうか……」
俯く。
ならこの
ぐ、と魔剣を握る。
勢いを増す炎を抑えるように、強く……。
と。
そんな俺の様子を見てか、ルキフェリアはこう続けた。
「というより、その必要がありません」
「……どういう意味だ?」
思わず振り向けば……ルキフェリアは倒れた少女を指さして、友人でも紹介するように告げる。
「彼女の名前は
「……は?」
「そうですね、分かり易く言えば……その童女の
思わず、倒れた童女を見る。
所々転んで擦りむいた、小学校高学年くらいの童女の姿。
外見年齢に見合わない印象を持っていた彼女は……けれど『魔剣』という異物を全て失ったからか、その怯える顔が年相応に見えてしまって……。
「は。なんだよ、それ……」
思わず、重い溜息を吐く。
安堵が六割、呆れが四割の肉体の弛緩。
全く……無駄な勘違いをさせやがって、人騒がせな奴である。
と、ルキフェリアが童女の傍へしゃがみ込んだ。
殆ど自失状態の童女はろくに反応もしない。
そんな彼女へ、ルキフェリアは白く嫋やかな右腕を向ける。
鏡よ鏡、なんて謎の呟き。
指先から泡のように放出される『魔弾』。
それがマサキの体に優しく染み込んで……浮かんだ波紋を読むように、ルキフェリアは黄金の眼を細めた。
「
主に学業において神童と謳われる天才児でしたが、自らが乗る車が接触事故を起こした日を境に引きこもりがちになり、ここ一年間はほぼ不登校に。魔剣病巣への感染はその期間でしょう。精神状態の極度悪化による魔的抵抗力の低下が原因、ですね。
そして今より三日前、愛猫の死をきっかけに精神状態の悪化が加速し、魔剣病巣が急成長。その死体を魔剣の権能によって『奪い』、かねてよりの悲願である『死の克服』のために夜の街に繰り出し始める……全く整合性のない行動ですね。夜に出歩く人間の中で、当人が一番若いでしょうに。魔剣による加害性増加の結果でしょうか。
……ともかく、そういう事情でしたか。昨日は邪魔が入ったので、ここまで深くは読めませんでした」
「昨日はって……まさか」
「はい。昨夜名前含む簡単な情報を暴いたとき、大衆へ警告の意味も込めてネットに『マサキ』の噂を流したのは私です。ですが……どうやら要らぬ誤解を招いてしまったようですね」
「アレ、おまえが流した都市伝説なのかよ……!」
まあ、説が生まれて一日目にしては流行りすぎだった気もするし、それも精霊由来の不思議パワーで何とかしたのかもしれない。
と、事態を把握しているのかいないのか……茫洋と虚空を見続ける死んだ目の童女が、涙を流しながらか細く呟く。
「ころ、して……」
再三に渡る介錯の要求。
何というか、俺たちのほうが悪事を働いている気にさせられて、なんだか無性に腹が立つ。
なので、俺は隣の不思議パワー持ちに問いかけた。
「……おいルキフェリア。おまえ、それ、人の心が読めるんだよな?」
「え? はい。広義の意味では、そうですね」
「ならさ、こいつの動機とか今何考えてるかとか、分かるか」
「……それは、可能ですが」
そうやって、ルキフェリアは『マサキ』の事情を話してくれた。
彼女が魔剣を持つに至った、その生命悲観の
それは早熟の少女が陥った、生命という不完全な現象への絶望と諦念……。
「……死を恐れる、ねえ。それが反転して今度は希死念慮とは、極端な奴」
暴かれた事情を聴いた印象はそれだった。
あとはやっぱり「人騒がせな奴」、だろうか。
そりゃ人間、誰だって死にたくはないだろうけど。
それを魔剣につけ込まれてちゃ世話ないぜというか。
「オイ、聞こえてるか小学生。おまえに言いたいことがあるんだけど」
衝動の儘、未だに蹲ったままのマサキへ話しかける。
涙を流しながら虚空を見つめるその瞳が、僅かに反応した……気がした。
確証はないが、声は聞こえている、気がする。
なので、俺は語り始めた。
要するに……高校生から小学生へ、
「そりゃ人間いつかは死ぬさ。そういう風に出来てんだからな。
でも……
『今生きてる』以上の事実は、今を生きる俺たちには無いだろう?」
そうだ。
俺から言わせれば、今から死ぬときのことを考えているなんて、気が早いとしか思えない。
しかもそうやって遠い先を見たせいで、今目の前にあるモノを見落とし取りこぼすなんて、どう考えたって間抜けだろう。
当たり前だが、今は今しかないんだし。
その場その場の出来事に全神経を傾ける方が、よっぽど誠実な生き方だと思うのだが。
マサキは茫洋と聞いている。
ろくに反応も帰ってこないが、僅かな身じろぎや視線の動きから、何となく言葉は届いている気がしたので説教は続行。
「というか、そもそも前提が違う。
授かった命に終わりがあるから絶望するなんて、そんなのは前提から間違えてる。
だって―――命とは、終わりがあるから存在できるものなんだからな」
そうやって。
俺は生命悲観の都市伝説へ、真っ向から己を突き付ける。
「終わりがないのは時間が止まっているのと同じだよ。
終わりがあるから明日があるんだ。
人は死という終わりに怯えるからこそ、さかしまに、明日を目指して走れるんだ」
―――死。
それは生物に与えられた最大の絶望にして最高の希望。
終わりがなければ始まりも過程も存在しない。
死がなければ命は存在すらできない。
それは生命も星も宇宙も同じ。
永遠に続く、ということは、どんな変化も起こりようがないということ。
だって人間、何をやっても死ななくなってしまったら、きっと何もしなくなってしまうだろう?
「だから、
それは怠惰な俺たちの背中を押してくれる
迎えにやってきたときに、『ありがとう、おまえのお陰で楽しかったよ』と笑いかけるべき
死と生は繋がっている。
生まれた以上死ぬことが避けられないように。
死んだ、ということは、生きていた、ということだ。
死を否定するということは、生すらも否定するということに他ならない。
永遠の命が欲しいとか。
あるいは、最初から生まれなければよかった、なんて馬鹿げている。
だって―――俺たちは誰もが刹那を夢見て、無という永遠から飛び出したのに。
その刹那で永遠を求めるなんて、そんなのは無粋ってモンじゃないか。
野暮だが敢えて言うならば。
あるかも分からない明日に向かって、全霊で踏み込む勇気にこそ、終わりのないモノにはない意義が宿るんだよ。
「そもそもさ、
「ぇ……?」
「生きるってのは目的じゃない。人間にとって、それは目的の為の手段だろう」
マサキは答えない。
見開かれた目が言っている……そんなの考えたこともなかった、と。
……嘆息。
本当に、このガキは半端にかしこぶって、その実なにも分かっちゃいない。
「あのさ。人は、ただ生きる、ただ種を繋げるため以外の目的を持てる唯一の生き物なんだぜ。それこそが人間の特権だ。叶えたい目的があるからこそ、人間は食って寝る以外の目的を持たない動物よりも精力的に生きることができ、そして叶わなかった思いを託すことで安らかに死ぬことができる。
ただ生きたい、じゃ獣と何も変わらない。
要するに……やりたいこともないオマエは、まだ『人間』にもなれてない。
人生のスタートラインにすら立ててないくせに、死というゴールを恐れるなんて―――ホント、御笑い種だぜ小学生」
何が「知性とは拷問」だ。
何が「生まれて来なければよかった」だ。
本当に、頭にくる。
「オマエは人間であることの欠点ばかりあげつらうけど。人間であることの特権には、一度も目を向けなかったんだな」
それは。
俺に出来る精一杯の、早とちりな絶望への糾弾だった。
そうして、俺とルキフェリアの見る前で。
「わ、わたし、は……」
その胸中にあるのか怒りか悲しみか。
続きは声にならず、ただ嗚咽が続くのみ。
……役目は終えた、と右腕の魔剣が消えていく。
俺の腕よりずっと巨大な刃が、右腕の中に引っ込んでいく。
どういう原理なんだ、とか。
そもそも俺はなんでコイツを扱えたんだ、なんて疑問はあるけれど、今はそれを問い質す気分じゃない。
慣れないことをして疲れた、と。
伸びをして、俺は都市伝説の成れの果てに背を向けた。
「ルキフェリア、後は任せる。俺は直接被害に遭ったわけじゃないし、ソイツがやらかしたのは猫の死体の損壊くらいなんだろ? もう『魔剣』も無いし、俺がやるべきことは終わったと思うからさ」
そうだ。
これ以上の罰を与えるのは俺の役目じゃない。
そう視線で訴えれば……ルキフェリアはふっと、実に柔らかく微笑んだ。
「……なら、警察に通報ですね。最近は何かと危険ですから……夜中に家を抜け出して迷ってしまった家出少女は、公的機関に保護してもらいましょう」
……ああ、悪くない。
それは何とも救いのある結末というか。
彼女にとって今夜の出来事は、
まあ、にしては少々バイオレンスだったかもしれないが。
夢遊病で片付けられるところとか、実にそれらしいと思ってしまう。
だってこの事件の顛末は、
ラストの文言はシンプルイズベスト。
『そうして迷子の女の子は、無事お家に帰りましたとさ』。
尤も―――『めでたしめでたし』で物語を結べるかどうかだけは、これからの本人次第だろうけれど。