簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors.   作:龍川芥/タツガワアクタ

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草薙戒理/Present-day ④

 

 

 バイトを終えて帰宅し、手早く夕食を済ませる。

 朝・昼と俺の食事の世話を焼いてくれたシロネだが、夕方から夜にかけては忙しいらしく、滅多にウチに来ることはない。

 というか最近の情勢的に、夜中に出歩かれても困るし、何より夕食まで世話になるのは流石に遠慮したい俺である。

 シロネの好意に返せるモノが何一つない以上、二食も面倒見てもらう時点で充分心苦しいのだ。そこに三食目が追加されれば、流石の俺も良心の呵責で潰れてしまう。

 

 というわけで、今宵の夕飯は近くのスーパーで売っていた割引の弁当をチョイスした。

 そこそこに安く、そこそこの味で、洗い物も出ないという男の一人暮らしの強い味方。とはいえ店の側からすると、割引シールが貼られる時間帯を狙い撃ちしてくる学生客など、売り上げの敵でしかないだろうけど。

 

 そんな弁当をさっさと平らげ、課題をこなすと称してネットやら読書やらに耽っていると、時刻はとっくに夜の二十時を回っていた。

 

 閉め忘れたカーテンの向こうには窓越しの夜。

 通り魔が出る、なんて噂されている時刻ではあるが、自室に居る以上そんな怪談もどこ吹く風だ。

 

 何となく、机を離れ窓の傍の床に座り込んだ。

 ひんやりと冷たい床板の感触は、けれどすぐに気にならなくなる。

 見上げるはガラス越しの夜空。

 窓枠で切り出された静止風景は、精緻に描かれた絵画に似ていた。

 

「……シロネの奴はもう帰ってるかな。放課後に何してるかまでは知らないけど……明日の朝、いちおう『あんま夜中には出歩くな』って言っとくか」

 

 偶には『お兄ちゃん』らしいことをしないとな、なんて呟きは、室内の静謐に呑まれて消える。

 ふつう壁が薄ければ静寂などとは無縁なものだが、このアパートはそれ逆に作用したのか、隣の部屋に住民が居ないという残念な理由でかなりの静かさを誇っているのである。

 空間に自分が立てる音しかない。

 そんな孤独は、去年まで浜矢邸での生活に慣れていた俺からするとちょっとしたカルチャーショックだった。

 食事時から地続きの団欒や、壁越しに聞く家事の音、暇さえあれば部屋に突撃してくるシロネなど……あの屋敷は賑わいで溢れていたのだと、去った後にようやく気付いたのだ。

 そこにホームシック、ならぬホームステイシック? に駆られるのが人として普通なのだろうが……生憎と俺の場合、少しだけ世間の平均より性格が薄情らしかった。

 

「ま、俺に限っては右手のこともあるし。誰も居ない、ってのは、わりかし気が楽でいいんだよなぁ」

 

 ―――独りの夜は、嫌いではない。

 これが自分に残された人生(モノ)の正しい姿だと、感覚として理解できるからだ。

 

 浜矢の家は好きだったが、同時に居心地の悪さもあった。

 既に喪ったハズの家族が居る、という矛盾(まちがい)は、ささくれのように俺の心を刺していたから。

 簡単な話。

 自然体―――あるべき姿である、ということは、どれだけ残酷でも寂しくとも、どこか居心地がいいものなのだ。

 

 それは、陽光も雨風も等しく受け入れる、あの校舎の屋上のように。

 あるいは庇護を失い瘦せ細ろうと、鎖のない首元を誇る野犬(オオカミ)のように。

 俺の矜持(プライド)は、そういう生き方を好むカタチに出来ていた。

 

「……そうだな。夢、と言えるほどのものじゃないけど。どこか全く別の場所で、独りを謳歌してみたいかもな」

 

 そう、彼方の夜空に語る。

 浜矢の家含め、俺はちょっと人様の世話になりすぎな気がする。

 誰の助けもない生活がどれほど辛いのか、そしてどれほど気楽なのか、ちょっと無性に味わってみたいくらいに。

 

 ああ、なんとも。

 誰かを助ける余裕もないくせに、助けられるのは嫌だ、なんて、俺もぜんぜん子供っぽい。

 

「そういう意味じゃ警察官とか……イヤ、駄目だ。それこそコネ入社になりかねない。

 ま、今は素直に勉強しよう。兎にも角にも、まずは大学に受からないと」

 

 独り言は我知らず。

 けれど呟きとは裏腹に、俺はしばらく冷たい窓の外を見上げ続けた。

 

 都会では星が見えないと言うが、それでも完全に見えない訳ではなく、数えるのが大変な程度には生き残っている。

 文明の台頭と対を為すように、あらゆる自然が弱った現代。

 森は拓かれ、川は堰き止められ、夜空さえ人工の光に蹂躙され……されど、未だ夜は死なず。

 遥かなる高みの恒星たちは、人の限界を示すように、(ソラ)の向こうで悠然と燃える。

 それはきっと誰かにとっての絶望で、俺にとっての希望だった。

 

 勉強も未来も、自分含めた人間も、何ひとつ愛せない俺だけど。

 それでも、独りの夜だけは嫌いではない。

 だって、こんなにも夜空(ほし)が綺麗だ―――。

 

 

 そうやって一日を纏めたのが幸いしたのか。

 課題を終えベッドに横になる頃には、今朝に見た例の悪夢のことなど、もうすっかり忘れていた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 いつか聞いた、北欧の竜の噺を思い出す。

 

 欲深で醜悪な黒い魔竜。

 略奪した財宝を山と積み、その上で微睡む物語の悪役。

 

 触れるモノ全てを切り裂く腕は、目に付いた宝の全てを奪い。

 睦言の代わりに灼熱を吐く口で、奪い返さんとする者を殺す。

 

 ああ―――憐れなほどに、醜い。

 だって、その欲望には目的(さき)が無い。

 ただ、欲しい。

 ただ、抱擁したい。

 そんなモノを終点(りゆう)とした彼は、奪い集めた全ての宝、その価値を誰よりも冒涜している。

 

 奪うこと、損なうことしか知らぬ竜は、いずれ英雄の剣にて討たれるが必定。

 だから、何も望んではいけない。

 何一つ愛してはならないのだと。

 

 でも、それじゃあ。

 何にも触れず、ただ朽ちていくのが最良なら。

 悪竜(■レ)がこの世に生まれた意味は、一体どこにあるのだろう―――?

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