簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors.   作:龍川芥/タツガワアクタ

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草薙戒理/Present-day ②

 

 

 都立三辻(ミツジ)高等学校。

 愛称は『三辻高』、あるいはミツコー、サンコーとも。本校に通う生徒内ではミツコー派が多い、というのが、いち生徒である俺の体感。

 学科は普通科一本で、要するに大学進学を主目的とした、創立四十年の歴史を持つ進学校である。

 掲げた校訓は「気宇広大な人づくり」。その言葉通り、生徒も教師も多少おおらかな人間が多い気がするのは、この一年で得た学びのひとつだ。

 生徒数は五百だか六百だか。当然、男女の比率はほぼ同じ。

 公立校なので設備自体に魅力は少ないが、学ぶうえで特に困るようなこともないし、それよりも校内治安の良さと和気藹々とした雰囲気は金では買えない宝物だと評判である。

 部活は非強制で、そのせいかウチで強豪と言えるの部活は吹奏楽部だけ。それもバイト戦士に徹底的に優しいウチの学校では、そう長続きはしない栄光だろう。

 その他に特筆すべき点と言えば……学校のマスコットキャラ・ツジギリ丸が、余りの評判の悪さに生徒会主導での整形手術(デザインへんこう)を考案されてるくらいだろうか。

 

 言うなれば、どこにでもある普通の公立高校。

 私立よりは学費が安いので親御さん的には安心で、生徒にしても、ちょっとだけハードルの高い入試を乗り切ってしまえば治安のいい高校生活が手に入るという実に無難な選択肢。

 それが俺とシロネの進学した、人生一度きりの高校生活の舞台であった。

 

 

 

 

 一年三組、教室。

 キーンコーンカーンコーンと一時限目。

 朝のHR(ホームルーム)からぶっ通しで教壇に居座った担任教師は、校舎を支配する冬の冷気に対抗するように、景気よく授業の始まりを告げた。

 

「さーて、期末テストまであと二週間を切りましたけれどもね、はいっ。皆さん勉強は大丈夫ですか? 先生としては現国だけでも取れようオマエらって気持ちもありつつ、でもコッソリ試験の範囲を教えるとかは怒られるので無理っつーか、板挟みっつーか。この年になって()()は喰らいたくないですからね、()()教師だけに!

 ……はい、まあそんな感じでお願いしますわよ、いつも通り笑いに厳しい諸君。イマドキ留年とか退学とか滅多なことじゃあなりませんけれども、テストでいい点取るに越したことはないってなもんです。ホラ、受験期になって内申点が欲しくなっても、時すでに遅し! ってヤツですから。先生もそれで後悔した経験あるんでね、頑張ってね、ホント」

 

 担任の旧土(フルツチ)先生は、微妙な冗句(ジョーク)と「先生、本当はお笑い芸人になりたかったんだよねえ」という台詞とが口癖の現国教師。

 いつも着ている奇天烈な色合いのスーツは漫才用に買った一張羅だという変わり者で、そのせいか我々生徒にはそれなりに愛さ(ナメら)れていた。

 そうでなくとも若い―――つまり教師歴が浅いこともあり、わりあい元気のいい一年三組を纏め上げるには少々力不足気味だ。

 とはいえ別に学級崩壊が起こる、なんてレベルの話ではなく。ちょっと強めに「皆さん静かにしてください」と言わないと生徒の私語が終わらない、程度の問題だ。

 逆に言えばそれだけの注意で生徒の暴走が収まるのだから、相変わらず東高は平和なのだった。

 

“つったって、イマドキ不良とか、そうそう見られるモンでもないよなぁ”

 

 校内暴力や法律(ルール)違反が学生にとってのバッドステータスとなって久しい現代。

 不良とカテゴライズできる生徒は居れど、教師をまるきり無視して威張り散らす、なんて生徒は絶滅危惧種……こと東高では既に絶滅済みと言えた。

 とはいえ、それは必ずしも学内秩序の平定を意味しない。

 暴力という手札が消滅した代わり、というのか。

 体罰反対だのハラスメントだのネットに晒すだの、生徒(じゃくしゃ)側が新たな反撃のカードを手にしてしまった現状は、実は危うい均衡の元に成り立っている。

 ああ、若者と反骨心は切っても切り離せないけれど……天秤が教師(おとな)側に傾いているならば、実際それが一番いいのだ。

 なにせ生徒側が主導権を握ったところで、そんなのは三日天下ならぬ三年天下。

 享楽に耽りろくに学ばず社会に放り出された子供たちの末路など、ちょっと想像に難くない。

 ならば多少の理不尽程度は我慢して―――当然、その範囲に収まらない理不尽には抗うべきだが―――数十年は身を置く事になる社会の荒波、それに耐えうるだけの牙を研ぐために雌伏の時を過ごすのが、まっとうで幸福な道というものだろう。

 

 そのことが薄々分かっているのかいないのか。

 我らが一年三組もまた、辛うじて未来のない下剋上を踏み止まり、教師の命令に粛々と従ってお行儀よく日々を送っている。

 あるいは……現代の若者というヤツは、案外、みんな俺みたいに反乱を起こす活力も主体性も持ち合わせちゃいない日和見(へいわ)主義者なのかもしれなかった。

 

“だって、反抗とか反骨とか疲れるし。ネットが普及した今、不祥事とか受験にも就職にも不利だし”

 

 内心のみでぼやいて、板書を取るためノートを開く。

 見れば生徒の全員が同じようにシャーペンを手に取っていて。その行動の一様さに、何となく大量生産の工場を想起(イメージ)した。

 

 ―――学校は工場に似ている、と思う。

 ここは子供と言う素材を加工し、一人前の人間にして社会へと出荷する巨大装置の中だ。

 多少の閉塞感はあるが、とはいえ生産ラインを乱しても何も生まれないことは、今や誰もが知っている。

 なのでみんな黙って既定路線(ベルトコンベア)の上に乗ったまま、完成品になれる日を待っているのだろう。

 果たしてそのうちの何人が、成長とは与えられるものではなく、自分で掴み取るものだと知っているのか。

 

“……ああ、割とそういう所あるよなぁ、現代って。「あれは駄目」「これはやるな」って間違いばっか溢れてるくせに、正解は神のみぞ知る、だもんな”

 

 寝覚めの最悪さがまだ尾を引いているのか。

 それなりに面白い授業をする旧土先生の声にも集中しきれず、俺は自身の内側から湧き出てくるモノに埋没してしまう。

 

 この高度情報化社会―――知識も経験も否応なしに共有される現代において、『間違い』の選択肢はハッキリしている。

 だから不良も不真面目も、『間違い』である以上駆逐され、選択肢はどんどん減っていく。

 でも……だというのに、本当の『正解』は誰も知らない。

 大人の言うことに従って真面目に勉強を続けたって報われるとは限らないことも、共有された知識によって今や誰もが理解している。

 

 結局俺たち現代人は、間違えるのは嫌な癖に、正解からも程遠いのだ。

 それでも間違いは減ったぶん、きっと昔よりは正解を掴みやすいに違いない、と……そう信じなきゃやってられない、というか。

 見えてる間違いを避けるだけの日々はタイクツだけど、わざわざ解答欄に大喜利を書けるほど酔狂でもないし、余裕もないし。

 後で帳尻を合わせないといけないなら、たいていの悪路は我慢して走るしかない、というハナシ。

 

 ああ、世間様では学生はお気楽だなんて言われがちだが、当事者からすれば必死の毎日だ。

 足元も頭上も充分に見通せない宙ぶらりんの日々。

 年を追うごとに増えていく誘惑と課題の量。

 これが青春というのなら、人生とはなんとさもしいのだろう。

 

“……でもま、やるしかないよな、結局。だって、嫌になって放り出しちゃう、なんてのは、明らかに『間違ってる』もんなぁ”

 

 そんな風になんやかんやと思いつつ、改めて授業に集中し直す。

 カツカツと教室を叩く板書(チョーク)の音。カリカリとノートを走る写生(シャーペン)の音。教師の声だけが存在を赦される空間の中、三十人の生徒たちが一様に息を潜めて沈黙する光景は、いつも通りに異様(テンプレート)だった。

 

 ああ、バブルだのゆとりだのの世代には、想像もつかないかもしれないが。

 不景気ながらハイスタンダードを手放せない現代においては……量産品は量産品なりに、並々ならぬ企業努力で完成を目指すモノなのである。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 怒濤の四時限を終えて、昼休み。

 わざわざ三組の教室までやってきたシロネに、「今日はクロヤマと食うから」なんて断りを入れて、俺は校内イチのお気に入りスポットに顔を出していた。

 特に約束もせず合流した先客は、現れた俺を見て若干の呆れ顔。

 

「……ハァ。いつもの事ながら、ホントよかったのかよカイリ? 浜矢(ハマヤ)サンの誘いを断ってまでコッチに来るとか、ちょっと物好きが過ぎやしねェ?」

「そうか? だって気持ちいいだろ、屋上(ここ)

 

 言って、落下防止のフェンスを背もたれにしていた悪友・クロヤマの横に腰を下ろす。

 見上げた冬の空は乾いた青色。夏の空が真っ青なら、こちらは少しくすんでいる。

 遮るものがない屋上を吹き付ける風は、晴天にも負けず新鮮な冷気を屋上に送り込んで来ていたが、俺はこの容赦のなさも嫌いではなかった。子供の頃に映画で見た、天空に浮かぶ城を思い起こさせるからだろうか。

 

 俺たち以外誰も居ない、殺風景な校舎屋上。

 そこに寂しさではなく居心地のよさを感じながら、俺は弁当の包みを開ける。

 

 けれど、クロヤマは俺とは意見が違うのか。

 未だ納得していない顔で―――というかいつものヘラヘラ顔の面影もない妬みすら滲んだ恨み顔で、やれやれと肩を竦めている。

 

「あーあ、勿体ネ。浜矢サンの誘いなら、彼女のトモダチのハイレベル女子ズも一緒に居ただろうにさァ。ハーレム体験とか、男なら秒で乗るだろフツウ?」

 

 俺なら絶対断らないね、なんて色男(クロヤマ)のぼやきが鬱陶しかったので、ちょっとばかし禁止カードで黙らせる事にする。

 

「残念、俺の右手()()()だからさ。女子と居ると気を遣うんだ。それなりに見てくれのいいおまえと違って、ハーレムどころか恋人ひとり作るのも夢のまた夢なんだよ、俺は」

 

 手袋で隠した右手をチラつかせれば、モテる悪友は「うげえ」と食欲が失せたに違いない青い顔になって、反論の元気を失ってくれたようだった。

 

「……ウ、そうだったなァ。オマエの右手(ソイツ)はちょっとグロ画像過ぎるモンなァ。(オレ)でも吐き気を覚えるんだし……ベッドの上で見せた瞬間、どんな女ももれなく卒倒、百年の恋も即死だわナ……ウン、ご愁傷様だわカイリくん」

「そういうこと。だから出来るだけ考えないようにしてるんだよ、そういうの。怖がられるのとか泣かれるのとか、けっこう傷付くんだぜ、あれ」

 

 言って、肌を隠す手袋を撫でる。

 俺の右手はちょっとした厄ネタであり―――具体的には大人でも直視できないくらい酷い古傷があって、そのせいで女子に二回は泣かれたことがある。

 要するに「脱いだら凄いんだぞう俺」の真逆版ってコトだ。

 そのような事情(トラウマ)もあり、俺はあんまり他人に……特に異性には近付きたくない、というのが正直なところなのだった。

 ところがクロヤマの言う通り、シロネと昼食となると必然彼女と仲がいい女子もオマケで付いて来る。別に女子ズとも知り合い程度の関係値はあるが、やはり右手のこともあるし、そうでなくとも女所帯に男がひとりは心細い。

 

“……まあ、本当は別の理由もあるけど”

 

 というか、実はこっちが本音なのだが。シロネは優等生なので、校則違反―――とはいかないまでも、割としっかりグレーゾーンである屋上に来られては困る。

 もとい、屋上に出入りしている所を見られるのが困る。だって、バレたら絶対怒られるからね。

 とはいえ、それが分かっていながら屋上(ここ)に来るのも、罪の重さで言えば変わらないのかもしれないが……それもやむなし、俺にも事情というものがあるのだ。

 なにせ。

 

「まあそれ以前にさ……いつも思うんだけど、学校はちょっと騒がしすぎる。というか人が多すぎる。多少寒くても、俺はこっちの方が落ち着くんだ。

 ……ああ、ここで女子と逢引きでもしたかったのか? 悪いけど、俺は今更この場所(ユートピア)を明け渡すつもりはないぞ。そういうのは余所でやってくれ」

「イヤ、オレは単に、そのうち浜矢サンに『邪魔者』として始末されねえか不安なだけなんだケド……マ、いっか。しっかし、つくづく変わり者だよねえオマエ。人間嫌いっつーの?」

「……なんだよそれ、人聞きが悪い。というか、クロヤマにだけは言われたくないな。俺より早くここに陣取ってた不良のくせに」

「イヤイヤ、オレは少なくとも女のコは大好きだし? でもホラ、別れた元カノとバッタリってのも気マズイじゃん。なので仕方なく避難してんのサ」

「いや、それなら校内で恋愛するの辞めればいいだけだろ。仕方ないんじゃなくて、おまえの側に見境が無いだけじゃないか」

「ソコはソレ。カイリくんには分かんねーだろうけどもサ、恋ってのはいつだって、TPOを選ばずフルスロットルなワケ」

 

 学校側の認識では誰も入れないハズの屋上にて。

 落下防止のフェンスを背もたれに、並んで軽口を叩き合う。

 女好きで偶に喧嘩騒動を起こす不良(クロヤマ)と、どうにも優等生になり切れない素行不良(おれ)

 なんというか。

 客観視するまでもなく、ものの見事に落ちこぼれコンビなのだった。

 

 そんな俺たち悪友コンビは、今日も今日とて並んで昼食などを摂る。

 俺はシロネに持たされたお弁当を。クロヤマは購買で買った評判そこそこの焼きそばパンを。

 と、炭水化物のカタマリにかぶりついていた悪友が、ふと楽し気な声を上げた。その左手には、パンよりも視線を奪うスマートフォン。

 

「ム、ヒトミちゃんから着信アリ。コリャ今週辺りイケるかな」

「……また食事中にスマホ弄り、それも女漁りか。行儀悪いぞ、クロヤマ」

「ハ、そりゃどーも。出来た妹さんの居る『お兄ちゃん』と違って、コッチは恐さ―――もとい、手の込んだ愛妻弁当じゃないんでネ。惣菜パンの味気なさは、視覚情報で誤魔化すしかねーってワケよ」

 

 言って、クロヤマはスマホ弄りを続ける。

 

 不良・黒山ムシロは色男である。

 いや、より正しい表現をするならば……黒山ムシロは色ボケである。それも女をとっかえひっかえするタイプの軽薄色ボケ野郎である。

 最近若者に流行りの、目元近くで揃えた前髪。

 真っ黒な髪とは対称的に色白であり、顔については本人も自信アリなのか黒マスクは顎にかけている。

 手足の長い長身は同性(おれ)から見ると威圧感のある―――見るからに喧嘩が強そうな―――風貌だが、世の女子にとっては『スラっとしたモデル体型の高身長』という加点要素扱いらしい。

 黒いピアスに黒ネイル、首元のチェーンにゴツい指輪(リング)……その手のアイテムをまるで自重しない辺りにも、彼の軟派な性格が見て取れるというものだ。

 そんな恵まれた容姿を利用し、日夜不純異性交遊に耽っているのが、黒山ムシロという三辻高イチの問題児なのだった。

 

 ただまあ……黒山ムシロの名誉のために明言しておくと、彼は悪い奴ではない。

 喧嘩は基本的には売られたものしか買わないし、男女交際だって真剣だ。

 何というか、バカではあるがクズではない、というか。

 そう、彼は面白半分で女性に手を出す下種ではなく、心の底から好きだからこそ臆さず手を出すという真の(おとこ)なのである。

 まあそっちのが(たち)が悪い気がしなくもないが……ともかくクズではないのである。

 ただ……にも拘らず特定の相手と長続きせず、結果的にとっかえひっかえ状態なのは、擁護しようもない事実なのだが。

 

 と、そんなクロヤマが、スマホを見ながらふと片眉を吊り上げた。

 

「ン、久方ぶりの登場じゃんか。まだまだ飽きそうにもねえってコトかね」

「? どうした、有名人でも復帰したのか?」

「……マ、その通りっちゃその通りだわな。ホラ、最近流行りのあのお方だよ」

 

 流行りの? なんて首を傾げる俺に、トラスケは何でもない調子で、

 

 

「―――例の、夜道に出るっていう『辻斬り』のハナシ。なんと、半月ぶりに昨日出たらしいぜ、奴サン」

 

 

 瞬間―――息を呑んだ。

 顔からざあっと血の気が引いていく。足元から感覚が無くなっていく。

 それは、不意打ちで凄惨な事件現場を想像させられてしまったからか。それとも、何か別の理由、か。

 

「……」

 

 外面すら取り繕えない驚愕は、けれどクロヤマにまでは伝わらなかったらしい。彼はいつも通りの調子で続ける。

 

「なんでも、今回の被害者は二十代の若い男で、道端で冷たくなってた、とか。前回は十代の女だったっけ? ったく、物騒な世の中になったモンですネ」

 

 路上。若い男。

 ……なんとなく。

 本当になんとなく今日見た悪夢を思い出して、俺は反射的に尋ねていた。

 

「……なあ、クロヤマ。それ、どこで起こったとか……分かるか?」

「ン? イヤ、ソコまでは。三辻坂のどっかだったらしいってくらいしか書いてねえよ? 警察の公式発表は今まで通り、あくまで『事件があった』って事実確認のみで、詳しい発表はされてねーし。詳しく書いてんのは面白可笑しく騒ぐのが仕事のネットニュースで、真偽のほどは怪しいモンだわナ。とはいえ、それでも盛り上がってるコトに変わりはないね、どーも。

 なにせ今の東京はピリついてる、というより皆どっか渇いてるんだなァ。だからウェットでもバーニングでもオールオッケー。どんな噂でも、それが刺激的なテイストなら瞬く間にトレンド入りだ。火付け役が不安を煽りまくって、愉快犯やバカが便乗して、大多数は右往左往でお祭り騒ぎと来た……いっつも思うんだが、人間ってのはホント、他人の不幸(バッドニュース)が好きだよねェ。

 マ、オレみたいな『祭りなら何でもイイ』って連中にはありがたいけど。イヤァ、ネット社会ってのは退屈しなくてイイね、全くサ」

 

 なんとも不謹慎に笑い、クロヤマは惣菜パンをもう一口。

 俺も白米を一口含むが、話題のせいか味気ない。

 

 ああ、何とも不謹慎なことに。

 クロヤマ含む一部の若者にとって『通り魔事件』は、日常の閉塞感を打ち破る一種の娯楽でもあるらしい。

 あるいは俺の抱いた謎の反発とは、そういった昨今の事情に関係するものだったか。

 

 ―――三辻坂《ミツジザカ》の夜には辻斬りが出る。

 あるいは通り魔。

 あるいは殺人鬼。

 ともかくそんな影がこの地に姿を見せたのは、今よりおよそ半年前の事だ。

 最初はただの戯言だったその噂は、止まぬ凶行を餌にしてすっかり育ち、今や夜ごとに街を凍らせるほどの力を持つに至っていた。

 

 『三辻坂連続通り魔事件』。

 それが、現在三辻坂で発生している事件の通称である。

 とはいえ正式名称なんてモノは存在しないので、『辻斬り事件』だの『連続猟奇殺人』だの様々な名前で呼ばれているが。

 

 この半年間、鶴木市で発生した傷害及び殺人事件は全部で二十五件。前年比にして約十倍。

 そしてそのうち半分以上である十五件が、同一の犯人―――俗に言う『連続辻斬り犯』によって為された事件であると噂されている。

 なにせ、それらの事件には共通の奇妙な特徴が残されているのだ。

 

 曰く。事件は決まって三辻坂及びその付近で、人気のない深夜に起きている。

 曰く。被害者は長い刃物で斬り裂かれたとしか思えない刀傷を負っていた。

 曰く。貴重品は手つかずで被害者に関連もなく、犯行動機の一切が不明。

 曰く。そして不思議なことに、現場には殆ど血痕が残されていない……。

 

 被害者以外の痕跡を残さない犯人に、優秀な日本の警察もお手上げ状態らしい。

 らしい、というのは、十五件のうち詳しく報道されたのは最初の三件だけだからだ。

 同一犯による連続通り魔だと判断した警察はその時点で報道規制を敷き、模倣犯や野次馬を防ぐと同時、犯人に捜査の状況を察知されることを予防した。

 だが……その秘密主義が、余計に民衆の興味を煽ったのか。

 今や三辻坂の連続通り魔事件は、主にインターネット上において、『実在する都市伝説』として消費される大衆娯楽に成り下がってしまっていた。

 

 いや。

 これが只の猟奇的事件なら、それほどの人気は獲得できなかったに違いない。

 だが、この噂には……火種に対するガソリンとも言える、『もうひとつの話』が付随している。

 それこそが―――。

 

「……『魔剣病』。人を襲う精神病、か」

 

 『魔剣病』。正式な名前は全く別にあるのだが、ネット上ではすっかりその名で定着してしまったとある病。

 新種の精神疾患で、発見から一年と経っていない。

 そして何より、圧倒的に不明な点が多すぎる。

 なにせ厚生労働省のホームページに書かれている病の説明はたった一行。

 ―――『現在調査中。』

 こんなの「好き勝手に噂してくれ」と言っているようなものだろう。実際そうなってるし。

 

 ほら、現にクロヤマも……。

 

「そうそう、『魔剣病』。なんでもサ、体から刃物が生えてヒトを襲うらしいじゃん? だから『魔剣』病。スゲーよな、アメコミ映画にありそうな設定っつーか。マ、やってるコトは辻斬り(ヴィラン)だけどなー」

 

 政府の説明によると、『魔剣病』とは新種の精神疾患である。

 その病状こそ判然としないが、鬱病などとは違い無気力になるのではなく、その逆……とにかく攻撃的になるのだとか。

 積極的に周囲を加害してしまう精神(こころ)の病。

 だからこそ『事件の犯人は魔剣病の発症者』という言説がまことしやかに囁かれているのだし、俺も病の存在自体は疑ってはいない……が。

 

「……いや。現実的に考えて、体から剣が生えてくる、なんて、そんなのは有り得ないだろう。それも原因はウイルスとかじゃなくて精神病って……そこまでいくとやり過ぎだ。明らかにデマっぽい、というか」

 

 なんでも―――その疾患を発病すると、肉体の一部が刃物状に変形する、らしい。

 だからこそ、『魔剣病』と呼ばれているのだとか。

 

 そんなのはどう考えても『辻斬り』という事件内容が生み出した幻想、(フィクション)どころか御伽噺(ファンタジー)だろう。

 そう指摘すれば、クロヤマは「分かってねえなー」なんて肩を竦めた。

 

「イヤイヤ。国がワザワザ『発症者を見つけたらすぐに通報してください』って言ってんだぜ? しかも、そのクセ病気の詳細は伏せたままと来た。噂も否定されねえし、コイツはちょっと役満じゃね? 確かにオカルトじみてんのは認めるけどさァ、そういう説得力のほうも用意されてんじゃん?」

「……でも、ネットに決定的な情報―――画像や映像は出回ってないじゃないか。今の時代、そういうのを隠し通せるモンか。おまえだって自分が『魔剣病』に罹ったら、まず間違いなくSNSにアップするんじゃないのか?」

「ソコはソレ、お隣の国よろしく規制をだなァ……」

「なんで国が規制なんてする必要があるんだ。もし本当に危険な病気なら、寧ろ積極的に情報共有を促すべきだろう」

 

 面白おかしく囃し立てるクロヤマの意見の矛盾を突けば、彼は旗色が悪くなったのか沈黙した。

 だがそこは一途という言葉から最も遠い場所に居る軽薄男。

 クロヤマはアッサリと自説を捨て、別の理論を展開する。

 

「ンー、なら幽霊説のはどーよ。オレは意外とそっちもアリだと思ってんだよね。

 知ってるか? この辺りで昔合戦(いくさ)があったらしくてさあ……そン時に死んだサムライの幽霊が、自分が死んだことにも気付かず、夜な夜な現れては通行人を……!

 ……ウゲ、超冷めた目。女のコ相手には鉄板の怖がらせネタなんだけどなー……やっぱカイリくんはバカだねェ、冗談が通じないヤツはモテないぜ?」

 

 やはりこの不良の言葉は信じるに値しない。

 だが最後のだけは聞き逃せず、俺は真っ向から突っかかる。

 

「……む、バカとは何だ。議論で負けそうだから罵倒で逃げるなんて卑怯者のやることだぞ、クロヤマ」

「ハ、事実を言って何が悪いんですかー。オマエ中間何位よカイリ、ホラ言ってみ?」

「……うぐ、成績マウント(それ)は卑怯だろがクロヤマァ……ッ!」

「バカなのが悪いんだぜカイリちゃーん。クク、イヤァ一夜漬けはするモンだねえ。オマエに勝てると気分イイや」

 

 ぐ、なんて嫌なヤツなんだコイツ……!

 とはいえ中間試験でクロヤマの後塵を拝した俺に反撃の手段はない。下剋上を成すというなら、それこそ三週間後の期末試験でやるしかない。

 またひとつ、勉強しなければならない理由が増えて嬉しいやら悲しいやら。

 複雑な感情を音を立てて奥歯で押し潰す。

 そんな俺を気にも留めず、クロヤマはネットサーフィンを再開……。

 

「―――へェ」

「? 今度はなんだよ、クロヤマ」

「いや、ちょっとオモロイニュースがあってサ。ホラ、コレ」

 

 そう言ってクロヤマが見せてきたスマの画面に表示されていたのは、とあるネットニュース記事であった。

 

「……なんだこれ。『刀塚(カタナヅカ)で、野犬を殺して回る美女の目撃情報』?」

 

 条件反射でニュースのタイトルを読み上げる。

 刀塚といえば市内、それも隣町だ。

 内容は、隣町の刀塚で深夜、女性……それも年若く美しい少女が野犬を殺している場面が住人によって目撃された、というもの。

 その女の目撃例は一件だけではなく、殺害対象も野犬から野良猫、果ては野鳥と幅広く。

 ただ下手人の方は特徴の一致から同一人物だと考えられるらしい。

 果たして度を超した動物虐待の目的は何なのか、犯人の正体は女サイコパスか、なんて、記事は好き勝手に騒ぎ立てている。

 とはいえ……目撃情報こそ複数存在するものの、現場には一切の痕跡が残されていないためイタズラ通報の目算が高く、警察は動いていないらしかった。

 

 ……なんというか、実に都市伝説的だ。

 発信元もマイナーな掲示板まとめサイトだし、信憑性もクソもない。

 今時ネットリテラシーなんて義務教育で習う事なのだが……どうやら眼前の一夜漬けの達人は、このニュースが真実だとすっかり信じ込んでいるようだった。

 いや、どちらかというと“真実だといいな”という感じか。

 ともかく、そんな風にクロヤマは口の片端を吊り上げる。

 

「もしかして、この美女が辻斬り犯だったりしてなー。どうよこの説? オモロくね?」

「……笑えないな。何が面白いんだ、それ」

「イヤァ。もし夜道で襲われるとしたら、野郎よりは美女のが千倍マシだと思ってサ。人生最後に真紅(バラ)色の逢瀬! とか、中々にシビれる死に方じゃん? それこそホラ、死に花咲かせる、みたいなさ?」

 

 冗談めかした口調とは裏腹に、割と本気で面白がってそうなクロヤマの表情。

 ……困った。彼の女好き、刹那主義、享楽主義は知っていたけど……まさかここまでバカだとは思わなかったぞ。

 本当に、どの口で(ひと)に「バカ」だの「変わり者」だの言っていたのだろう。

 溜息ひとつ、俺は意外と厭世家なのかもしれない悪友へ所感を述べる。

 

「……不謹慎だぞクロヤマ。実際に被害者が居る以上、そういう事件を冗談で扱うのは間違ってると思う。それこそSNSに晒せば炎上モノだ。

 というか。どっちにしても殺されるんなら、相手が誰とかどうでもいいじゃないか。せめて、女相手のがまだ勝てそう、くらい言ってくれ」

「ばっかオマエ。女に刺されて死ぬなんて、男冥利に尽きるってモンじゃん?」

 

 どこまで本気なのか、クロヤマは愉快そうにケラケラと笑う。

 ああ、女好きもここまでいけばアッパレだ。どうぞ勝手に死んでくれ……なんて、これこそ不謹慎かもしれないが。

 まあ内心だけの悪態なので、どうか大目に見て欲しい。

 

 と、そんなこんなで脳内のスカした遺影を拝んでいると。

 その遺影を蹴飛ばして、存命の悪友が軽口をひとつ。

 

「……というか。カイリおまえ、殺人鬼に会ったらよーいドンで殺し合い演じる気なのナ。ヒュウ、おっかねー」

「はぁ? 俺がいつそんなこと言ったんだよ」

「言ったじゃんか、ホラ、『女相手ならまだ勝てそう』、って。そこは普通、『まだ逃げられそう』、じゃねえのかナ?」

「……そんなの言葉の綾、というか、ちょっと言葉選びを間違えただけじゃないか。そうやって自分の不謹慎さを誤魔化すなよ、クロヤマ」

「へーへー、分かりましたよ……お、返信来てんじゃん。ヤリィ、デート確定~……ン? イヤ、ミミちゃんとはもう別れたって。オレ二股とかしないってのに……ったく、悪評を信じるコが多くて困るね、どーも」

「……」

 

 馬耳東風とはこのことか。

 女漁りを再開した軽薄野郎から視線を外し、これ以上は無駄だとハンバーグをぱくり。

 うん、シロネのやつ、また腕を上げたな。我が義妹(いもうと)ながらその成長が恐ろしい。

 なにせ俺ってば貧乏学生、舌が肥えたってひとつもいい事ないからね。

 

(……五時限目は数学か。ああ、今から憂鬱だな……)

 

 空を見ながらぼんやり考えて、気付く。

 恋愛に明け暮れ偶に授業をサボる不良と、何にもないけれど真面目に勉学に取り組んでいるとは言い難い俺の受け身は、果たしてどちらがマシなのだろうか、と。

 

 ……ああ。

 本当に、まこと遺憾なことに。

 クロヤマの不謹慎さと俺の不真面目さは、何となく釣り合いが取れている気がした。

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