簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors.   作:龍川芥/タツガワアクタ

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なんて、最悪な出逢い/Encounter ③

 

 

『―――マ、とにかくオレは懲りたぜー。気になったならオマエも話しかけてみなカイリ。すぐにオレが言ったことがマジだったって分かるだろうサ―――』

 

 五時限目、そしてHRも通り過ぎた放課後。

 ちょっとした野暮用を済ませ、校舎を出ようと廊下を歩いていた俺がその忠告(ことば)を思い出したのは、たまたま目の前の職員室から出て来たその人物の淡い長髪が、一目で分かるほど美しかったからだ。

 

 畳まれた天使の翼に例えた黒髪。

 花のように目を奪う横顔。

 背筋を凛と伸ばしながら、決して周囲を威圧しない立ち振る舞い。

 

 なんというか、あんまりにもタイミングというモノがよかったので。

 俺は思わず、ほとんど弾みで声を掛けた。

 

「―――あの、ちょっといいかな。結生(ユウキ)さん」

 

 ちょっとした物見遊山気分、というのか。

 なんだかんだと陰口を聞いてしまったが、やはり直接話もせずに勝手な先入観(いんしょう)を持つのはよろしくない……というのは、果たして本音だったのか、それとも好奇心に後付けされた言い訳か。

 

 そんな俺の内心をきっと知りもせず。

 呼びかけに楚々と振り向いた噂の転校生は、俺と柔らかく視線を交わし、頷くように微笑んだ。

 

「はい、大丈夫ですよ、草薙(クサナギ)さん」

「あれ。俺の名前……」

「ええ、旧山(フルヤマ)先生が一度そう呼んでいましたから。間違っていましたか?」

「い、いや。合ってる。草薙カイリだ、よろしく」

「結生フェリアです。短いお付き合いになるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。級友(クラスメイト)として、仲良くしてくれると嬉しいです」

 

 そう言って、彼女はお辞儀するように淡い黒髪を揺らす。

 朝の自己紹介で覚えた花のような印象は、放課後も全く変わっていなかった―――きっと、その■ましさも含めて。

 登校中の路傍に見た野花が、下校時にも元気に咲いていたのを見た時に近い安心感。朝は突然のことに圧されたが、二度目ということで耐性が付いていたらしい。さして苦労せず、俺は普段通りに言葉を紡ぐ。

 

「……自己紹介のときも言ってたけど。その短い付き合いってのは、なんなんだ?」

「そうですね。家庭の事情、と言えばいいのでしょうか。この学校にいつまで在籍できるかは、私自身にも分からないんです」

「……成程。こんな時期に転入してきたことと言い、親の転勤について行ってる、みたいなカンジなのか」

「はい。ですが、そう気を使って頂くほどのことではありません。私は私の立場を悲観してはいませんから。それよりも、草薙さんにそんな顔をさせてしまう方が心苦しいです」

 

 そう言って、微笑んだまま眉根を寄せる結生さん。

 ……なんだろう。普通に人当たりがいい、気がする。

 それが今のところの感想。

 なんだよ別に普通じゃないか、身構えて損した、あの女誑(おんなたら)しも案外頼りにならないな……なんて、悪友への愚痴を胸中で嘯く。

 そうして、抱いていた警戒心は解かれ。

 その反動で、知らず俺の口も軽くなる。

 

「……大丈夫、俺も同情されるのは好きじゃないからな。そういうのが鬱陶しいの、理解できるし。じゃあ、短い間だけ、よろしく」

「ええ、よろしくお願いします。ところで……口ぶり的に、もしかしてですが、草薙さんも転校生だったりするのでしょうか?」

 

 真面目に問われ、俺は苦笑して首代わりの手の平を横に振った。

 

「ああ、違う。俺の方は、なんていうか、ついていく家族(おや)の方が居なくてね。十年前に事故に遭って、それきり」

 

 できるだけ軽い口調で答える。

 というか、俺自身消化し切った事実なので、言葉はそれ以上重くなりようがない。

 それでも軽口っぽく(つと)めるのは、単純に、内容を深刻に受け取られるのがイヤってだけだ。

 とはいえ、流石に初対面で明かすことじゃなかった。口が滑った自覚アリ。

 だから、相手が何か反応するタイミングを奪うみたいに、そのままの調子で言葉を続けた。

 何も考えず振ってしまった右手、手袋の下の古傷を隠すように体の後ろに回して。

 

「ただ、哀れまれるのは嫌いなんだ。自分が長い時間を掛けて受け止めて、消化して、納得していることを、ちょっと聞きかじった他人にどうこう言われるのは気持ちのいいもんじゃないからな。

 ほら。『オマエの消化の仕方はおかしい、今すぐ吐き出せ』、なんて言うヤツは、ちょっとどうかしちまってるだろ?」

 

 だから適当に聞き流してくれ、なんて冗談めかして言えば。

 

「なるほど。草薙さんは、そういう考え方をするのですね―――」

 

 ふわり、と。

 そよいだ花弁が別の表情を覗かせるみたいに、結生フェリアは柔らかく笑んだ。

 それは冗談に噴き出すのではなく、あくまで真面目に内容を受け止めた上で、どこか感心したように漏れた微笑み。

 慈しむような、尊重するような。

 慈母、あるいは天使めいた、純粋だが色相豊かな感情の仕草(いろ)

 

「―――」

 

 そんな反応をされたのは初めてで……うん、なんていうか、ぐっと来た。

 ちょっとばかしだが、クロヤマが一時入れ込んだのも分かるというか。

 美貌が笑顔の破壊力を増すのは当然としても……それを抜きにしたって、この少女は随分と大人びている。高校という同年代だけで固まった閉鎖環境では中々お目にかかれないタイプの属性だ。

 こういう落ち着き、柔らかく余裕のあるカンジは、俺の目にもわりかし魅力的に映って―――。

 

 ――――――ちくり。

 

 手袋の下。

 例の古傷が不意に痛んで、俺は慌てて加熱を始めた意識を冷却。種火を種火のままに鎮火する。

 冷却材代わりに思い出すのはクロヤマの言葉。女好きの悪友が初めて溢した異性への愚痴。

 効果は覿面。

 俺の意識は冷静になって―――少々行き過ぎて、冷たい声が外に出た。

 

「……なあ。クロヤマをフッたって、本当か?」

 

 ああ。

 俺だって、これが意地の悪い質問であると分かっている。

 普段なら絶対にこんなデリカシーのない事は訊かなかっただろう。

 だが、今回は違った。

 自制心が敗北する条件が、十年に一度の星の巡り会わせのように、偶然にも揃ってしまっていたのだ。

 

 瞬間、胸を絞める自責と興味。

 口走ったことの後悔と、言わないで後悔する未来が消えたことへの達成感にも似た安堵。

 そんな複雑な心境に声色を歪ませる俺とは対照的に。

 問われた彼女は、特に何の動揺も見せず、さらりと質問に回答する。

 

「はい、真実です。もしかして、お二人はご友人でしたか?」

「え? あ、まあ、そうだけど……」

 

 あまりにあっさりと返答されて、寧ろ面食らったのは俺の方。

 結生さんの方はさしたる動揺も見せず、平然と、あるいは淡々と目を伏せる。

 

「それは申し訳ないことをしました。あなたのご友人を悲しませるつもりはありませんでした。彼、黒山(クロヤマ)さんは魅力的な男性だとお見受けします。ですが私は、誰かの恋人になれるほど、心が強くはないのです」

 

 不思議な言い回しに、けれど(けむ)に巻くような気配はない。

 彼女はあくまで真剣に、誠実に、俺の質問に回答している。

 

「問題があったのは、彼ではなく私の側。そのことを、どうか、彼の友人である貴方には理解しておいてくださいね」

 

 そう、花の少女は(かす)かに微笑む。

 それは罪の告解でもない。

 クロヤマを庇っているのでもない。

 それは、事実はこうだから誤解で友情を絶やさないように、という、無遠慮な野次馬(おれ)へすら行き届いた気遣いだ。

 だが。

 俺の心に去来したのは、もはや出来過ぎな彼女の優しさへの感心ではなく……寧ろ真逆の、あるいは当然の疑問だった。

 

「……ちょっと待ってくれ。それはおかしいだろう」

「?」

 

 唐突にそう声を上げた俺と、それに「なにかおかしいところがありましたか」と首を傾げる結生さん。

 そんな彼女に気遣いもできず、俺は衝動のままに問う。

 

「だって、結生さんは恋人を作る心算(つもり)はないんだろう? なら、言い寄って来たクロヤマは結生さんにとって迷惑千万、時間の無駄でしかなかったハズだ。あるいは不良が二十分も迫ってきたら怖いかもしれないし……もしかすると、あいつはなんだかんだモテるから、そんだけ好かれて嬉しいってコトもあるかもしれない。

 ……だけど、あんたの言葉には何もない。あんたの主観、あんたの感想が入ってない。まるで他人事だ。それとも、たんに本音を隠してるだけなのか?」

 

 そうだ。

 感情論ではなく、単純に理屈として納得できない。

 あるいは―――これが悪友の語った愚痴(じんぶつひょう)の答え合わせだと、心のどこかでは分かっていながら。

 自分の間違いを認められず、模範解答の落ち度を探すような俺の疑念(こえ)に、やはり結生フェリアは今までと同じ調子で答えた。

 

「他人事、なんて。私は黒山さんの願望に応えることは出来ませんが、彼の心と向き合うことは、躊躇わなかったつもりです。

 生物は同種異性への衝動を持つものですが、人間が社会生物である以上、個々の抱く好意・欲望は独自のものです。彼の持つ異性愛は、彼にしかない、彼の心の一要素。それと向き合い、誠実に答えを出すのは、友人として当然のことですから」

「……なんだよ、それ。そんな一般論みたいな……いや、より酷い。それじゃああんたは、あんたに惚れたクロヤマ相手に、微塵も心を動かさなかったってコトじゃないか。好くかどうかはともかく、嫌ってやることすらしなかった、なんて……」

 

 卑怯だ、という言葉を何とか呑み込む。

 別に、彼女があいつの告白に何を思うかは自由だ。

 好いても嫌っても、あるいは無関心でも、それは彼女の心が決めることで、俺が口を挟めることじゃない。

 だが……なんだろう、この言いようのない不快感は。

 そうだ、俺は。

 もしかしなくても、この転校生を否定したくてたまらない……?

 

 有り得ない、と奥歯を噛む。

 だって俺と彼女には因縁がない。

 敵対、あるいは拒絶する為の感情(りゆう)がない。

 そんな俺の表情をどう思ったのか……結生フェリアは微笑したまま、悼むように眉尻を下げた。

 

「……すみません。草薙さんを怒らせてしまったようですね、私は」

「そうじゃない。だから、そんな困ったように笑うなってハナシで―――」

 

 言いかけて、気付く。

 思わず口元に手を当て、会話の文脈すら忘れて生じた疑問に没頭する。

 

「……いや、おかしい。そうだよ。それだ、それこそ、絶対におかしい」

「どうかしましたか?」

「どうしたもこうしたもないよ。俺たちは初対面だろ。特に今の俺の立場は、どう考えても鬱陶しい出歯亀だ。そんな奴が勝手に話しかけてきて、勝手に情緒を乱しても、あんたが消沈する道理はどこにもない。寧ろ反感を抱くハズだ。なのに―――」

 

 なんで、そんな表情(カオ)をしているんだ。

 どう考えても、理由がないのに。

 

 俺の視線は、たぶん、糾弾にも近い色を湛えて彼女を見た。

 けれど、結生フェリアはまるで動じずに。

 野の花がそよ風に揺れるみたいに、何の飾り気もない本音を言ってのける。

 

「そうでしょうか。()()の心を(いたずら)に乱したくない、というのは、当然の感情(こと)だと思いますが……?」

「――――――」

 

 心底より不思議そうに。

 そう親し気に微笑まれて、遂に、ぼやけていたピントが合ってしまった。

 彼女の綺麗な倫理、綺麗なだけの言葉に、俺は(ようや)く、彼我を隔てた致命的なズレを認識した。

 

 

 ―――好感度、という考え方がある。

 恋愛ゲームなどでよく出てくる要素(パラメータ)で、相手をどれだけ好いているかを数値化したもの、と言えばいいのか。

 それは感情の簡略化・可視化であり、基本的に現実に適応できなくもないと思う。

 

 例えば、俺から結生フェリアへの『好感度』を考えた場合。

 危険域―――友愛(ライク)恋愛(ラブ)の境界を七十~八十辺りとするなら、今までの高感度の推移は以下のようになる。

 

 転校生の容姿が優れていたので、好感を抱いた。好感度三十。

 ただ、謎の違和感と友人の彼女評を受けて警戒。好感度マイナス十。

 実際に話してみて、人当たりの良さに感心した。好感度四十。

 にこりと笑いかけられて、なんかくらっときた。好感度六十。

 

 ……という風に。人が他人に抱く好感度は、少しずつ変化していく。相手をひとつ新たに知るたび天秤は揺れ動き、好きと嫌いとで否応なしに判定される。

 

 だが、結生フェリアの場合、そんな人間らしい振れ幅はない。

 言ってしまえば、彼女の他人(おれ)への好感度は、ずっと一定なのだ。

 グラフで言えば平行線。

 顔と名前を知った瞬間に―――あるいは名前を知る前から、彼女の相手への好感度は六十五あたりに固定されている。

 しかも、それが動かない。

 相手が何をしようと、関係に変化が訪れない。

 彼女が持つ好感度は、上にも下にも動かない。

 

 どれだけ好ましいことをされても、好感度六十五。

 逆に好ましくないことをされても、好感度六十五。

 その存在を無視し何もしなくても、好感度六十五。

 たぶん、目の前で殺人を犯しても、好感度六十五。

 熱烈に告白されても、そのことを出歯亀されても……同じ、好感度六十五。

 

 そんなの―――正気(マトモ)じゃ、ない。

 

 

 月を口説いた方がマシだ、なんてトラスケの言葉は間違っている。

 否、そんなレベルでは到底収まらない。

 だって……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 周囲の全てに無関心ならまだ分かる。

 それは確かに、花や月―――自然風景の持つ特性(うつくしさ)だ。

 人間もまた自然の一部である以上、そんな在り方を継承した個人もあり得るのかもしれない。

 だが……周囲の全てを好んでいる、なんて。

 そのうえ、全てを平等に愛しながら、特別に好むものを作らない、というのは。

 そんなのは、自然の在り方ですらない。

 人間でしかありえないのに、人間である以上まずありえない生き方。

 致命的に矛盾していて、なのに成立しているカタチ。

 それを前にして、俺は―――。

 

「―――、う」

 

 吐いた。

 赤裸々に嘔吐した。

 ()()()()()()()()()()。胃の中のモノ、消化途中だったシロネの弁当を、堪えきれず床にぶちまけたのだ。

 

 だが、ひっくり返ったのは胃袋だけではない。

 俺の心の天秤。

 『好ましい』の側に居た彼女の駒は、あっという間に奈落に消える。

 

 ―――好感度マイナス百五十。俺は、この少女(いきもの)を受け入れられない。

 

 最初にあった、痛ましい、なんて同情も遥か彼方。

 妥当だ。

 当然だ。

 こんな怪物、同情にすら値しない。

 こんな醜悪な卑怯者が一瞬でも友人の心を奪った、という事実にすら嫌悪を抱く。

 自分は一方的に好いておいて、相手の反応はどうでもいい、だって?

 そんなのは全く対等(フェア)じゃない。

 最初から、同じ土俵に上がってすらいないじゃないか―――。

 

 くの字に曲がった俺の背へ、偽りがないだけの声が降る。

 

「草薙さん、大丈夫ですかっ? 申し訳ありません、私は何か、とんでもない失敗をしてしまったようで―――ともかく、保健室へ行きましょう。清掃は後で私がやっておきますので、今は……」

 

 気分が悪い。

 気味が悪い。

 ああ、やっぱり、どうしようもないほどキモチワルイ。

 自分の顔を見て、嫌悪の果てに嘔吐した相手(おれ)を前にしても―――彼女の俺への好感度(たいど)は、微塵も揺らいでいなかった。

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