簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors. 作:龍川芥/タツガワアクタ
そうして、その帰り道。
あんな事があったというのに、まるでそんな気配もなく。
遅れに遅れた下校のように、少年と少女は夜を並び歩いていた。
不穏な噂に凍り付いた
人気のない冬の住宅街は、けれど今だけは、どこか安穏とした雰囲気を取り戻しているようで。
ふたつ並んだ三辻高校の制服は、夜に溶け合わず風を弾く。
ともかく、そんな弛緩した空気の中。
ふと、少女、ルキフェリアが口を開いた。
「……意外でした」
「何が?」
「貴方の事です、
「……ああ。ま、柄にもないことしちまったとは思うよ。そもそも俺、人に説教できるほど出来た人間でもないしな……でも、アイツにはなんかムカついたというか」
怜の小学生への説教を思い出し、恥ずかしそうに頭を掻くカイリ。
言い訳のように、彼はそのまま言葉を連ねる。
「バイト先の店長が言ってたんだよ。人間は唯一、後続に託せる生物だって」
人間は唯一、世代を超えて積み重ねられる生き物だ。
文字を介して知識を継承し、創造を介して文明を増築する。
誰かが生きた痕跡が、後の誰かを有利にする。
百年、千年を超えて、同胞を助けられる唯一の生物。
それがかの『魔眼屋』が語った模範解答。
あるいはとある小学生を絶望させた種族的特性。
そんな『正解』を前にして、けれど。
「ま、俺は命の意味とか信じてないけどな」
そんな風に。
さっぱりとした笑顔で、少年は受け売りの知識を台無しにした。
星を見上げる。
文明によってひどく弱った、けれど確かに存在する宇宙の果ての恒星たちを。
精霊が現象から産まれるのなら、人間は現象そのものだ。
炎や風と何も変わらない。
ただ、そこにあるモノ。
条件が揃ったから生まれて、やがて消えるだけのモノ。
だって、見出してしまえば奪いたくなってしまうから。
本質的に全ては無意味で、無価値である―――それこそが、彼が社会の中に身を置く為の理論武装。
自分の欲を無意味化させ、自分を喰い潰さんとする魔剣を無力化する、
「―――けれど、それは」
精霊は思わず口籠る。
だってそれでは、彼にとって自分さえ無意味だ。
本当に全てが無意味と信じ込んでいれば、どんな目標も生まれようがないし、どんな努力にも身が入らないに違いない。
いいや……それ以前に、もっと根本的なところで矛盾している。
だって、その少年が普通に生きる為には、何一つ愛してはいけないならば。
それは既に普通ではない。
異常としてしか普通の中に居られない矛盾は、その身を軋ませる生き方の歪みだ。
だから、辛くは無いのか、と問おうとして。
その、星を見上げた横顔の穏やかさに、ルキフェリアは確かに息を呑んだ。
満天の空とは決して言えないまばらな星空。
その下で、笑いながら少年は言う。
「だって、俺たちは意味があって生まれたんじゃない……
全てが眠りについた夜に在って、少年もまた夢見るように。
「意味なんて難しいコト考えるのは人間だけだろう?
とんだ欠陥生物だよ、ホント。だけど……だからこそ、俺たちはあらゆるモノに意味を見出す。俺たちだけが、世界の全てに『ただ在る』以上の価値を与えられる」
すっと、その指が彼方の星をさした。
そのまま星座でも繋げるように、彼は言う。
「例えば、あの無限に広がる夜空の星も。自分たちを観測する機能がない以上、自分がどれだけ美しいのか、自分にどんな価値があるかは分からない。
でも俺たちなら、そこに意味を与えられる。『おまえは美しい』ってな。蜃気楼で出来た砂粒みたいなモンだけど、それでもゼロはイチになる」
そうして、草薙カイリは。
百年生きたルキフェリアでさえ知らない顔で、何でもないように言ってのける。
「人間はたぶん、自分たちのために生まれたんじゃない。
『誰かひとりくらい、
人そのものに意味はなく。
そう、少年は夢見るように歌い上げた。
―――それはきっと、この
表彰モノの
「―――」
その少年は、愛したモノ全てを奪わずにはいられない。
魂に根付いた禁忌衝動。
故に彼の愛は、決して届かぬ
そんな考えに、傍らのルキフェリアだけが辿り着いた。
何一つ愛せない、愛する事が赦されない少年。
だが……傷付けぬ為に遠ざけるなら、それは愛と何が違うのか。
その矛盾を抱えたまま、それでも何でもないように、貴方は星夜に笑うのか。
嗚呼。それは、なんて―――。
ぐ、と言いかけた言葉を呑み込んで。
彼女は静かに、その残響に言葉を重ねた。
「……そうですね。そうかもしれません。
では、人ならざる私は、人の意味を信じましょう。刹那のような
少年が、星に意味を与えるように。
自分は、人に意味を約束しようと。
祈りのように、少女は星に願いをかけた。
―――あまねく
どうか
それは、聖母を思わせる祈りの微笑。
隣の美貌に、今度は少年のほうが押し黙る。
夜に咲く黄金の花のような。
全てを愛するが故に、誰からも愛されない女。
それでいい、と彼女を微笑ませるのは、果たして人と精霊という種族の差か、それとも―――。
「……優等生め。やっぱり、俺はおまえが苦手だよ、ルキフェリア」
「そうですか? 確かに、私もあなたが嫌いでしたが……今は少し好きになってきましたよ、カイリ」
ふっ、と美貌が笑う。
その
だって、それは先の慈愛によるモノではなく……どこか人間らしい、少女らしい悪戯っぽい笑みだったから。
そんな少年の反応に満足したのか、黄金の花はくすくすと綻ぶ。
「あなたに『さん』は付けません。『カイリ』と呼び捨てにすると決めました」
「……それは、どうして」
「当たり前でしょう。どこの世界に、自分を襲った強盗に敬意を抱く者が居るのです」
……それは、昨日の
アレはやはり草薙カイリによる犯行だと、魔剣を見た彼女は気付いたのだろう。
けれど……それは罪の糾弾というには余りにも軽く、また楽し気で。
少年は気付けば破顔していた。
「―――ふはっ。そいつは、確かに」
「む。どうして嬉しそうなのですか、あなたは」
「いや、あんまりにも正論だったからさ」
カイリ自身、自分が笑っているのが妙だとは分かっていた。
何故自分は真実が明らかになってなお、こんなに爽やかに、罪を受け入れられたのだろうか。
本当に、変だ。
昨日その少年は、傍らの少女を殺したハズなのに。
少女の側は生き返って。
少年の側は受け入れて。
そうして、ただの友人のように、並んで歩きながら笑っている。
仕舞いには―――。
「なら、俺も『ルキフェリア』で。しょせん被害者と加害者だ、お互い他人行儀で行こう。いいよな?」
「ええ、そうしましょう」
かくして、草薙カイリとルキフェリア=イマジナティオは、お互いを嫌い合うことを約束した。
その呼び方が、傍から見れば真反対の意味を持つことに、両者ともまるで気付かないままに。
―――どうか、夜を往くあなたに祝福あれ。
夜明けは近く、星は遠く。されど、この愛だけはあなたの傍に―――。